臆病者は片思いに終止符を打つ

天霧 ロウ

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「う゛~ん……」

 頭に伝わる感触は使い慣れた枕の柔らかさとは真逆だ。布越しでも張りのある逞しい筋肉の感触に無理矢理目蓋を持ち上げた。

「俺、昨日」
「起きたか、アンソニー。おはよう」
「ああ、おは……。え?」

 自然と挨拶を返そうとしたところで、アンソニーのぼやけた意識が一気に覚醒した。
 先ほどまでまだ寝ていたいと喚いた体は嘘のように力がみなぎり、勢いよく顔を上げた。テントの入り口から注ぐ朝日がキーストンの短い白茶色の髪と日に焼けた額を柔らかく照らす。
 銅色の瞳を細めて微笑むキーストンに惚けていれば、キーストンの硬い指先がアンソニーの唇の端を拭った。

「涎、垂れてるぞ」
「うげ、先に言えよな」

 袖でもう一度口を拭った。キーストンと二人だけの朝を迎えたのも衝撃だが、腕枕をされながらのんきに爆睡をしていた自分が恥ずかしい。なにより貴重な体験をした瞬間を覚えていないのが口惜しい。
 こんがらがる感情を放って恐る恐る聞いた。

「俺、なんでここで寝てたんだ? というか、もしかして俺、お前にくっついて寝てたりして~?」

 真実を確かめるべく、ふざけた口調であえて尋ねる。でないと、親友としての仮面を保っていられない。ついでにヘラっと笑えば、キーストンが自然な動作でアンソニーの頬にかかる髪を耳にかけた。

「お前、昨日ワイン一杯飲んだだけで酔い潰れただろ。お前の家に行くには遅い時間だったから、俺のテントで一緒に寝たんだ」
「あー、なるほど? なるほどな~」

 説明されても最後に覚えているのが、ハムサンドがうまいという記憶だけだ。なにか大事なやりとりをしたような気がするが、恐ろしいほど思い出せない。
 腕をくんでウンウンと考えた末、キーストンを見上げると、相変わらず目尻を下げて見つめている。妙な抱擁感に疑問を覚えるものの、それ以上尋ねる勇気がアンソニーにはなかった。
 のそっと起き上がると、寝転がるキーストンに謝った。

「久しぶりに会ったってのに、面倒かけて悪かったな」
「気にするな。それより、体のどこかが痛いとかないか? 俺は野宿で固い場所に寝るのは慣れてるが、お前はそうじゃないだろ?」
「特にないな」

 多少痛さはあるものの、少し体を動かせば気にならない程度だ。
 テントから出て、体を伸ばしていれば、少し遅れてでてきたキーストンがテキバキと荷物を片付けはじめた。やがて先ほどまであったテントを空間へしまい、まるで最初から何もなかったような見慣れた草原が目に入る。
 肩を軽く回して立ち上がったキーストンは朝日を背にアンソニーへ振り返った。

「目的も済んだし、俺は帰るな」
「そ、そうか……」

 長い間会えないと思うと、抑えようと思っても勝手に声が沈んでしまう。目を伏せるアンソニーの背へキーストンの大きな手がバシと叩いてきた。驚いてキーストンを見上げると、キーストンがニッと笑った。

「レインバルクで待ってるからな」
「え」
「レインバルクの医療、学びたいんだろ。俺なら伝手もある。アンソニーが学びたいって思うなら紹介する」

 一転して真面目な顔で告げてくるキーストンを凝視してしまう。アンソニーは息をのむと昨日キーストンからもらった金の指輪をした魔法具をそっと握りしめる。

「せっかくもらっておいてなんだけど、少し考える時間をくれ」
「ああ、俺はいつまでも待ってるからな」

 素直に行きたいと言えない自分が嫌になる。それでも、キーストンは気にしないのだろう。目を伏せたアンソニーの肩を優しく叩いた。
 次にアンソニーが顔をあげた時には、まるで最初からいなかったかのようにキーストンの姿はなかった。しばしの間、呆然とキーストンが存在していた場所を眺めていたが、やがてアンソニーも家へと戻った。
 キーストンと再会してからアンソニーは夜になると、ベッドの上で仰向けになり、服の中にしまっている金の指輪を取り出す。それを照明にかざせば、キラリと光った。

「レインバルク、か」

 両親――父に何度も相談しようとしたが、いざ面と向かうと言えなかった。父は聖ノデヌ教国の住人にしては、そこまで信心深くなく柔軟な思考の持ち主だが、医療が関わると話は別だ。
 レインバルクの医療を学びたい気持ちもあるが、今よりキーストンと気軽に会えるようになりたいという身勝手さが本音だ。そんな心持ちでレインバルクの医療を学びに行くのは正しいのか。そして、キーストンの善意を下心ありきで受け取っていいのか。
 そうこう悩んでいるうちに、指輪をもらって一週間と少しが経った。昼の診療を終えて、病院の裏にあるベンチへ腰をかけて休憩していると「アンソニー先生!」と声をかけられた。
 声の主はアンソニーが病院で診ている少女――キャミーだ。細い腕で必死に車椅子の取ってを回して近づいてくる。アンソニーはベンチから立ち上がるとキャミーへ近づいた。

「やあ、キャミー。なにかあったのかい?」

 キャミーは生まれつき足が動かず、ずっと車椅子で生活している。そばかすが目立つ素朴な顔立ちの少女だが、人前では自分の生まれをものともしない快活な笑顔が印象的だ。キャミーの背後に回ると車椅子をベンチまで押した。
 キャミーは「ありがとうございます!」と微笑み、ベンチへ腰をかけたアンソニーに続けた。

「実は私、転院することになって。先生と会えるのが、今日で最後だから挨拶しようと思ったんです」
「転院? 父さんから聞いていないけどな」
「さっき私の両親と相談して決まったばかりなんです。転院先は国外……レインバルクだからあまり大きな声で言えませんし」
「レインバルク……」

 思わず呟いたアンソニーに、キャミーは慌てたように付け足した。
 
「アンソニー先生の腕が悪いというわけじゃありません! ただ、アンソニー先生のお父さん――アルソン先生から聖ノデヌ教国で認可されている技術では、これ以上無理だって……。でも、レインバルクの医療なら私の足も動かせるようになるだろうって言われて、転院を勧められたんです」
「確かにレインバルクなら可能だろうね。ここはいまだに制約がありすぎて、救える命も救えない時だってある」

 ケイオス教の教えがすべてである以上、そこから反する技術は認可されない。
 ため息をつきそうになるのをぐっとこらえ、アンソニーを心配そうに見つめてくるキャミーに微笑んだ。

「キミの足が向こうの治療で動くようになるのを祈っているよ」
「はい、私リハビリとか色々頑張ります! それじゃあ、私は帰りますね」
「ああ、頑張るんだよ。せっかくだし、途中まで押していこう」
「大丈夫です! もしかしたら、こうやって生活するのも最後なのかもしれないので!」

 満面の笑みを浮かべてキャミーは慣れた手つきで車椅子の取っ手を掴むと回していく。一人になったアンソニーは青々とした空を見上げた後「よし」と意を決した。



「父さん、話があるんだ」

 夕食を終えた後、ベランダで一服している父に声をかけた。そうすれば、父はなにも言わず隣に来るよう手招いた。アンソニーは隣へ来ると思い切って告げた。

「父さん、俺。レインバルク王国の医療を学びに行くよ」
「どうしてだ」

 父の問いにアンソニーは拳を握りしめて、まっすぐ父を見据えた。

「俺は外に出てキャミーみたいな子を救いたい。それにはもっと技術が必要だ。父さんだってわかるだろ? この国じゃ限度がある」

 自分の願いは昔から変わらない。キーストンに何か起きた時をはじめ、多くの人を助けたいのだ。そうすることで同性でありながらキーストンに対する愛を断ち切れない罪への贖罪になる。
 アンソニーの訴えに父はまっすぐ前を向いたまま尋ねた。

「お前の魔力だと厳しいんじゃないのか。あそこの医療は魔法も併用するからな。それに紹介もなく行っても受け入れてもらえないぞ」

 ふーっとゆっくり真っ青な煙を吐く。鮮やかな青い煙は聖ノデヌ教国で唯一認可されている無害なタバコだ。ひんやりと澄んだ香りは燻されたタバコの深さと不思議に調和していた。
 慣れ親しんだ匂いを嗅ぎながら、アンソニーは続けた。

「大丈夫、伝手があるから」
「その伝手とやらはキーストンくんだろ。彼は今、どうしてるんだ」
「第一騎士団長の副団長になったって」
「そうか……」

 シンと沈黙が支配する。コロコロ表情が変わる母と違い、ほとんど真顔で、口数も少ない。それでも、アンソニーは父が不器用ながら愛情深いのをよく知っている。
 どれくらい経ったのだろう。父が呟いた。

「お前が行きたいのならしっかり学んできなさい。キーストンくんに迷惑をかけるんじゃないぞ」
「ありがとう、父さん」

 そういって、幼少期ぶりに父へ抱きついた。そうすれば、父もぎこちなくだが、そっとアンソニーを抱きしめ返し、頭を撫でた。
 

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