臆病者は片思いに終止符を打つ

天霧 ロウ

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 翌朝、母はたいそう驚いたものの、父が説得を成功させたのだろう。あれこれ心配事を口にするが、快くレインバルクへ行くのを認めてくれた。

「それじゃあ、行ってきます」

 着慣れたワイシャツとグレーのズボンにあわせてベージュのロングコートと愛用の革靴。そして、四角い革鞄を手に、両親に告げる。母は銅色の瞳を潤ませながら「つらくなったらいつでも帰ってきていいからね」と返した。アンソニーは目尻が熱くなるのを感じながら一つ頷くと門を抜けた。
 聖ノデヌ教国からレインバルク王国はほぼ直線上に北へ進み、国境であるヌーサ大橋を渡った後、道なりに進めば辿り着く。はじめての外にアンソニーは感嘆の声が漏れた。

「果てしないな……」

 外壁という遮るものがない平野の向こうには、ごま粒のようなヌーサ大橋の関門が確認できる。川向こうの西側に農場があり、東側には川をまたいだ尖った山脈が連なっている。
 キーストンもこの景色に驚き、道なりに歩いてレインバルクへ向かったのだろう。そう考えると、心にくすぶっていた不安が不思議と消えていく。

「よし、行くか」

 自分を元気づけるよう呟き、舗装された平らな道を歩き出す。舗装されているおかげで予想よりもつらくない。しかし、休憩を挟みながら歩いても、中々ヌーサ大橋に辿りつかなかった。
 ヌーサ大橋の関所に辿り着いたのは、夕方になった頃だった。おまけにアンソニーがついた時には門が固く閉ざされていた。松明で照らされる門番たちへためらいがちにアンソニーは声をかけた。

「あの、向こうに行きたいんですが……」
「今日はもう時間が過ぎてる。明日にしろ」

 事務的な態度にアンソニーは閉口してしまう。
 せっかく出てきたのに、いきなり野宿になるとは思わなかった。とりあえず近くで野宿ができそうな場所を探そうと踵を返したところ、ゴンゴンと関所からノックが聞こえた。
 門番の一人が小窓を開けて門の向こうにいるものへ「なに用だ」と刺々しく尋ねた。アンソニーは興味本位で足を止め、その様子を眺めた。門番は緊張した雰囲気をまといながら、向こうにいる相手といくつか言葉を交わした。
 やりとりを聞いていた門番がアンソニーの方を向いた。そして、苦々しそうに告げた。

「そこのお前。通っていいぞ」
「いいんですか?」

 アンソニーが駆け寄れば、門番たちはさっさと通れと言わんばかりに重そうな門を開いた。礼を述べて門をくぐれば、思わず目を輝かせた。

「キーストン! こんな時間になんでいるんだ」
「そろそろ、アンソニーが来ると思ってな」

 もうすぐ夏とはいえ、聖ノデヌ教国はまだ涼しい。にもかかわらず、白の半袖とベージュのズボンに革のサンダルとずいぶんラフな格好だ。
 状況もあいまってか、一週間と少しぶりのキーストンの笑顔にドッと安堵が溢れてくる。背後で門が固く閉ざされる音に振り返る。改めて国境をわたった事実に静かな高揚感を覚えた。
 おもむろにキーストンの手がアンソニーの肩を抱いた。

「せっかくの国境を越えたところ悪いが、もうすぐ日が暮れる。ここからレインバルクは歩きだと七日以上かかるから転移するぞ」
「そんなにかかるのか。俺の調べだと四日でつくはずなんだけど」
「それは馬での移動や野宿になれた手練れの冒険者の場合だ。ほら、しっかり掴まれ」

 困惑するアンソニーをさらに抱き寄せた。アンソニーはためらいがちにキーストンに抱きついた。シャツ越しに頬へ伝わる落ち着いた鼓動に耳を傾けたのものつかの間、視界が一瞬ぼやける。ついで聖ノデヌ教国の壁にも劣らないほど巨大な城壁がそびえ立つ。
 首が痛くなるほど見上げていると、肩を抱いていたキーストンの腕が離れた。離れていく温もりにまだ抱きついているのに気づいた。慌てて離れて照れ臭さをごまかすように笑った。

「聖ノデヌ教国もすごかったけど、こっちの壁もすごいな」
「俺も最初来た時は同じ感想を抱いたな。疲れただろ、鞄を持つぞ」

 スッと流れる動作で手にしていた鞄をキーストンが取る。あっけにとられたが、親友の特権として素直に受け入れた。
 先に歩き出したキーストンの後をついていく。壁や屋根の色が決められている聖ノデヌ教国とは違い、レインバルクは様々な色が溢れている。だが、整然さの欠片もない好き勝手な色合いは不思議と調和している。
 賑やかな喧噪と眩い明かりの数からどうやら城壁内へ転移したようだ。広い通りはすっかり日が沈んだにもかかわらず、人通りが多い。飲食店が並んでいるからだろう。香ばしい匂いが漂ってきて、空腹にしみる。

「ここはレインバルク王国のどこなんだ?」
「住宅区域の第二王都だな」
「へえ、ここが第二王都か」

 レインバルク王国は全部で四つの王都があると学んだ。キョロキョロとあちこち見渡していたアンソニーはキーストンが足を止めたのに気づかず、逞しい背中に重いっきり顔をぶつけた。

「急に止まってどうしたんだよ」
「目当ての店についたからな」
「なら、一言教えろよ」

 ムッとして上目遣いで睨めば、キーストンが口の端をつり上げて鼻で笑った。

「物珍しさにキョロキョロしてるアンソニーが面白かったんだ」
「お前だってきた時は絶対キョロキョロしてただろ」

 ドスッと肘で腹を突けば、キーストンは「まあな」と返した。

「ほら、入るぞ。俺のおごりだ」
「ありがとな」

 レインバルクの金銭基準がわからないため、持ち金が足りるか不安だった。
 目当ての店に入ると、店内は丸いテーブルが点々と置かれ、淡いオレンジ色の光が照らしていた。店員がやってきてあれこれキーストンに尋ねた。キーストンは慣れた調子で答える。店員が頷いて部屋の奥にあるテーブルへ案内された。
 席についた後おかれたメニューを手に取ってパラパラと中を見ていく。聖ノデヌ教国では見ない料理名が並んでいるが、名称だけだといまいちイメージがつかない。
 アンソニーは向かいに座っているキーストンへ声をかけた。

「お前は決まった?」
「俺はいつもハンバーグ付きレインバルク風ドリア大盛りを頼んでる。同じのにするか?」
「あぁ、俺は普通盛りで同じの頼む」

 キーストンの返答にアンソニーはメニューをもう一度眺めた後パタンと閉じて頷いた。そうすれば、キーストンが店員を呼んだ。店員となれたやりとりを交わ終えるなり店員が去って行く。
 アンソニーはじっと見つめてくるキーストンに気づくと、頬が赤くなるのをごまかすように話しかけた。

「そういえば、お前が話してくれた伝手って誰なんだ?」
「クトルヌスっていう医者だ。ふだんは第三王都で研究してて、俺のいる騎士の宿舎で臨時医師をやっている。詳細は明日紹介するぞ」
「ああ、よろしく頼む」

 礼を述べれば、キーストンが目尻を下げて微笑んだ。
 頬杖をついて店内を満たす賑やかな声を聞いていると、レインバルクへ辿り着いた安堵感からかうとうとしてしまう。そんなアンソニーにキーストンが聞いてきた。

「そういえば、住む場所は決まってるのか?」
「まだ。この後決めないとな。ついでで悪いけど、いい場所あるか?」
「だったらレインバルクにいる間、俺の部屋で暮らせよ。俺は副団長だから一人部屋だし、お前がきても十分な広さがあるぞ」
「いや、お前にもプライベートがあるだろ」
「俺は気にしないって。ここは素直に俺の部屋へ泊まった方が時間をムダにしなくて済むぞ」

 キーストンの言い分に「俺が気にするんだよ」と出かけた言葉をぐっと飲み込む。キーストンを意識していると告げるようなものだ。アンソニーはあえて素っ気なく返した。

「それは俺が決める。食べ終わったら案内よろしく」
「わかったわかった」

 やりとりを終えたところで、店員がトレーの上に二つのドリアを乗せてやってきた。
 目の前におかれたドリアの真ん中には目玉焼き付きの大きなハンバーグが存在感を示している。立ち上る湯気とほどよく焦げ目のついたホワイトソースがグツグツと煮立つ。
 香ばしい香りに誘われて、備え付きのスプーンを手に取る。フーフーと息をかけて一口頬張れば、頬が緩んだ。

「うまいな」
「だろ?」

 アンソニーの独り言にキーストンが相づちを打つ。そして、目玉焼きを割ってハンバーグと一緒に口へ運んだ。食事を終えてキーストンが会計を済ました頃は、空はより深い紺に染まっていた。

「それじゃ、不動産にいくか」
「ああ、頼んだ」

 キーストンが最初に訪れた宿は第二王都の中心だ。多様な色合いに溢れる町へ溶け込むよう黄色系のレンガ壁に淡いオレンジ色の小洒落た宿屋だ。淡い青緑色の扉を開けて受付へ寄った。

「すみません、一人部屋を借りたいのですが」
「それでは住民票か入居許可書をお見せください」
「入居許可書?」

 受付の紳士が言ってきた言葉に目をしばたく。紳士は頷くと続けた。

「その様子じゃ持っていないようですね。入居許可書というのは、レインバルク王国民以外が長期滞在する場合必要なものです。許可証はレインバルク城の一階にある受付窓口で申請すれば、五日ほどでもらえますよ」
「そうですか……」

 であるならば、五日宿で過ごした方が無難だろう。一方で、可能な限り持ち金を減らしたくない。眉を下げてどうしたものかと腕を組めば、キーストンがにんまりと笑って肩に腕を回してくる。

「だから言っただろ。時間をムダにするって。俺だってここに住んでから五年経ってるんだ。俺の部屋へ泊まる気になったか?」

 ふふんと勝ち誇った顔をするキーストンに悔しさを覚えつつも、同居できる正当性を得られた事実に胸が熱くなる。はしゃぐ気持ちを隠すようにわざとため息をついた。
 
「わかった。お前の部屋に居候させてもらうよ。あの、教えてくださりありがとうございました」

 受付の紳士に礼を言えば、相手はニコニコと微笑んだ。

「いえいえ、知り合いの方がいるなら、私もそちらがいいと思いますよ」

 紳士の気遣いにアンソニーはぎこちなく笑ってキーストンと一緒に店を出た。

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