臆病者は片思いに終止符を打つ

天霧 ロウ

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 終業時間になって研究所から出れば、近くのベンチにキーストンが座って待っていた。着替えもせず、騎士服のまま本を読んでいる姿に驚いて駆け寄った。

「キーストン、こんなところでなにしてるんだ」
「アンソニーを待ってたんだぞ。まだレインバルクの道を覚えてないだろ」

 読んでいた本を閉じると腰鞄へしまった。腕をぐっと伸ばして立ち上がるキーストンを目で追いながら、申し訳なさから眉を下げた。

「そうだけど。騎士宿舎の位置を教えてくれれば、今度から空間魔法を使って直帰できるって」
「おいおい、せっかくレインバルクに来たのに、職場と家を往復するだけの生活を送るつもりか?」
「悪いのかよ」

 キーストンと過ごす下心できたのは事実だが、それとは別にレインバルク王国の医療を学びに来たのも真実だ。そして、レインバルクの医療を学ばせてくれるのを対価にクトルヌスの研究を手伝う羽目になったものの、結果的にアンソニーに希望を見いだしてくれた。
 キーストンはやれやれといいたげに首を横に振った。

「それじゃあ、聖ノデヌ教国にいた時と変わらないだろ。せっかく滞在するんだ。もっと楽しむぞ。そうだな、今日は昨日と違う店で食べるか」
「いいって。俺、持ち金そんなにないし。毎日外食してたら滞在費がなくなる」

 少しでも研究所のデータがほしいアンソニーにとって、滞在費が減るのは困る。ぎゅっと眉を寄せて不機嫌になったアンソニーへキーストンがなんてことないように返した。

「なんだ、そんなこと気にしてたのか? 俺から誘ったんだ。ここにいる間、衣食住は俺が全部面倒見てやる」
「その申し出は助かるけど、さすがに駄目だろ」

 きっかけはキーストンとはいえ、来ると決めたのは自分のわがままだ。なのに、キーストンが持ち金を崩してまで面倒を見るという提案は申し訳なくなる。打って変わって弱気なアンソニーにキーストンが「それもそうか」と呟く。

「それじゃあ、こうしようぜ。俺がお前の衣食住を面倒見る。代わりに俺の頼みを毎日一回聞くってのはどうだ」
「それなら、まあ」
「なら、契約成立だな。じゃあ、今日の頼みは食後、試したいことがあるからそれに付き合ってくれ」

 言葉とともにスッと腰に手を回されて抱き寄せられる。あまりにも自然だったため気づかなかった。だから、素直にアンソニーは頷いた。

「わかった」
「んじゃ、食事に行くか」

 ぐっと腰へ回った手に力がこもり、引き寄せられる。
 そのまま二人で並んでキーストンの選んだ店に入った。店の中は明るく、均等に並んだテーブルが並んでいる。どうやら家族向けでもあるのか、ぽつぽつと子連れの家族がいた。
 店に入るなり、客へ配膳していた女がしたり顔で笑った。

「あら、キーストン。久しぶりね。腰を掴んでるなんて、あんたにしてはずいぶん見せびらかしてくれるじゃない?」
「え…、は?」

 女の発言にアンソニーは思わず腰へ視線を落とした。女の言ったとおり、まるでそこが定位置だと言わんばかりにキーストンの手が腰を掴んでいた。理解した瞬間、ボンッと音が出そうなほど顔が熱くなる。アンソニーは慌ててキーストンの手を引き剥がすと、少し距離を取った。

「あの、俺とこいつは親友同士で。こいつ、久しぶりに会ったもんだから、距離感が壊れてるんですよ」

 ドスドスとキーストンの脇腹を肘で突きながら、ハハハとカラ笑いする。そんなアンソニーをキーストンが露骨に不機嫌な表情で見ていたが、気づかなかった。
 二人の温度差に配膳をしていた女は半目になると、キーストンへ顔を向けた。

「キーストン、あんたかなり言葉足りないわよ」
「俺には俺のタイミングがあるんだよ」
「あっそ、そんな調子でズルズル引き延ばして大事故になっても知らないわよ」

 女は銀のトレーを脇に抱え、キーストンに向けて冷ややかな視線を向ける。そして、アンソニーの方を向くと打って変わってにこやかに微笑んだ。

「いらっしゃいませ、二名様ですね。こちらのテーブルへどうぞ」

 いかにもな笑顔にアンソニーも困惑する。案内された席へ並んで座ると、女はメニューを置き「決まりましたら、そちらのベルを鳴らしてください」とにこやかに言って、奥へ引っ込んでしまった。
 ひとまずメニュー表を広げれば、そこそこ多種多様なメニューがある。感心して目を通した。ベルを鳴らして店員を呼べば、先ほどの女だ。

「ご注文はなんでしょうか?」
「俺は春サラダと炙り焔鮭……レモンソース添えで。キーストンは」
「俺は肉厚ステーキとサラダ。パンも追加で」
「かしこまりました。少々お待ちください」

 そういってにこやかに笑った女は再び奥の部屋へ引っ込んだ。
 アンソニーはまわりを素早く見た後、キーストンに屈むよう手を招く。キーストンが片眉をあげ、身をかがめれば声を潜めて言った。

「お前、さっきのアレはなんなんだよ」
「腰を支えていたことか? なんか問題でもあるのか」

 逆に聞き返されれば、言葉詰まってしまう。まさか店に着くまでずっと腰に手を回されて歩いていたのを、道行く人に見られていたと考えるだけで頭が茹ってくる。なによりキーストンがその行動に至った理由がまるで検討つかない。なにより端から見たら仲睦ましい恋人と思われていたら、嬉しいのが本音だ。
 頬が赤くなるのを感じながら、そっと睫毛を伏せる。

「お前が同性愛者だと勘違いされて、あらぬ疑いをかけられたら嫌なんだ……」
「それなら、俺じゃなくてむしろアンソニーだろ」
「お、俺はいいんだよ。ずっとここで暮らすわけじゃない、し……」

 キーストンと違って、自分は最終的に聖ノデヌ教国――実家の病院を継ぐ。だが、キーストンは第一騎士団副団長という立場上、レインバルク王国に永住するだろう。寂しさを隠そうとしても、無自覚のうちに肩を落としてしまう。

「そもそも、俺がこっちへ来たのも、もともと技術を学ぶためだし」

 キーストンを愛しているが、技術を学んで今まで救えなかった多くの命を救いたいという気持ちに嘘偽りはない。それがかつての教義を破り、報われない恋をした贖罪だとしてもだ。
 キーストンはそんなアンソニーをじっと見た後「そうだったな……」と寂しさを声音に滲ませた。互いの間に流れる沈黙を破るように、先ほどの女がやってきた。
 ドン! と音を立てて料理をテーブルへ並べていくと、テーブルの隅へ紙を置いた。

「こちら注文された料理です。こちらに紙を置いてくので、会計の時に必要なのでなくさないでくださいね」
「あ、あぁ。ありがとう」

 ハッとして顔を上げたアンソニーが礼を言えば、女は銀のトレーを脇に抱えて微笑む。キーストンはフッと息を吐くと、アンソニーに笑いかけた。

「とりあえず飯を食って、今を楽しもうぜ」
「そうだな」

 ポンポンと優しく頭を叩かれる。キーストンの気遣いに嬉しさと申し訳なさを覚えながら、目の前に並んだ料理を食べ始めた。
 食事を終えて会計を済ますと、二人は外に出た。その足でキーストンの部屋まで歩けば、着いた頃にはすっかり夜も深い。しかしアンソニーにとってはそちらの方が都合良かった。
 人の目を気にせず堂々とシャワーを済ませた。部屋に戻る手前、キーストンが顔だけだして言ってきた。

「アンソニー、疲れてるところ悪いが先に寝るなよ」
「あー、さっき言ってた試したいことか?」

 濡れた前髪が下がっているのも悪くないなと思いながら聞き返せば「そうだ」と答える。

「ベッドでうつ伏せになって待ってろ。いいな」
「はいはい」

 着替え終わって、先にキーストンの部屋へ戻ったアンソニーは仕切りの向こうにあるベッドへ上がった。
 淡いオレンジ色のベッドランプだけ灯っている部屋は薄暗い。言われたとおりうつ伏せになって待っていれば、扉の開く音と足音が近づいてくる。

「起きてるか?」
「起きてるって」

 肩越しに振り返れば、キーストンが「偉いぞ」と頭を撫でてくる。子供のような扱いに「撫でんなって」と言いたくなるが、キーストンの手は父とは違う安心感があった。

「それじゃあ、アンソニーはそのままリラックスしていろ」

 そういうなりキーストンの手が頭を撫でるのをやめ、薄い寝間着越しに背中へ触れてくる。布越しに感じる手の温度に思わず体が小さく跳ねた。

「な、なにするんだよ」
「ああ、言ってなかったな。アンソニーには、マッサージの練習台になってほしくてな」

 いうなり大きな手が背中を撫でていく。そして背中から腰にかけて優しく押されていく。マッサージの経験がないため、うまさがまったくわからない。ただわかるのは、力加減がアンソニー好みで気持ちがいいことだけだ。
 最初は緊張していたアンソニーだったが、背中をほぐされれば、あっという間に筋肉が弛緩するのを感じる。

「どうだ? 気持ちいいか?」
「ん、気持ちいい……」
「そりゃ良かった」

 マッサージのおかげか体がポカポカする。大きなキーストンの手が背中を撫で、ふくらはぎや足裏を揉んでいく。あまりの心地よさにウトウトしてし、意識が溶けていく。
 その最中、昨日見た夢の続きを期待しながらそっと眠りについた。

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