臆病者は片思いに終止符を打つ

天霧 ロウ

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 かすかに感じる明るさで、目蓋を持ち上げる。

「すげー夢みた……」

 幸せすぎる夢を見た。同時にキーストンに片思いをこじらせているとはいえ、欲求不満にもほどがあるだろと頭を抱えたい衝動に駆られた。
 起き上がった後、隣で眠るキーストンの寝顔を見ると自然と唇に視線が吸い寄せられる。夢で交わしたようにキスをしたい気持ちが湧くが、邪念を捨てるように頭を振った。

「現実と夢を混合するな。夢はしょせん、夢だ」

 しっかり心の鍵を閉め、親友の仮面を被る。深呼吸をした後、キーストンの肩を掴んで揺する。

「キーストン、朝だぞ。副団長が寝坊したら笑われるぞ。あと、今日はクトルヌスさんと会う予定だろ」
「ん……、あぁ。そうだったな」

 キーストンが大きなあくびと共に起き上がる。そして、じっと見つめてくるキーストンに、アンソニーは首をかしげた。

「なんだよ」
「体、大丈夫か」

 夢の内容を思い出し、ドキッと心臓が跳ねる。乱れそうになる呼吸をなんとか抑え、不思議に思いつつも返した。

「平気だけど? なんでだ」

 言われてみれば、ほんの少し気だるいが気にするほどじゃない。聞き返すアンソニーにキーストンはフッと笑った。

「俺が抱き枕にしてるから寝返り打てないだろ? だから体の一部に負担がかかってないか心配でな」
「あー、そういうことか。それなら平気だぞ」

 だったら抱き枕にするなよと言うべきだが、キーストンに抱きついて寝るという役得を手放したくなかった。つくづく現金な自分に内心呆れつつ、表面上はなんてことないように返す。
 キーストンは「ならいいけどな」と言って、起き上がった。

「それじゃ、着替えてくる」
「俺も着替えるかな」

 キーストンがテキパキ着替えはじめたのを見て、アンソニーも着替えた。
 その後食堂に行けば、騎士に混じって明らかに浮いている存在が目に入った。男は泡のようなもこもこしたピンクの髪を一つに結び、焼きソーセージを挟んだパンを食べようとしていた。
 向こうもこちらに気づいたようだ。片手を挙げてブンブンと振る。

「キーストン殿、こちらですよぉ~」
「クトルヌス殿、おはようございます」

 キーストンと共にクトルヌスに近づけば、山羊を彷彿させる瞳孔が目に入る。クトルヌスがアンソニーへ目を向ければ、キーストンが体をわずかに横へずらした。

「クトルヌス殿、こちらが紹介したいと話していた俺の親友であり、幼馴染みのアンソニーです」
「はじめまして、聖ノデヌ教国からきた医者のアンソニーです」

 町中でも魔物を見かけたが、まさか師として紹介される相手が魔物とは思わなかった。聖ノデヌ教国では魔物を見かけないのもあって、物珍しさから観察しそうになる。
 ぐっと堪えて会釈すれば、クトルヌスはノコギリのような歯を見せながらニタニタと笑った。

「へぇ~、キーストンくんは親友相手にずいぶん変わった接し方をするんですねぇ?」
「クトルヌス殿」

 険を滲ませるキーストンにクトルヌスはにやついたまま肩を軽くすくめた。そして、アンソニーの頭からつま先まで眺めた後「いいでしょう」と微笑んだ。

「彼の真面目さに免じて、言葉を慎んであげますよぉ。それじゃあ、お役目ごめんなキーストンくんはあっちに行ってどうぞ~」

 追い払うように手を振ったクトルヌスを一瞥したキーストンはアンソニーに真面目な顔で言ってきた。

「アンソニー、もし嫌なことをされたら遠慮なく俺に言うんだぞ」
「わかったって。お前も仕事頑張れよ」

 そういうとキーストンが一つ頷いて、朝食を取りに並んだ。
 その背中を見つめていれば、クトルヌスがパット姿を消した。と思いきや、アンソニーの隣へ立っていた。そして、すっかり冷めた焼きソーセージを挟んだパンをアンソニーの口へ押しつけてきた。

「はい、どーぞ! 私はご覧の通り魔物なのでぇ、食事は不要なのです! でも、人間のあなたはそうじゃないでしょう?」
「それはそうですが……」

 だからといって食べようとしてたものを押しつけるのはどうなのか。そんな思考を読んだかのように、クトルヌスは「おおっと! 失礼しました!」と続けた。

「冷めてたら嫌ですよねぇ? ちょっと待っててくださいねぇ。……ほーら、これで食べやすいですよぉ」

 クトルヌスが言ったとおり、冷め切っていた焼きソーセージから柔らかな湯気と香ばしい匂いが立ち上り、唇に伝わるパンもまるで焼きたてのように温かい。そういう問題ではないが、食べなければ話が進みそうにないため、渋々アンソニーは手に取って食べた。
 手早く平らげたアンソニーを見てクトルヌスは満足そうにうんうんと頷いた。そして、肩に手を回して食堂の入り口へと歩き出した。

「さぁ、私の研究所に行きましょ~!」

 一緒に食堂の扉を通った瞬間、本来なら騎士宿舎の廊下に出るはずが、見覚えのない部屋へとでた。
 鼻腔を満たす異様な香りに顔をしかめた。鉄と薬草が混ざり合ったような、どこか錆びた匂い――病院とは違う、実験室特有の空気だった。目の前を白衣を着た多くの研究員が忙しなく行ったり来たりしている。
 彼らの傍には、無機質なテーブルの上に書類や実験器具が並んでいた。

「ここは……」
「私の研究所で、あなたが望む最先端の医療研究所ですよー」

 アンソニーから離れたクトルヌスはゆっくりと歩き出す。その後ろをアンソニーは追いかけた。

「最先端の医療って今なにを研究しているんですか?」
「細胞から新たな命を生み出すことですねえ。私としては、魔法によって生み出した方がてっとり早いですが、魔法三原則に触れちゃいますからね~」

 誰もが魔力を持つカーデルテッド大陸において、魔法は万能だ。ゆえに魔法を行使する際に三つのルールがもうけられている。
 一つ、危害を与える魔法の行使は冒険者や騎士など資格を持ったもののみ。
 一つ、時間魔法の研究および過去未来へ飛び歴史の改編を禁ずる。
 一つ、生命を生み出す行為を禁ずる。
 一つ目は当然として、二つ目は理論的に可能といわれているものの、莫大な魔力が必要なため実現できるのは魔王か、カーデルテッド大陸創世神話にでてくる創造神ぐらいと言われている。
 問題は三つ目だ。カーデルテッド大陸の創世神話によれば、創世神ケイオスの力によって知恵を得て魔獣から魔物になった頃、独自の文化を築いた魔物と人間は五十年あまりにおよぶ戦争が起きた。両者は魔法を用いて魔法生物を生み、減っていく兵士の代わりに駆り出した。しかし、自我を得た魔法生物たちは自分たちも同じ命だと権利を主張しはじめたのだ。
 三つ巴になり、さらに百年経ちそうになった頃、長らく存在不明と言われていた魔王が人間の王を伴って突如戦場の中心に現れて場を納めた。教皇を含めた三者は会談した後、魔法生物を魔物として認め、人間と和平条約を結び今日に至る。その際、人間と魔物の間で、二度と争いを起こさないよう魔法三原則を設けたのだ。

「確かに魔法三原則は破っていません、でも、やり方が違うだけで、命を生み出すという点では同じじゃないでしょうか」

 不安視するアンソニーにクトルヌスは「そうですねえ」と付け加えた。

「アンソニーくんは、レインバルク王国は見てどう思いましたぁ?」
「華やかで、人の多い街だなと。それと聖ノデヌ教国と違って、魔物が当たり前にいるのには少し驚きました」
「まさにそれです。レインバルク王国は同性婚が盛んなんですよねえ。私たち、魔物はキミたち人間と根本的に体のつくりが違うから性別関係なく子作りできますが、人間の細胞は融通がきかないからねえ」

 そういいながら研究員の一人がやってきて、クトルヌスに資料を手渡す。クトルヌスはそれに目を通しながら進んでいく。

「あがってるいる案の中で、成功率が高いのはお互いの細胞を掛け合わせて培養する方法ですねえ」
「さっきも言ったとおり、それは形を変えただけで、生命を生み出すのと同じじゃないですか」

 クトルヌスの話す内容が実現すれば、子を望んでもできない夫婦や同性同士のため子が望めないもの達には画期的だろう。だが、アンソニーは釈然としなかった。
 モヤモヤとした思いは言葉となって、無意識のうちに言葉となって転がりでた。

「仮にその方法が成功しても、子供を作るのであって産むわけじゃないですよね……」

 苦しい思いをしてでもキーストンの子供を産みたいアンソニーにとって、安心安全の培養方法は苦々しい気持ちになるのだ。唇を引き結び、目を伏せたアンソニーをクトルヌスは一瞥した後、前を見据えて変わらぬ調子で答えた。

「女性同士ならそっちはなんとかできるでしょうが、男同士は厳しいでしょうね~。なにしろ、キミら男の体はそういう風にできてませんしー」
「なら、一部作り替えるのはどうなんですか? そちらの研究はされていますか?」

 クトルヌスは足を止めた。アンソニーも足を止め、不安げな表情を浮かべながらクトルヌスを見上げる。資料から顔を上げたクトルヌスはアンソニーへ向き直るなり、口の端をつり上げてニヤニヤと笑った。

「まるでキミ自身が出産したいみたいな言い方ですねぇ? もしかして、アンソニーくんは好きな男でもいるのですか?」

 図星を突かれドッと冷や汗が背中を伝う。焦りをグッと抑え、アンソニーはから笑いをした。

「なに言ってるんですか。そんな相手いませんよ。ただの、純粋な疑問です。もし、一部作り替えられるなら、その技術を医療に転用できると思ったので……」
「そうですか! 私はてっきりキーストン殿と付き合ってるから聞いてきたのかと思いましたよ~!」

 突然の爆弾発言にアンソニーはなにを言われたかわからなかった。停止しかけた脳を無理矢理動かして、顔が勝手に赤くなるのをごまかすように早口で告げた。

「な゛、え゛? いやいや、冗談きついですって。俺とあいつは幼馴染みというか、腐れ縁みたいなもんだし。それにあいつは異性愛者ですから」

 王都に来てから距離が近くて嬉しい反面、久々だから距離感を忘れているだけだろう。ぎゅっと手を握りしめ、床へ視線を落とす。
 クトルヌスはじっとアンソニーを見下ろした後「そうでしたか~」と、意地悪く笑った。
 部屋の中央にたどり着くと、巨大な培養ポッドがいくつも並んでいた。ポッドの内部は淡い蛍光色を放ち、黄、赤、青の液体がゆっくりと揺れている。
 その中に浮かぶのは、まだ形を成していない肉の断片がうごめいている。それが細胞の集合体なのか、それとも実験の影響を受けた生物なのか、アンソニーには判別がつかなかった。

「……これは?」
「実験体です。私たちの研究は直接魔法を使っていないんです。つ・ま・り、これは『細胞の培養』にすぎないんですねえ」

 クトルヌスはさらりと言った。だが、アンソニーの目には、今まさに新しい生命が生まれようとしているようにしか見えなかった。

「クトルヌスさん、俺はレインバルクの医療を学びに来ました。あなたの実験を手伝いに来たんじゃありません」

 目の前の技術に圧倒されるが、本来の目的――レインバルクの医療の最先端技術を学びに来たのだ。行われている実験は確かに最先端だが、アンソニーの求めている一般的な医術と魔法を組み合わせた最先端の技術ではない。
 クトルヌスは「わかっていますよぉ」とのんびり返した。

「もちろん、そちらの技術も伝授してあげましょう。そのかわり、私の実験を手伝ってほしいのです。いくら第一騎士団副団長直々の紹介でも、筋は通さないと……公平じゃないですよねえ?」

 ニタニタと笑うクトルヌスの言い分はもっともだ。
 アンソニーはぐっと手を握りしめてクトルヌスを見据えた。

「わかりました。俺は何をすればいいんですか?」
「簡単なことです。培養中のデータを整理したり、魔力を使って細胞の適応率を測ったりと色々です。アンソニーくんは医者でしょう? なら、状態を見るのも得意でしょう?」
「それは、そうですけど……」

 スッと差し出されたノートを思わず受け取ったアンソニーは研究ノートに書かれたデータへ目を走らせた。
 研究ノートには驚くべき実験結果が記されていた。『特殊な波形を持つ魔力照射により、細胞の変異を確認』『特定の薬を加えることで、形状の変化を確認』
 ドクンと心臓が大きく跳ねる。全身が沸騰したかのように熱く、ノートに書かれている内容がスルスルと頭の中に流れてきた。内容を理解すれば、ごくっと唾を飲み込み、かすれた声が漏れた。

「……まさか、人間でも魔物のように肉体そのものを変えられるんですか?」
「面白いでしょう? これは固定化された人間の細胞に私たち魔物の不確定な細胞を移植した実験なんですよ」

 クトルヌスの言葉に、アンソニーの胸がざわついた。
 もし、これが実現できれば、自分の体も変えられる。つまり他人の臓器移植などせず、女になれるのだ。そうしたら、同性同士や子供ができないという夫婦の悩みが解消される。なにより、自分も女になって、今までキーストンに当たり前に触れていた女達のように堂々と触れあえるのだ。
 暗雲のすき間から差し込む光を感じ、無意識にノートを掴む手に力がこもる。
 無自覚に笑みを浮かべたアンソニーを無表情で見つめていたクトルヌスはフッと笑った。

「アンソニーくん。キミが自分の体を変えられるとしたら、どうする?」
「そんなこと、考えたこともないです」

 ハッとしたアンソニーは顔を引き締め、とっさに答える。だが、クトルヌスは薄く笑い、鋭い目でアンソニーを見つめた。

「そうなんですかぁ? それは残念ですねぇ~」

 目を伏せるアンソニーから視線を外すと「キーストンくんも話し合えばいいのに」とぼそっと呟いたが、あいにく目の前の希望に夢中なアンソニーには聞こえなかった。
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