臆病者は片思いに終止符を打つ

天霧 ロウ

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 エルキュに定住を決めて数日、キーストンから伝達魔法はこなくなった。ホッとする一方で、ぽっかりと空いた心の穴がときおりジクジクと痛んだ。

「いや、自業自得だろ。俺だって同じ立場ならそうするし……」

 口ではそういいつつも、寂しさを紛らわすため一人の時はタバコを吸うようになった。
 いつしか鏡に映る自分は医者とは思えないやる気のなさそうなくたびれた男になっていたが、アンソニーの腕を聞きつけてやってくるものは後を絶たない。
 噂は聖ノデヌ教国にいる両親にも伝わったのだろう。久しぶりに顔を見せてほしいという手紙を隔週で送られたが、アンソニーはあれこれ理由をつけて帰らなかった。
 正しくは帰れなかった。月日がいくら経とうと、聖ノデヌ教国に帰ってもキーストンへの想いが今以上に湧き上がってしまうからだ。
 


 キーストンのもとからでていって五年経った頃、ついに転機が訪れた。

「僕は夢魔という魔物で、テノといいます。あなたの弟子にしてくれませんか?」

 どこからともなくやってきた霧状の魔物――夢魔のテノが弟子入りを頼んできたのだ。
 午前の診察を終えて書類をまとめていたアンソニーははじめて見る霧状の存在に困惑を隠せなかった。

「俺に弟子入りしたい心意気は素晴らしいが、その姿でどうやって治療とかするんだ?」

 エルキュは人間や魔物が共存し、結果的に混血児も多い。彼らの複雑な生態を把握しているアンソニーを医者として好意を持てど、医者として厳しいことから弟子入りを申し出されたことはなかった。
 無精髭を撫でながら、風が吹けば消えてしまいそうな霧に尋ねると霧が一段と濃くなる。

「僕が学びたいのは医術ではありません。正確に言うと感情や心の機微です。夢魔は負の感情を食事にします。より効率的に摂取する方法としてカウンセラーになりたいんです。でも、僕は感情が理解できないので、あなたの元で多くの人間や魔物を観察したいなと思いまして」

 淡々と事務的に告げられた内容に、ややあっけにとられたが、納得もした。宙を漂う紺色の霧を眺めながらアンソニーは鷹揚に頷いた。

「わかった、弟子にしてやる。さっきも聞いたが、肉体がないのにどうやって俺の補佐をするんだ?」
「ああ、でしたら問題ないですよ。よいしょっと」

 言葉と共に霧が収束するなり人の姿をとった。
 上衣揃いの簡素な黒い服を包んだ不健康そうな青白い肌に、うなじでそろえた緩く波打つ青紫の髪から覗く耳先が尖った長い耳は紛れもなくテノを魔物と証明していた。パッとしない地味な顔立ちだが、眠そうな死んだ魚のような金色の目は不覚にも親近感が湧いた。
 だが、アンソニーを引きつけたのは肉体を構築した能力だ。

「待て待て、お前今人型になったのか?」
「そうですけど? 魔物なら誰でもできると思いますが」

 テノの発言は間違っていない。
 柔軟な魔物の細胞は変身魔法で望んだ姿へと変える。だが、ゼロから肉体の再構築は魔力の消耗が大きく、高位な魔物かそういう性質を備わっている魔物でないと寿命と引き換えになる。
 テノは霧状という極めて特殊な状況から肉体を構築したのだ。肉体を変化させるのではなく、ゼロから構築する。
 以前研究所で覚えたデータとテノの出現により不可能だと思っていたもの――今ある肉体を根幹から理想のものへ作り替えられる可能性がでた。そう、かつてキーストンに言われた『女だったら』を現実にできるのだ。
 ごくっと唾を飲み込む。構成した体を確認しているテノの手を勢いよく掴んだ。

「なあ、俺の弟子に認めるからお前の細胞を採取させてほしいんだけどいいか? いいよな?」
「はあ……、いいですけど」
「助かる! あー、そうそう名乗り忘れた! 俺はアンソニーだ。よろしくな、テノ」

 希望が見えたことで、心の底から笑みを浮かべられたのは久しぶりだった。
 それからアンソニーの日常は鬱屈していたのが嘘のように明るくなった。作り替えるなら魔物の部位を移植しても副作用が起きない便利なものに限る。
 今まで通り患者たちを救いつつ、狂気に等しい熱意は五年目の春に実を結んだ。





「我ながら完璧すぎるな」

 姿見の前でアンソニーは形のいい唇に笑みを浮かべながら腰に手を当てた。
 腰まである赤い髪を背中に流した菫色の瞳を持つ色白のクールな美女だ。形のいい胸に、くびれた腰やきゅっと締まった尻。均等のとれたしなやかな体つきは我ながら惚れ惚れしてしまう。

「キーストンの元カノを参考にしたけど、まずまずってところか」

 この姿を見て、赤い無精ひげを生やしたやる気のない垂れ目が印象的な男と誰が思うだろう。

「体内もいじりまくったし、トイレにいかなくて済むな」

 疑似核を心臓に埋め込んだおかげで、排泄が不要になった。そして、女体にした最大の理由――生殖器までいじったおかげで妊娠も可能だ。まさに見た目なら容姿の整った女だ。飽きずに鏡の前で全身をチェックしていれば、ノックの音がした。
 アンソニーは肩越しに振り返ると「入っていいぞ」と告げた。ガチャッと開くとテノが入ってくる。完全な女体へ変わったアンソニーを興味なさげに一瞥した。

「師匠、裸だと風邪引きますよ」
「おいおい、もうちょっとほかに言うことがあるだろ」

 腕を組んで、これ見よがしに形のいい乳房を持ち上げる。しかし、テノは顔を赤らめるどころか、半目で呆れを込めて言い返してきた。

「あいにく僕はくたびれた頃の師匠を知ってますので。見た目に惑わされませんよ」
「だとしても、少しは反応しろよ。まあ、お前のおかげで成功したし、褒美として俺の極上の乳を揉ませてやろう」
「結構です。それより師匠宛に手紙が届いてましたよ」
「ん、ありがとな」

 アンソニーの噂を聞きつけてきた相手だろうか。差し出された手紙を受け取り、宛名を確認すればキーストンだ。
 どうやってアンソニーの居場所を突き止めたかは知らないが、まさかの相手に鼓動が高鳴った。十年ぶりのキーストンの手紙に顔がこわばり、手が震える。
 なんとか開封して手紙を読もうとすると、テノがパチンと指を鳴らした。そうすれば、大きな布が頭上から降ってくる。

「手紙を読む前に、なにか身につけてください」
「わかったって。口うるさい弟子は去った去った」

 シッシッと追い払うように手を振る。テノは肩をすくめて出て行った。かぶっていたタオルを体に巻き、深呼吸をする。
 そして、胸の間に挟まっているキーストンからの指輪型の魔法具を引っ張り出すとそっと握った。

『アンソニーへ
この手紙がお前に無事届いていることを願う。調子はどうだ? 俺はそこそこ元気でやっている。

今回アンソニーに報告したいことがある。
なんと第一騎士団長を任された。第一騎士団長だぞ? 正直、こうして手紙を書いている間も現実味がなくて夢のような気分だ。
お前は知らないだろうが、お前が突然いなくなったあの後、俺なりにたくさん努力したし、功績もあげた。気のいい仲間たちも増えた。

アンソニーさえよければ、週末、久しぶりに第二王都で会わないか?
お前が出て行ってから十年経つし、積もる話がたくさんあるんだ。泊まる必要があるなら、希望の宿泊先を俺の方でとっておくから遠慮なく書いてくれ。

追記 
人を助けるのもいいけど、お前自身も大事にしろよ。返信を待っている。

キーストンより』

 読み終わった瞬間、キーストンからの誘いに胸が高鳴った。
 今までだったら嬉しいと思えても、男であるため鬱屈した気持ちがたまっていた。だが、女の肉体になった今、目の前で身も知らぬ女にただ指をくわえて見つめていた昔とは違う。

「でも、こいつ結婚したとかそういうのは書いてねえんだな」

 てっきりキャミーと結婚したと思っていたが、そうでもないようだ。つまりまだ独り身なのだろう。

「昔とは違う。今の俺は堂々とお前の隣にいられるんだ」

 まだ自分にもチャンスがある。そう思えば、脳が沸騰したかのように熱くなった。
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