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「アンさん、好きです。僕と付き合ってください!」
「悪いな、俺にとってお前は患者だから無理だ」
「ですよね……」
アンソニーを診療所の裏に呼んだ患者へ満面の笑みで断った。がっくりと肩を落とし、トボトボと町に戻っていく後ろ姿を一瞥し、ガシガシと頭を掻いた。
「ったく、どいつもこいつも美女になった途端、発情期を迎えた魔犬みたいに盛りやがって」
以前のアンソニーを知らない新しい住人からは今回のように告白されるのが常だった。
一番告白してほしい相手――キーストンとはあれからも誘いがある。
やはり女になって良かったが、屈託のない笑顔に苦々しさがいつも滲んでいる。それでも、体を見てほしいと定期的に呼ばれるのは幸いだ。しかし、一気に縮まる予定だった距離は縮まるどころか開いている。
「なにが問題なんだ?」
女になった今なら、手を出しても問題ないはずだ。
愛飲しているタバコを胸の谷間から取り出すと魔法で火をつけ、ゆっくり吸いながら呆然と灰色の空を見上げる。
「なにもかもうまくいかねー……」
面と向かうと塩対応のわりには、再会してからアンソニーの返信がなくとも以前のように十日に一度手紙を送ってくるようになった。それがアンソニーの心をいっそうモヤモヤさせた。
女になったのだから自分から告白すればいいのではと思うものの、長年の習慣とは恐ろしいもので『好き』という言葉すら満足につげないのだ。
清楚がダメならセクシー路線でと、体の輪郭がわかるぴったりと密着した赤いワンピースにロングコートと黒いブーツに切り替えてみたが反応は変わらない。
それでも呼び出されるたび、偶然を装って胸を押しつけたり、膝の上に乗っても無反応ときた。とどめに酔っ払ったと言って首に腕を回して密着しても「無理するな」と呆れられ、体を引き剥がされる始末だ。
「せっかく女になったってのに、なんでうまくいかねえんだよ」
男の頃よりスキンシップが減っている。対応の仕方も恥ずかしいなどではなく、明らかに興味がないといった感じだ。
タバコを深く吸い、ゆっくり空に向けて吐く。青空を覆う雲を見つめていると開きっぱなしの扉を通ってテノが声をかけてきた。
「師匠、いつもの手紙が届きましたよ」
「ん? まだ十日経ってねえんだけどな」
キーストンは妙なところでまめだ。キーストンのなにかあったのかもしれない。体中の血が勢いよく巡り、テノからキーストンの手紙を受け取ると素早く封を切る。
しかし、手紙に目を通した途端、気が抜けた。
「カウンセラーに適した人材を知らないかだぁ?」
書かれている内容は、クトルヌスが研究に没頭したいから今まで片手間にやっていたカウンセラーをやめるからその代わりになるいい人材を知らないかとのことだ。
「カウンセラー、カウンセラーねぇ……」
問診や簡単な相談ならアンソニーでもできるが、カウンセリングとなれば話は別だ。
吸いきったタバコを燃やし、午後の診察に備えて中へ戻った。
「はい、師匠。コーヒーですよ」
「おう、ありがとな」
テノがコーヒーをデスクに置いた。チラッとテノを見て、もう一度手紙を確認する。
「なあ、テノ。レインバルク王国の第一王都にある騎士団がカウンセラーを募集しているらしいがどうだ?」
「僕がですか?」
きょとんとするテノにアンソニーは頷いた。
「お前が俺の補佐をして五年経つし、俺のそばでいろんな患者と接してきただろ。医者としては論外だけど、カウンセラーとしてなら問題ないと俺は思う」
「まあ、確かにそろそろ独立しようかなと思っていましたよ。でも、いきなり第一王都の騎士団に雇ってもらえるもんなんですか?」
テノの指摘にアンソニーはふふんと鼻で笑うと手紙を軽く振った。
「普通は無理だ。でも、俺には第一騎士団の団長っていう最高の伝手があるからな。それで、どうする?」
「それじゃあ、お言葉に甘えてお願いします。師匠」
「おう、どーんと師匠に任せとけ」
ぺこっと頭を下げるテノの頭を乱暴に撫でれば、テノは「やめてくださいよ」と距離を取り、そのまま部屋を出て行った。
さっそくキーストンに報告しようと伝達魔法を飛ばせば、すぐに繋がった。
「キーストン、今大丈夫か?」
『問題ない。どうした?』
「手紙の件で話したいことがあるんだ。面と向かって話したい。長くなる可能性があるから、できれば丸一に空いている日を教えてくれ。俺の方であわせるから」
手紙や伝達魔法で用件を伝えるのは簡単だが、大事な弟子の門出だ。テノを任せる以上キーストンにテノのことを多少話しておきたかった。
シンと沈黙が続く。不思議に思ったアンソニーは首をかしげた。
「おい、キーストン。聞いてるか?」
『……わかった。そうだな、三日後はどうだ』
「三日後……」
カレンダーを確認すれば、ちょうど休診日だ。アンソニーは頷くと自然と声を弾ませた。
「んじゃ、三日後な。ついでに体の調子見てやるからお前の部屋でいいか? いつもクトルヌスさんが使っていた角部屋を今後カウンセラー室にするんだろ?」
「それはそうだが」
渋るキーストンにアンソニーは呆れを込めて続けた。
「お前の部屋は魔力認証で書斎室と個人部屋で切り替えられるんだからいいだろ」
『なんで知ってるんだ』
「お前のところの騎士に教えてもらった」
騎士団長の部屋だから貴重な書類もあるため部外者であるアンソニーを入れられないのもわかる。しかし、アンソニーとしては体が資本で大事なキーストンの体を適当な場所で確認したくない。
少しの沈黙の末『わかった』とキーストンが答えた。
『それじゃあ、十時頃、騎士団長室の前で待っててくれ』
「おう、じゃあ三日後な」
女体になってから一度も招かれてなかっただけに、許可が下りたことにホッとする。
同時に、久しぶりに入れるキーストンの私室に緊張して全然眠れなかった。
三日後、いつもの体に密着している赤いワンピースとロングコートで部屋の前で待っていた。緊張を紛らわすためタバコを吸いたいが、さすがに他人に害がないとはいえ、騎士宿舎で吸うわけにもいかない。
「思ったより変わってねえなあ……」
騎士団長になったらたいてい一軒家を手に入れるらしいが、キーストンはそうせず、第一騎士団長室を王の許可をもらった後、自分でいじったようだ。改めてキーストンの私室に入ると思うと、心臓がバクバクと激しくなり、落ち着かない。
「タバコ吸いてー……」
「吸うなら俺の部屋で吸うんだな」
「うお!」
扉にもたれかかっていたせいか、あやうく背中から部屋に入るところだった。幸い扉のすぐそばに立っていたキーストンにもたれる形で転ばずに済んだ。
「ほら、入れ」
「おう……」
姿勢を正したアンソニーは心臓がバクバクするのを感じながら、そろそろと中へ入った。
グレーがかった白い壁と灰色のつるっとした床のおかげか、室内は明るくより広々としている。
「へー、副団長室より広いんだな」
「魔法で拡張したんだ」
足を進めれば、部屋の右奥には中型の冷蔵庫と腰高の食器棚並んでいる。そこから少し離れた場所にローテーブルを挟んだソファがあった。
「お、冷蔵庫じゃん……って、酒ばっかりなのはどうなんだよ」
勝手に中を開ければ、所狭しといろんな種類の酒が並んでいる。パタンとドアを閉め、気まずそうに視線を合わせないようにしているキーストンを半目で見た。
「酒飲むのはいいけど、少しは摂生しろよ」
「一日空けるのは一本だけだ」
「いや、ボトル一本はダメだろ」
以前のキーストンはここまで酒好きじゃなかったはずだ。同時に月日が経ったのを実感する。
キーストンの後ろ側をチラッと見れば、深緑のカーペットと見慣れた大きなベッドがあった。すぐ傍には大きな観葉植物が置かれており、ベッドに緑色の影を落としている。
一瞬、昔を思い出し恋しくなるものの頭から追い出す。
「とりあえず、ソファに座っててくれ」
「ん」
ソファへ腰を下ろせば、キーストンがワイングラスを二つとボトルを手に向かいのソファに腰を下ろした。二つのガラスに白いワインが注がれ、そのうちの一つを差し出される。
「昼間から酒かよ」
「あいにく俺の部屋にある飲み物は酒だけだからな」
げんなりしつつも、一口飲めば柔らかな口当たりだ。気を抜いたらあっという間に飲み切ってしまうだろう。アンソニーはグラスを置くと、足を優雅に組んで空間からキーストンの手紙とテノに関しての書類を出した。
「カウンセラーの件だけど、俺の弟子――テノを推薦したいんだ」
「お前弟子なんかとってたのか」
書類を手渡せば、キーストンが意外そうに呟く。アンソニーは鷹揚に頷いた。
「おう、魔物――夢魔は負の感情を食事にするんだ。それで、より効率的に摂取する方法としてカウンセラーになりたいって言ってきてな。だから、俺も助手として側においていろんな患者と関わらせてたんだよ。良くも悪くも深入りしすぎないし、夢魔という特性もカウンセラー向きだ」
すぐさま内容を確認したのだろう。書類から顔を上げるとしげしげとアンソニーを見てくる。
「彼を採用しよう」
「即決していいのかよ。せめて面談して性格による適性をみるとか、色々あるだろ」
「普通ならするが、お前の弟子で、お前が推薦する相手なら問題ないだろ。これを彼に渡してくれ」
「そうかよ……」
書類を空間にしまったキーストンは事前に用意していたであろう手紙を差し出してくる。それを受け取るとともにテノへ送った。
もっとテノについてあれこれ言われると思っていただけに、肩透かしを食らった気分だ。それもこれも、男の時に築いた親友だからこそだろう。グラスに残っていたワインを一気に飲み干すと勢いよく立ち上がった。
「んじゃ、お前の体みるか」
「頼む」
ベッドに行くと思ったが、キーストンはソファの背を倒して簡易ベッドにした。久しぶりにベッドへあがれると思ってた。女になってからガードの固いキーストンに内心歯がみしながらキーストンの傍に回った。
簡単な柔軟や腕や肩。ふくらはぎや太ももも確認するが、問題ない。
「診たところ問題ないな」
「そうか。次も頼む」
礼と共に革袋を差し出してくる。アンソニーは半目になってそれを押し返した。
「いらねえって。こんなのたいした診療じゃねえし。親友兼幼馴染み特権みたいなもんだ」
「お前にとってはそうでも、俺からすればれっきとしたプロによる診察だ。対価はきちんと支払うべきだろ。しっかり受け取れ」
肩をすくめるアンソニーにずいっと差し出してくる。
好きな相手であり、親友兼幼馴染みのキーストンと直接的な金銭のやりとりはどうにも抵抗がある。
それはきっと親友兼幼馴染みではなく、医者と患者という他人行儀な立場になるからだ。そもそもキーストンの体を診るのはアンソニーが個人的にしたいからしてるだけだ。アンソニーからすれば、すでに等価交換はなりたっている。
中々受け取らないアンソニーにキーストンはため息をついた。
「それじゃあ、これは今度の食事代でいいか」
「ん、それならいい」
キーストンからのおごりという形なら問題ない。頬を緩めてはにかめば、キーストンも眉間のしわを解いた。
「今日はこのまま帰るのか?」
「んー、久しぶりに第三王都の研究所に顔出してから帰る」
「そうか。気をつけろよ」
一転して真面目な顔つきで言ってくるキーストンに軽く手を振ると、アンソニーは第三王都へ転移した。
「悪いな、俺にとってお前は患者だから無理だ」
「ですよね……」
アンソニーを診療所の裏に呼んだ患者へ満面の笑みで断った。がっくりと肩を落とし、トボトボと町に戻っていく後ろ姿を一瞥し、ガシガシと頭を掻いた。
「ったく、どいつもこいつも美女になった途端、発情期を迎えた魔犬みたいに盛りやがって」
以前のアンソニーを知らない新しい住人からは今回のように告白されるのが常だった。
一番告白してほしい相手――キーストンとはあれからも誘いがある。
やはり女になって良かったが、屈託のない笑顔に苦々しさがいつも滲んでいる。それでも、体を見てほしいと定期的に呼ばれるのは幸いだ。しかし、一気に縮まる予定だった距離は縮まるどころか開いている。
「なにが問題なんだ?」
女になった今なら、手を出しても問題ないはずだ。
愛飲しているタバコを胸の谷間から取り出すと魔法で火をつけ、ゆっくり吸いながら呆然と灰色の空を見上げる。
「なにもかもうまくいかねー……」
面と向かうと塩対応のわりには、再会してからアンソニーの返信がなくとも以前のように十日に一度手紙を送ってくるようになった。それがアンソニーの心をいっそうモヤモヤさせた。
女になったのだから自分から告白すればいいのではと思うものの、長年の習慣とは恐ろしいもので『好き』という言葉すら満足につげないのだ。
清楚がダメならセクシー路線でと、体の輪郭がわかるぴったりと密着した赤いワンピースにロングコートと黒いブーツに切り替えてみたが反応は変わらない。
それでも呼び出されるたび、偶然を装って胸を押しつけたり、膝の上に乗っても無反応ときた。とどめに酔っ払ったと言って首に腕を回して密着しても「無理するな」と呆れられ、体を引き剥がされる始末だ。
「せっかく女になったってのに、なんでうまくいかねえんだよ」
男の頃よりスキンシップが減っている。対応の仕方も恥ずかしいなどではなく、明らかに興味がないといった感じだ。
タバコを深く吸い、ゆっくり空に向けて吐く。青空を覆う雲を見つめていると開きっぱなしの扉を通ってテノが声をかけてきた。
「師匠、いつもの手紙が届きましたよ」
「ん? まだ十日経ってねえんだけどな」
キーストンは妙なところでまめだ。キーストンのなにかあったのかもしれない。体中の血が勢いよく巡り、テノからキーストンの手紙を受け取ると素早く封を切る。
しかし、手紙に目を通した途端、気が抜けた。
「カウンセラーに適した人材を知らないかだぁ?」
書かれている内容は、クトルヌスが研究に没頭したいから今まで片手間にやっていたカウンセラーをやめるからその代わりになるいい人材を知らないかとのことだ。
「カウンセラー、カウンセラーねぇ……」
問診や簡単な相談ならアンソニーでもできるが、カウンセリングとなれば話は別だ。
吸いきったタバコを燃やし、午後の診察に備えて中へ戻った。
「はい、師匠。コーヒーですよ」
「おう、ありがとな」
テノがコーヒーをデスクに置いた。チラッとテノを見て、もう一度手紙を確認する。
「なあ、テノ。レインバルク王国の第一王都にある騎士団がカウンセラーを募集しているらしいがどうだ?」
「僕がですか?」
きょとんとするテノにアンソニーは頷いた。
「お前が俺の補佐をして五年経つし、俺のそばでいろんな患者と接してきただろ。医者としては論外だけど、カウンセラーとしてなら問題ないと俺は思う」
「まあ、確かにそろそろ独立しようかなと思っていましたよ。でも、いきなり第一王都の騎士団に雇ってもらえるもんなんですか?」
テノの指摘にアンソニーはふふんと鼻で笑うと手紙を軽く振った。
「普通は無理だ。でも、俺には第一騎士団の団長っていう最高の伝手があるからな。それで、どうする?」
「それじゃあ、お言葉に甘えてお願いします。師匠」
「おう、どーんと師匠に任せとけ」
ぺこっと頭を下げるテノの頭を乱暴に撫でれば、テノは「やめてくださいよ」と距離を取り、そのまま部屋を出て行った。
さっそくキーストンに報告しようと伝達魔法を飛ばせば、すぐに繋がった。
「キーストン、今大丈夫か?」
『問題ない。どうした?』
「手紙の件で話したいことがあるんだ。面と向かって話したい。長くなる可能性があるから、できれば丸一に空いている日を教えてくれ。俺の方であわせるから」
手紙や伝達魔法で用件を伝えるのは簡単だが、大事な弟子の門出だ。テノを任せる以上キーストンにテノのことを多少話しておきたかった。
シンと沈黙が続く。不思議に思ったアンソニーは首をかしげた。
「おい、キーストン。聞いてるか?」
『……わかった。そうだな、三日後はどうだ』
「三日後……」
カレンダーを確認すれば、ちょうど休診日だ。アンソニーは頷くと自然と声を弾ませた。
「んじゃ、三日後な。ついでに体の調子見てやるからお前の部屋でいいか? いつもクトルヌスさんが使っていた角部屋を今後カウンセラー室にするんだろ?」
「それはそうだが」
渋るキーストンにアンソニーは呆れを込めて続けた。
「お前の部屋は魔力認証で書斎室と個人部屋で切り替えられるんだからいいだろ」
『なんで知ってるんだ』
「お前のところの騎士に教えてもらった」
騎士団長の部屋だから貴重な書類もあるため部外者であるアンソニーを入れられないのもわかる。しかし、アンソニーとしては体が資本で大事なキーストンの体を適当な場所で確認したくない。
少しの沈黙の末『わかった』とキーストンが答えた。
『それじゃあ、十時頃、騎士団長室の前で待っててくれ』
「おう、じゃあ三日後な」
女体になってから一度も招かれてなかっただけに、許可が下りたことにホッとする。
同時に、久しぶりに入れるキーストンの私室に緊張して全然眠れなかった。
三日後、いつもの体に密着している赤いワンピースとロングコートで部屋の前で待っていた。緊張を紛らわすためタバコを吸いたいが、さすがに他人に害がないとはいえ、騎士宿舎で吸うわけにもいかない。
「思ったより変わってねえなあ……」
騎士団長になったらたいてい一軒家を手に入れるらしいが、キーストンはそうせず、第一騎士団長室を王の許可をもらった後、自分でいじったようだ。改めてキーストンの私室に入ると思うと、心臓がバクバクと激しくなり、落ち着かない。
「タバコ吸いてー……」
「吸うなら俺の部屋で吸うんだな」
「うお!」
扉にもたれかかっていたせいか、あやうく背中から部屋に入るところだった。幸い扉のすぐそばに立っていたキーストンにもたれる形で転ばずに済んだ。
「ほら、入れ」
「おう……」
姿勢を正したアンソニーは心臓がバクバクするのを感じながら、そろそろと中へ入った。
グレーがかった白い壁と灰色のつるっとした床のおかげか、室内は明るくより広々としている。
「へー、副団長室より広いんだな」
「魔法で拡張したんだ」
足を進めれば、部屋の右奥には中型の冷蔵庫と腰高の食器棚並んでいる。そこから少し離れた場所にローテーブルを挟んだソファがあった。
「お、冷蔵庫じゃん……って、酒ばっかりなのはどうなんだよ」
勝手に中を開ければ、所狭しといろんな種類の酒が並んでいる。パタンとドアを閉め、気まずそうに視線を合わせないようにしているキーストンを半目で見た。
「酒飲むのはいいけど、少しは摂生しろよ」
「一日空けるのは一本だけだ」
「いや、ボトル一本はダメだろ」
以前のキーストンはここまで酒好きじゃなかったはずだ。同時に月日が経ったのを実感する。
キーストンの後ろ側をチラッと見れば、深緑のカーペットと見慣れた大きなベッドがあった。すぐ傍には大きな観葉植物が置かれており、ベッドに緑色の影を落としている。
一瞬、昔を思い出し恋しくなるものの頭から追い出す。
「とりあえず、ソファに座っててくれ」
「ん」
ソファへ腰を下ろせば、キーストンがワイングラスを二つとボトルを手に向かいのソファに腰を下ろした。二つのガラスに白いワインが注がれ、そのうちの一つを差し出される。
「昼間から酒かよ」
「あいにく俺の部屋にある飲み物は酒だけだからな」
げんなりしつつも、一口飲めば柔らかな口当たりだ。気を抜いたらあっという間に飲み切ってしまうだろう。アンソニーはグラスを置くと、足を優雅に組んで空間からキーストンの手紙とテノに関しての書類を出した。
「カウンセラーの件だけど、俺の弟子――テノを推薦したいんだ」
「お前弟子なんかとってたのか」
書類を手渡せば、キーストンが意外そうに呟く。アンソニーは鷹揚に頷いた。
「おう、魔物――夢魔は負の感情を食事にするんだ。それで、より効率的に摂取する方法としてカウンセラーになりたいって言ってきてな。だから、俺も助手として側においていろんな患者と関わらせてたんだよ。良くも悪くも深入りしすぎないし、夢魔という特性もカウンセラー向きだ」
すぐさま内容を確認したのだろう。書類から顔を上げるとしげしげとアンソニーを見てくる。
「彼を採用しよう」
「即決していいのかよ。せめて面談して性格による適性をみるとか、色々あるだろ」
「普通ならするが、お前の弟子で、お前が推薦する相手なら問題ないだろ。これを彼に渡してくれ」
「そうかよ……」
書類を空間にしまったキーストンは事前に用意していたであろう手紙を差し出してくる。それを受け取るとともにテノへ送った。
もっとテノについてあれこれ言われると思っていただけに、肩透かしを食らった気分だ。それもこれも、男の時に築いた親友だからこそだろう。グラスに残っていたワインを一気に飲み干すと勢いよく立ち上がった。
「んじゃ、お前の体みるか」
「頼む」
ベッドに行くと思ったが、キーストンはソファの背を倒して簡易ベッドにした。久しぶりにベッドへあがれると思ってた。女になってからガードの固いキーストンに内心歯がみしながらキーストンの傍に回った。
簡単な柔軟や腕や肩。ふくらはぎや太ももも確認するが、問題ない。
「診たところ問題ないな」
「そうか。次も頼む」
礼と共に革袋を差し出してくる。アンソニーは半目になってそれを押し返した。
「いらねえって。こんなのたいした診療じゃねえし。親友兼幼馴染み特権みたいなもんだ」
「お前にとってはそうでも、俺からすればれっきとしたプロによる診察だ。対価はきちんと支払うべきだろ。しっかり受け取れ」
肩をすくめるアンソニーにずいっと差し出してくる。
好きな相手であり、親友兼幼馴染みのキーストンと直接的な金銭のやりとりはどうにも抵抗がある。
それはきっと親友兼幼馴染みではなく、医者と患者という他人行儀な立場になるからだ。そもそもキーストンの体を診るのはアンソニーが個人的にしたいからしてるだけだ。アンソニーからすれば、すでに等価交換はなりたっている。
中々受け取らないアンソニーにキーストンはため息をついた。
「それじゃあ、これは今度の食事代でいいか」
「ん、それならいい」
キーストンからのおごりという形なら問題ない。頬を緩めてはにかめば、キーストンも眉間のしわを解いた。
「今日はこのまま帰るのか?」
「んー、久しぶりに第三王都の研究所に顔出してから帰る」
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