臆病者は片思いに終止符を打つ

天霧 ロウ

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 研究所近くのベンチへ転移すれば、まるでそのタイミングがわかっていたと言わんばかりに通りのいい低い――知らないのに懐かしさが届いた。

「へえ、お前が女になったって噂は本当だったんだな」
「そのふてぶてしい感じは、もしかしてクスルか?」

 振り返った先には白衣が似合うスラッとした長身の男がいた。風に揺れる艶やかな短い黒髪と快活な雰囲気は変わっていない。
 目の前まで来たクスルはアンソニーをじっと見下ろした後、ニヤッと笑った。

「ふーん、それが理想のお前なんだ?」
「文句あるかよ」

 ジロッと睨めば、クスルはおもむろにアンソニーの胸を掴んできた。

「いっで! 力任せに掴むな!!」

 クスルの手を掴んで剥がすと、クスルは軽快に口笛を吹いてしたたかに笑った。

「結構いい感じじゃん。キーストンには揉んでもらったか?」

 キーストンの名前にドッと心臓が跳ね上がる。アンソニーがキーストンを好きなのは誰にも伝えていない。焦りを必死に抑え、表面上はあきれ顔で返した。

「なんでキーストンがでてくるんだよ。そういや、ピアナは?」

 二人はクトルヌスの助手なのもあって、いつも一緒にいた。それが今はクスルしかいない。クスルはきょとんとした後、腰に手を当てると誇らしげに言ってきた。

「ピアナは今妊娠休暇中だ」
「に、妊娠?! 誰の子供だ?」

 ピアナにはいつもクスルがそばにいてほかの男が近づけなかった。そんなピアナが妊娠。困惑するアンソニーに待ってましたと言わんばかりに、クスルは自身の胸に手を当てて自信満々に答えた。

「もちろん、私との子だ。今回、二回目の出産とはいえ、双子だからな。早めに休暇をとらせたんだ」
「に、二回目?」

 突然の情報に脳が理解を拒否する。その間も、クスルは満面の笑みでうんうんと頷きながら続けた。

「私は女同士のままでも良かったが、ピアナが子供を欲しそうにしてたからな。それなら私が男になった方が早いと思って今に至るわけだ」
「お前らやっぱりそういう関係だったのかよ」

 薄々察していたが、いざ開示されてると苦々しい気持ちだ。クスルはふんと鼻を鳴らすと、冷ややかにアンソニーを見下ろした。

「私はお前らとは違う。少しでも可能性があるなら全力でいくし、全身全霊かけて愛するものの願いを叶えたいだけだ。そうだ、せっかくだし写真を見せてやる。みんな、ピアナ似の天使達で可愛いんだ」

 ベンチに腰をかけて手招きされた。アンソニーはやれやれと思いながらクスルの隣へ座った。
 嬉々として胸ポケットから端末を取り出したクスルが宙に映し出した写真はピアナ似の大人しそうな雰囲気をした黒髪の子供が映っている。二人の愛情を惜しみなく受けて育ったのだろう。愛らしい笑顔をしていた。

「いい笑顔してるな」
「私たちが惜しみなく愛しているからな」

 クスルがそっと写真に映る子供を撫でた。

「アンソニー、お前はキーストンが好きなんだろう。なぜ告白しない」

 突然の言葉のナイフに息が詰まる。今まで誰にも言及されなかった想いを引きずり出される恐怖に汗が滲んでくる。同時に、ずっと暗い道に差し込んだ細い光のようにも思えた。
 口の中がカラカラになるのを感じながら、絞り出すように呟いた。

「俺の出身――聖ノデヌ教国の教えは知ってるか?」
「ああ、さわり程度ならな。でも、あそこはお前が子供の頃には同性婚が認可されたのだろう」

 ますます意味がわからないというクスルにアンソニーは苦笑した。

「俺、あいつが国を出る時、告白しようと思ったんだ。でも、その時言われたんだ。女だったらって……さ」

 今でもはっきり思い出せる。
――俺はアンソニーを命に代えてもいいぐらい、大事な親友だと思ってる。でも、お前と仲良くなるほど、お前が女だったらって思う時があってさ。あ、いや! 男のお前が嫌ってわけじゃないぞ! 親友として大好きだ!
 はにかんで紡がれた言葉はアンソニーにとって呪いだ。
 クスルは写真を見つめたまま「ふーん」とどうでもよさそうに呟いた。

「念願の女になってなにをためらってるんだ」
「だって、女になってから前より遠いんだよ! 男だった頃は、こっちの気持ちも知らねえでベタベタくっついてきたり、一緒に寝たがったりしたのにっ。女になってから他人行儀で、俺がどんなにくっついたりしても喜ぶどころか無関心だし」

 女になればなにもかもうまくいくと思っていた。女になった自分なら恋愛対象として受け入れてくれると思った。だが、現実は違う。
 ボロボロと涙が溢れてきて、視界が霞む。

「俺はお前とは違う。もう一度拒絶されたら、耐えられない。生きていられない」
「だからって、キーストンの気持ちも聞かず決めつけて、ずーっとウジウジしてるのか」
「俺とキーストンがどのくらい長く幼馴染みやってると思ってんだ。あいつの考えてることはわかるんだよ」

 ムカッとして言い返せば、クスルは「どうだか」と呆れながら端末を胸ポケットにしまった。

「お前らは昔から自分と向き合いすぎて、本当に大事な相手を見てないな」
「どういう意味だよ、それ」
「言葉通りだ。それじゃ、私は研究に戻る。お前も今やっている研究を見ていくか」
「……いや、いい。クスル、その」

 ベンチから立ち上がったクスルを見上げて、アンソニーは弱々しく笑った。

「ありがとな」
「ああ、存分に感謝しろ」

 クスルはフッと笑い、軽く手を振って研究所に戻った。
 クスルと別れた後、第二王都に戻って適当な喫茶店に入った。

「自分と向き合いすぎか……」

 十年前、キャミーと一緒に入った喫茶店で告げられた言葉を思い出す。
――とにかくキーストンさんとはしっかり腹を……いいえ、心から話すべきです!

「話すってなにをだよ。俺がお前をずーっと好きだったってことをか? 無理だろ」

 テーブルに顔を乗せ、道行く人をぼんやりと眺める。その中にはいくつか恋人同士がいた。愛する人から愛を返されて、幸せに満ち足りた様はうらやましい。
 ぼんやりと見ていれば、気のせいか視界が霞む。思わず眉を寄せ、体を起こす。目を擦ってもう一度雑踏を眺めるが、うまくピンとがあわない。

「あー……、この目もガタがきたのか」

 ずっと酷使をしていたのだ。あいにく目の培養はしていない。人間の臓器は魔物の体と比べて培養に時間がかかる。
 幸いエルキュに戻った後、シルフから細胞の一部をもらい目を培養すれば、今より優れた目が手に入るだろう。そうすれば、より治療がしやすくなる。

「髪以外でお前が綺麗って言ってくれたものなのにな……」

 取り替えたくない。かといって、このままでは今後の治療において足を引っ張る。眼鏡という手もあるが、命を預かる以上、手術中は少しでも気になるようなことが起きてほしくない。
 自分という心は変わっていない。けど、体の一部が変わる度にキーストンとの大事な思い出を築いた自分が剥がれ落ちていく気がする。

「だとしても、俺は医者だろ。命を助けるのに足を引っ張る目なんて……いらない」

 一段とぼやけて霞む。残っていたコーヒーを飲み干すと会計をした。
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