欠陥研究者は愛を解明したい

天霧 ロウ

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恋人は臨機応変に行動するもの

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 その日、いつも通り起きた朝は少し違っていた。
 今までなら身支度を済ませたら朝食代わりに完璧な栄養バランスを組まれた錠剤を飲んで出社していた。
 だが、今日はテーブルに焼きたての食パンに加え、目玉焼き、ソーセージ、ちぎられたレタスと半月に切られたトマトが二つ、大きめの皿に盛られて並べられていた。
 できたての目玉焼きとソーセージからは白い湯気が昇り、霧散していく。
 フライパンを洗っていたメルギスクが顔を上げると一拍おいて「おはようございます」と声にした。

「ご飯作ったので、よかった食べてください」
「そういうならいただこうかな」

 イスに座ると箸を手に取ってトマトを挟んで口に運ぶ。ついで用意されたマーガリンを食パンに塗って一口囓る。
 どれも切るか焼いただけの簡単なものだ。それでも胃だけでなく、かすかに胸が温かくなる。コーヒーが入っているマグカップを目の前においたメルギスクが向かいへと腰を下ろした。

「作っておいてなんですけど、まずくないですか?」
「おいしいよ」

 ひととおり食べ終えて飲むコーヒーは職場で飲む風味の欠片もないこげ茶色の水とはまるで違う。
 鼻を抜けていく香ばしい匂いを味わい終えるとカラになったマグカップをテーブルに置いた。

「朝食を作ってくれてありがとう。それじゃあ行ってくるよ」
「……いってらっしゃい」
 
 ためらいがちに返された言葉に、にこっと微笑んで席を立った。



 それからメルギスクは毎日朝食と夕食を作るようになった。
 習慣化とは恐ろしいもので、最初こそどこかぎこちなく感じた食事も一ヶ月経つ頃にはすっかり体になじんでいた。

「ホルツさん、最近彼女できたんですか?」

 食堂で昼食をとっていた時、女社員の一人が聞いてきた。
 口に運びかけたビーフシチューを掬ったスプーンを置くとゆっくり瞬きした。

「どうしてそう思ったんだい?」
「最近血色がいいって女性社員の間で話題になっているんですよ。だからついにホルツさんに彼女ができたんじゃって。それでどうなんですか?」
「そうだね……」

 ちらっと女社員たちを見れば、顔を紅潮させ、瞳は期待と失望で揺れている。自分の一言で社員たとのやる気が左右されるのだ。じっと女社員たちを見つめた後、頬杖をついて微笑んだ。

「きみたちの好きにするといい。決めてしまったらつまらないだろう?」
「ホルツさんのいじわる~!」

 黄色い声を上げる女社員から視線を外すと食べかけのビーフシチューを再び口にした。
 休憩時間が終わり、自室に戻ろうとすれば端末から通知音が鳴った。紙コップのコーヒーを片手に通知へ目を通せば、拘束していた魔人が脱走したとのことだ。

「ふむ……」

 どうやら魔人が向かっている方面は中央区域でも未発展地区のようだ。脱走した魔人の体に埋め込んだチップから自害する命令をだすのは簡単だ。けれど、逃げた魔人の遺伝子は未回収なまま死なせて被害を出したら色々と面倒だ。
 戦闘局員を確認するが、そろいもそろってほかの仕事で手一杯なのか誰も手が回せない。熱々のコーヒーを飲み干すとホルツはカラになった紙コップをゴミ箱へと放り捨てた。

「従順にしていれば、苦しまず処分されただろうに」

 ぱちんと指を鳴らせば、突如頭上へ現れたホルツに魔人が息を飲み、目を見開く。脂汗をドッと滲ませ青白い顔を歪める魔人へホルツはすうっと目を細めた。

「私の許可なく、外に出るなんてだめじゃないか」

 重力に流されるまま魔人の背中に着地すると、片手で頭を掴み地面へ叩きつける。
 力加減を誤って地面に青い血がゆっくりと広がっていくものの、魔人の意識はまだあるらしくホルツの下でバタバタと手足を動かしてもがいている。

「離せ! 俺は死にたくない! 死にたくないんだ!」
「こらこら、暴れない」

 体重をさらにかけるとミシッと魔人の背骨が悲鳴を上げるが、気にせず懐から即効性の麻酔薬を取り出してうなじへと押し付けた。途端にプシュと気の抜けた音ともに麻酔が減っていく。
 宙をかいていた手足はだらりと落ち、白目をむいて動かなくなる。念の為、脈を図り生きていることを確認し終えると、魔人の背中から降りて立ち上がる。
 あとは地下へあてがった部屋に戻せば終わりだ。ひとまず確保したことを連絡して端末を切ると少し乱れた前髪をかき上げた。

「さて、戻るか」

 管理局へと移動しようと指を鳴らそうとしたが、その手は音を鳴らすことはなかった。
 それどころか素早いなにかに肘から下を噛みちぎられ、舗装していない地面に派手な赤い飛沫がいくつも散った。

「ははっ、やってやったぜ! 俺を見下すからそうなるんだ!」

 気絶していた魔人が口の端をつり上げ、ひくつかせながら叫んでくる。どうやら魔人の腕の一部が獣の頭となって腕を食いちぎったようだ。
 獣の頭へと形状を変えた魔人の腕は見境なくところせましと並ぶあばら屋を襲った。耳障りな崩壊の音と住人の悲鳴が混ざり、粉塵があたりに舞う。そして再び襲ってきた獣の頭をした手がホルツを飲み込もうと大きく口を開いた。
 しかし、ホルツが苦悶の声をあげることはなかった。むしろ、あげたのは魔人の方だった。

「なんでだっ、なにが?!」

 一瞬にして両腕を失った魔人は青い血を垂れ流しながらガタガタと震える。
 ホルツは冷ややかに魔人を見下ろすと首を掴んで淡々と告げた。

「お前の汚い音は聞くに堪えない」

 首を掴んでいた手に力を込めると、グシャっと折れる感触が手に伝わる。だらっと口から舌だし、青い血混じりの泡を吹き続ける魔人を一瞥することもなく指を鳴らすと魔人の姿が消えた。
 残ったのは肘から血を垂れ流すホルツと一部倒壊した惨状だ。倒壊した建物に関しては管理局に報告して後処理を頼んだ方がいいだろう。

「さて、気合いを入れるか」

 ちぎれた肘に触れると意識を集中させる。かすかに熱を帯びた切り口は次の瞬間、ずるっと勢いよく見慣れた腕が生えてくる。

「よし、戻った。感覚も問題ないな」
「ひっ!」
「ん?」

 瓦礫の奥から引きつった甲高い声へ近づけば、コンクリートの壁の後ろに六歳ぐらいの子供が二人、お互いを抱きしめていた。
 ホルツを見上げる瞳は恐怖に濡れ、ガチガチと歯を鳴らしている。

「さっきの見たかい?」

 二人は目に涙をためてブンブンと頭を横に振るが、どう見ても肯定しているようなものだ。
 あらためて二人を観察すれば、年の近い兄弟のようだ。両者ともに、栗色の髪と緑色の瞳をしている。なにより二人の顔立ちは見覚えあった。頭の中の引き出しを開けて探していれば、怯えきっている二人の瞳に浮かぶ畏怖が、住居へ連れてきたばかりのメルギスクとそっくりだと言うことに気づいた。
 一つ気づけば、芋づる式に目の前の兄弟の情報が浮かんでくる。

「そういえば、ここに住んでいるのか」

 兄弟の背後にある崩壊した建物が目につく。
 崩れた壁には、いずれも年の離れた兄と目の前の兄弟が三人仲良く並んでいる絵が張られている。それはまぎれもなく住んでいた証だ。
 これがただの子供たちならこのまま放置するが、メルギスクの二人の弟となれば話は別だ。ちらっと二人の弟に目線を向けると、ビクッと大きく肩を跳ね上げお互いを守るように密着する。
 ホルツはゆっくり瞬きをすると、二人の視線にあわせるよう地面へ膝をつき、目尻を下げて優しく微笑んだ。

「私たちがふがいないばかりにきみたちの家を壊してすまなかったね。私はこういうものだ」

 懐から名刺を取り出すと兄弟へ差し出す。
 兄弟は相変わらずおびえているものの差し出された名刺を兄――レインが震える手で受け取った。

「えっと、お兄さんは偉い研究者さんで、ホルツっていうんですか?」
「うん、そうだよ。そしてきみたちのお兄さん――メルギスクの恋人だ」

 メルギスクの名前を出せば、先ほどまで怯えていたのは嘘のように弟――サニーが頬を紅潮させ、大きな目をキラキラと輝かした。

「じゃあ、お兄さんが兄ちゃんの言ってた綺麗でかっこいい人なんだ!」

 ビシッと指を指して言うサニーにレインがその手を掴んで「しつれいだよ」とたしなめた。
 二人の光景を眺めながら、メルギスクが以前弟たちもホルツの家に呼んでいいか尋ねたことを思い出した。その時は断りを入れたが、ある程度メルギスクのことを知った今、メルギスクの壁を取り払うもう一手ほしい。

「きみたち、今後は私の家で一緒に暮らさないかい?」
「兄ちゃんもいる?」

 不安そうに尋ねてくるサニーに、淡い青緑の瞳を優しく細めて微笑んだ。

「ああ、いるよ。よければ、今通話するかい?」

 端末を取り出してメルギスクへ電話をかける。三回目のコールが切れそうになったところで「もしもし」と緊張した声が鼓膜に伝わった。
 そういえば、電話をかけたのははじめてだ。

「メル、諸事情できみたちが暮らしていた家を壊してしまった。詫びとして、きみの弟たちを家に招こうと思うけど、どうかな」
『……は? 待ってください! レインとサニーは無事なんですか?!』
「無事だよ、今かわるから好きなだけ話すといい」

 じっとホルツを見上げていた二人に端末を差し出す。
 レインが端末を受け取ると頬を紅潮させながら話し始めた。メルギスクが何を伝えているかわからないが、二人はうんうんと頷き、いくつか言葉を交わし終えるとホルツに端末を差し出した。
 端末を手に取って耳に当てれば、深いため息が聞こえてきた。

『えっと、俺が言うのもなんですけど、ホルツさんはいいんですか? 最初だめだって言ってたじゃないですか』
「状況が状況だろう。部屋はまだ空いているし、きみの小さな弟たちを迎える余裕はじゅうぶんあるからかまわないよ」
『……わかりました。それじゃあ、今からそっちに向かいます』

 そう言い切るとブツッと電話が切れた。
 ツーツーと間抜けな音だけが聞こえてくる端末をしばし見つめた後、端末を懐にしまって二人へと振り返った。

「今からメルがくるよ。とりあえず、名前だけでも教えてくれるかな?」

 そういうと二人は目をパチパチとしばたかせた後、レインの方が上目遣いでホルツを見上げながら先に口を開いた。

「ぼくはレインっていいます。よろしくお願いします」
「おれはサニーっていいます! よろしくお願いします!」

 ぺこっと頭を下げる二人の頭をそっと撫でると、サニーはくすぐったそうにはにかんだが、レインは青ざめていた。

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