欠陥研究者は愛を解明したい

天霧 ロウ

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恋人は心配するもの

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「わぁ、ひろーい……」
「まっしろしろー!」

 迎えにきたメルギスクとともにレインとサニーを自宅に迎えれば、二人は目をキラキラとさせながら、目につく扉を開けて中をのぞき込んだ。はしゃぐ二人にメルギスクが「行儀悪いだろ!」と叱るものの、二人の耳に入っていないようだ。
 メルギスクがうなだれると「すみません」と呟いた。たいしてホルツはゆっくり瞬きしてリビングのソファで寝転んでいる二人を眺めながら返した。

「かまわないよ。それにしても、子供は元気だね」

 自分以外の色しかなかった部屋にまた少し色が増えた光景は不思議な感覚だ。
 二人がはしゃぎまわる姿を飽きることなく見つめていれば、おもむろに腕を捕まれた。

「この袖、どうしたんですか」
「ん? あぁ、それか」

 腕は再生したものの袖はそのままだった。
 囓りとられた袖はボロボロで赤黒く染まっていた。明らかに不自然な状態をどう説明しようか考えあぐねていると、サニーが駆け寄ってきた。

「ホルツさんすごいんだよ! 腕なくなったのに、一瞬で生えたんだよ!」
「腕が、生えただって? サニー、今は冗談をいう時じゃないんだぞ?」
「ほんとうだって! 腕がね、ぐわ! にょろ! って生えたんだよ! ね、レイン!」

 同意を求めるようにサニーがソファへ恐る恐る座ろうとしたレインに声をかける。レインは目を大きく見開くと、唇を引き締めこくこくと力強く頷いた。
 二人の証言にメルギスクは眉をこれでもかと寄せ、あらわになっているホルツの腕を両手でぺたぺたと触ってくる。

「違和感とか大丈夫なんですか?」
「今回は平気だよ」
「今回は?」

 ホルツの言葉にメルギスクが声を低めてじとっと睨んでくる。
 体の一部を再生することはなにもはじめてではない。弟のクオルが生まれつき狂気を宿しているように、ホルツの体は生まれつき常軌を逸した回復力を宿しているのだ。一方で失った部位の被害に比例して体力を失い、ひどい時は一日動けない時だってある。そのため、必ずしも便利だとは言い切れないのが難点でもある。
 ともあれ、ホルツにとってこれはまれに起こる日常の一環だ。なのに、責めるような視線を向けられるのが理解できなかった。

「この回復力も一種の体質……私の異能だ。頻度が高いとさすがに欠陥がでてしまうけれど、体力が回復してから切り落として再生すれば問題ないよ」
「そういう問題じゃないでしょ。いいですか、なんにでも限度があります。少しは自分の体をいたわってあげてください」

 目には見えない継ぎ目を掴むメルギスクの手に力がこもる。
 再生したばかりもあって神経が過敏になっているのか、じんわりと染みこんでくる熱がこそばゆい。
 唇を引き結んで眉よせるメルギスクをじっと見つめていると、じわっと胸の内に温かいものが広がり、それは体の末端まで行き渡っていく感覚がした。同時にかすかに震えている唇に唇を押しつけていた。
 瞬間、メルギスクの鋭いげんこつが頭に降ってきた。あまりの強さに視界が一瞬ぶれたほどだ。痛みに眉をよせ、半目でメルギスクを見た。

「きみ、さっき言ったことと違うじゃないか」
「あ……、す、すみませんっ。でも、弟たちがいるのにいきなりキスしないでくださいっ」

 顔を真っ赤にしながらメルギスクが声を潜めてうなった。ホルツは頭をさすりながら首をかしげた。

「彼らには、私ときみが恋人であることをすでに伝えたよ」
「だからなんですか。俺、前言いましたよね? 時と場所と場合によって言動をわきまえるものだって」
「ふむ……」

 ソファに座って大型テレビに流れるアニメを食い入るように見るサニーとレインを眺めた後、メルギスクへと振り返った。

「彼らはテレビに夢中だし、私たちのやりとりを気にかけてないから問題ないと思うよ」
「俺が、弟たちと一緒にいる空間で、今みたいなことをされると困るんです」

 メルギスクの言い分にサニーとレインを家に迎えたことは失敗だったかもしれない。だが、ホルツと二人でいる時よりもメルギスクのまとう空気がずいぶんほころんだのも事実だ。

「わかった。今後は気をつけよう。けど、一つ教えてほしい」
「なんですか?」
「どうして彼らがいる時、キスをしたら困るんだい?」
「…………恥ずかしいから、ですよ」

 耳の先まで赤くなったと思いきや、すうっとメルギスクの姿が部屋に溶け込んだ。しかし、あいかわらずホルツの腕を掴んでいるからか隣にいることが熱と気配でわかる。
 魔人の力を使って身を隠すほどの羞恥はやはり理解できない。それでも、メルギスクなりの最大級の照れ隠しだと思えば、悪い気分はしなかった。

「きみの言い分はわかった。ひとまず腕を離してくれるかい? きみもこのままだと夕食を作れないだろう?」

 壁に掛けている時計の針は夕方の五時を少し過ぎたところを指している。
 ホルツの指摘に透明の空間が一瞬揺らぎ、ずっと腕に伝わっていた熱が離れた。姿を消しているのに気づいていないのか、景色を揺らしながら台所へ行き、作りかけだった料理をメルギスクは再開する。なにもない空間がタマネギの皮を剥くのはなんとも滑稽だ。
 一度部屋に戻ると、端末を通して袖が破れた白衣やスーツを直接焼却場へと転送する。白いティーシャツへ着替えて、直帰したことと倒壊した建物の後始末の依頼をついでに管理局へ報告した。
 リビングに戻れば、アニメをちょうど終わったのか、レインがキョロキョロとあたりを見渡した。

「あれ、お兄ちゃん……どこ?」

 レインの不安そうな声にようやく透過していることに気づいたのか、すうっとメルギスクの姿が浮かんできた。
 台所に姿を現したメルギスクにレインが気づくなり、目を大きく見開いてパタパタと駆け寄っていく。
 一人ソファに残ったサニーは疲れがでたのか今にも閉じそうな目蓋を必死にこすっていた。重そうに頭をゆらゆら揺らすサニーの隣へ腰を下ろすと顔をのぞき込んだ。

「眠いのかい?」
「ね、ねむく、ない……」

 口では否定するものの体力の限界を訴えているのか、今にも顔から床へと倒れそうだ。薄い肩を掴むとソファの背もたれへと寄りかからせた。

「夕食ができるまで寝るといい」
「じゃあ、ご飯できたら、ぜーったいおこして?」
「もちろん」

 さらさらとした短い栗色の頭を撫でれば、サニーは大きなあくびをしてコテンとホルツの太ももに体を預けてきた。サニーの思いもよらない行動に、台所に立つメルギスクへ向けば、カフェオレ色の瞳と目が合う。
 少し見つめ合った末、メルギスクが「そのままにしてあげてください」と唇だけを動かし、眉と目尻を下げて微笑んだ。再び視線を材料へおろし、料理を続けるメルギスクからホルツはしばらく目を離せなかった。
 いつも機嫌を伺うような表情ばかりしていたメルギスクが微笑んだのだ。
 その感覚ははじめて目的をやり遂げたような誇らしさとは別に、メルギスクの肌へ直接触れた際、お互いの境界線があいまいになる心地よさと似たなにかが全身をじわじわとゆっくり、けれど確実に巡っていく。
 この正体はなんなのか。それともこれがいわゆる愛というものなのか。結論づけるにはあまりにも曖昧すぎる。
 ソファの背もたれに頭を乗せ、ブラインド越しに夕日色へ染まる天井を眺める。まとまらない思考を錯誤している間、時間がかなり経ったのか、照明がパッとつき、いつもの白い天井が視界いっぱいに広がる。

「サニー、ホルツさん。ご飯できましたよ」

 香ばしいバターと焦げたチーズの匂いがした。
 メルギスクの声が聞こえた途端、おとなしく寝ていたサニーが勢いよく起きるとソファから下りてダイニングテーブルへと走って行く。

「グラタンだ! やったー!」
「こら、走るんじゃない。ホルツさんもこっちに来てください」

 レインの隣にサニーを座らせて、メルギスクがもう一度呼んだ。
 ゆっくりと立ち上がりメルギスクの隣へ腰を下ろせば、ようやくメルギスクも座った。そして、サニーとレインとメルギスクが両手を合わせると「いただきます」と元気よく言って、各々グラタンへとスプーンを伸ばした。
 息がぴったりな三人をまじまじと眺めていれば、グラタンをすくって冷ましていたメルギスクが気まずそうに横目で見返してくる。

「ずっと黙ってますけど、あの……なにか不快なことをしましたか?」
「私が言葉を発しないことがなぜ不快なことだと思うんだい?」

 逆に聞き返せば、メルギスクはグラタンを頬張って飲み込むとグラタンをスプーンで突きながら気まずそうに続けた。

「さっきからどこかに感情を置き忘れたみたいに真顔だからですよ。それとこれは俺の勝手な決めつけですけど、ホルツさんは感情をむき出しにして怒るタイプじゃないと思ったので」

 グラタンを突く手を止め、ぎこちなくホルツの顔を見つめて告げてくる。
 ホルツはゆっくり瞬きをすると「なるほど」と呟いた。

「少し考え事をしていただけで、怒っていたわけではないよ。私だって感情をむき出しにして怒る……時が来るかもしれない」

 ゆるりと目を細めて微笑み返すと、半目で呆れたように見ていたメルギスクが耳先をほんのり赤くして視線をグラタンへ戻すと食べ始める。
 それを見習うように、ほどよく焦げ目がついている表面のパン粉にスプーンを差し込めた。そうすると、サクサクと音を立て、白い湯気が勢いよく漏れてくる。マカロニやブロッコリーのほかウインナーとかろうじて存在しているタマネギが顔を出す。
 ホワイトソースを冷ましてマカロニと一緒に食べれば、チーズのしょっぱさとホワイトソースの甘さが口の中に広がった。

「このソース、きみの手作りかい?」
「そうですよ」
「へえ、凝ってるね」
「あのね、そのソースね、昔とーさんがかーさんから教えてもらって作ってくれたんだよ!」

 二人の会話に混じりたかったのかサニーが頬を紅潮させながら声を上げた。
 ホルツがサニーの方を向くとサニーはさらに続けた。

「おれの誕生日やレインの誕生日、あと兄ちゃんの誕生日の時にだけ作ってくれたんだ!」
「つまりきみたちの家では誕生日に食べられるごちそうというわけか」
「うん! あ、それ以外にも嬉しいことがあった日にも作るんだよ!」

 口の端にホワイトソースをつけたままニコニコと話すサニーの袖をレインがためらいがちに引っ張った。

「サニー、食事中話すのは行儀悪いよ。あと口についてるし」
「どこどこ?」

 ホルツはサニーが口元を手で拭うよりも早く、ティッシュを数枚抜いてサニーの口元を拭ってやった。

「ほら、とれた」
「ほんと? レイン、とれてる?」
「うん、とれてるよ」

 レインが頷けば、サニーはホルツに満面の笑みを浮かべた。

「ホルツさん、なんか兄ちゃんみたい!」
「サニー、変なこと言うんじゃない」

 すかさずメルギスクが釘を刺すもののサニーはぷらぷらと足を揺らしながら頬を膨らませた。
 親を知らないホルツにとってサニーに投げかけられた言葉は理解できそうでできないものだ。
 食事が終わると、席を立ったメルギスクが申し訳なさそうに言ってきた。

「あの、先に弟たちを風呂に入れてもいいですか?」
「かまわないよ。食器は私の方で片付けておくから」
「すみません、それとありがとうございます」

 ぺこと頭を下げてサニーとレインとともに浴室へと向かった。
 一人になった途端、シンと静まり返るリビングは広く感じる。食器を食洗機にセットし終えると、管理局から連絡が届いていないか確認するため自室へ戻った。
 端末を確認すれば、管理局からメッセージが届いていた。内容は被害への後処理がすでに完了したことと直帰した事実確認のサインをするように、とのことだ。
 デスクの引き出しからペンを取り出してサインをして送り返すと、一人がけのソファへ腰を下ろした。
 腕を再生させたからだろう。思ったより体力を使ったのか目蓋が重く感じる。
 幸い、明日は休みだ。たまにはこのまま寝落ちるのも悪くない。がらにもなくそんなことを考えながら、ゆっくりと意識が沈んでいった。
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