欠陥研究者は愛を解明したい

天霧 ロウ

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理不尽も人間だった

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「兄ちゃん、ホルツさんっていい人だね!」

 大きな窓ガラスから見える夜景に満足したのか、サニーが湯船の縁に腕を乗せてニコニコと笑う。メルギスクは泡だった体を洗い流すと、サニーを見下ろした。

「どうしてそう思ったんだ?」
「さっき口拭いてくれたから!」
「ぼく、あの人怖くて苦手……」

 サニーの隣で体育座りしていたレインが膝を抱きかかえると、サニーは首をかしげてレインにぴたっとくっついた。

「そうなのか? レインはどこが怖いと思った?」
「あの人……声は優しいし、顔も笑ってるのに、目がどこも見てなくてすごく怖い」
「レインは大げさだなあ! 大丈夫だって! こわくなーい、こわくなーい!」

 小さく震えるレインをなだめるようにサニーがレインをぎゅっと抱きしめた。

「ほら、俺も入るから少しつめてくれ」
「つめなくたって十分広いよ!」
「確かに、俺たちが使っていた風呂よりずっと広いな」

 サニーとレインがいても悠々と足を伸ばせる。前住んでいた家の風呂だと、三人で入るにはお互いが縮こまらないと入れないほどだった。
 愛を解明するため恋人になれ、さもなくば死があるのみと選択権がないに等しかったが、こうして弟たちと一緒に暮らせる日が戻ってくるとは思っていなかった。

「兄ちゃん、ジェットバスっていうのしたい!」
「今日はだめだ。また今度な」

 無邪気にはしゃぐサニーの頭を優しく叩けば、サニーは「わかった!」と元気よく返した。たいしてずっと縮こまっているレインを抱き上げて膝の上にのせるとレインの顔をのぞき込んだ。

「レイン、そう心配するな。今度こそ、なにが起きても俺が守ってやるから」
「……うん。でも、お兄ちゃんも無理しないで」

 大きな緑色の瞳を潤ませて返すレインに、メルギスクはカフェオレ色の瞳を優しく細めてレインの丸い額にキスをした。
 サニーもレインは昔から感が優れた子たちだ。きっとホルツに対するサニーの評価もレインの評価も正しいのだろう。
 風呂から上がって二人を着替えさせて歯を磨かき終えた後、メルギスクの自室へと連れていった。ベッドに入れば、二人とも疲れが出たのかあっという間に心地よさそうな寝息をたてる。
 穏やかな二人の寝顔に自然と頬が緩んだが風呂から上がったことを知らせるために顔を引き締めた。
 自室を出て、隣のホルツの部屋を数度ノックする。

「ホルツさん、風呂あがりましたのでどうぞ」

 いつもならすぐに扉が開くはずだ。しかし、返答はなく沈黙だけが返ってくる。
 もしかして、恋人がなんたるかを知るために、また恋愛ものの映画でも見ているのだろうか。それであれば、邪魔しない方がいいだろう。
 そう考えて自室に戻ろうとしたが、弟たちを迎えに行った時、赤黒く染まったボロボロの袖からのぞく健康そのものの腕が脳裏をちらつく。
 異能を持たない一般人だったメルギスクにとって、異能がどれほど強力なものかは人伝でしか知らない。だが、強力な力にはそれ相応の欠点がある。
 今日の話し方から何度も経験しているようだが、いくら能力を宿していても失った部位を復活させることはそれなりの負荷がかかるだろう。自分とその他で分けている男だと思っていたが、嫌でもわかってしまった。
 ホルツは自分すら大事にできない男なのだと。それこそ研究を解明できるなら、ほかは必要最低限やればどうでもいいと思っている節すらある。
 倫理観がずれているという考えは今も変わらない。それを踏まえた上で無視するなどメルギスクにはできない。例え、自分に非道な実験を命じた張本人だとしてもだ。
 きっとそう考えるようなったのは、どんな理由であれ弟たちとまた一緒に暮らすことを許してくれたからだろう。

「ホルツさん、入りますよ」

 断りを入れてドアノブを掴み、扉を開く。
 あらためてみるとホルツの部屋はデスクとイス、ベッドに一人がけのソファと必要最低限のものだけでこざっぱりとしている。そしてすべてが白で統一されていた。
 そのせいか一人がけのソファで力なく座っているホルツの姿だけが浮かんでいる。そっと近づいてホルツの前にきて顔をのぞき込む。
 普段張り付いている笑みが失せ、目を閉じている姿は精巧な彫像のようだ。けれど、よく見れば胸元はゆっくりと上下しており、呼吸をしていることがわかる。

「寝てる……」

 どんなに隙がなく、普通とずれていても、メルギスクと同じ人間だ。睡眠だって生きていく上で必要なものだ。頭でわかっていても、あまりにも考え方や価値観が違うせいかまるで別の生物だと無意識のうちに思っていた。

「とりあえず、ソファで寝ているのは体によくないよな」

 ホルツの脇へ腕を回して肩を貸すと、立ち上がらせる。
 それでもホルツが目覚める気配はない。そのことにホッとしつつ、失った部位を復活させることは目覚められないほど体力を使うことに心配が積もる。

「くそ、重いな」

 メルギスクよりも身長も体格もいい上に意識がないのだ。石のように重いホルツをなんとかベッドに横たわらせると、額に滲んだ汗を手の甲で拭って一息つく。

「よし、これでいいか。俺ももう寝よ」

 薄いタオルケットをかけてベッドから立ち上がろうとした瞬間、力強く手首を掴まれて肩と尻尾が跳ね上がる。
 そおっと肩越しにホルツを見れば、寝息すら聞こえないほど静かに眠っている。ちらっと手首を掴む手を見て、離そうと試みるがまるでくっついたみたいに離れない。

「嘘だろ」

 サーッと血の気が引いていき、ドッと冷や汗が滲んでくる。
 しかし、このままでいるわけにもいかない。必死にホルツの手を離すため、まずは指から離そうとするがびくとも動かなかった。

「くそ、力強すぎだろっ。握力いくつだよ」

 ぜーせーと肩で息しながらジトッとホルツを睨む。いっそう叩き起こそうかと考えたが、メルギスクの良心が疲れているのだから寝かせてあげるべきだと訴えてくる。
 どうするべきかグルグル悩んでいれば、不意に手首を引っ張られた。

「うわっ!」

 まさかの反撃にバランスを崩してホルツの上に盛大に倒れ込んでしまう。硬いホルツの胸に勢いよく顔を打った痛みに呻きつつ、起き上がろうとしたができなかった。

「嘘だろ……」

 本日二度目の現実を直視できない言葉が口から転がり出る。
 手首が解放されて安堵したのもつかのま、ホルツの腕ががっちりとメルギスクを抱きしめていた。当然、抜け出すことはできそうにない。
 ホルツのゆっくりとした鼓動が耳や頬に伝わったことで、生まれてはじめて赤の他人から力強く抱きしめられている事実に生々しさを覚える。デートで密着させられたことはあるが、あれは恋人とはそういうものだからという理由でホルツが行動した結果だ。なら、今抱きしめているのはどういう理由なのか。

「なんなんだよ、ほんと」

 数枚の布越しに伝わるぬくもりはホルツの体温なのか自分が熱いからなのかわからない。
 モヤモヤとした気持ちを抱えながら、とりあえず寝ようと無理矢理目をつぶった。
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