欠陥研究者は愛を解明したい

天霧 ロウ

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理不尽だって甘える *

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 ついにこの日がきてしまった。
 いくら性欲がなさそうといえど、恋人らしい行動を実践してきたホルツだ。いつかくるとはわかっていたが、こんなに早く来るとは思っていなかった。
 
「俺、今日が命日かもしれない……」

 腰に巻いたタオル越しでは正確な大きさはわからなかったが、今朝の勃起具合からそれなりに大きいのは確実だ。

「どうする、今からほぐしても焼け石に水だぞ? いくら魔人になったとはいえ、あんな凶器が俺の中に入るのか?」

 とそこまで口にしてはたと気づいた。

「いや、なんで抱かれる側で考えてんだよ」

 今日もらったバラの花束が恋人としての行動ではなく、メルギスクのことを考えた上での贈り物と知ってからどうにも脳が恋する乙女思考に足を踏み入れかけている気がする。

「そもそも愛の意味をよくわからないから恋人になれって言っただけで、求めてるものが実は家族愛や友愛の可能性だってあるし……」

 ドキドキとうるさい鼓動に眉を寄せながら、ホルツの都合で自分も弟もいつでも捨てられるのだから期待をするなとしっかり言い聞かせる。そうするとスーッと胸が冷えていくものの、今度はぎゅうっと胸が締め付けられ息苦しくなった。

「恋人ごっこを本気になるとか馬鹿だろ、俺」

 ほんの少しホルツが本心からメルギスクのために行動しただけだ。それだけで、言葉が詰まってしまうほど嬉しいと感じた自分はあまりにも単純すぎる。
 ひとまず頭も体もいつになく丁寧にすみずみ洗い終えた。ホカホカと湯気が浮かび、濡れた髪もしっかり乾かした。緊張と不安で尻尾がいつになく縮み上がり、ホルツの部屋までが遠く感じる。

「キスとか抱き合うだけで済むといいな」

 何度もされているおかげでキスはかなり慣れてきた。抱きつかれても、最初は驚くがサニーとレインが抱きついているようなものだと思えば大丈夫なはずだ。なにより、それだけならまだ踏みとどまれる。
 鉛を埋め込まれたかと錯覚しそうになるほど重い足を持ち上げてゆっくりホルツの部屋へ向かう。いつもより時間はかかったが、ホルツの部屋の扉へとたどり着いた。

「ええい、ここまで来たんだ。あとは天命に任せろっ」

 自分を奮い立たせ、深呼吸をする。震える手でノックを数回すれば、メルギスクの緊張とは裏腹に扉はあっけなく開いた。

「いつになく長かったね」
「色々準備をしていたので……」
「準備? とにかく入るといい」

 ホルツが部屋に引っ込むのを追いかけるように中に入ると、サニーとレインが勝手に入ってこないようそっと鍵を閉めた。

「とりあえずベッドに腰掛けてくれ」
「は、はい」

 先にベッドへ腰掛けたホルツがポンポンと隣を叩く。
 心臓がバクバクとうるさく、まるで体の中で響いているようだ。少しでも落ち着こうとホルツの部屋を視線だけで確認する。
 夜というのもあって、ベッドサイドランプが淡いオレンジ色の光を放ち、室内をぼんやりと照らしていた。相変わらず広い部屋にたいしてあるのはデスクとベッドと一人がけのソファだけだ。
 けれど、なにげなくデスクがくっついている奥の壁を見れば、白い額縁にいれられたサニーとレインの絵があった。一度目につけば、白だけの部屋にはあまりにも浮かんでいる。

「あれ、サニーとレインが描いた絵ですよね。ホルツさんが飾ってるなんてなんか意外です」
「……ああ、私もなんでそんな行動をとったのかわからない」

 ホルツの隣へ腰を下ろせば、ホルツが振り返った。

「今日来てもらったのは少し試したいことがあってね」
「試したいことですか」

 ごくっと唾を飲み込む。尻尾がさらに縮み上がり、せっかく風呂に入ったにもかかわらず、じわっと汗が滲んできた。たいしてホルツはやはり平常通りで淡々と続けた。

「うん、まず手を触らせてほしい」
「手、ですか?」
「そうだよ。かまわないかな」

 返ってきた言葉に面を食らいつつも、こくっと頷いた。メルギスクより大きなホルツの手がメルギスクの手を掴むと、握ったり揉んだりしてくる。
 手のマッサージを受けているようで、あまりの気持ちよさに縮こまっていた尻尾もだらしなくベッドへ伸びてしまう。両手をしっかりマッサージされた後「ふむ」とホルツは呟いた。

「次は私と向き合う形で膝の上に座ってくれるかい?」
「はい……はい?」

 聞き間違えだろうか。すっかり気持ちがほころんでいたせいか、サラッととんでもないことを言われた気がする。

「すみません、ちょっと聞き取れませんでした」
「私と向き合う形で膝の上に座ってくれるかい」

 復唱された返答に、思わず額に手を当てて呻いた。

「えっと、それは俺がホルツさんと向きながら膝の上に乗るってことですよね?」
「そうだよ。別におかしいことは言ってないと思うが」
「俺からすると色々おかしい気がしますよ」

 文句は言いつつも、うなじに自害機能つきチップを埋め込まれている以上メルギスクには実行する以外の選択肢はない。ベッドから一度立ち上がってホルツの肩に手を当てた。

「言っておきますけど、腹が薄く割れるぐらいには筋肉戻りましたから」
「健康になったのはいいことだよ」
「……どうも」

 意地悪のつもりで言ったが、素直に褒められてしまった。
 そっとホルツの膝の上にまたがれば、寝間着越しといえど、引き締まった硬い太ももの感触と体温が尻に伝わってきた。その質感が自分からホルツの膝の上に乗ったという事実を生々しく鮮明に教えてくる。

「あの、もう下りていいですか」
「のったばかりじゃないか。もっとこっちにおいで」

 ホルツの手が腰に添えられるや否や、お互いの間にあった拳一つ分の隙間を埋められる。それどころかホルツの両腕がメルギスクの体をしっかりと抱きしめ、メルギスクの胸に顔を埋めてきた。

「なにして!」
「心臓、すごい元気だね。聞いてて気持ちいい音だ」

 目を閉じてメルギスクの心音を聞き入っている姿はなんともいえない気持ちになる。
 いつもは見上げているため、ホルツの形のいいつむじをのぞき込む状態は不思議な気分だ。ホルツのおかげか自然と気持ちも落ち着いてくる。同時にこれ以上密着できないのに、抱きついてくるホルツが子供のように見えた。

「ホルツさんって案外甘えたなんですね」
「私がかい? そんなことはじめて言われたよ」

 口ではそう返されたものの、ならばなぜ部屋に連れてきてベッドに腰掛けたホルツは膝の上に乗ってくれてと言ってきたのか。それもただ乗るのではなく、ホルツとお互い向き合った形でだ。
 そのまま軽く抱きしめ合うだけならホルツのいう恋人らしい行動の一つだろう。だが、一歩力加減を誤ったら背骨をへし折られるのではと恐怖を感じるぐらいには力強く、メルギスクの平らな胸に顔を押しつけているのだ。
 薄暗い部屋でも真っ赤な髪はベッドライトの光を帯びて色鮮やかに主張する。それはかつて父が母のために買ってきた赤いアマリリスの花束を思い起こさせた。
 だからか、はじめて触ってみたいと思った。

「ホルツさん、髪。触ってもいいですか」
「好きにするといい」

 依然として目を閉じ、メルギスクの心音を聞き入っているホルツはどうでもよさそうに返した。
 そっとホルツの髪に触れれば、芯がしっかりあってほどよく硬い髪だ。感慨深さを覚えつつ、頭を撫でるように髪を梳いた。

「へえ、サラサラしてて触り心地いいですね」

 サニーやレインは猫のように柔らかく、メルギスクもどちらかと言えば柔らかい髪だ。指を通り抜ける感触は心地よく、ずっと触っていられそうだ。
 はじめて会った時には考えられなかった穏やかな時間は、あれほど張り詰めていた緊張を解き、無意識のうちにホルツの頭を抱きしめて頭を撫でていた。しかし、そうした時間も下から押し上げてくる硬い感触であっさり終わりを告げた。

「ホルツさん、ちょっと離してくれませんか」
「……」
「あの、離してくれませんか」

 ホルツの頭を抱きしめていた腕を解き、つむじを見ながらもう一度言うものの、ホルツからの返答はない。

「……寝たんですか?」
「起きてるよ」

 淡々と返したホルツは目を閉じてメルギスクの胸に顔を埋めている。声はいつも通りなのに、しっかりとホルツの中心は高ぶっているのがなんとも滑稽だ。
 布を押し上げるそれがメルギスクの中心をゆるく持ち上げる。そのことで薄い布越しに密着していることが嫌でもわかってしまう。

「あ、の。少しだけでいいんで、腕を緩めてもらえませんか」

 恥ずかしさでもぞもぞと体を動かすが、どうあがいてもお互いの中心が触れあってしまう。
 メルギスクが身をよじったことでこすれたのが刺激になったせいでさらに膨張しているぐらいだ。

「さっきから、あたってるって……言ってる、だろっ」

 自分のまで緩く立ち上がるのが嫌でもわかる。その焦りから言葉遣いが崩れ、額に浮かんだ汗が頬を伝っていく。
 必死の訴えが届いたのか、背中に回っていた両腕から力が抜けた。と思いきや、その手はメルギスクの背中の形を確かめるように撫でた後、服に手を差し入れて腰を掴んできた。冷たいと思い込んでいたホルツの手はかすかに汗ばんでいて熱かった。

「うぁ」

 ただ腰を掴まれただけだ。にもかかわらず、口からかすれた声が漏れ、ビクッと体が跳ねた。ついで、じわぁっとズボンに濃いシミが浮かんでくる。
 あっけない自分の体にメルギスクはますます全身が火照り、悔しさで視界が少しだけ滲んだ。

「もういいだろ! 汚れるから離れてください!」
「それを決めるのは私だろ」

 ようやく目蓋を持ち上げたホルツの瞳にぼんやりと映った自分の泣きそうな顔に思わず身を引いた。

「ちがっ、俺は」
「こら、逃げない」

 離れようとしたメルギスの腰をホルツががっちりと両手で掴みなおして、薄いティーシャツ越しに主張している乳首をやんわりと唇ではんでくる。

「ま、ぅう……」

 やわやわとはまれるたびに背中を丸め、すがるようにホルツの頭を抱き込んだ。薄いティーシャツはホルツの唾液を吸ってしっとりと皮膚に張り付いて気持ち悪い。
 気持ち悪いはずなのに、腰がカクカクと揺れ、もっとしてほしいと言わんばかりに押しつけてしまう。
 変態的な行為をしている自分が嫌になるが、ホルツは気にしていないのかより深く唇に含むと、舌先でねっとりと舐め上げ、赤子のようにちゅうちゅうと吸ってきた。

「んぐ、ぅ、んっ」

 こんな形で感じてはいけないと思っても、体はホルツからもらう快感を拾い上げ、中心のシミをジワジワと広げていくばかりだ。
 ベッドに乗せていた足はすがるようにホルツの腰に絡みつき、尻尾に至ってはホルツの足にまとわりついていた。なにより勝手に漏れ出る声は自分の声とは思えないほど甘くとろけている。

「いっぱいにじみ出てるね。乳首好きなのかい」
「ちがう、こんな……」
「わからないなら、確認しようか」

 腰を掴んでいた手で薄いティーシャツをまくり上げるとあらわになった乳首は充血し、ツンと硬くとがっていた。ホルツはすっかりできあがっている乳首に顔を寄せると、軽く唇を当てた後ゆっくりしゃぶりついてくる。
 熱い舌が乳首を何度も舐め上げ、舌先で揺すられる心地よさと冷静な物言いに反して最初よりも明らかに硬く大きくなっているホルツの高ぶりのチグハグさにゾクゾクとした感覚が背筋を駆け上っていく。

「ぁ、く――っ」

 メルギスクを見上げる瞳はさながら実験を眺めているようだ。
 好き勝手されて腹立たしくて、屈辱的なはずなのに、体は抵抗するどころかホルツから与えられる快感を受け入れてしまっている。それでもなけなしの理性が振り絞ってすがった。

「もう、やめてください。こんな」
「わかった」

 だめもとで告げた願いはあっさり受け入れられた。
 逆に呆けていれば、ホルツは先ほどまで執拗にしゃぶりついていたのが嘘のように顔を離した。

「これでいいかい」
「え、っと。はい……」

 自分で頼んでおきながら、いざ簡単に止められると、中途半端に投げ出された快感が体の中でとぐろ巻いているような気がした。不完全燃焼な体をもぞもぞと動かしていれば、かすかにホルツが眉を寄せた。

「あまり動かないでくれるかな」
「す、みません」

 はじめて耳にする低く唸るような声と腰を掴むホルツの手に力がこもる恐怖でビクッと体が跳ねる。できる限り大人しくしようとするものの、いざ冷静になるとホルツの高ぶりの存在感に意識が集中してしまう。
 ちらっとホルツを見下ろせば、ホルツはなにかに耐えるように眉間にしわを刻み、きつく目を閉じていた。

「あの、ホルツさん」
「……なんだい」
「抜くの、手伝いましょうか」

 考えるより先に転がり出た。
 一瞬の沈黙の後、ホルツは重そうに目蓋を持ち上げて首をかしげた。

「前、手は貸さないって言っていたのに?」
「それはそうですけど、その、このままでいるのも気まずいので」

 しどろもどろ返せば、ホルツはじっとメルギスクを見つめた後一度視線を落とした。
 黙り込んだホルツの様子から余計なお節介だったと考えをあらためようとしたところ、ホルツが重そうに顔を上げた。

「それじゃあ、頼んでいいかい」
「へっ?! ぁ、はい」

 体が透けそうになるのをぐっとこらえて言い返す。
 そんなメルギスクをホルツが自然と頬を緩めて微笑んだが、あいにくメルギスクは気づかなかった。
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