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精選2
一人になったケイブラムはちらりと串焼き肉の屋台の方を見る。一人で買いに行っても問題ないだろうが、どうせならヴィルスと一緒に食べたかった。
ひとまずカップを返却しようと立ち上がる。幸い、ホットバターラムの店は賑わっているおかげですぐにどこかわかった。
カップを返却し、ベンチに座ろうとすれば、白い湯気が立ち上る焼きリンゴの皿が差し出された。
思わず、隣に顔を向ければホップだった。
ヴィルスほどでないにせよ、つなぎの上から薄手のロングコートを羽織っているだけだった。ヴィルスといいホップといい、東の技師はオフの時でもつなぎを着るルールでもあるのかとひっそり思った。
「やっほー、雌鳥ちゃん。お祭り楽しんでる?」
「お前はほんとどこにでも湧くな」
半眼になってじとりとホップを睨む。
けれど、ホップは包にくるまれた揚げバナナを頬張りながら人懐っこい笑みを浮かべた。
「そりゃ、ヴィーと一番仲いいのは俺だからね。なら、俺とよく顔を合わせるも必然でしょ。それより、ほら。焼きりんごあげるから元気だして」
ずいっと差し出された焼きリンゴが乗っている四角い紙皿をケイブラムはためらいがちに受け取った。
バターの香りと焼きリンゴの甘い匂いが溶け合った香りに、小腹が空いていたこともあってじわりと口の中に唾液が滲んだ。
当たり前のようにベンチに座ったホップは「雌鳥ちゃんも座りなよ」とポンポンと隣を叩いた。
ホップの言いなりになるのはなんだが癪だが、立ったままでいる理由もないためケイブラムは渋々隣りに座った。
「ところで、お前はいつになったらその呼び名をやめるんだ」
「だって俺、雌鳥ちゃんと戦ってないし?」
揚げバナナを食べ終えたホップは包を丸めて近くのゴミ箱に向かって投げ入れる。
そして、ホットレモネードを売り歩いている少女が目の前を通りかかると、一つ購入した。
ホットレモネードを口にしながら、ホップは焼きリンゴを口にしていないケイブラムの頬を指先でつついてきた。
「雌鳥ちゃん、焼きリンゴ嫌いだった?」
「嫌いじゃない。ただ、変なものが入ってないか疑ってるだけだ」
頬をつついてくるホップの手を叩き落として、横目で睨む。
だが、ホップは気にしてないのか、軽く肩をすくめるだけだった。
「心外だなー。買ったばかりだから入ってないよ。そういえばヴィーは?」
キョロキョロとあたりを見渡すホップに、ケイブラムは焼きリンゴを切り分けながら端的に返した。
「急遽チェックしてほしいものがあると同僚と思わしき男に懇願されたから現場に向かわせた」
「もしかしてリカンナの最終チェックかなー。あのじゃじゃ馬はヴィーじゃないとチェックさせないからねえ」
「……リカンナとはなんだ?」
ものの名前というのはケイブラムにもわかる。だが、それがなにを示すのかまるで見当がつかない。
ホップは腕を組んで小さく呻き、視線をさまよわせた後「ま、いっか」と小さく呟いた。
「自我を持つ新型飛空艇だよ」
「自我を持つ? 物がか?」
一口サイズに切り分けたリンゴを口に運ぼうとしていた手を止めて眉をひそめる。だが、ホップはにこっとすっかり見慣れた人懐っこい笑みを浮かべて数度頷いた。
「そうそう。ようするに完璧な無人運転の試みだよ。そして、リカンナの最大の特徴は自我の成長なんだ。人と接することで学習して、自らの意思決定打を持つ。うまく使えば無人最強兵器ってわけ」
「だが、自我を持つということは必ずしも従順とは限らないだろ」
物が自我を持ったら、それははたして物なのか。
切り分けたリンゴを一口食せば、じわりと染み込んだ適度のしょっぱさを持つバターとリンゴの甘味が混じり合う。
ヴィルスが戻ったらまた買って一緒に食べようとひっそりと考えつつも疑問を吐露すれば、ホップは頭の後ろで手を組み、ベンチの背もたれに寄りかかった。
「ま、そうなっちゃうよねー。だから、いくつか基礎を組み込んでるんだ。……と、俺としたことが喋りすぎちゃった」
「これ重大機密だから話したことは内緒ね」とホップは唇に人差し指を当てて笑みを浮かべる。その時、ホップの指に対して華奢すぎる細い銀の指輪がはまっていることに気づいた。
「お前、指輪をしていたか?」
ホップとは何度か会ったことがある。けれど、記憶にある限り、指輪をはめていたことは一度もなかった。
ホップはケイブラムの指摘に対し「ああ、これね」と右手の人差し指についている指輪に視線を落とした。
「結婚指輪。オフのときはつけてるんだ」
「結婚、指輪? ……お前、結婚していたのか?」
思いがけない発言が飛び出たことに、思わず目を見開く。
ホップの持つ無邪気さとどこか奔放な雰囲気はとてもじゃないが既婚者とは思えなかった。
頭の先から足の爪先までまじまじと見てしまう。
素直なケイブラムの反応にホップは耐えきれずに口元を手で覆うと、小さく肩を震わした。
「冗談だよー。ほんと雌鳥ちゃんは面白いなあ」
「貴様、人を馬鹿にするのもたいがいにしろ」
わなわなと体を震わして拳を握りしめるケイブラムの様子にホップは目尻に浮かんだ涙を拭った。
ひとしきり笑ったホップはふっと息をつくと、軽く肩をすくめた。
「まあ、これ自体に意味がなくても俺にとって大事なものなのは変わりないよ。だから、今日みたいに特別な日だけつけてるんだー」
「ふーん」
指輪に視線を落として呟いたホップの表情はいつになく優しかった。だが、瞬きをした次にはいつもどおりお調子者のそれに戻っていた。
ホップの緑色の瞳が自分の指からケイブラムの手の方へと向くなり、意外そうに言った。
「そういえば、雌鳥ちゃん。指輪はめてないんだ」
「なんの話だ?」
含みのある言い回しにピクリとケイブラムは片眉を上げる。すると、ホップはしまったと言わんばかりに、視線を泳がせた。
「え、あー……。いやいや、こっちの話」
はははとホップはから笑いをしながらレモネードに口をつけた。
明らかになにか隠しているホップの反応にこれでもかと眉を寄せて詰め寄った。
「なにを隠してる」
「隠してないよ。あ! それよりもさー、雌鳥ちゃんは指輪交換の意味、知ってる?」
「いや、知らないな」
露骨な話題そらしが気になったものの、素直に返した。
小さく首を傾げたケイブラムの反応にホップは機嫌よくしたのか、垂れている目尻をさらに下げると、うんうんと満面の笑みで頷いた。
「まあ、帝都におけるローカルルールみたいなもんだよ。ねえ、雌鳥ちゃんはどうして指輪を渡すと思う?」
ホップはいたずらが成功した子供のような笑みを浮かべた。
ケイブラムは焼きリンゴを頬張りながら、ホップの意図を探ろうと、考えを巡らす。
西にとっての指輪はいわば精霊の力を封じ込めたり、宿したりする道具でしかない。けれど、ホップの言い回しからしてやはり東では違う意図として使うようだった。
頭の中で今まで調べた文献をひっくり返すものの答えは当然見つからない。悩んだ末に白旗をあげようとホップの方を振り向いた時、ホップの指についている指輪が目についた。
――結婚指輪。オフのときはつけてるんだ。
――まあ、これ自体に意味がなくても、俺にとって大事なものなのは変わりないよ。
もしかしたら違うかもしれない。けれど、ケイブラムは妙な確信を持てていた。
「結婚をした証、か?」
興奮と緊張で舌がうまく回らない。胸がドキドキと早鐘を打つ。
ホップの返答をじっと待っていると、ホップは緑色の瞳を見開き、次に唇を尖らせて「あたり」と悔しそうに呟いた。
「帝都では、愛した人にお揃いの指輪を渡す習慣があるんだよ」
「中々ロマンチックだな。でもなんで指輪なんだ? ペンダントでもピアスでもいいんじゃないか?」
「うーん、指って誰もが目にして、かつ、あまり邪魔にならない場所だからじゃないかなー。あ、そうそう。ほかにもこんな言葉があるんだ」
ホップはすっかり冷めてしまったレモネードを一気に飲み干す。そして、ベンチから立ち上がると、ケイブラムの前にきて、地面に膝をついた。
嫌な予感がしつつもホップを見ていれば、ホップはケイブラムの手を恭しく取った。
「我が愛しきものよ。遠く離れ、長い時を経ても、私の命は必ずお前のもとへ帰ることを示そう」
そこで一度言葉を区切ると、ホップはケイブラムを見上げてにこりと屈託なく笑った。
「この後、指輪を渡して、その指にキスをすると、来世でも再び会えるっていう、う・わ・さ」
「つまり、再び巡り会えるように祈りと願いが込められているわけか」
なるほどと納得する一方で、ベンチのまわりに小さな人垣ができていることに気づく。ホップの声は妙に通りがいいせいもあるのだろう。
まわりに勘違いされるのも不快なため、ホップに握られている手の中から逃げるように手を抜いた。そして、まわりに聞かせるように少し声を張り上げた。
「わざわざ演劇風に説明をしてくれて助かった」
わざとらしい言い回しだが、まわりにホップとケイブラムのやりとりが演技だと伝わったようだ。
できていた人垣は残念そうな雰囲気を滲ませながら散っていく。だが、ケイブラムは野次馬がいなくなり、にぎやかな往来に戻ったことにホッとした。
ホップも立ち上がって膝を軽く払うと、ケイブラムの隣にドサリと座った。
「どう? 中々、上手でしょー?」
「まずまずだな。それより、あんな振る舞いをする意味があるか?」
「えー、言葉で説明するより記憶に残るじゃん」
なんてことないように返すホップにケイブラムはめまいを感じて額に手を当てた。
けれど、先ほどの言葉をもしヴィルスに言ってもらえたら満更でもない。それどころか、年頃の乙女でもないのにときめいてしまう気がした。
気持ちを切り替えるために、空咳をして残った焼きリンゴを咀嚼する。すっかり冷えてしまったためバターがくどく感じるが、食べれないことはない。
「しかし、指輪……か」
ふと、ヴィルスが以前ティベルクのやり方に則ってベールをくれたことを思い出す。
今でもその時のことを振り返るたびに、胸の内がこれでもか熱くなる。それほどまでにケイブラムにとっては嬉しいことだった。
「なあ、いい装飾店知らないか」
ホップに尋ねれば、ホップは眉をあげて緑色の瞳を大きく見開いた後、にこりといつも浮かべる人懐っこい笑顔を浮かべた。
「知ってるよ。ちょっとまっててねー」
ロングコートの内ポケットからメモ帳と細長いペンを取り出すと、サラサラと書いていく。ビリっと音を立ててメモ帳から破くと「はい。どうぞー」とケイブラムに差し出した。
そのメモを受け取って素早く目を通せば、大通りに並んでいる店の一つだ。
「そのお店は店主がいい人だからおすすめだよー。それに提携している鍛冶師がこれまた有能でさ、高度の材料でも加工してくれるんだよ」
「そうなのか。教えてくれてありがとう」
礼を述べると、ホップは目尻をさらに下げてふふっと微笑んだ。
「どういたしましてー。雌鳥ちゃんから指輪をもらったらペンダントの時か、それ以上に喜ぶと思うよー」
後押しするように告げられたホップの言葉にケイブラムはそれならいいがと心の中で思った。
ふと視線を上げれば、遠目からでも頭一つ抜けている見覚えのある金髪が近づいてくるのがわかる。
ホップもその存在に気づいたのか、ケイブラムの方を向くと「今日話したことは内緒にしてね?」と囁いた。
ケイブラムも手にしていたメモをポケットに突っ込んでかすかに頷く。そうすれば、ホップはにこっともう一度人懐っこい笑みを浮かべてベンチを立ち上がり、人混みの中に消えていった。
ホップが去ったのと入れ違いに、ヴィルスが人混みから出て、ケイブラムの前へとやってくる。
「悪い、待たせた。こんなに遅くなるなら外で待たせるべきじゃなかったな」
「急だったし、気にするな」
すっかり冷めた残った焼きリンゴを口の中に押し込んで咀嚼していれば、ヴィルスがわずかに目を伏せた。
「それ、ホップからもらったのか」
「そうだが。……そうだ、あとで一緒に食べないか? バターが効いてて美味しかったんだ」
ヴィルスを見上げてそう言えば、ヴィルスは数度瞬きをした後、口元をゆるめた。
「食べる。それにしても、どうせ食べるならバニラアイスのトッピングぐらいつければいいのにな」
「トッピングつけれたのか?」
ケイブラムはベンチから立ち上ってゴミ箱の中にカラになった容器を捨てに行く。その隣を歩きながら、ヴィルスは「ああ」と呟く。
「生クリームにチョコやキャラメル。それから、バニラアイスとレーズンとかな」
「なら、次買うときはバニラアイスとレーズンをつけてもらうか」
出来たての焼きリンゴにバニラアイスはきっと合うだろう。
ケイブラムはぐっと体を軽く伸ばすと、凛々しい眉を寄せているヴィルスを見上げた。
「どうしたそんな気難しい顔をして。もしかして、焼きリンゴの組み合わせが気に入らなかったか?」
「……さっきホップと一緒にいたけど、なにを話してたんだ」
見当違いな言葉を返され、ケイブラムは一瞬なにを言われたか理解できなかった。
呆然としている間に、ヴィルスの手がすっかり冷えたケイブラムの手をきゅっと握りしめてくる。じわりと暖かくなっていく心地よさを覚えながら、ケイブラムは軽く肩をすくめた。
「話してたと言うか、あいつが一方的に仕事の愚痴を言ってただけだ」
「……そうか」
ホップの黙っていてほしいという頼みはさておき、下手に話すと指輪を渡そうとしている計画がバレかねない。
ケイブラムの返しにヴィルスは不満を滲ませていたが、あえて気づかないふりをした。
ひとまずカップを返却しようと立ち上がる。幸い、ホットバターラムの店は賑わっているおかげですぐにどこかわかった。
カップを返却し、ベンチに座ろうとすれば、白い湯気が立ち上る焼きリンゴの皿が差し出された。
思わず、隣に顔を向ければホップだった。
ヴィルスほどでないにせよ、つなぎの上から薄手のロングコートを羽織っているだけだった。ヴィルスといいホップといい、東の技師はオフの時でもつなぎを着るルールでもあるのかとひっそり思った。
「やっほー、雌鳥ちゃん。お祭り楽しんでる?」
「お前はほんとどこにでも湧くな」
半眼になってじとりとホップを睨む。
けれど、ホップは包にくるまれた揚げバナナを頬張りながら人懐っこい笑みを浮かべた。
「そりゃ、ヴィーと一番仲いいのは俺だからね。なら、俺とよく顔を合わせるも必然でしょ。それより、ほら。焼きりんごあげるから元気だして」
ずいっと差し出された焼きリンゴが乗っている四角い紙皿をケイブラムはためらいがちに受け取った。
バターの香りと焼きリンゴの甘い匂いが溶け合った香りに、小腹が空いていたこともあってじわりと口の中に唾液が滲んだ。
当たり前のようにベンチに座ったホップは「雌鳥ちゃんも座りなよ」とポンポンと隣を叩いた。
ホップの言いなりになるのはなんだが癪だが、立ったままでいる理由もないためケイブラムは渋々隣りに座った。
「ところで、お前はいつになったらその呼び名をやめるんだ」
「だって俺、雌鳥ちゃんと戦ってないし?」
揚げバナナを食べ終えたホップは包を丸めて近くのゴミ箱に向かって投げ入れる。
そして、ホットレモネードを売り歩いている少女が目の前を通りかかると、一つ購入した。
ホットレモネードを口にしながら、ホップは焼きリンゴを口にしていないケイブラムの頬を指先でつついてきた。
「雌鳥ちゃん、焼きリンゴ嫌いだった?」
「嫌いじゃない。ただ、変なものが入ってないか疑ってるだけだ」
頬をつついてくるホップの手を叩き落として、横目で睨む。
だが、ホップは気にしてないのか、軽く肩をすくめるだけだった。
「心外だなー。買ったばかりだから入ってないよ。そういえばヴィーは?」
キョロキョロとあたりを見渡すホップに、ケイブラムは焼きリンゴを切り分けながら端的に返した。
「急遽チェックしてほしいものがあると同僚と思わしき男に懇願されたから現場に向かわせた」
「もしかしてリカンナの最終チェックかなー。あのじゃじゃ馬はヴィーじゃないとチェックさせないからねえ」
「……リカンナとはなんだ?」
ものの名前というのはケイブラムにもわかる。だが、それがなにを示すのかまるで見当がつかない。
ホップは腕を組んで小さく呻き、視線をさまよわせた後「ま、いっか」と小さく呟いた。
「自我を持つ新型飛空艇だよ」
「自我を持つ? 物がか?」
一口サイズに切り分けたリンゴを口に運ぼうとしていた手を止めて眉をひそめる。だが、ホップはにこっとすっかり見慣れた人懐っこい笑みを浮かべて数度頷いた。
「そうそう。ようするに完璧な無人運転の試みだよ。そして、リカンナの最大の特徴は自我の成長なんだ。人と接することで学習して、自らの意思決定打を持つ。うまく使えば無人最強兵器ってわけ」
「だが、自我を持つということは必ずしも従順とは限らないだろ」
物が自我を持ったら、それははたして物なのか。
切り分けたリンゴを一口食せば、じわりと染み込んだ適度のしょっぱさを持つバターとリンゴの甘味が混じり合う。
ヴィルスが戻ったらまた買って一緒に食べようとひっそりと考えつつも疑問を吐露すれば、ホップは頭の後ろで手を組み、ベンチの背もたれに寄りかかった。
「ま、そうなっちゃうよねー。だから、いくつか基礎を組み込んでるんだ。……と、俺としたことが喋りすぎちゃった」
「これ重大機密だから話したことは内緒ね」とホップは唇に人差し指を当てて笑みを浮かべる。その時、ホップの指に対して華奢すぎる細い銀の指輪がはまっていることに気づいた。
「お前、指輪をしていたか?」
ホップとは何度か会ったことがある。けれど、記憶にある限り、指輪をはめていたことは一度もなかった。
ホップはケイブラムの指摘に対し「ああ、これね」と右手の人差し指についている指輪に視線を落とした。
「結婚指輪。オフのときはつけてるんだ」
「結婚、指輪? ……お前、結婚していたのか?」
思いがけない発言が飛び出たことに、思わず目を見開く。
ホップの持つ無邪気さとどこか奔放な雰囲気はとてもじゃないが既婚者とは思えなかった。
頭の先から足の爪先までまじまじと見てしまう。
素直なケイブラムの反応にホップは耐えきれずに口元を手で覆うと、小さく肩を震わした。
「冗談だよー。ほんと雌鳥ちゃんは面白いなあ」
「貴様、人を馬鹿にするのもたいがいにしろ」
わなわなと体を震わして拳を握りしめるケイブラムの様子にホップは目尻に浮かんだ涙を拭った。
ひとしきり笑ったホップはふっと息をつくと、軽く肩をすくめた。
「まあ、これ自体に意味がなくても俺にとって大事なものなのは変わりないよ。だから、今日みたいに特別な日だけつけてるんだー」
「ふーん」
指輪に視線を落として呟いたホップの表情はいつになく優しかった。だが、瞬きをした次にはいつもどおりお調子者のそれに戻っていた。
ホップの緑色の瞳が自分の指からケイブラムの手の方へと向くなり、意外そうに言った。
「そういえば、雌鳥ちゃん。指輪はめてないんだ」
「なんの話だ?」
含みのある言い回しにピクリとケイブラムは片眉を上げる。すると、ホップはしまったと言わんばかりに、視線を泳がせた。
「え、あー……。いやいや、こっちの話」
はははとホップはから笑いをしながらレモネードに口をつけた。
明らかになにか隠しているホップの反応にこれでもかと眉を寄せて詰め寄った。
「なにを隠してる」
「隠してないよ。あ! それよりもさー、雌鳥ちゃんは指輪交換の意味、知ってる?」
「いや、知らないな」
露骨な話題そらしが気になったものの、素直に返した。
小さく首を傾げたケイブラムの反応にホップは機嫌よくしたのか、垂れている目尻をさらに下げると、うんうんと満面の笑みで頷いた。
「まあ、帝都におけるローカルルールみたいなもんだよ。ねえ、雌鳥ちゃんはどうして指輪を渡すと思う?」
ホップはいたずらが成功した子供のような笑みを浮かべた。
ケイブラムは焼きリンゴを頬張りながら、ホップの意図を探ろうと、考えを巡らす。
西にとっての指輪はいわば精霊の力を封じ込めたり、宿したりする道具でしかない。けれど、ホップの言い回しからしてやはり東では違う意図として使うようだった。
頭の中で今まで調べた文献をひっくり返すものの答えは当然見つからない。悩んだ末に白旗をあげようとホップの方を振り向いた時、ホップの指についている指輪が目についた。
――結婚指輪。オフのときはつけてるんだ。
――まあ、これ自体に意味がなくても、俺にとって大事なものなのは変わりないよ。
もしかしたら違うかもしれない。けれど、ケイブラムは妙な確信を持てていた。
「結婚をした証、か?」
興奮と緊張で舌がうまく回らない。胸がドキドキと早鐘を打つ。
ホップの返答をじっと待っていると、ホップは緑色の瞳を見開き、次に唇を尖らせて「あたり」と悔しそうに呟いた。
「帝都では、愛した人にお揃いの指輪を渡す習慣があるんだよ」
「中々ロマンチックだな。でもなんで指輪なんだ? ペンダントでもピアスでもいいんじゃないか?」
「うーん、指って誰もが目にして、かつ、あまり邪魔にならない場所だからじゃないかなー。あ、そうそう。ほかにもこんな言葉があるんだ」
ホップはすっかり冷めてしまったレモネードを一気に飲み干す。そして、ベンチから立ち上がると、ケイブラムの前にきて、地面に膝をついた。
嫌な予感がしつつもホップを見ていれば、ホップはケイブラムの手を恭しく取った。
「我が愛しきものよ。遠く離れ、長い時を経ても、私の命は必ずお前のもとへ帰ることを示そう」
そこで一度言葉を区切ると、ホップはケイブラムを見上げてにこりと屈託なく笑った。
「この後、指輪を渡して、その指にキスをすると、来世でも再び会えるっていう、う・わ・さ」
「つまり、再び巡り会えるように祈りと願いが込められているわけか」
なるほどと納得する一方で、ベンチのまわりに小さな人垣ができていることに気づく。ホップの声は妙に通りがいいせいもあるのだろう。
まわりに勘違いされるのも不快なため、ホップに握られている手の中から逃げるように手を抜いた。そして、まわりに聞かせるように少し声を張り上げた。
「わざわざ演劇風に説明をしてくれて助かった」
わざとらしい言い回しだが、まわりにホップとケイブラムのやりとりが演技だと伝わったようだ。
できていた人垣は残念そうな雰囲気を滲ませながら散っていく。だが、ケイブラムは野次馬がいなくなり、にぎやかな往来に戻ったことにホッとした。
ホップも立ち上がって膝を軽く払うと、ケイブラムの隣にドサリと座った。
「どう? 中々、上手でしょー?」
「まずまずだな。それより、あんな振る舞いをする意味があるか?」
「えー、言葉で説明するより記憶に残るじゃん」
なんてことないように返すホップにケイブラムはめまいを感じて額に手を当てた。
けれど、先ほどの言葉をもしヴィルスに言ってもらえたら満更でもない。それどころか、年頃の乙女でもないのにときめいてしまう気がした。
気持ちを切り替えるために、空咳をして残った焼きリンゴを咀嚼する。すっかり冷えてしまったためバターがくどく感じるが、食べれないことはない。
「しかし、指輪……か」
ふと、ヴィルスが以前ティベルクのやり方に則ってベールをくれたことを思い出す。
今でもその時のことを振り返るたびに、胸の内がこれでもか熱くなる。それほどまでにケイブラムにとっては嬉しいことだった。
「なあ、いい装飾店知らないか」
ホップに尋ねれば、ホップは眉をあげて緑色の瞳を大きく見開いた後、にこりといつも浮かべる人懐っこい笑顔を浮かべた。
「知ってるよ。ちょっとまっててねー」
ロングコートの内ポケットからメモ帳と細長いペンを取り出すと、サラサラと書いていく。ビリっと音を立ててメモ帳から破くと「はい。どうぞー」とケイブラムに差し出した。
そのメモを受け取って素早く目を通せば、大通りに並んでいる店の一つだ。
「そのお店は店主がいい人だからおすすめだよー。それに提携している鍛冶師がこれまた有能でさ、高度の材料でも加工してくれるんだよ」
「そうなのか。教えてくれてありがとう」
礼を述べると、ホップは目尻をさらに下げてふふっと微笑んだ。
「どういたしましてー。雌鳥ちゃんから指輪をもらったらペンダントの時か、それ以上に喜ぶと思うよー」
後押しするように告げられたホップの言葉にケイブラムはそれならいいがと心の中で思った。
ふと視線を上げれば、遠目からでも頭一つ抜けている見覚えのある金髪が近づいてくるのがわかる。
ホップもその存在に気づいたのか、ケイブラムの方を向くと「今日話したことは内緒にしてね?」と囁いた。
ケイブラムも手にしていたメモをポケットに突っ込んでかすかに頷く。そうすれば、ホップはにこっともう一度人懐っこい笑みを浮かべてベンチを立ち上がり、人混みの中に消えていった。
ホップが去ったのと入れ違いに、ヴィルスが人混みから出て、ケイブラムの前へとやってくる。
「悪い、待たせた。こんなに遅くなるなら外で待たせるべきじゃなかったな」
「急だったし、気にするな」
すっかり冷めた残った焼きリンゴを口の中に押し込んで咀嚼していれば、ヴィルスがわずかに目を伏せた。
「それ、ホップからもらったのか」
「そうだが。……そうだ、あとで一緒に食べないか? バターが効いてて美味しかったんだ」
ヴィルスを見上げてそう言えば、ヴィルスは数度瞬きをした後、口元をゆるめた。
「食べる。それにしても、どうせ食べるならバニラアイスのトッピングぐらいつければいいのにな」
「トッピングつけれたのか?」
ケイブラムはベンチから立ち上ってゴミ箱の中にカラになった容器を捨てに行く。その隣を歩きながら、ヴィルスは「ああ」と呟く。
「生クリームにチョコやキャラメル。それから、バニラアイスとレーズンとかな」
「なら、次買うときはバニラアイスとレーズンをつけてもらうか」
出来たての焼きリンゴにバニラアイスはきっと合うだろう。
ケイブラムはぐっと体を軽く伸ばすと、凛々しい眉を寄せているヴィルスを見上げた。
「どうしたそんな気難しい顔をして。もしかして、焼きリンゴの組み合わせが気に入らなかったか?」
「……さっきホップと一緒にいたけど、なにを話してたんだ」
見当違いな言葉を返され、ケイブラムは一瞬なにを言われたか理解できなかった。
呆然としている間に、ヴィルスの手がすっかり冷えたケイブラムの手をきゅっと握りしめてくる。じわりと暖かくなっていく心地よさを覚えながら、ケイブラムは軽く肩をすくめた。
「話してたと言うか、あいつが一方的に仕事の愚痴を言ってただけだ」
「……そうか」
ホップの黙っていてほしいという頼みはさておき、下手に話すと指輪を渡そうとしている計画がバレかねない。
ケイブラムの返しにヴィルスは不満を滲ませていたが、あえて気づかないふりをした。
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それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…