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第7話 神月は輝き
五拾狼齩(フィフスタイオス)
しおりを挟む周囲の霧から青黒いガルムの幻影が飛び掛かる。イルザとグレンは幻影の鋭い爪を剣でいなす。奇襲に失敗した幻影は方向を変え、霧の中へ飛び戻る。
「ちっ! ヒット&アウェイか」
「そんな単純な攻撃ではないのだがね」
ブランの弓が黄金に輝く。青黒い霧は濃度を増し、二人を囲む霧は視界を奪う。
「君達が私のペット達と遊んでいる間にスミレを返してもらうよ」
ゆっくりとスミレの方向へ歩き出す。
霧の中では最初の奇襲以降、依然として静謐を保っていた。イルザとグレンは背中合わせに、次の襲撃に備えていた。
「私の背中は任せたわよ」
「背中どころか正面も全部俺に任せとけって」
「それは頼もしいわね」
余裕の笑みを見せながら飄々と返すグレン。身体能力はイルザ同様に高いのだが、剣技となるとイルザを下回る。どんな攻撃を仕掛けてくるかわからない。イルザは銀髪をかきあげ、細心の注意を払って神経を集中する。
霧の中で呻くガルムの声は二体、三体と数を増やしていく。
「おいおい、まさか団体様で襲って来やしねぇだろうな?」
「まさかじゃなくてその通りみたいよ。来るわ!」
霧の中からガルムの幻影が二体、イルザとグレンに飛びかかる。イルザは剣で爪を受け止め、ガルムの胴体にしなやかな蹴りを入れて吹き飛ばす。対するグレンは体を捻り飛び掛かりを避けて、剣を頭部へ振り下ろした。
しかしそれで倒せるはずもなく、怯んだガルムの幻影は霧の中へ消える。そこに休む間も与えず、別方向の霧からガルムの幻影が襲い掛かる。
「なるほどね、魂で作られた矢。意思を持った矢ってことね」
ガルムの幻影を切り伏せ、体勢を整える。魂で作られたガルムの幻影は次々と現れ、イルザとグレン、それぞれに五体ずつ取り囲んでいた。
「これじゃあまるで、狼の狩りに追い込まれた鹿のようだな。こいつをくぐり抜けるにはちと骨が折れそうだ」
自嘲気味に薄ら笑いを浮かべるグレン。退路を完全に塞がれ、突破口が見つからない。この技の大元である青黒い霧を対処しなければならないが、現状を打破しなければそれすらままならない。
グレンはマントの裾に手を伸ばし、魔鋼蜘蛛の糸を手に取る。
一方イルザは右手に剣を握り、左手には炎の魔力が纏っていた。相手が魂とはいえ、霧ならば灼熱の炎で蒸発させればいいと思案していた。
(まぁ、今思いついた技なんだけどね。うまくいってよ)
願掛けの様に大きく息を吸い込み、吐き出す。“妖精の輝剣(アロンダイト)”が蒼白に輝く。
「劫火をもって灰となれ“焔蛇一閃”!」
取り囲んだガルムより先にイルザが仕掛けた。大きく前へ踏み込み横一文字に炎が纏った剣を振り払う。その炎は剣から伸びるような軌道を描き、灼熱の劫火に呑まれたガルムの幻影は蒸発するように一掃された。
(上手くいった! この方法なら霧の壁を突破できるかもしれない)
連結刃に変形させ広範囲に剣を振るえば、ガルムの幻影のように蒸発させることが可能かもしれない。
「ぐあっ!」
グレンの叫び声と同時に体が吹き飛んできた。
「グレン!」
炎の剣でグレンを狙うガルムの幻影を薙ぎ払いつつ、傍に駆け寄る。
「しくじっちまったぜ、エルザのマントがなかったら死んでたわ」
グレンが元居た場所に目をやると、地面に剣を突き刺し、柄に括り付けていた魔鋼蜘蛛の糸が力なく垂れていた。
「あんたがしくじるなんて珍しいわね」
剣を手元に戻し立ち上がるグレン。
「試しに魔鋼蜘蛛の糸で捕らえてみようと思ったんだがな、物理干渉は受けないようだ。そっちは何かいい策見つけたようだな」
「ええ、まだ試してないけど、炎で焼き払えば霧の壁を壊すことが出来るかもしれないわ」
「ならとっとと抜け出しちまおうぜ。エルザたちが心配だ」
霧の壁から再びガルムの幻影が複数現れる。天井を見上げるとそこには、雲に隠れるような月が黄金の光を照らしていた。
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