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第8話 新たな足音
母との約束
しおりを挟む家に戻り、夕食を取りながらグレンは祭壇での出来事を聞いた。"|妖精の輝剣(アロンダイト)"を使用しても問題ないこと、|神界器(デュ・レザムス)を集めること、自分の体は無事であるということは理解出来た。
イルザは今日は色々あって疲れたからと、一人で浴室へ向かった。残された三人はエルザの提案で勉強会を開くことにした。
「・・・実際に本を読みながら覚えていくのがいいかも」
本棚を漁り、引っ張り出してきたのはそこそこ年季の入った本だった。
「・・・小さい頃、この本で文字を覚えた思い出の本」
「小さい頃って、この本なかなか分厚いぞ? いきなりレベル高くねぇか?」
スミレもうんうんとグレンの意見に同意する。
「・・・この家にあるので一番読みやすいのはこの本だけ。他はもっと分厚いし、難しい言葉が多い」
「エルザ先生がそういうなら仕方ねぇか」
「・・・先生!」
先生という響きに反応したエルザ。直感でグレンはなにか嫌な予感した。
「・・・先生、そう、私は先生」
「エルザさん?」
「・・・スミレ! あなたは私の膝の上が指定席! 早く移動!」
「え? あ、は、はいです!」
エルザの変なスイッチが入ってしまったらしい。研究所でもそうだったが、エルザは随分とスミレが気に入っているようだった。
困惑と羞恥の表情でエルザの膝の上に座るスミレ。それと同時に抱き枕の如く、ぎゅうと抱きしめるエルザ。
「スミレが苦しがってるぞーエルザ先生。さっさと始めようぜ」
「・・・先生は偉いのだから口答えしないように」
エルザの抱擁から解放(軽く抱きしめているが)されたスミレ。
立派な先生モードになってしまったエルザの勉強会は意外にも分かりやすく、順調に進んで行った。
温泉に深く浸かり夜空を見上げる。緋色の月が薄く闇を照らし、星々の輝きは散らばった宝石のカケラのようだった。
「玄関の修理・・・早く終わらせないとなぁ」
考えている事とは全く違うことを呟く。知識を大量に得て、頭の中を整理したい時に行う癖のようなものだ。
右手の甲に刻まれた紋章を夜空にかざして見つめる。
(数奇な運命よね・・・)
平穏のために戦うと啖呵をきった。それは矛盾していることではないのか?
戦いの中で垣間見える高揚感。
頭の中枢を激しく刺激し、快楽を感じる瞬間。
(もしかして・・・)
長く湯に浸かりすぎた。のぼせる前に早く湯から上がろう。そう言い訳をして湧き上がった感情から目を逸らした。
「な、なんでだ・・・ッ! 芋虫が音を超える速さで海を渡るわけがないだろッ!」
「私にも分からないです・・・ッ! 海だと思ったら空中で甘い汁を流しながら空に落ちるとか訳が分からないです・・・ッ!」
呼吸を激しく乱し、狼狽える人間二名。その傍らでソファーにて優雅に茶を啜るダークエルフが一名。
風呂場から戻ってきたイルザは居間の荒れ具合に唖然とする。
「え、何このカオスな状況」
「・・・ちょっと読み書きを教えただけ」
テーブルに目をやると懐かしい小説が開かれていた。
「ああ、この本ね。確かに読みやすいから学習には持ってこいよね」
「どこがだァー! 主人公が目が覚めたら芋虫になってて、家族から虐められて、得体の知れない世界で得体の知れない行動を起こして、愛する爬虫類の女の借金を肩代わりする謎展開に誰がついてこれるかァー! しかも完結してないとはどういうことだ! 続きが気になるやろがい!」
「爬虫類の女の人は自分の醜さと主人公の芋虫さんに対する食欲、だけど愛してくれるという葛藤・・・続きは、続きはないのですか~!」
似たような感想を抱いた覚えがある。エルザと一緒に読んだ後、今のグレンとスミレのように続刊を母にせがんだ。新刊が出たら買いに行こうと約束したが、結局その約束が果たされることは無かった。
「残念だけどこの家には続きはないわ。機会があれば買いに行きましょ」
そんなぁ、と露骨に残念そうな表情を見せる二人。
「・・・だけど、これで魔界文字は読めるようになった。分からない単語はその都度聞いてくれたら教えてあげる」
エルザはカップの茶を飲み干し、浴室へと足を運ぶ。
「・・・スミレ、一緒に入るよ」
拒否権のないエルザの手招きにやむなくついて行くスミレ。浴室の奥からは時折幼くも甘い声が漏れたり漏れなかったり。
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