星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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21章 宮節日 失ったアルバシウムと貴族の大商人

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 ***

「お兄様!」

 ユージンは面白くなさそうに、壁際でシャンパングラスを傾けていた。

 リアナとよく似た栗色の髪の毛と、菫色の瞳が印象的な男だ。
 しかし今は、穏やかな印象であるはずのタレ目を細め、ぼぅっと何処かを見つめている。
 考え事をしている彼を、リアナがもう一度呼んだ。

「お兄様?」
「……!わぁっ!驚いたな!リアナか。」
「お兄様の妹のリアナですよ!」

 ユージンは本当に驚いたらしく、ハッとした様子でリアナを見た。深く考え事をしていたらしい。
 ユージンはリアナの後ろに立っているアリムを見て、今度は目を丸くする。

「これは失礼を……。王国の蒼き月にご挨拶申し上げます。マコガレン侯爵家当主、ユージンでございます。」

 ユージンはゆったりと胸の前に手を置き、腰を折った。流れるように優雅な紳士の礼だ。柔らかな仕草は、彼の人柄そのもののように見える。
 アリムはユージンに笑いかけた。

「アリム=イスファール=ラ=アレジャブルです。」
「リアナからよく話を伺っておりました。お目にかかれて光栄でございます。」

 ユージンは嬉しそうに目元を綻ばせた。優しげな表情は、リアナと瓜二つだ。

 ーーでも、どんな話を聞いてるんだろう……。

 チラリとリアナを窺い見れば、リアナはただニコリと笑っただけだった。

「ドラニア卿もお元気でしたか。」
「ご無沙汰しております。」

 ユージンはキシュワールに会釈をし、すぐにアリムへと向き直った。

 愛想笑いが、途端に蕩けるような笑みに変わる。
 兄の変貌驚いたのか、リアナがギョッと肩を震わせた。

「僭越ながら、お目にかかれる日を心待ちにしておりました。立ち話も何ですから、席に移動してもよろしいですか?」

 話し込みたい、という意思表示だった。そうしてもいいのだろうか。判断ができず、アリムはキシュワールを振り返り、意見を求める。

「王太后殿下がお越しになるまででしたら。」
「機会をいただき、ありがとう存じます。どうぞ、こちらへ。」

 ユージンはウキウキとした様子で、アリムに奥まった椅子を案内する。

 そこは壁とカーテンで、程よく周りの視線を逃れる事ができる場所だった。
 仕上げにキシュワールがカーテンの横に立てば、良い目隠しになる。 

 ユージンは給仕に運ばせたグラスをアリムに勧めた。

「バーリより、織部を任されたと伺いました。」
「はい。」
「此度のタラーレンやドレスも、妃殿下のお見立てなのですか?」
「そうです。」

 正しくは妃の分だけだが。ラシードのタラレーンは細かいしきたりがあるとかで、アリムは一切関与していない。

 ユージンは無礼にならない程度に、サッとアリムの装いを眺めた。

「あまりの美しさに、目を奪われておりました。こんなに発色の良い織り物は、はじめてみます。」
「……少数民族が紡いだ糸を染め上げました。」

 アリムはユージンがどんな反応をするのだろうか、と様子を伺った。トウマ=パシフィルの事を思い出したからだ。
 素晴らしい衣服にケチをつけられる事が堪らなく嫌だった。

「ほお!」

 ユージンはパンっと膝を叩く。
 瞳がキラリと輝いた。

「どちらの民族か、お伺いしても?」
「……カンザ山脈の民族です。」

 言ってもわかるだろうか、と訝る。
 しかしアリムが「南領の国境付近なのですが……。」と付け加えると、ユージンは不思議そうな様子で頷いた。

「あそこは岩山でございましょう?草木もなかなか育ちませんし、家畜を飼うのも無理です。糸の材料などございましょうか?」
「カンザをご存知ですか?」
「もちろんでございます。」

 ユージンは身を乗り出して、膝の上で手を組んだ。そしてにやりと口元を歪める。
 途端に小狡くなった雰囲気に、アリムは危うく吹き出しそうになった。
 何か金の匂いでも嗅ぎ取ったのだろうか。

「国の端から端まで駆け巡って商売をしております。バーリと軍部の次には、地理に詳しいかと。ですが、まだ私の知らない資源があるようですね。」
「商いばかりしているから、領地のことは全部弟任せなのよ。もう譲爵すべきだわ。」

 リアナが呆れたように頬に手を当てて、ため息をついた。

「何を言うんだ。領地の繁栄の為だぞ。」
「お兄様のそれは、大半が趣味でしょう。」
「リアナは相変わらず厳しいな。」

 兄弟のやり取りを見ながら、アリムは顎の下に手を当てて少し考える。
 もちろん教えてやるのは構わない。だがタダで、というのは惜しい気がした。

 久しぶりに商人としての頭が働き始める。

「ほとんど流通していないので、手に入れるのは難しいと思いますよ。」
「そうなのですか?」
「これも流れの行商人が持ってきたものを、パシフィル卿がたまたま手にしたんです。」

 ユージンは目を丸くして、アリムを凝視した。アリムはその視線を見て、ユージンの胸の内を測る。

 布の始まりはそうだった。

 だが今は、王室が取引をしている。
 アリムは仕入れの方法を知らないとシラを切ったが、ユージンがその事に気付かないはずがない。

 ーーなんたって、あのマコガレン商会だからな。

「王室が独占するので、我々が手に入れるのは、難しいということでしょうか?」
「独占?」

 明け透けな物言いに、アリムの声が跳ね上がる。
 ユージンは取り繕うように微笑んだ。

「貴重な品でしょうから。」
「これが?ハハっ。流通すれば、国民も手に取りやすいものですよ。」
「……?」

 アリムの言っている意味がわからなかったのか、ユージンが困惑したように瞬きをする。

「ところで、マコガレン侯爵は、フローラ衣装室を経営されていますよね?」
「はい。さようでございます。」
「王都一の衣装店ですね。私が呉服屋で番頭をしている時に、何度か取引がありました。」
「おや。」

 ユージンはきょとんっとする。

「それは稀有なご縁で。」


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