星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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22章 宮節日 義母との再会

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 妃3人は、ラシードとその家族が到着するのを並んで待つ。
 ホールもラシードの入場に備えて、何となく静まりだした。ついつい忘れてしまいそうになるが、大勢の貴族が敬意を払う様子は、間違いなく彼が王なのだと思い知らされる。

 リアナが扇で口元を隠しながら、コソコソとアリムに話しかけた。

「本来なら、バーリがお連れするのは、王太后様お一人なのが道理なのだけれど……。」

 突然の話に、アリムは目を丸くする。そして話を聞き取りやすいように、さりげなく体を近づけた。

「今からいらっしゃるのは、王太后様と弟君のアザール殿下なの。王太后様はバーリのお母様だから、賓客としてもてなすのは当然のことよ。でも……王弟は、バーリの臣下の身分だから、王太后様と同列に扱うのは、ちょっと無理があるというか……。」

 リアナはいつ開くかわからない扉に注意を払いながら、遠回しに事情を説明する。
 アリムはホールを見つめながら、同じように口元を隠す。 

「それはアザール王弟の希望で?」
「どうなのかしら。バーリも王太后様も、お咎めにならないから、そのままという感じなのだけれど。」
「誰が許したって、アザール様が図々しいという事に変わりはないわ。」

 はっきりした声で、マルグリットが口を挟む。
 驚いてマルグリットを見れば、彼女は吊り上がった眦を、より尖らせていた。

「確かに私達より立場は上よ。でも、常識のなさを考えれば、あまり関わらない事をお勧めするわ。」

 言葉も態度も不機嫌そのものだったが、的確なアドバイスだった。マルグリットは、フンっと顎をあげる。

「私に子供さえいれば、あんなに大きな顔をさせないのに……。」

 明け透けな恨み言に、アリムはリアナと顔を見合わせる。しかしこの中で一番切実に、妃としての責務を求めているのは、マルグリットなのだ。

 リアナは髪の毛を耳にかけると、繕うように笑みを浮かべる。

「とにかく、アザール様の行動が褒められたものではない、という事だけは覚えておいてね。」
「わかったよ。マルグリット様もありがとうございます。」

 アリムが声をかけると、マルグリットがちらりと一瞥した。それから深く眉間に皺を寄せ、「話しかけないで。」と口早に呟く。
 本格的に不機嫌になったようだ。
 アリムは小さくため息をつく。

「オハラ=アレジャブル王太后様、アザール=ルイス=アレジャブル殿下のお越しでございます。」

 高らかな宣言の声が響き渡る。ホールの人間は皆、敬意を示して頭を垂れる。アリム達も席を立ち、同様に拳を頭上に掲げ、最上の敬礼をした。

 ラシードが先頭を切り、母である王太后に手を差し出す。彼女はその手を取り、優雅に笑った。その後をアザールが付いて歩く。
 アリムは前を過ぎ去る足元を見つめながら、なぜか既視感を覚えた。
 何が気になったのかわからない。しかし、見送った3人の足元の中で、以前見た事があるものが混ざっていた。

 -ーバーリの靴?いや、それじゃないな……。

「皆さん、お顔を上げてちょうだい。」

 あれこれと考えていると、たおやかな声が響き渡った。
 ハッと顔を上げると、ラシードとよく似たダークブラウン髪の毛を上品に纏めた女性が、貴族達を見下ろしていた。
 しかし顔立ちはラシードとは似ておらず、下がった目尻と優しげな口元が、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。

 -ーえ……?

 アリムはギョッと目を丸くした。

「今日もこの日を無事に迎える事ができて、とても嬉しく思っているわ。妃のお三方も、立派なアルバシウムを奉納してくれて、本当にありがとう。」

 オハラが妃のいる席に目を向ける。
 そしてアリムと目が合うと、キョトンっと目を丸くした。

「あら、坊ちゃんがどうしてここに?」

 アリムは驚きのあまり、心臓が口から飛び出る思いだった。
 変な汗がぶわりと吹き出してくる。どうりで既視感を覚えたはずだ。見覚えがあったのは、オハラのタラーレンの裾につけられた、レースだったのだ。
 ラシードが訝しげにオハラに視線を向け、そっと背中を抱いた。

「王太后。」
「……あら。妃達の装いが、あまりに素敵だから、ついつい見つめてしまったわ。」

 オハラはフイっと視線を外すと、また朗らかに笑みを浮かべる。

「今日の宴を楽しんでちょうだい。」

 その言葉を合図として、楽団がまた音楽を奏で始めた。
 オハラはラシードに手を引かれ、玉座の隣の椅子に腰を下ろす。そのタイミングを見計らい、マルグリットがサッと席を離れた。

「アリム、行きましょう。」

 リアナもそれに倣い、アリムを誘う。
 アリムは変な汗をかき続けながら、リアナの後を追った。しかし頭はひどく混乱している。

「王太后陛下、王弟殿下にご挨拶申し上げます。」

 先についていたマルグリットが、優雅に挨拶を先導した。僅かに出遅れたアリム達は、それに続いて礼をする形になる。

 オハラの後ろに控えているアザールは鷹揚に頷き「ありがとうございます。」と微笑んだ。ラシードとは似つかない風貌だ。
 オハラに似ているのだろう。下がった目尻は人好きのする印象で、フワフワの癖っ毛は、まるで少年のようだ。
 ラシードのように人を威圧する要素は何もない。
 オハラは「こら、お前が先に口を開くものではありません。」とアザールを叱責した。
 マルグリットが甘えるような笑みを浮かべた。

「会場はお気に召していただけましたか?お義母様に楽しんでいただきたくて、今年も心を砕きましたの。」
「今年も本当に素敵だわ。ありがとう、マルグリットさん。」

 オハラは義母呼びされたことには触れず、優しい笑みを浮かべてマルグリットに答える。そしてリアナへと視線を向けた。

「リアナさん、お久しぶりね。お元気だった?」
「はい、王太后陛下。このよき日にお目にかかれて光栄でございます。」
「私もよ。この前は美味しい茶葉をありがとう。」
「商会で仕入れたものが珍しかったもので。お口にあったようで、何よりです。」
「あ、僕もいただきました!とても美味しかったです!」
「まぁ、ようございましたわ。アザール殿下。」

 コロコロとリアナが笑う。

「そちらのお妃様ははじめましてですね!」

 突然アザールが、アリムに声をかけた。アリムはギョッと跳ね上がりそうになったが、なんとかそれを押し留め、紳士の礼をする。

「アリム=イスファール=ラ=アレジャブルでございます。お初にお目にかかります、王太后陛下、アザール殿下。」

 オハラが途端に表情をなくし、言葉をなくした。それからジッと長い事、アリムのことを見つめる。
 その間も、アリムは動揺を隠せない。手が濡れるほどに汗をかいている。

「……オハラよ。よろしくね、アリムさん。」
「アザールです。仲良くしましょうね。」
「アリムさんとは、少し交流を深めないといけないわね。いらっしゃい。」

 オハラは挨拶もそこそこに席を立った。もう少しオハラと話したかったのか、マルグリットが「あっ!」と声をあげる。

「アザール。少しの間、2人のことを頼みましたよ。ラシード、あなたもこちらに来る?」

 事の成り行きを見守っていたラシードが、やっと自分の出番が、というように大きく頷いた。

「もちろんです。」

 ラシードはさっとアリムの腰を抱き、自分の方に引き寄せた。アリムはじっとりとかいた汗に気後れし、慌てて体を引こうとする。ラシードもアリムの体が汗ばんでいる事に気がついたのだろう。
 気遣わしげに顔を覗き込んだ。

「どうした?具合でも悪いか?」
「悪くありません。離してください。」
「まだ、怒っているのか?」

 ラシードが眉尻を下げる。不安げな子供のような表情に、アリムは一瞬ほだされそうになる。

「あなた達、何してるの?」

 オハラは何故か会場から出て行こうとしているらしく、扉の所で2人を呼んだ。
 あの扉を出れば、王族専用の休憩室があるのだ。何の話をしようとしているのか察したアリムは、はやる気持ちを抑えられずに、駆け足でオハラの元へ行く。

 それにオハラが「可愛らしい坊ちゃん。」と笑いかけたのだった。



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