星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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4章 マコガレン邸にてー加護を紡ぐ手、金を握る手

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「さてさて。カンザの糸の件なのですが。」

 良いだけノイをからかったユージンは、箱をテーブルの上に置いた。
 やすりをかけただけの、飾り気のない木箱だ。
 中を見ると、一巻きの反物が入っていた。

 ーーこれは……。

 アリムはその一巻きの反物を見た瞬間、ある部分が引っかかった。

「……これはどこで仕立てたハージーですか?」

 アリムは眉を顰めて反物の刺繍を指差す。

「僕の勤めていた呉服屋の職人に、こういう技術を持った者はいないと思いますが。」

 このハージーは、カンザの糸をカナンの花で染め上げてある。
 そして細やかな刺繍が施してあった。

 アリムの勤めていた呉服屋には、この様に繊細な刺繍をする職人は在籍してしていない。
 そういった技術のある者は、もっと有名で大きな衣装室へと流れていくからだ。

 アリムは気分を悪くして、ユージンを見つめた。

「仕入れの権利を手に入れたから、さっそく貴族に売る準備をしているんですか?」

 先日店主と一緒に行った商談。
 店主はユージンにカンザの糸の仕入権を売った。
 カンザの糸を専有した場合に得られたはずの利益10年分を、ユージンから受け取ったのだ。
 その際にアリムは「安価な糸なので、平民にも流通させたい。」という旨を、はっきりとユージンに伝えていた。
 しかしこの布に施された刺繍は、明らかに上位貴族向けの誂えである。
 いくらカンザの安価な糸を使用していたとしても、高価な反物になるだろう。

「イスファールさん。そんなに怒らないでください。」

 ユージンはアリムの視線を受け、眉を八の字にした。

「確かに安価な糸です。しかし王族が身につけたというだけで、価値がでます。」
「僕がカンザの糸を採用したのは、国鳥の加護を願ったからです。平民出身の妃が、国民の安寧を願って、安価な糸を平民に流通させる。その為に国の豊穣を祈る宮節日でその布をお披露目した。金額を上げる必要など、どこにありますか?」

 アリムは勢いよくハージーを広げた。

「僕はハッキリと言いましたよ。平民にも流行らせたいって。マコガレン商会は、平民向けの事業もしてましたよね?そこで扱ってくれればいいじゃないですか。」

 アリムは苛立たしげに眉を吊り上げ、美しい反物を指差した。
 語気を荒らげるアリムに、ノイは珍しいものを見る様に目を丸くしている。
 一方でユージンは穏やかに頷き、アリムの不機嫌な顔を真っ直ぐに見つめた。

「ご意向は伺っておりました。なので、このように仕上げたのです。」
「どういうことですか?」

 ユージンはアリムにニコリと笑いかける。
 その狡賢さすら感じる笑みに、アリムは訝しげに眉を寄せた。

「こちらのハージーはフローラ衣装室で仕立てたものではありません。カンザに工房を作って、カンザで職人を募って仕立てたのです。」

 アリムは目を凝らし、その布を観察する。
 確かによく見ると、刺繍の縫い目が僅かに粗い。しかし熟練のフローラ衣装室で出したとしても、遜色のない仕上がりだ。

「と、言いましても、今はフローラの見習いをカンザに派遣して、刺繍と染めの技術を教えている段階なのですが。こちらのハージーも、試作として我が店の見習いが作り上げたものです。ですが、後々はカンザの職人が、全て仕立てるようにするつもりですよ。」
「カンザが?」

 アリムは何となくユージンの言いたいことを理解し始める。
 落ち着いてきたアリムに、ユージンは更に笑みを深めた。

「カンザの産業を支援しつつ、庶民向けの高級ラインを仕立てようと思っています。」

 その言葉にアリムの瞳は大きくなる。

「イスファールさんのご意向としては、安価な布を普及させるという事だったかもしれませんが、それは少し難しくなりました。安い布で王族のドレスを仕立てたとなれば、貴族からの反発があるかもしれませんので。」

 そう言ってユージンは、ガチャガチャと乱暴にティーセットを脇によける。
 彼は袂から手帳を取り出し、ペンを滑らせた。

「安価で質の良い衣服を、平民が手に取りやすいくらいの価格で、平民にとって特別な衣装に仕立てるのです。……例えば祝い着ですね。」

 アリムの前に差し出された手帳。
 走り書きのそれは、正直読みやすいものではなかった。
 だがアリムにはその手帳の文字がしっかりと読めた。

「正直申し上げて、利益はほとんど見込めないと思います。カンザにはしっかりと報酬を支払うつもりですし、平民に手が届く価格と、卸価格とは、大した差はないでしょう。ですが金額以上に得るものは多いと思います。」
「はい。」
「カンザの産業の向上は、間違いなく私がお約束いたします。王家のイメージの向上はもちろん、妃殿下への国民の感情もよくなりましょう。」
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