107 / 230
4章 マコガレン邸にてー加護を紡ぐ手、金を握る手
②
しおりを挟む
「さてさて。カンザの糸の件なのですが。」
良いだけノイをからかったユージンは、箱をテーブルの上に置いた。
やすりをかけただけの、飾り気のない木箱だ。
中を見ると、一巻きの反物が入っていた。
ーーこれは……。
アリムはその一巻きの反物を見た瞬間、ある部分が引っかかった。
「……これはどこで仕立てたハージーですか?」
アリムは眉を顰めて反物の刺繍を指差す。
「僕の勤めていた呉服屋の職人に、こういう技術を持った者はいないと思いますが。」
このハージーは、カンザの糸をカナンの花で染め上げてある。
そして細やかな刺繍が施してあった。
アリムの勤めていた呉服屋には、この様に繊細な刺繍をする職人は在籍してしていない。
そういった技術のある者は、もっと有名で大きな衣装室へと流れていくからだ。
アリムは気分を悪くして、ユージンを見つめた。
「仕入れの権利を手に入れたから、さっそく貴族に売る準備をしているんですか?」
先日店主と一緒に行った商談。
店主はユージンにカンザの糸の仕入権を売った。
カンザの糸を専有した場合に得られたはずの利益10年分を、ユージンから受け取ったのだ。
その際にアリムは「安価な糸なので、平民にも流通させたい。」という旨を、はっきりとユージンに伝えていた。
しかしこの布に施された刺繍は、明らかに上位貴族向けの誂えである。
いくらカンザの安価な糸を使用していたとしても、高価な反物になるだろう。
「イスファールさん。そんなに怒らないでください。」
ユージンはアリムの視線を受け、眉を八の字にした。
「確かに安価な糸です。しかし王族が身につけたというだけで、価値がでます。」
「僕がカンザの糸を採用したのは、国鳥の加護を願ったからです。平民出身の妃が、国民の安寧を願って、安価な糸を平民に流通させる。その為に国の豊穣を祈る宮節日でその布をお披露目した。金額を上げる必要など、どこにありますか?」
アリムは勢いよくハージーを広げた。
「僕はハッキリと言いましたよ。平民にも流行らせたいって。マコガレン商会は、平民向けの事業もしてましたよね?そこで扱ってくれればいいじゃないですか。」
アリムは苛立たしげに眉を吊り上げ、美しい反物を指差した。
語気を荒らげるアリムに、ノイは珍しいものを見る様に目を丸くしている。
一方でユージンは穏やかに頷き、アリムの不機嫌な顔を真っ直ぐに見つめた。
「ご意向は伺っておりました。なので、このように仕上げたのです。」
「どういうことですか?」
ユージンはアリムにニコリと笑いかける。
その狡賢さすら感じる笑みに、アリムは訝しげに眉を寄せた。
「こちらのハージーはフローラ衣装室で仕立てたものではありません。カンザに工房を作って、カンザで職人を募って仕立てたのです。」
アリムは目を凝らし、その布を観察する。
確かによく見ると、刺繍の縫い目が僅かに粗い。しかし熟練のフローラ衣装室で出したとしても、遜色のない仕上がりだ。
「と、言いましても、今はフローラの見習いをカンザに派遣して、刺繍と染めの技術を教えている段階なのですが。こちらのハージーも、試作として我が店の見習いが作り上げたものです。ですが、後々はカンザの職人が、全て仕立てるようにするつもりですよ。」
「カンザが?」
アリムは何となくユージンの言いたいことを理解し始める。
落ち着いてきたアリムに、ユージンは更に笑みを深めた。
「カンザの産業を支援しつつ、庶民向けの高級ラインを仕立てようと思っています。」
その言葉にアリムの瞳は大きくなる。
「イスファールさんのご意向としては、安価な布を普及させるという事だったかもしれませんが、それは少し難しくなりました。安い布で王族のドレスを仕立てたとなれば、貴族からの反発があるかもしれませんので。」
そう言ってユージンは、ガチャガチャと乱暴にティーセットを脇によける。
彼は袂から手帳を取り出し、ペンを滑らせた。
「安価で質の良い衣服を、平民が手に取りやすいくらいの価格で、平民にとって特別な衣装に仕立てるのです。……例えば祝い着ですね。」
アリムの前に差し出された手帳。
走り書きのそれは、正直読みやすいものではなかった。
だがアリムにはその手帳の文字がしっかりと読めた。
「正直申し上げて、利益はほとんど見込めないと思います。カンザにはしっかりと報酬を支払うつもりですし、平民に手が届く価格と、卸価格とは、大した差はないでしょう。ですが金額以上に得るものは多いと思います。」
「はい。」
「カンザの産業の向上は、間違いなく私がお約束いたします。王家のイメージの向上はもちろん、妃殿下への国民の感情もよくなりましょう。」
良いだけノイをからかったユージンは、箱をテーブルの上に置いた。
やすりをかけただけの、飾り気のない木箱だ。
中を見ると、一巻きの反物が入っていた。
ーーこれは……。
アリムはその一巻きの反物を見た瞬間、ある部分が引っかかった。
「……これはどこで仕立てたハージーですか?」
アリムは眉を顰めて反物の刺繍を指差す。
「僕の勤めていた呉服屋の職人に、こういう技術を持った者はいないと思いますが。」
このハージーは、カンザの糸をカナンの花で染め上げてある。
そして細やかな刺繍が施してあった。
アリムの勤めていた呉服屋には、この様に繊細な刺繍をする職人は在籍してしていない。
そういった技術のある者は、もっと有名で大きな衣装室へと流れていくからだ。
アリムは気分を悪くして、ユージンを見つめた。
「仕入れの権利を手に入れたから、さっそく貴族に売る準備をしているんですか?」
先日店主と一緒に行った商談。
店主はユージンにカンザの糸の仕入権を売った。
カンザの糸を専有した場合に得られたはずの利益10年分を、ユージンから受け取ったのだ。
その際にアリムは「安価な糸なので、平民にも流通させたい。」という旨を、はっきりとユージンに伝えていた。
しかしこの布に施された刺繍は、明らかに上位貴族向けの誂えである。
いくらカンザの安価な糸を使用していたとしても、高価な反物になるだろう。
「イスファールさん。そんなに怒らないでください。」
ユージンはアリムの視線を受け、眉を八の字にした。
「確かに安価な糸です。しかし王族が身につけたというだけで、価値がでます。」
「僕がカンザの糸を採用したのは、国鳥の加護を願ったからです。平民出身の妃が、国民の安寧を願って、安価な糸を平民に流通させる。その為に国の豊穣を祈る宮節日でその布をお披露目した。金額を上げる必要など、どこにありますか?」
アリムは勢いよくハージーを広げた。
「僕はハッキリと言いましたよ。平民にも流行らせたいって。マコガレン商会は、平民向けの事業もしてましたよね?そこで扱ってくれればいいじゃないですか。」
アリムは苛立たしげに眉を吊り上げ、美しい反物を指差した。
語気を荒らげるアリムに、ノイは珍しいものを見る様に目を丸くしている。
一方でユージンは穏やかに頷き、アリムの不機嫌な顔を真っ直ぐに見つめた。
「ご意向は伺っておりました。なので、このように仕上げたのです。」
「どういうことですか?」
ユージンはアリムにニコリと笑いかける。
その狡賢さすら感じる笑みに、アリムは訝しげに眉を寄せた。
「こちらのハージーはフローラ衣装室で仕立てたものではありません。カンザに工房を作って、カンザで職人を募って仕立てたのです。」
アリムは目を凝らし、その布を観察する。
確かによく見ると、刺繍の縫い目が僅かに粗い。しかし熟練のフローラ衣装室で出したとしても、遜色のない仕上がりだ。
「と、言いましても、今はフローラの見習いをカンザに派遣して、刺繍と染めの技術を教えている段階なのですが。こちらのハージーも、試作として我が店の見習いが作り上げたものです。ですが、後々はカンザの職人が、全て仕立てるようにするつもりですよ。」
「カンザが?」
アリムは何となくユージンの言いたいことを理解し始める。
落ち着いてきたアリムに、ユージンは更に笑みを深めた。
「カンザの産業を支援しつつ、庶民向けの高級ラインを仕立てようと思っています。」
その言葉にアリムの瞳は大きくなる。
「イスファールさんのご意向としては、安価な布を普及させるという事だったかもしれませんが、それは少し難しくなりました。安い布で王族のドレスを仕立てたとなれば、貴族からの反発があるかもしれませんので。」
そう言ってユージンは、ガチャガチャと乱暴にティーセットを脇によける。
彼は袂から手帳を取り出し、ペンを滑らせた。
「安価で質の良い衣服を、平民が手に取りやすいくらいの価格で、平民にとって特別な衣装に仕立てるのです。……例えば祝い着ですね。」
アリムの前に差し出された手帳。
走り書きのそれは、正直読みやすいものではなかった。
だがアリムにはその手帳の文字がしっかりと読めた。
「正直申し上げて、利益はほとんど見込めないと思います。カンザにはしっかりと報酬を支払うつもりですし、平民に手が届く価格と、卸価格とは、大した差はないでしょう。ですが金額以上に得るものは多いと思います。」
「はい。」
「カンザの産業の向上は、間違いなく私がお約束いたします。王家のイメージの向上はもちろん、妃殿下への国民の感情もよくなりましょう。」
20
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
【完結】ホットココアと笑顔と……異世界転移?
甘塩ます☆
BL
裏社会で生きている本条翠の安らげる場所は路地裏の喫茶店、そこのホットココアと店主の笑顔だった。
だが店主には裏の顔が有り、実は異世界の元魔王だった。
魔王を追いかけて来た勇者に巻き込まれる形で異世界へと飛ばされてしまった翠は魔王と一緒に暮らすことになる。
みたいな話し。
孤独な魔王×孤独な人間
サブCPに人間の王×吸血鬼の従者
11/18.完結しました。
今後、番外編等考えてみようと思います。
こんな話が読みたい等有りましたら参考までに教えて頂けると嬉しいです(*´ω`*)
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
楽園をかたどったなら
陣野ケイ
BL
動物たちが進化して獣人となり、ヒトは彼らに敗北し絶対的な弱者となった世界。
シロクマ獣人の医師ディランはかつて、ヒトを実験生物として扱う「楽園」という組織に属していた。
良心の呵責に耐えきれなくなったディランは被験体のヒトを逃してしまい、「楽園」を追われることとなる。
そうして五年後のある雨の日。
逃がしたヒトの子・アダムが美しく成長した姿でディランの元へ現れた。幼いヒト似獣人の少女を連れて。
「俺をもう一度、お側に置いてください」
そう訴えるアダムの真意が掴めないまま、ディランは彼らと共に暮らし始める。
当然その生活は穏やかとはいかず、ディランは己の罪とアダムからの誘惑に悩み苦しむことになる——
◇ ◇ ◇
獣人×ヒトの創作BLです
シリアスで重い話、受から攻へのメンタルアタック、やや残酷な表現など含みますが最終的にはハッピーエンドになります!
R描写ありの回には※マークをつけます
(pixivで連載している創作漫画のifルートですが、これ単体でも読める話として書いています)
メビウスの輪を超えて 【カフェのマスター・アルファ×全てを失った少年・オメガ。 君の心を、私は温めてあげられるんだろうか】
大波小波
BL
梅ヶ谷 早紀(うめがや さき)は、18歳のオメガ少年だ。
愛らしい抜群のルックスに加え、素直で朗らか。
大人に背伸びしたがる、ちょっぴり生意気な一面も持っている。
裕福な家庭に生まれ、なに不自由なく育った彼は、学園の人気者だった。
ある日、早紀は友人たちと気まぐれに入った『カフェ・メビウス』で、マスターの弓月 衛(ゆづき まもる)と出会う。
32歳と、早紀より一回り以上も年上の衛は、落ち着いた雰囲気を持つ大人のアルファ男性だ。
どこかミステリアスな彼をもっと知りたい早紀は、それから毎日のようにメビウスに通うようになった。
ところが早紀の父・紀明(のりあき)が、重役たちの背信により取締役の座から降ろされてしまう。
高額の借金まで背負わされた父は、借金取りの手から早紀を隠すため、彼を衛に託した。
『私は、早紀を信頼のおける人間に、預けたいのです。隠しておきたいのです』
『再びお会いした時には、早紀くんの淹れたコーヒーが出せるようにしておきます』
あの笑顔を、失くしたくない。
伸びやかなあの心を、壊したくない。
衛は、その一心で覚悟を決めたのだ。
ひとつ屋根の下に住むことになった、アルファの衛とオメガの早紀。
波乱含みの同棲生活が、有無を言わさず始まった……!
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる