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7章 旅路は騒がしく
①
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旅の支度はさほど時間は掛からなかった。
必要なものは全てキシュワールが用意してくれたからだ。
特にやることもない間、アリムはライに会ったら、何と伝えれば良いかをずっと考えていた。
ーーアリルスタンの事がラシードにバレた事を知ったら、ヨークおじさんはめちゃくちゃ怒るよな……。
『ヤービル様!独立して王に御成ください!』
数日前から、あの恐ろしい言葉が耳の奥でこだましている。
ーー今、そんな事を考えている人なんていないはずだ。……でも……。
「アリム?」
向かいに腰掛けたラシードが、アリムの名前を呼んだ。
アリムはハッと顔を上げる。
「どうした?」
今は、西領に向かう馬車の中だった事を思い出す。
ガタンっと車体が大きく揺れた。
「うわっ!」
不意に体が浮き上がったアリムは、悲鳴をあげる。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。」
ドキドキと跳ね上がる心臓を押さえつけ、アリムはうなずいた。
考え込み過ぎて、ここが馬車の中だと忘れていた。
向かいにラシードがいるという事も。
「考え事か?」
「まぁ……。ちょっとね。」
「何か心配事でも?」
ラシードは身を乗り出し、アリムの顔を覗き込む。
光を弾いたエメラルドの瞳に、何故だろうか嬉しくなって、笑みが溢れる。
アリムは背もたれに寄りかかると、フフッと声を漏らした。
「うん。王都を出るのは久しぶりだから、少し緊張してるんだ。」
「西領までは2日かかる。今日はベルンハル領で一泊だ。」
ベルンハル。
アリムは僅かに顔を強張らせた。
オハラの住まいだ。
宮節日以来、オハラとは二通の手紙をやりとりした。山程の贈り物とそれに対する返礼。そしてこの返礼に対する返事。
アリムは身につけたブローチを指でいじる。
オハラから贈られた、アレキサンドライトである。
“西領の視察の時にベルンハルに立ち寄ると聞いたわ。是非邸に寄ってちょうだい。食事を一緒にする時間は取れると思うの。”
だが旅程を確認すると、ベルンハル公邸に寄る予定はなかった。
チラリとラシードを窺い見る。
目が合うと、ラシードは「ん?」と微笑んだ。
オハラと手紙のやり取りをしているうちに、アリムは彼女の事を相変わらず好ましく思っている事に気がついた。
王妃には迎えない。
しかしアリムの事が可愛くて仕方がない。
その真っ直ぐな愛情は、呉服屋で向かいあってお茶をしていた時と変わらない。
「俺、5歳の時に両親を亡くしたんだ。」
ラシードはアリムの呟きに目を丸くした。
「だから、母さんって呼べる人が出来て嬉しいんだ。オハラ母さんに会えるの、楽しみだな。」
「……。」
「母さんなんて呼んだらいけなかった?」
アリムはおずおずといった様子で首を傾げる。ラシードは開いた口が塞がらないといった様子だった。
「お前は人を嫌う事を知らないのか。」
「意外とそうかも。」
アリムはカラリと笑う。
あまりにあっけらかんとした調子に、ラシードは眉を上げ、背もたれに深く沈み込んだ。
「……会いに行くか?」
「いいの?行きたいっ。」
「……わかった。遣いを送るよ。」
ラシードはため息をつくと、御者台に通じている窓を叩く。
「はい。」
御者の隣で護衛をしているイーサンが、窓を開けて顔を覗かせた。
「ベルンハル公爵邸に早馬を出してくれ。今夜母上と晩餐をしたいんだ。母の実家に行くだけだから、仰々しいもてなしは必要ない。」
イーサンは「かしこまりました。」と頷く。
アリムとイーサンの目が合う。
『疲れてない?』
アリムが口をパクパクさせて問いかけると、イーサンは目尻に皺を寄せ、会釈をした。
「……。」
その途端、ラシードが大きな音を立てて窓を閉めた。
窓の建て付けが悪いのだろうか。
「大丈夫?指、挟まなかった?
「……?なんの話だ?」
ラシードの少しカサついた指が、アリムの指を絡めとった。温かな唇が、関節一つ一つを丁寧に啄んでいく。
「……母上がお前を傷つけないか、心配だよ。」
「大丈夫。そんな事にはならないよ。」
アリムはその甘やかな唇に、フフッと笑い声を漏らした。
そして御者台にいるイーサンとラドルフに聞こえないよう、潜めた声でラシードを嗜める。
「くすぐったいよ。」
「舐めてもいいか?」
「やだよ、エロ親父みたいな事言うな。」
「なんだって?」
言われ慣れない言葉に、ラシードは顔を上げて、目を瞬いた。
「王に向かってなんて事を。」
心底驚いているラシードに、アリムはサッと大袈裟な仕草で手を背中に庇う。
「言うことがたまにエロ親父なんだよ。気づいてた?」
「こら、まだ言うか。」
「こーんなに美男子なのに、ほんとびっくりするよ。もちろん、俺にだけだよね?」
「他に誰に言うっていうんだ。」
「誰かにもいってるようなら、俺拗ねるからね。」
「拗ねる?」
何とも明け透けな脅し文句に、ラシードはキョトンと首を傾げる。
アリムはまじめくさって頷き、自分の眉間を指差して深い皺を寄せて見せた。
「寝る前までずっとこんな顔してるよ。」
「なんだって?」
ラシードは大きく吹き出し、そのまま腹を抱えて笑い始めた。
「それは大変だ。」
ラシードは目元を甘く蕩けさせる。
「なら、お前の事をずっと抱きしめていないと。」
「……。」
その言葉にアリムはショールを胸元に手繰り寄せて、口元を隠した。
「今日は少し気温が低いな。寒くないか?」
ラシードは窓の外を見ると、窓際に寄り、背もたれに腕を回した。
ーーあれ?寒いって言ってるのに、何で窓際にずれるの?
「ラシードは寒いんじゃないの?」
「ああ。少し肌寒いな。だからこっちに……。」
「あっ!良いものがあるよ。少し待ってくれる?」
アリムは薄い箱を取り出して、いそいそと箱を開けた。
中には鮮やかなブルーの布。
オレンジと黄色の糸を織り混ぜ、見ようによってはグリーンにも見える、不思議な色だ。
ラシードはポカンっとアリムの行動を見守っている。
「?」
「そっちに行ってもいい?」
「あ、ああ。」
アリムは頭をぶつけないように用心しながら、
腰を上げてラシードの隣に座る。
そしてふわりとラシードの首元に結んで、形を整えた。
仕上げに結び目をポンっと叩く。
「……最高に似合う……。」
鮮やかな色は、ラシードのハッキリとした目鼻立ちによく似合っていた。
いつもの厳格な王が、年相応の男へと変貌を遂げる。
ラシードは目を丸くして、アリムと首元を彩るスカーフを交互に見つめた。
「これは?」
「ヒガシの職人に織ってもらったんだ。色は俺が指定したんだよ。こういう鮮やかな色を身につけているイメージはないけど、どうかな?あまり好みじゃない?」
「いや……。実はこういった派手目な物も好きなんだ。公務では使えないから、身につける機会がないだけで。」
司祭という役割を担う星王は、司祭服か落ち着いた色のタラーレンを身につけている事が殆どだ。
アリムは自分の選択にホッとする。
「似合うよ。俺と出かける時は、鮮やかなものも身につけてね。」
ラシードは呆けたようにスカーフを撫で上げた。
そしてアリムの首元に気がついたのだろう。自分のスカーフと見比べて、首を傾げる。
「お前のショールは……。」
「ああ、これ?ショールじゃないんだよ。ラシードのスカーフと色違いなんだ。大判だから、ショールみたいに……。」
「あぁ……っアリム……っ!」
ラシードは全て聞き終わる前に、アリムの顎を掴み唇を押し付けた。
熱い掌が、アリムの背中をきつく抱きしめる。
アリムは夫の反応に気をよくして、クスクスと笑う。
「気に入った?」
「こんなに嬉しい贈り物は、子供の時に貰った剣以来だ……。」
「剣?」
「母上にプレゼントされた、初めての剣だ。」
「ははっ。大袈裟だな。」
「……お前の綺麗な瞳の色だな……。」
ラシードは甘く呟くとスカーフに口付ける。
まるで自分の瞳に口付けをされている心地だ。
アリムはフハッと小さく笑った。
「……それでさ、見ようによっては緑だろ?」
「ん……?」
アリムはせっかく結んだラシードのスカーフを、するりと解いた。
そしてふざけてラシードの頭にかける。
大判のスカーフはラシードとアリムを包み込み、小さな世界を作り出した。
「俺とラシードの色だよ。……色が混ざり合ってなんて……ちょっとやらしいよね?」
グイッとスカーフを引っ張れば、ラシードの顔がアリムの鼻先まで近づいた。
ふわりと鼻腔をくすぐるムスクの香り。
空間がその香りで満ちた事に、アリムの胸の奥がジワリと温もる。
「この世界に、俺たちしかいないみたいだな……。」
「……お前ってやつは……。」
するりとラシードの指を絡め取り、肩を寄せる。
ラシードも指に力を込め、親指で優しくアリムの指の爪を撫でる。
ーー温かい……。
ラシードは触れ合ってきた誰とも違う。
性別や立場の違いではない。彼の空気を感じるだけで、身体の力が抜けて、心がじわりと温もるのだ。
愛とは、こんなにも心地よいものなのか。
側にいたい。側にいられるのなら、とことん過去を隠して、側妃の立場も受け入れよう。
「キスしてくれる?」
アリムはラシードの耳元で、吐息をゆっくりと漏らした。
ラシードは微笑みながら頷く。
ハラリと2人の頭から、滑り落ちるショール。
外の世界に戻って来ても、アリムはラシードに包まれたままだ。
大きな手のひらが、頬を包み込んだ。
「早く……。」
厚みのある唇が覆い被さるのを待ち侘びながら、アリムはうっとりと瞳を閉じたのだった。
必要なものは全てキシュワールが用意してくれたからだ。
特にやることもない間、アリムはライに会ったら、何と伝えれば良いかをずっと考えていた。
ーーアリルスタンの事がラシードにバレた事を知ったら、ヨークおじさんはめちゃくちゃ怒るよな……。
『ヤービル様!独立して王に御成ください!』
数日前から、あの恐ろしい言葉が耳の奥でこだましている。
ーー今、そんな事を考えている人なんていないはずだ。……でも……。
「アリム?」
向かいに腰掛けたラシードが、アリムの名前を呼んだ。
アリムはハッと顔を上げる。
「どうした?」
今は、西領に向かう馬車の中だった事を思い出す。
ガタンっと車体が大きく揺れた。
「うわっ!」
不意に体が浮き上がったアリムは、悲鳴をあげる。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。」
ドキドキと跳ね上がる心臓を押さえつけ、アリムはうなずいた。
考え込み過ぎて、ここが馬車の中だと忘れていた。
向かいにラシードがいるという事も。
「考え事か?」
「まぁ……。ちょっとね。」
「何か心配事でも?」
ラシードは身を乗り出し、アリムの顔を覗き込む。
光を弾いたエメラルドの瞳に、何故だろうか嬉しくなって、笑みが溢れる。
アリムは背もたれに寄りかかると、フフッと声を漏らした。
「うん。王都を出るのは久しぶりだから、少し緊張してるんだ。」
「西領までは2日かかる。今日はベルンハル領で一泊だ。」
ベルンハル。
アリムは僅かに顔を強張らせた。
オハラの住まいだ。
宮節日以来、オハラとは二通の手紙をやりとりした。山程の贈り物とそれに対する返礼。そしてこの返礼に対する返事。
アリムは身につけたブローチを指でいじる。
オハラから贈られた、アレキサンドライトである。
“西領の視察の時にベルンハルに立ち寄ると聞いたわ。是非邸に寄ってちょうだい。食事を一緒にする時間は取れると思うの。”
だが旅程を確認すると、ベルンハル公邸に寄る予定はなかった。
チラリとラシードを窺い見る。
目が合うと、ラシードは「ん?」と微笑んだ。
オハラと手紙のやり取りをしているうちに、アリムは彼女の事を相変わらず好ましく思っている事に気がついた。
王妃には迎えない。
しかしアリムの事が可愛くて仕方がない。
その真っ直ぐな愛情は、呉服屋で向かいあってお茶をしていた時と変わらない。
「俺、5歳の時に両親を亡くしたんだ。」
ラシードはアリムの呟きに目を丸くした。
「だから、母さんって呼べる人が出来て嬉しいんだ。オハラ母さんに会えるの、楽しみだな。」
「……。」
「母さんなんて呼んだらいけなかった?」
アリムはおずおずといった様子で首を傾げる。ラシードは開いた口が塞がらないといった様子だった。
「お前は人を嫌う事を知らないのか。」
「意外とそうかも。」
アリムはカラリと笑う。
あまりにあっけらかんとした調子に、ラシードは眉を上げ、背もたれに深く沈み込んだ。
「……会いに行くか?」
「いいの?行きたいっ。」
「……わかった。遣いを送るよ。」
ラシードはため息をつくと、御者台に通じている窓を叩く。
「はい。」
御者の隣で護衛をしているイーサンが、窓を開けて顔を覗かせた。
「ベルンハル公爵邸に早馬を出してくれ。今夜母上と晩餐をしたいんだ。母の実家に行くだけだから、仰々しいもてなしは必要ない。」
イーサンは「かしこまりました。」と頷く。
アリムとイーサンの目が合う。
『疲れてない?』
アリムが口をパクパクさせて問いかけると、イーサンは目尻に皺を寄せ、会釈をした。
「……。」
その途端、ラシードが大きな音を立てて窓を閉めた。
窓の建て付けが悪いのだろうか。
「大丈夫?指、挟まなかった?
「……?なんの話だ?」
ラシードの少しカサついた指が、アリムの指を絡めとった。温かな唇が、関節一つ一つを丁寧に啄んでいく。
「……母上がお前を傷つけないか、心配だよ。」
「大丈夫。そんな事にはならないよ。」
アリムはその甘やかな唇に、フフッと笑い声を漏らした。
そして御者台にいるイーサンとラドルフに聞こえないよう、潜めた声でラシードを嗜める。
「くすぐったいよ。」
「舐めてもいいか?」
「やだよ、エロ親父みたいな事言うな。」
「なんだって?」
言われ慣れない言葉に、ラシードは顔を上げて、目を瞬いた。
「王に向かってなんて事を。」
心底驚いているラシードに、アリムはサッと大袈裟な仕草で手を背中に庇う。
「言うことがたまにエロ親父なんだよ。気づいてた?」
「こら、まだ言うか。」
「こーんなに美男子なのに、ほんとびっくりするよ。もちろん、俺にだけだよね?」
「他に誰に言うっていうんだ。」
「誰かにもいってるようなら、俺拗ねるからね。」
「拗ねる?」
何とも明け透けな脅し文句に、ラシードはキョトンと首を傾げる。
アリムはまじめくさって頷き、自分の眉間を指差して深い皺を寄せて見せた。
「寝る前までずっとこんな顔してるよ。」
「なんだって?」
ラシードは大きく吹き出し、そのまま腹を抱えて笑い始めた。
「それは大変だ。」
ラシードは目元を甘く蕩けさせる。
「なら、お前の事をずっと抱きしめていないと。」
「……。」
その言葉にアリムはショールを胸元に手繰り寄せて、口元を隠した。
「今日は少し気温が低いな。寒くないか?」
ラシードは窓の外を見ると、窓際に寄り、背もたれに腕を回した。
ーーあれ?寒いって言ってるのに、何で窓際にずれるの?
「ラシードは寒いんじゃないの?」
「ああ。少し肌寒いな。だからこっちに……。」
「あっ!良いものがあるよ。少し待ってくれる?」
アリムは薄い箱を取り出して、いそいそと箱を開けた。
中には鮮やかなブルーの布。
オレンジと黄色の糸を織り混ぜ、見ようによってはグリーンにも見える、不思議な色だ。
ラシードはポカンっとアリムの行動を見守っている。
「?」
「そっちに行ってもいい?」
「あ、ああ。」
アリムは頭をぶつけないように用心しながら、
腰を上げてラシードの隣に座る。
そしてふわりとラシードの首元に結んで、形を整えた。
仕上げに結び目をポンっと叩く。
「……最高に似合う……。」
鮮やかな色は、ラシードのハッキリとした目鼻立ちによく似合っていた。
いつもの厳格な王が、年相応の男へと変貌を遂げる。
ラシードは目を丸くして、アリムと首元を彩るスカーフを交互に見つめた。
「これは?」
「ヒガシの職人に織ってもらったんだ。色は俺が指定したんだよ。こういう鮮やかな色を身につけているイメージはないけど、どうかな?あまり好みじゃない?」
「いや……。実はこういった派手目な物も好きなんだ。公務では使えないから、身につける機会がないだけで。」
司祭という役割を担う星王は、司祭服か落ち着いた色のタラーレンを身につけている事が殆どだ。
アリムは自分の選択にホッとする。
「似合うよ。俺と出かける時は、鮮やかなものも身につけてね。」
ラシードは呆けたようにスカーフを撫で上げた。
そしてアリムの首元に気がついたのだろう。自分のスカーフと見比べて、首を傾げる。
「お前のショールは……。」
「ああ、これ?ショールじゃないんだよ。ラシードのスカーフと色違いなんだ。大判だから、ショールみたいに……。」
「あぁ……っアリム……っ!」
ラシードは全て聞き終わる前に、アリムの顎を掴み唇を押し付けた。
熱い掌が、アリムの背中をきつく抱きしめる。
アリムは夫の反応に気をよくして、クスクスと笑う。
「気に入った?」
「こんなに嬉しい贈り物は、子供の時に貰った剣以来だ……。」
「剣?」
「母上にプレゼントされた、初めての剣だ。」
「ははっ。大袈裟だな。」
「……お前の綺麗な瞳の色だな……。」
ラシードは甘く呟くとスカーフに口付ける。
まるで自分の瞳に口付けをされている心地だ。
アリムはフハッと小さく笑った。
「……それでさ、見ようによっては緑だろ?」
「ん……?」
アリムはせっかく結んだラシードのスカーフを、するりと解いた。
そしてふざけてラシードの頭にかける。
大判のスカーフはラシードとアリムを包み込み、小さな世界を作り出した。
「俺とラシードの色だよ。……色が混ざり合ってなんて……ちょっとやらしいよね?」
グイッとスカーフを引っ張れば、ラシードの顔がアリムの鼻先まで近づいた。
ふわりと鼻腔をくすぐるムスクの香り。
空間がその香りで満ちた事に、アリムの胸の奥がジワリと温もる。
「この世界に、俺たちしかいないみたいだな……。」
「……お前ってやつは……。」
するりとラシードの指を絡め取り、肩を寄せる。
ラシードも指に力を込め、親指で優しくアリムの指の爪を撫でる。
ーー温かい……。
ラシードは触れ合ってきた誰とも違う。
性別や立場の違いではない。彼の空気を感じるだけで、身体の力が抜けて、心がじわりと温もるのだ。
愛とは、こんなにも心地よいものなのか。
側にいたい。側にいられるのなら、とことん過去を隠して、側妃の立場も受け入れよう。
「キスしてくれる?」
アリムはラシードの耳元で、吐息をゆっくりと漏らした。
ラシードは微笑みながら頷く。
ハラリと2人の頭から、滑り落ちるショール。
外の世界に戻って来ても、アリムはラシードに包まれたままだ。
大きな手のひらが、頬を包み込んだ。
「早く……。」
厚みのある唇が覆い被さるのを待ち侘びながら、アリムはうっとりと瞳を閉じたのだった。
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