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7章 旅路は騒がしく
③
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「あ……っ。」
ーーん?
そこには予想していなかった人物が早足でこちらに向かってきていた。
「妃殿下、失礼いたします。」
アリムとラドルフの間に体を割り込ませたキシュワールが、クッキーの袋を掠め取る。
驚いたアリムが目を丸くしていると、キシュワールはジロリとラドルフを一瞥し、クッキーを自分の口に運んだ。
あまり美味しくなさそうにクッキーを飲み下せば、キシュワールの眉間の皺が深くなる。
その様子を見たラドルフが、気分を害したように鼻に皺を寄せた。
「ちゃんと毒味しましたよ。」
「お前が持って来たものを、自分で毒味して何の意味がある。」
「俺が妃殿下に毒を食べさせると思ってるんですか?」
ラドルフは毛を逆立てて、キシュワールを威嚇する。
だがキシュワールはそれを歯牙にかけず、アリムにクッキーの袋を差し出した。
「召し上がりますか?」
「う、うん……。」
アリムはクッキーを受け取ると、戸惑ってキシュワールとラドルフを交互に見遣った。
彼の言うことは真っ当だ。素直に受け取ったアリムにも否がある。
「ごめん、俺が……。」
「ウェザースの失態です。……失礼いたします。」
キシュワールはアリムのフォローをバッサリと切り捨て、またラシードの元へと戻っていく。
ラシードと目が合った。
しかし彼は緩く頭を振っただけだ。
ーーそりゃ、そうかもしれないけど……。
アリムは複雑な思いで、悔しそうに顔を真っ赤にしているラドルフの背中を叩く。
「ランディ。クッキー、とても美味しいですよ。また持って来てくれますか?」
「……はい。」
「申し訳ございません。少々浮かれていたようです。」
イーサンがアリムに頭を下げる。
それにアリムは首を横に振って、第二騎士団の2人に笑いかけた。
「僕も気をつけます。楽しくなっちゃいましたね。」
ラドルフはそれっきり口数が少なくなった。
アリムの側を離れようとはしなかったが、いつものように自ら話を振ってこない。
ただアリムとイーサンの話に相槌を打つだけだ。
ラドルフは時折眉を顰めて、キシュワールのいる方を眇めている。
「ランディ……。」
アリムはラドルフの膝を指でくすぐった。
「ひっ!?」
「ランディ、何を怒っているのか知らないけれど。」
アリムは音程の外れた調子で、適当に口ずさむ。
「俺は笑ってるランディが好きなのに、なんでそんなに唇が尖っているの?可愛いランディ、アリム兄さんが何か悪い事をしたのかな?」
突然歌い出したアリムの音痴さに、イーサンは目を丸くし、くすぐられ続けているラドルフは体を捩って椅子から転がり落ちそうになる。
「それとも隣の優しいエタンのせい?意地悪キシュワールにいじめられたのかな?今はいないショコラ?もしかすると……。」
アリムはラドルフを後ろから抱えると、本格的に脇腹をくすぐり始めた。
「アリム兄さんの旦那様のせいかなぁ?ほら、誰にいじめられたのか、アリム兄さんに話してごらん!」
「ち、違いますー!俺が悪かったんですー!」
ぎゃあー!と笑い叫びながら、とうとうラドルフは椅子から転げ落ちる。
ラシードが思い切り嫌そうにこちらを見ているが、アリムはそれを無視して、ケラケラと笑った。
「でもキシュワールに酷い言い方されたんだもんねぇ。後で叱っておくから、もう機嫌を直して。」
「うぅ……。ドラニア卿は悪くありません。申し訳ございませんでした……。」
「わかったよ。でも今度誰かにいじめられたら、きちんとアリム兄さんに言うんだよ。俺はちゃんとランディの味方でいるからね。」
その言葉に、ラドルフは顔を真っ赤にした。
アリムはふふっと笑うと、ラドルフの髪の毛をかき混ぜる。
フワフワとした癖っ毛は、まるで小さな犬のようだ。ラドルフはますます顔を赤くし、体を小さくする。
「汗臭いですよ~。」
「クッキー、本当にありがとう。ランディの気持ち、すごく嬉しかったですよ。」
ラドルフは微かにはにかむと、気まずそうに視線を落とす。
「少し、頭を冷やして来てもいいですか?」
「もちろん、俺は構わないけど。エタン、大丈夫ですか?」
「遠くへはいけませんが。あの木陰で休んでおいで。」
「此度は私の浅はかさにより、騒ぎを起こしました事、心よりお詫び致します。」
ラドルフは膝をつき、頭上に拳を掲げた。
貴族の子息らしい振る舞いを意外に思いながら、彼がその分別を持っている事にホッとする。
天真爛漫だが、幼いわけではない。
だからアリムもその礼儀に対し、丁寧に言葉を返した。
「俺も悪かったんです。お互いに気をつけましょう。」
顔を上げたラドルフは、会釈を返して歩いていく。彼が腰を下ろしたのを見届けると、アリムははぁっとため息をついた。
「申し訳ございませんでした。」
イーサンが小さな声で再度詫びる。アリムはうっすらと目を細めると、首を横に振る。
「俺のせいでもありますから。」
アリムは振る舞いの難しさに心の中でもう一度ため息をつく。
気が抜けていたのは事実だ。
ノイから直接チョコレートを受け取るのも、本来はいけないのとわかっているのだ。
だが心を許した人達の事は、疑いなく接したい。
ラドルフを宥めた手前、何も気にしていないふりをしたが。
気持ちが塞いだのは、アリムも同じだった。
「ところで……ノイは?」
アリムはキョロキョロと辺りを見回した。
イーサンは微かに眉を寄せて笑う。
「……ベルンハル邸にバーリからの伝令を伝えに走っております。早馬なので、我々よりも先に次の休憩地に入って、そこで合流する予定です。」
「……そう。」
ノイと話せば、少しは気が晴れると思ったのだが。
アリムは隠さずに落胆する。
「ご不安にならなくても大丈夫です。すぐに戻りますので。」
「うん、わかった。」
「……バーリがお待ちのようです。お側に行かれますか?」
アリムがフッとラシードを振り返ると、彼は馬の装備を確認している所だった。
アリムの事を待っているようには見えない。
イーサンは「ラドルフの様子を見てまいります。」と腰を上げる。
つまりイーサンは「ラシードの所に行くように」と言いたかったようだ。
先程のやり取りを見られていた為、なんとなくラシードと話す気になれなかった。
ーー俺以外の人には……少し冷たいんだよな……。
だがそれも不自然な気がして、アリムもノロノロとラシードの所へと向かう。
「疲れたか?」
ラシードはアリムが浮かない顔でやって来たのを見ると、柔らかな笑みを浮かべて、手拭いで手を拭いた。
馬の装備に問題はないらしく「あちらで休憩しよう」と手を差し伸べる。
タープの下は日陰になって、気持ちが良い。
ラシードは先ほどのことなどなかったかの様に、いつも通りだ。
「……さっきの事なんだけど……。」
「ん?あぁ。」
ラシードは頷き、アリムの手を握った。
小さな椅子なので、膝が触れ合ってしまう。
アリムは恨みがましい気持ちでコツンっと膝を打ちつけた。
「……。」
「何を拗ねてるんだ?上手く解決していただろう?。」
「え?」
「お前は本当に、人の心を掴むのが上手い。」
低く優しい声で囁きかけられ、アリムは打ちつけた膝をどうしたら良いかわからなくなる。
「……あ、りがと……。」
ラシードは目の前に落ちてきた葉っぱを指で受け止めると、アリムの頭の上に乗せた。
そしてそよぐ梢の音に耳を傾けて、心地良さそうにため息をつく。
「ベルンハルまで、ようやく半分だ。毎年1人での旅程は、退屈でしかなかったが、今年はお前も一緒だから楽しいな。」
冠を身につけていないラシードは、力が抜けていて、笑みもいつもより柔らかい。
アリムは頭の上から取った葉っぱを、指でくるくる回した。
アリムはもじもじと、ラシードにラドルフのクッキーを差し出した。
「食べる?美味しいよ。」
そうは聞いたものの、ラシードは甘いものをあまり食べなかったはずだ。
だが優しい伴侶は、アリムの誘いを無碍にするような事はしない。
彼はさして好きではない甘いクッキーを口に入れた。
「……甘いな。」
「俺、これ好きだな。」
「そうか。ならまたラドルフに頼むと良い。喜んで持って来てくれるだろう。」
先ほどの事があったにも関わらず、ラシードは気軽にそう言った。
アリムは嬉しくなって、大きく頷く。
「うん。そうする。」
アリムはまたクッキーを頬張る。
人懐っこいラドルフらしい、可愛いクッキー。
「もう一つどう?」
「ははっ。もう結構だよ。」
流石に2個目は断られてしまう。
アリムはフフッと笑い、ラシードの肩に寄りかかったのだった。
ーーん?
そこには予想していなかった人物が早足でこちらに向かってきていた。
「妃殿下、失礼いたします。」
アリムとラドルフの間に体を割り込ませたキシュワールが、クッキーの袋を掠め取る。
驚いたアリムが目を丸くしていると、キシュワールはジロリとラドルフを一瞥し、クッキーを自分の口に運んだ。
あまり美味しくなさそうにクッキーを飲み下せば、キシュワールの眉間の皺が深くなる。
その様子を見たラドルフが、気分を害したように鼻に皺を寄せた。
「ちゃんと毒味しましたよ。」
「お前が持って来たものを、自分で毒味して何の意味がある。」
「俺が妃殿下に毒を食べさせると思ってるんですか?」
ラドルフは毛を逆立てて、キシュワールを威嚇する。
だがキシュワールはそれを歯牙にかけず、アリムにクッキーの袋を差し出した。
「召し上がりますか?」
「う、うん……。」
アリムはクッキーを受け取ると、戸惑ってキシュワールとラドルフを交互に見遣った。
彼の言うことは真っ当だ。素直に受け取ったアリムにも否がある。
「ごめん、俺が……。」
「ウェザースの失態です。……失礼いたします。」
キシュワールはアリムのフォローをバッサリと切り捨て、またラシードの元へと戻っていく。
ラシードと目が合った。
しかし彼は緩く頭を振っただけだ。
ーーそりゃ、そうかもしれないけど……。
アリムは複雑な思いで、悔しそうに顔を真っ赤にしているラドルフの背中を叩く。
「ランディ。クッキー、とても美味しいですよ。また持って来てくれますか?」
「……はい。」
「申し訳ございません。少々浮かれていたようです。」
イーサンがアリムに頭を下げる。
それにアリムは首を横に振って、第二騎士団の2人に笑いかけた。
「僕も気をつけます。楽しくなっちゃいましたね。」
ラドルフはそれっきり口数が少なくなった。
アリムの側を離れようとはしなかったが、いつものように自ら話を振ってこない。
ただアリムとイーサンの話に相槌を打つだけだ。
ラドルフは時折眉を顰めて、キシュワールのいる方を眇めている。
「ランディ……。」
アリムはラドルフの膝を指でくすぐった。
「ひっ!?」
「ランディ、何を怒っているのか知らないけれど。」
アリムは音程の外れた調子で、適当に口ずさむ。
「俺は笑ってるランディが好きなのに、なんでそんなに唇が尖っているの?可愛いランディ、アリム兄さんが何か悪い事をしたのかな?」
突然歌い出したアリムの音痴さに、イーサンは目を丸くし、くすぐられ続けているラドルフは体を捩って椅子から転がり落ちそうになる。
「それとも隣の優しいエタンのせい?意地悪キシュワールにいじめられたのかな?今はいないショコラ?もしかすると……。」
アリムはラドルフを後ろから抱えると、本格的に脇腹をくすぐり始めた。
「アリム兄さんの旦那様のせいかなぁ?ほら、誰にいじめられたのか、アリム兄さんに話してごらん!」
「ち、違いますー!俺が悪かったんですー!」
ぎゃあー!と笑い叫びながら、とうとうラドルフは椅子から転げ落ちる。
ラシードが思い切り嫌そうにこちらを見ているが、アリムはそれを無視して、ケラケラと笑った。
「でもキシュワールに酷い言い方されたんだもんねぇ。後で叱っておくから、もう機嫌を直して。」
「うぅ……。ドラニア卿は悪くありません。申し訳ございませんでした……。」
「わかったよ。でも今度誰かにいじめられたら、きちんとアリム兄さんに言うんだよ。俺はちゃんとランディの味方でいるからね。」
その言葉に、ラドルフは顔を真っ赤にした。
アリムはふふっと笑うと、ラドルフの髪の毛をかき混ぜる。
フワフワとした癖っ毛は、まるで小さな犬のようだ。ラドルフはますます顔を赤くし、体を小さくする。
「汗臭いですよ~。」
「クッキー、本当にありがとう。ランディの気持ち、すごく嬉しかったですよ。」
ラドルフは微かにはにかむと、気まずそうに視線を落とす。
「少し、頭を冷やして来てもいいですか?」
「もちろん、俺は構わないけど。エタン、大丈夫ですか?」
「遠くへはいけませんが。あの木陰で休んでおいで。」
「此度は私の浅はかさにより、騒ぎを起こしました事、心よりお詫び致します。」
ラドルフは膝をつき、頭上に拳を掲げた。
貴族の子息らしい振る舞いを意外に思いながら、彼がその分別を持っている事にホッとする。
天真爛漫だが、幼いわけではない。
だからアリムもその礼儀に対し、丁寧に言葉を返した。
「俺も悪かったんです。お互いに気をつけましょう。」
顔を上げたラドルフは、会釈を返して歩いていく。彼が腰を下ろしたのを見届けると、アリムははぁっとため息をついた。
「申し訳ございませんでした。」
イーサンが小さな声で再度詫びる。アリムはうっすらと目を細めると、首を横に振る。
「俺のせいでもありますから。」
アリムは振る舞いの難しさに心の中でもう一度ため息をつく。
気が抜けていたのは事実だ。
ノイから直接チョコレートを受け取るのも、本来はいけないのとわかっているのだ。
だが心を許した人達の事は、疑いなく接したい。
ラドルフを宥めた手前、何も気にしていないふりをしたが。
気持ちが塞いだのは、アリムも同じだった。
「ところで……ノイは?」
アリムはキョロキョロと辺りを見回した。
イーサンは微かに眉を寄せて笑う。
「……ベルンハル邸にバーリからの伝令を伝えに走っております。早馬なので、我々よりも先に次の休憩地に入って、そこで合流する予定です。」
「……そう。」
ノイと話せば、少しは気が晴れると思ったのだが。
アリムは隠さずに落胆する。
「ご不安にならなくても大丈夫です。すぐに戻りますので。」
「うん、わかった。」
「……バーリがお待ちのようです。お側に行かれますか?」
アリムがフッとラシードを振り返ると、彼は馬の装備を確認している所だった。
アリムの事を待っているようには見えない。
イーサンは「ラドルフの様子を見てまいります。」と腰を上げる。
つまりイーサンは「ラシードの所に行くように」と言いたかったようだ。
先程のやり取りを見られていた為、なんとなくラシードと話す気になれなかった。
ーー俺以外の人には……少し冷たいんだよな……。
だがそれも不自然な気がして、アリムもノロノロとラシードの所へと向かう。
「疲れたか?」
ラシードはアリムが浮かない顔でやって来たのを見ると、柔らかな笑みを浮かべて、手拭いで手を拭いた。
馬の装備に問題はないらしく「あちらで休憩しよう」と手を差し伸べる。
タープの下は日陰になって、気持ちが良い。
ラシードは先ほどのことなどなかったかの様に、いつも通りだ。
「……さっきの事なんだけど……。」
「ん?あぁ。」
ラシードは頷き、アリムの手を握った。
小さな椅子なので、膝が触れ合ってしまう。
アリムは恨みがましい気持ちでコツンっと膝を打ちつけた。
「……。」
「何を拗ねてるんだ?上手く解決していただろう?。」
「え?」
「お前は本当に、人の心を掴むのが上手い。」
低く優しい声で囁きかけられ、アリムは打ちつけた膝をどうしたら良いかわからなくなる。
「……あ、りがと……。」
ラシードは目の前に落ちてきた葉っぱを指で受け止めると、アリムの頭の上に乗せた。
そしてそよぐ梢の音に耳を傾けて、心地良さそうにため息をつく。
「ベルンハルまで、ようやく半分だ。毎年1人での旅程は、退屈でしかなかったが、今年はお前も一緒だから楽しいな。」
冠を身につけていないラシードは、力が抜けていて、笑みもいつもより柔らかい。
アリムは頭の上から取った葉っぱを、指でくるくる回した。
アリムはもじもじと、ラシードにラドルフのクッキーを差し出した。
「食べる?美味しいよ。」
そうは聞いたものの、ラシードは甘いものをあまり食べなかったはずだ。
だが優しい伴侶は、アリムの誘いを無碍にするような事はしない。
彼はさして好きではない甘いクッキーを口に入れた。
「……甘いな。」
「俺、これ好きだな。」
「そうか。ならまたラドルフに頼むと良い。喜んで持って来てくれるだろう。」
先ほどの事があったにも関わらず、ラシードは気軽にそう言った。
アリムは嬉しくなって、大きく頷く。
「うん。そうする。」
アリムはまたクッキーを頬張る。
人懐っこいラドルフらしい、可愛いクッキー。
「もう一つどう?」
「ははっ。もう結構だよ。」
流石に2個目は断られてしまう。
アリムはフフッと笑い、ラシードの肩に寄りかかったのだった。
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