星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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11章 商人はチャンスを逃さない

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「やはり窓が気掛かりでしょうか?」

 ユージンは不安がるアリムを困ったように見つめる。

「ご意向に沿わないようでしたら、徹底的にやり直します。お申し付けください。」
「……でも、店の商品を広告する方法は、これ以上にないと思います。」
「新聞に広告も打ちますし、チラシも配りますよ。平民出身のお妃様が出した店、というだけでも、充分注目されます。」

 チラシ広告にそこまでの訴求効果を期待できるだろうか。紙面上で宣伝できるのは、絵と文字によるイメージだけだ。
 それにやはり、店の入りにくさが心配だった。

「お助けしないのですか?」

 キシュワールがこっそりとラシードに問いかける声が聞こえてくる。
 アリムはその声にハッとして、ラシードを見た。
 しかしラシードは小さく片頬を吊り上げて笑っている。

「ガラスの価値もわからなかった俺がか?こういうことは、商人達に任せた方がいいだろう。」

 面白がっている含み笑いは、些か悪趣味だ。
 キシュワールがアリムの視線に気がついたのか、会釈をする。
 アリムは思わず、軽くキシュワールを睨みつけた。

「はは。怒らせたようだな。」

 ラシードは話に戻れと言うように、軽く手を振った。
 キシュワールに目線をやると、彼は気まずそうに再度会釈をする。

「貴族相手ならば、お披露目会の招待状を送れば良いのですが……。」

 ユージンがペン先で手帳を叩いた。

「購入したお客に、プレゼントでも渡しますか?」
「でも店に入らなければ……。」

 まずは人を集めることが先決だ。
 その時、視線を漂わせた先に、ラシードの鮮やかなスカーフが目に入る。
 アリムがプレゼントした、艶やかな青いスカーフ。
 まるで鮮やかな花のような色……。
 アリムはハッと顔を上げた。

「オープンイベントをやりましょう。」

 アリムはユージンの顔を見て「花を大量に用意してください。」と言った。

「花ですか?」
「はい。その花は店の前に飾ってください。溢れるほどですよ。あとは従業員には制服の他に、店の商品を数着、無料で提供してください。開店から一カ月、従業員には店のタラーレンを着てもらって、通行人に花を配るんです。」

 客が近づいてこないなら、こちらから近づいていけばいい。
 店への勧誘は必要ない。
 広場が近いここは、イベントが多い。それに便乗して、店の前を盛り上げるのだ。その時店の商品を着て、宣伝もできれば尚のこと良い。

「……できますか?」

 アリムの提案に、ユージンは二つ返事で頷いた。

「もちろんでございます。カラレスの名前を入れた風船と、開店祝いの焼き菓子も用意しましょう。店の前に人の山をつくれば良いのですね?」
「店のドアを開け放しておけば、興味を持った人が入ってくれるかもしれませんし……。どうでしょうか?」
「いいと思いますよ。祝い着を着て花を配れば、断然華やかになりますね。」

 ユージンに頷いてもらい、アリムはホッとして頰を綻ばせた。

「視野が狭く、申し訳ございませんでした。」
「互いに手探りですね。あ、薔薇はダメですよ。気軽に受け取れる花にしてくださいね。」
「花にはあまり詳しくないのですが……。」

 ユージンは手帳にメモを取りながら、苦笑いする。

「気軽に誘ったつもりでしたが、思いの外ラーシュ様との時間を邪魔してしまったようです。」
「あ。」

 機嫌を損ねていないかと心配したが、意外な事にラシードはアリムと目が合うと、にこりと微笑んだ。

「終わったか?」
「うん。ごめん、退屈だったよね?」
「いや。」

 アリムが歩み寄るより先に、ラシードは立ち上がってアリムを迎え入れる。
 温かな腕が腰を抱きしめ、頬に唇が落ちてくる。

「おかえり。」
「ただい……。」

 ユージンの視線を感じる。はっとして横を見ると、彼は気恥ずかしそうに苦笑いしていた。

「い、行こうっ!ね?」
「なんだ?さっきはお前からしてきたじゃないか。」

 クスクス笑いながら、ラシードがアリムの頬に唇を何度も落とす。

「納得のいくまで、話をしていても構わないぞ?」
「それじゃ、今日一日が終わっちゃうよ。」

 アリムはラシードの頬を押し除けながら、ユージンを振り返った。

「また時間を設けてもいいでしょうか?」
「もちろんでございます。」
「マコガレン侯爵。」
「はい。ラーシュ様。」

 王に呼ばれたユージンは、笑みを崩さずに胸に手を当てて腰を折る。
 ラシードはユージンの肩をポンポンッと2回叩いた。

「良いパートナーの様で、安心したよ。」
「勿体無いお言葉でございます。」

 2人は短い言葉で挨拶を終える。
 言うなれば、2人は義兄弟の間柄だ。しかし互いに必要最低限の会話しかしない。どちらも社交的な性格であるにも関わらず、だ。
 意図的にそうしているようにも見えるが、アリムが気にしたところで詮ない事だ。
 アリムはユージンに「では、よろしくお願いします。」と帰りの挨拶をした。

 帰り際。
 ノイはユージンとは目を合わせず、サッサと店から出て行く。
 護衛としては当然だったが、まるで逃げるかのようだった。
 ユージンはその素っ気ない背中を、軽く眉を顰めながら見送っている。
 知らない仲ではないのだ。
 せめて目を合わせて会釈くらいはするべきだろう。
 リアナが見舞いに来たあの日。
 結局ノイは、ユージンからのチョコレートを食べなかった。
 ラドルフに全て食べさせてしまったらしい。
 その事実を、ユージンが知ることのないよう、アリムは心の底から願うのだった。


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