星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

文字の大きさ
188 / 230
13章 新たな星神

しおりを挟む
 トマス家のパーティに参加する前。
 アリムはキシュワールに神学の教えを受けた。

 7柱の神々、神事の由来。
 授業は、トマス家が記した本を元に進められた。
 そこでアリムは、ある箇所に引っかかりを覚えたのだ。
 それは宮節日の章だった。

「宮節日の章。起源は5代王と、水の星ホイザーの誓約である。歴史書によると『豊潤な実りを祈り、ホイザーの愛した王の妃が育てし、アルバシウムを捧げる』と記されており、干ばつで苦しんでいた治世に、ホイザーに対して、自分の妻が育てた花を送った事が神事の始まりとされる。それに喜んだホイザーが雨を降らし、民は飢えから解放されることとなった。」
「……史実通りですが。」
「そぉかなぁ?」

 アリムは皮肉げに声を上げると、軽く鼻を鳴らした。

「王は星を読むだろう?いつ雨が降るか、予測は立てられるはずじゃないか。」
「……そうですが。」
「それに水の守護があるなら、いつでも雨を降らせる事ができたんじゃないの?」

 キシュワールはアリムを怪訝そうに見ながら、首を横に振った。

「いえ。5代目の守護は、風でした。」
「ああ。なら尚更だ。5代目とホイザーは誓約なんて交わさないよ。そんな事できないから。」

 アリムの持ったグラスが、カランッと音を立てる。
 キシュワールは目を丸くしながら、音を立てたグラスに目をやる。

「こうは考えられない?当時の王様は、パフォーマンスとして、そういう儀式をしたんだ。」
「と、おっしゃいますと?」
「雨が降る時期はわかる。けどそれを待っていれないほどに、民の心は疲弊している。なら、王として、神に真剣に祈るんだ。神に祈ったから、雨が降ると民に希望を抱かせる。そして王が読んだ通りに、やがて雨が降る。」
「なぜそうお思いになるのですか?」
「星神はそこまで優しくないからさ。どうしてアシャンが愛した王を、ホイザーが助けてくれるの?星神が全員で力を合わせてアレジャブルを助けてくれるなんて、どうして信じてるの?」

 星王の妃として、随分乱暴な物言いだった。
 しかしアリムは知っている。
 星神というものは、結局そういうもなのだ。
 こちらの都合など全く意に介さず、ただそばにいるだけの存在。

 キシュワールの眉間に皺が寄る。

「……過去のことは分かりかねますが。」

 キシュワールはアリムのグラスにお茶を注ぐ。
 綺麗な紅茶の色に氷が浮き上がる。
 その水面に映ったキシュワールの瞳がゆらりと揺れた。

「……妃殿下の仰ることも、一つのお考えかと存じます。」


 ***

 火事場に到着すると、そこは散々な状態だった。
 燃え上がっているのは一軒だけではない。
 まるで火をつけて回ったかのようだ。
 火種は隣り合わせた建物にも燃え移り、火の勢いは増していた。
 辺りには灰色の煙が充満している。

「……放火か?」
「人為的なものの可能性はあるかと。」

 呆然と燃え上がる家屋を見つめる者、泣き崩れる者、消火隊を叫び呼ぶ者。
 建物の主人であろう人々が、酷く哀れに見えた。
 ラシードは口元を覆い、眉を顰めた。
 状況は思った以上に酷い。
 ラシードは涙を流す女性に歩み寄ると、そっと肩を抱いた。

「怪我はないか?」

 突然知らない男に肩を抱かれた女性は、ビクリと跳ね上がる。
 ラシードは跳ね上がった肩をきつく抱き直し、力強く撫でた。

「俺はここを統治する者だ。怪我は……あぁ。火傷を負ったのか。」
「突然……店の入り口に火が……。一気に燃え上がって……。」
「それは恐ろしかっただろう。逃げ遅れた者は?」
「いない……。あの時はお客さんはいなかったから……。あぁ……。」

 ラシードは震え始めた女性の背中を、ゆっくりと撫でる。

「すぐに救護班が来る。手当を受けなさい。」

 ガンガンガンッと警鐘がまた響き渡った。
 先程とは違う、緊急性の高い『避難』を報せる鐘の音だ。
 この鐘が鳴ったのならば、もうすぐ治安隊が民を避難させるために出動してくるはずだ。
 だがそのような状態にも関わらず、野次馬が散る気配はない。

「どけっ!消火の邪魔だから、道を開けてくれ!」

 その人ごみを掻き分けようと、消防隊が怒声を上げた。
 人の山が水の運びを邪魔している。

「気掛かりだろうが、離れていてくれ。これ以上怪我をしないように。」

 女性は小さく頷く。
 ラシードは近くにいた人に目配せをすると、女性を離れたところへの連れて行ってもらった。
 この様子だと、逃げ遅れた人はいないようだ。
 ラシードはグッと眉根を寄せると、キシュワールを見た。

「野次馬を統制できるか?」
「問題なく。」
「任せた。」

 キシュワールは素早く頷くと、コートを脱ぎ捨てて、王室騎士の紋章を首に掛けた。
 王室の騎士は、万事に備えて紋章を携帯している。
 この紋章を無視する事は、王室に逆らう事と同意になるのだ。

「アレジャブル騎士団、キシュワール=ドラニアである!一同道を開けよ!」

 普段からは想像もできないような、激しく通る声が響いた。
 ざわめきたっていた現場がシンっと静まり返る。
 皆が動きを止めて、キシュワールを振り返り、慌てたように道を作った。

 キシュワールはその中を颯爽と歩く。
 そして前に歩み出ると、ダンッと足を打ち鳴らした。

「これより消火隊以外、我より先の立ち入りを禁じる!この命に背く事は、王命に背く事と同意である!」

 本来ならば王室騎士の紋章に、ここまでの強制力はない。
 だが今はラシードの命で、現場の統制を執っている。
 なのでキシュワールは、手っ取り早くラシードの名を使う事にした。
 野次馬達は焦った様子でキシュワールと距離を取る。
 消防隊はようやくスムーズ現場に向かえるようになった事に一礼すると、慌ただしく活動を再開した。
 しかし火の勢いは激しく、更に延焼することは目に見えている。
 ぶわりと熱風が襲いかかってきた。
 次いで何かに引火したのか、バンッと建物の窓が爆ぜる。
 野次馬が悲鳴を上げる。消火隊が怯んで、ジリジリと後退した。

 ラシードは辺りを見回した。

 もう人力の消火では、被害を食い止める事はできない。
 ここ一帯の配水管を破壊すれば、吹き出した水で鎮火する事はできるだろうか。

 -ー可能だろう。だが被害は甚大だ。

 しばらくの間この地域は断水し、家屋は水による被害を受ける。
 その補填はどうするべきだろうか。

 だが悩んでいる暇はない。

 鎮火してもしなくても、この地域の被害は避けられないだろう。

 ラシードは緊急時に備えて、懐に忍ばせていたターバンクラウンを頭に巻き付ける。

 そして大きく息を吸い込むと、腹に力を込めた。









しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

【完結】ホットココアと笑顔と……異世界転移?

甘塩ます☆
BL
裏社会で生きている本条翠の安らげる場所は路地裏の喫茶店、そこのホットココアと店主の笑顔だった。 だが店主には裏の顔が有り、実は異世界の元魔王だった。 魔王を追いかけて来た勇者に巻き込まれる形で異世界へと飛ばされてしまった翠は魔王と一緒に暮らすことになる。 みたいな話し。 孤独な魔王×孤独な人間 サブCPに人間の王×吸血鬼の従者 11/18.完結しました。 今後、番外編等考えてみようと思います。 こんな話が読みたい等有りましたら参考までに教えて頂けると嬉しいです(*´ω`*)

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

楽園をかたどったなら

陣野ケイ
BL
動物たちが進化して獣人となり、ヒトは彼らに敗北し絶対的な弱者となった世界。 シロクマ獣人の医師ディランはかつて、ヒトを実験生物として扱う「楽園」という組織に属していた。 良心の呵責に耐えきれなくなったディランは被験体のヒトを逃してしまい、「楽園」を追われることとなる。 そうして五年後のある雨の日。 逃がしたヒトの子・アダムが美しく成長した姿でディランの元へ現れた。幼いヒト似獣人の少女を連れて。 「俺をもう一度、お側に置いてください」 そう訴えるアダムの真意が掴めないまま、ディランは彼らと共に暮らし始める。 当然その生活は穏やかとはいかず、ディランは己の罪とアダムからの誘惑に悩み苦しむことになる—— ◇ ◇ ◇ 獣人×ヒトの創作BLです シリアスで重い話、受から攻へのメンタルアタック、やや残酷な表現など含みますが最終的にはハッピーエンドになります! R描写ありの回には※マークをつけます (pixivで連載している創作漫画のifルートですが、これ単体でも読める話として書いています)

メビウスの輪を超えて 【カフェのマスター・アルファ×全てを失った少年・オメガ。 君の心を、私は温めてあげられるんだろうか】

大波小波
BL
 梅ヶ谷 早紀(うめがや さき)は、18歳のオメガ少年だ。  愛らしい抜群のルックスに加え、素直で朗らか。  大人に背伸びしたがる、ちょっぴり生意気な一面も持っている。  裕福な家庭に生まれ、なに不自由なく育った彼は、学園の人気者だった。    ある日、早紀は友人たちと気まぐれに入った『カフェ・メビウス』で、マスターの弓月 衛(ゆづき まもる)と出会う。  32歳と、早紀より一回り以上も年上の衛は、落ち着いた雰囲気を持つ大人のアルファ男性だ。  どこかミステリアスな彼をもっと知りたい早紀は、それから毎日のようにメビウスに通うようになった。    ところが早紀の父・紀明(のりあき)が、重役たちの背信により取締役の座から降ろされてしまう。  高額の借金まで背負わされた父は、借金取りの手から早紀を隠すため、彼を衛に託した。 『私は、早紀を信頼のおける人間に、預けたいのです。隠しておきたいのです』 『再びお会いした時には、早紀くんの淹れたコーヒーが出せるようにしておきます』  あの笑顔を、失くしたくない。  伸びやかなあの心を、壊したくない。  衛は、その一心で覚悟を決めたのだ。  ひとつ屋根の下に住むことになった、アルファの衛とオメガの早紀。  波乱含みの同棲生活が、有無を言わさず始まった……!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

勇者は魔王!?〜愛を知らない勇者は、魔王に溺愛されて幸せになります〜

天宮叶
BL
十歳の誕生日の日に森に捨てられたソルは、ある日、森の中で見つけた遺跡で言葉を話す剣を手に入れた。新しい友達ができたことを喜んでいると、突然、目の前に魔王が現れる。 魔王は幼いソルを気にかけ、魔王城へと連れていくと部屋を与え、優しく接してくれる。 初めは戸惑っていたソルだったが、魔王や魔王城に暮らす人々の優しさに触れ、少しずつ心を開いていく。 いつの間にか魔王のことを好きになっていたソル。2人は少しずつ想いを交わしていくが、魔王城で暮らすようになって十年目のある日、ソルは自身が勇者であり、魔王の敵だと知ってしまい_____。 溺愛しすぎな無口隠れ執着魔王 × 純粋で努力家な勇者 【受け】 ソル(勇者) 10歳→20歳 金髪・青眼 ・10歳のとき両親に森へ捨てられ、魔王に拾われた。自身が勇者だとは気づいていない。努力家で純粋。闇魔法以外の全属性を使える。 ノクス(魔王) 黒髪・赤目 年齢不明 ・ソルを拾い育てる。段々とソルに惹かれていく。闇魔法の使い手であり、歴代最強と言われる魔王。無口だが、ソルを溺愛している。 今作は、受けの幼少期からスタートします。それに伴い、攻めとのガッツリイチャイチャは、成人編が始まってからとなりますのでご了承ください。 BL大賞参加作品です‼️ 本編完結済み

処理中です...