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15章 イーサン=トマスの復帰
③
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アルバスに戻ってきたアリムは、一層落ち着かない気持ちで、準備を整えていた。
そろそろラシードとイーサンの面談も終わるはずだ。
アリムは時計を気にしながら、ノイに何度目かになる問いかけをする。
「ねぇ、ノイ。お茶はどうする?エタンはコーヒーと紅茶、どっちが好きかな?」
「さぁ。」
「ラシードとの面談はきっと疲れて喉が渇いてるよね?なら冷たい方がいいかな……あ、でもあったかい飲み物の方が落ち着くよね?ノイはどっちがいいと思う?」
「知らねーよ。あんたの飲みたい方でいいだろ。」
そういいながら、ノイはザラザラとコーヒーミルに豆を入れ始めた。
ふわりと香ってくる豆の香ばしい香り。
アリムはノイの横に立ち、手元を覗き込んだ。
「コーヒーがいいって事?」
すうっと匂いを吸い込むと、チョコレートに似た香りを感じる。
ノイはミルサーを回す手を止めて、アリムの鼻先に豆の袋をかざした。
「だから、知らねーって。これはマコガレン侯爵から貰ったんだよ。冷たくして飲めってさ。」
「ユージンさんから?」
アリムはノイの手から袋を受け取る。
見慣れない言語が書かれているパッケージだ。
海外のものだろうか。
「なんだかって国の、珍しいコーヒーって言ってたかな。」
「何だかって、どこ?」
「忘れた。」
ノイは挽き終わった粉をフィルターに流し込む。
もわりと粉が二人の前に舞った。
「うわっ!」
「ゲホッ!すいません……。」
「なんだよ、どこのコーヒーなんだよ。気になるな。」
「話半分だったんで。」
ノイは飛び散った粉をさっと拭くと、お湯を注ぎ始める。
ノイの軽薄な様子に、アリムは鼻にシワを寄せた。
「話半分……?」
「うっす。」
気づけば同じ袋のコーヒーが2つ、台の上に置かれている。明らかにアリムとノイの分だ。
だがノイはその両方を開けて、ガラス瓶に移してしまっている。
「……本当に失礼な奴!ノイにユージンさんは勿体無いよ!」
「釣り合いたくもねぇな。」
「刺されても知らないからね!」
「返り討ちにしてやるよ。」
ノイは鼻でフンっと笑う。
確かにノイが刺されるわけもないし、ユージンがそんな事をする訳もない。
「全く……。」
アリムは一つのソファにクッションを堆く積み重ねる。イーサンが座る席だ。
「……誕生日席かよ。」
「え?エタン、誕生日なの?」
「だから、知らねえって。」
ノイはいい加減腹が立ってきたようで、ジロリとアリムを睨みつけた。そしてアリムの肩をソファに押し付ける。
「ちょっと……!」
イーサンの倍のクッションを膝に置かれたアリムは、崩れそうになったそれを慌てて抱きかかえた。
ノイは部屋にある最後の1つのクッションを、追加する。
「謹慎明けの奴を大歓迎するな。」
「ノイっ!」
アリムは今度こそ眉を吊り上げ、ノイを叱責した。
「そんな事言うなら、今はここにいなくていいよ!」
「はぁ……!?」
ノイは目を丸くした。
確かに今までは軽口の範囲だったが、イーサンを歓迎しない事は許せなかった。
アリムは子供のように目を潤ませて、ノイをキツく睨みつける。
「情緒不安定っすか。」
ノイは小さくため息をつくと、アリムの前に、氷をたっぷり入れたグラスを置いた。コースターの横に、2つのチョコレートも添える。
「……機嫌直せよ。」
アリムはノイとコーヒーを交互に見る。
ほわりと香るチョコレートのようなコーヒー豆のアロマ。以前アリムが食べ損ねた、オールドベリーの新作チョコレート。
完璧な組み合わせに、ごくりと喉が鳴る。
「……何で俺がご機嫌とられてるのさ。」
「……。」
ノイは肩をすくめると「さぁな。」と呟いた。
カランッと氷が崩れた気配に、アリムは眉を顰めながらグラスに口をつけた。
「……うまい……。」
コンコンっとアルバスのドアを叩く音がした。
「!」
アリムはガタンと椅子を蹴り上げ立ち上がる。
扉に駆け寄ろうとしたアリムを、ノイが慌てて止めた。
「俺が開けるって……!」
アリムはノイの制止を無視して、勢いよく扉を開けた。
「っ!」
アリムが扉を開けることを予想していなかったのだろう。そこには目をまん丸に見開いたイーサンが立っていた。
「エタンっ!」
アリムはグッと込み上げて来たものを飲み込めず、声をひっくり返した。
少し痩せたのだろうか。以前より雰囲気が鋭くなった気がする。
「あ……っ。」
イーサンは一瞬、口を噤んだ。
戸惑ったようなリーフグリーンの瞳が、アリムを見下ろしている。
イーサンの柔らかな声を聞いた途端、じんわりと目頭が熱くなった。
「エタン……。」
「……王国の蒼き月にご挨拶申し上げます。イーサン=トマス、謹慎を終えまして、青月宮への出仕に馳せ参じました。」
イーサンは微かに掠れた声で、アリムに告げた。
相変わらずの深くて柔らかな声音だった。
「待ってたよ、エタン……。さぁ、入って座って!ノイがコーヒーを……。」
「まずは妃殿下。」
部屋の中に誘うアリムの手を、イーサンは柔らかく解いた。
そして床に膝をつき、額を擦り付ける。
「此度は私の愚かな行動により、妃殿下の御身とお心を深く傷つけてしまいました。心よりお詫び申し上げます。」
騎士の矜持を傷つける、最上級の謝罪だった。
アリムは床にひれ伏したイーサンの姿に、笑みを凍りつかせる。
「エ、エタン……いいよ。やめてってば。」
アリムは震える手で、イーサンの肩に触れる。
「俺が悪かったんだ。俺が割り込んだから……。」
「妃殿下。私は騎士の道理を忘れて、激情のまま拳を奮いました。」
イーサンははっきり首を横に振ると、顔を上げた。
本当ならば、アリムが『顔を上げるように』と声をかけなければならない場面だ。
しかしイーサンはアリムの言葉を待たなかった。
「妃殿下。」
自ら顔を上げたイーサンは、真っ直ぐにアリムの顔を見つめた。
いつも穏やかに微笑んでいたはずの瞳が、硬い意志を宿して輝いている。
アリムは底の明るい輝きに、目が釘付けになった。
「……どうか私に、挽回の機会をいただけませんか?」
「機会……?」
「誠心誠意、お仕え致します。……今一度、私の決意を信じていただけませんでしょうか?」
「はは……っ。俺は一度だってエタンを疑った事はないよ。」
アリムはクシャリ顔を歪ませて、イーサンの瞳を真っ直ぐ見つめ返した。
気を抜くと、涙が出てしまいそうだ。
「……うん。頼りにしてるよ。」
なんとかそれだけ言うと、イーサンはようやく明るい笑みを見せた。
「はい……。」
ーーようやく、いつものエタンだ……。
アリムはとうとう耐えきれなくなって、鼻を鳴らす。慌てて顔を背けて、目の端に袖を押し当てた。
ーーうぅ……。涙出る……。
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