星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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19章 蛇の毒牙

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「なかなかお戻りにならないな。」

 イーサンは少し離れた所にいる背中を見つめ、つまらない思いで口を尖らせた。
 アリムとラドルフが、料理台で和気藹々と喋っている。
 アリムはラドルフの皿に、何かの料理を乗せている所だった。二人とも肩が触れそうな程に近い。

「ラドルフ……。」
「つか、あいつは何で飯食ってんだよ。勤務中だぞ。」
「……そうだけど、妃殿下のご指名だからなぁ……。」

『ランディ、腹減らない?何か取りに行こうか。』

 あの後、何人かの招待客と挨拶を交わした後、アリムがラドルフを誘った。

『お持ちいたしますよ。』

 当然ながら、イーサンが手を挙げる。だがアリムは既にラドルフの腕を掴んでいた。

『いいよ。メッジャン伯爵が特別に気を遣ったみたいだし、自分で選んでくる。』

 そう言って料理台に行ってしまったのだが、2人はなかなか戻ってこなかった。
 面白くはないが、目視できる範囲だ。それにラドルフも側にいる。
 イーサンは黙って2人を黙って見守ることにした。

「あいつをちゃんと躾けろ。」

 一方でノイは憮然としていた。
 イーサンはソーダ水をノイに渡して、カチンとグラスの縁を重ねる。

「俺1人じゃ、荷が重たいよ。皆んなのラドルフだろ?」
「駄犬の世話は趣味じゃねぇ。」

 ノイは渡されたソーダ水を一気に飲み干す。
 そしてじろりとイーサンを睨みつけた。どうやら、機嫌が悪いらしい。
 イーサンは眉を上げると、またアリム達に視線を戻した。

「ん?」

 視界の端に、見覚えのある人物が映り込む。イーサンが視線を向けると、その人は親しげに手を挙げた。

「イーサン、久しぶりだな。」
「カサノバ。」

 声をかけてきたのは、以前第二騎士団に在籍していた騎士だった。
 度が過ぎる行動をホーンに咎められ、1年ほど前に退団している。
 イーサンはカサノバの登場に、内心で眉を顰めた。

 ーーなんでこんな所に……。

「おー、ノイもいたのか。よく貴族のパーティに来られたなぁ。」

 子爵家のカサノバは、ノイを見て薄く笑う。
 しかし当然ノイが負けるはずもない。

「まぁな。ところでお前、随分と弛んだんじゃねぇの?退団してから、体動かしてんのか?」

 ノイはわざとらしく片留めのマントを払うと、均整の取れた体躯を見せつけた。
 思わずイーサンはノイとカサノバを見比べる。

「……ごほんっ、……ノイ。」
「体の弛みは、騎士には致命的だからな。まぁ、カサノバには必要のない説教か。」

 カサノバは刈り上がった短髪と精悍な顔立ちで、当時熱心な支持者が多かった。本人もその人気を謳歌し、大層横柄に振る舞っていたものだ。
 しかし退団した今、体型は当時より崩れ、頬は僅かに丸みを帯びている。
 カサノバは目元を怒りで赤く染め、舐めるようにノイを見回した。

「……アリム妃殿下の護衛か?」
「あぁ。そうだよ。カサノバ、連れがいるんじゃないか?」

 イーサンは2人の間に体を割り込ませた。

「……まぁ。けど、どこかに消えたな。」

 カサノバがチラリと会場の中を見渡した。
 そしてピタリと料理台の所にいる、2人の姿に目を止める。
 ニィっと瞳が下品な形に歪む。

「おっ、やっぱりラドルフか。見違えたな……。」

 ちろりと蛇のような舌が、唇を舐めた。

「2人並んでると、可愛いねぇ……。そう思わないか?」

 背中に庇っているノイが、剣の柄に手をかけた気配がした。ぶわりと立ち上った殺気は、間違いようがない。
 ノイの居合の速さは折り紙つきだ。

「ノイ……っ!」

 イーサンは咄嗟に後退すると、背中全体でノイを押さえつけた。

「どけよ、イーサン……。」
「ダメだ。……今は。」

 イーサンは低く声を顰めると、カサノバに向き直る。

「カサノバ、無礼だぞ。」
「すまない、ラドルフがいい感じに成長してたから、驚いたんだ。」
「……。」

 以前、アリムと初めて会話をした時。
 ラドルフが話していた交際相手が、カサノバだった。 
 あの話を聞いた後、イーサンはラドルフに本気で雷を落としたのだ。

『カサノバだって!?あいつの手癖の悪さは有名だっただろう!』
『うぅ……知ってたけど、遊びのつもりだったし……。』
『何事もなかったのか?』
『……。』
『ラドルフ……!』
『知らないおじさんに引き合わせされそうになったから逃げた!そんで、ホーン団長に相談したら、あいつ、いつの間にかいなくなってた!』
『……ラドルフ!!よくやった!』

 色々な感情がないまぜになり、思わずラドルフを抱きしめていた。

「マジでクソ野郎だな……。」

 後ろでノイが唸り声を上げた。ノイが飛び出して行かないように、押さえる手に力が籠る。

「……ラドルフは大人になったよ。お前よりも。」
「そうか?」
「あぁ。」

 イーサンはニコリと笑うと、ポンっとカサノバの肩を叩いた。

「昔のよしみだ。今の発言は聞かなかった事にするよ。」
「それはありがとう。」

 カサノバはフッと口の端を上げると、ポンポンっとイーサンの肩を抱きしめた。
 カサノバがよくしていた挨拶だ。
 イーサンは笑みを貼り付けて、カサノバの肩をタッタっと叩き返す。

「パーティを楽しんでくれ。……くれぐれも羽目を外さないように。」
「じゃあな。お仕事頑張ってくれよ。」

 イーサンは、軽薄に手を振るカサノバから目を逸らさなかった。
 どの方向に消えたのかを、しっかりと確認する。

「ノイ。」
「何だよ。」

 イーサンはドアの方向を見つめながら、首筋を指差した。

「見てくれ。鳥肌が立った。」
「……なんで止めたんだ。」

 ノイは未だに怒りが収まらないらしい。明るいはずのライトグリーンの瞳は、完全に目を据わっている。
 イーサンはポンポンっと優しくノイの肩を叩いた。

「よく我慢できたな。」
「おめぇが止めたんだろ。」
「ここで騒動を起こせば、パーティがお開きになるだろう?」
「……。」
「俺たちは場を乱さないように、影でお守りしないとな。」

 料理台の2人を見る。
 ラドルフは、カサノバの姿に気がついたらしい。思い切り嫌そうな顔をして、ドアを見つめている。
 そして何事かをアリムに話しかけると、勢いよく皿に料理を盛りはじめた。

「そろそろ戻ってきそうだ。」
「……カサノバが大人しくしてると思うか?」
「いいや。」

 アリムとラドルフが振り返る。
 目が合うと、アリムはちらりと自分の皿を見る。皿の上には山盛りのフィンガーフードとドルチェが乗っていた。
 アリムは微かに首を傾けると、はにかむように目を細めた。

「燃費わりぃな。」

 ノイがフッと吹き出した。

「お楽しみのようで何よりじゃないか。」

 イーサンは頬を緩めると、アリムに向かって頷いて見せた。

「……大丈夫。カサノバの事は俺に任せてくれ。……個人的にも思うところがあるからな。」

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