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8章 王宮の花
④
「……俺は……お前に会いたかったんだ。」
ーー会いたかった……?
唐突に不思議な事を言われ、アリムはラシードを見つめた。
ラシードはアリムの頬を包み込みながら、独白するように、ポツリポツリと話し始める。
「はじめは側にいてくれれば満足だと思っていた。だが会うほどに欲が出てくる。」
硬く引き結ばれた唇に触れ、親指で上唇を捲られる。
「伴侶として触れたいし、友として遊びたいし、臣として取り立てたい。」
「……?」
「お前に求めている事が多すぎて、お前に何をしてもらいたいのか、よくわからないんだ。」
アリムはラシードが何を言おうとしているのか分からず、戸惑って為されるがままになる。
「……私に求めていることがおありなのですか?」
ラシードは露わになった歯列に、軽く爪を当てる。
当然アリムは反抗して唇が閉ざした。
やめろ、とラシードを睨みつけると、今度は鼻を摘まれる。
「ああ。自分の欲深さに嫌気がさす。」
今まで与えられてきた、多くの下賜品の事を思い出し、ぽそりと告げる。
「下賜品が多いのも、そのせいですか?」
訴えた声は鼻声で、ラシードとアリムは思わず目を丸くした。
アリムが慌てて頭を振ると、ラシードの指は簡単に離れていった。
「他のお妃様方にどうなさってるのかはわかりませんが、エメラルドも黄金も、バーリを思わせる品が多すぎるんです。」
「贈りたくて贈ったものだ。何がいけない?」
「バーリは私を王妃にしたいのですか?」
「…… 。」
アリムは「しまった」と思わず口を押さえた。
あまりに思い上がった問いかけだった。男のアリムが国母になれる訳はなく、ましてやアリムにそのつもりはない。
ラシードの気安い雰囲気に、己の立場を忘れていた。
今のアリムは平民でも王族でもない。
ただ妃という名だけを与えられた、不安定な存在なのだ。
野心があると思われれば、敵が増える。アリムの立場が今以上に悪くなる。
ーー王妃になれると思ってるなんて、勘違いされたら困る……っ。
ラシードはスゥッと目を細め、僅かに口を開く。
何を言われるのか、アリムは自分の指先が冷たくなっていくのを感じた。
「……お前が望んでいないだろう?」
消え入りそうな呟きだった。
想像とは違うその不安気な声音に、アリムは目を見開いた。
「俺が望めば、お前は受けてくれるのか?違うだろう?」
アリムはラシードの言葉に、思わず何度も頷いた。
それはもう、頭が取れそうな勢いで。
ラシードは拗ねたように眉間に皺を寄せた。
「お前は本当に無礼者だな。上辺は好意的なくせに、肝心なところで俺を否定する。俺の何が気に入らない?国王だからか?見た目が嫌いなのか?それとも年上が嫌なのか?」
国王以外、見事に検討外れな理由を並べ、ラシードはアリムの無事な方の肩を掴む。
意外な力の込め方に、アリムは思わず顔を顰めた。
「……お前は俺をどう思っているんだ?」
「……。」
何と答えれば良いかわからなかった。
掴みどころのない、面倒な男。
アリムを妃と呼び、苦境に立たせる嫌な奴。男を後宮に招きいれた、非常識な王。
敵意ばかりが向けられるこの後宮で唯一、アリムを絶対に否定しない存在。ーー
敵意と、悪意のある誤解。それらはいつもアリムを狙っていて、僅かでも隙を見せれば、簡単にアリムを殺すだろう。
それは全て、ラシード次第なのだ。
ーーこの人は、こんなにも怖い……。
言い淀むアリムに、ラシードの瞳の奥が僅かに揺れた。
そのほんの少し揺蕩った感情の波は、ただただ静かにアリムを飲み込んでいく。
「アリム……。」
もう片方の腕が、アリムの腰を抱いた。
ゆったりと、長い上着の裾が揺れる。
束帯の端に結ばれた小さな玉が、カラリと微かな音を立てた。
覆いかぶさる大きな体躯に、アリムは咄嗟に彼の上着の肩を握った。
「バ……。」
「静かに……。」
ラシードはアリムの肩に額を埋め、緩く頭を振る。
「答えなくて良い……。何も言うな……。」
くぐもった声が、どうしてか切なく聞こえる。
首筋に触れる、艶やかな髪の柔らかさに、ブルリと体が震えた。
「城の者にも、星にも、お前を傷つけさせない。お前の望むものも全て与える。……だから、俺を嫌うな。」
絞り出すような低い声は、微かに掠れていた。
潜められた吐息が、遠慮がちにアリムの首筋を撫でていく。
熱が首筋からじわじわと広がっていく。
まるで熱病のようだ。
ラシードのうわごとは、アリムの脳髄を侵食していく。
「嫌ってなどおりません。」
アリムは導かれるように腕を伸ばした。
包み込んだラシードの背中は、熱くしっとりと湿っている。
不思議に思って、彼のこめかみに触れると、そこは更に汗ばんでいた。
「……触れてくれるのか?」
ラシードはアリムの手を掴み、そっと手のひらに頰を擦り寄せる。
そしてエメラルドの耳飾りに唇を押し付けた。
耳朶に触れる柔らかな唇の感触に、ぞわりと震え上がる。
だがそっと上げられた双眸には、先程とは別の熱い熱と燦きが浮かんでいた。
エメラルドの瞳に、黄金の星が散りばめられている。
少ない瞬きの中、その瞳にはアリムの困惑した顔が、しっかりと映っていた。
「バーリ……。私はバーリを信じたいのです……。」
ラシードの深い色の瞳が、ゆっくりと瞬く。
「……どうか、僕を殺すようなことはなさらないでください。バーリは僕を後宮に引き入れたのですから、責任を持って、僕を守ってください。これ以上怪我をするのも、命の危険に晒されるのも、絶対に嫌です。」
そこまで言い切ると、アリムの心臓が大きく跳ねた。
カッと指先が燃え上がる錯覚に襲われ、思わず手を離そうとする。
ラシードがアリムの指先に口付けをしたのだ。
しかしラシードは逃げそうになったアリムの手を更に握り込み、もう一度強引に口元に引き寄せた。
体勢が傾くと同時に、肩を抱かれ、熱い吐息が手のひらを焼く。
柔らかな唇が、アリムの親指の付け根を食む。
「約束しよう。」
手のひらに頬を寄せ、ラシードは決意に満ちた声音で頷く。
その頬の質感は、滑らかだが、決して柔らかくはない。しかしその質感は思ったよりも心地よかった。
「お前の事は、俺が一生責任を持つと。」
「え?」
ラシードは決意に満ちた表情で、アリムを見つめていた。
熱く煌めく瞳には。アリムの戸惑いに満ちた顔が映り込んでいる。
確かに守ってくるとは言った。だが、一生責任を持って欲しいとは言っていない。
これではまるでプロポーズではないか。
「あ、あの……。」
アリムは戸惑いに気づいているのか。
ラシードは目を細めて笑うと、またエメラルドに唇を押し付けて囁いた。
「一生、責任を持つよ」とーー
ーー会いたかった……?
唐突に不思議な事を言われ、アリムはラシードを見つめた。
ラシードはアリムの頬を包み込みながら、独白するように、ポツリポツリと話し始める。
「はじめは側にいてくれれば満足だと思っていた。だが会うほどに欲が出てくる。」
硬く引き結ばれた唇に触れ、親指で上唇を捲られる。
「伴侶として触れたいし、友として遊びたいし、臣として取り立てたい。」
「……?」
「お前に求めている事が多すぎて、お前に何をしてもらいたいのか、よくわからないんだ。」
アリムはラシードが何を言おうとしているのか分からず、戸惑って為されるがままになる。
「……私に求めていることがおありなのですか?」
ラシードは露わになった歯列に、軽く爪を当てる。
当然アリムは反抗して唇が閉ざした。
やめろ、とラシードを睨みつけると、今度は鼻を摘まれる。
「ああ。自分の欲深さに嫌気がさす。」
今まで与えられてきた、多くの下賜品の事を思い出し、ぽそりと告げる。
「下賜品が多いのも、そのせいですか?」
訴えた声は鼻声で、ラシードとアリムは思わず目を丸くした。
アリムが慌てて頭を振ると、ラシードの指は簡単に離れていった。
「他のお妃様方にどうなさってるのかはわかりませんが、エメラルドも黄金も、バーリを思わせる品が多すぎるんです。」
「贈りたくて贈ったものだ。何がいけない?」
「バーリは私を王妃にしたいのですか?」
「…… 。」
アリムは「しまった」と思わず口を押さえた。
あまりに思い上がった問いかけだった。男のアリムが国母になれる訳はなく、ましてやアリムにそのつもりはない。
ラシードの気安い雰囲気に、己の立場を忘れていた。
今のアリムは平民でも王族でもない。
ただ妃という名だけを与えられた、不安定な存在なのだ。
野心があると思われれば、敵が増える。アリムの立場が今以上に悪くなる。
ーー王妃になれると思ってるなんて、勘違いされたら困る……っ。
ラシードはスゥッと目を細め、僅かに口を開く。
何を言われるのか、アリムは自分の指先が冷たくなっていくのを感じた。
「……お前が望んでいないだろう?」
消え入りそうな呟きだった。
想像とは違うその不安気な声音に、アリムは目を見開いた。
「俺が望めば、お前は受けてくれるのか?違うだろう?」
アリムはラシードの言葉に、思わず何度も頷いた。
それはもう、頭が取れそうな勢いで。
ラシードは拗ねたように眉間に皺を寄せた。
「お前は本当に無礼者だな。上辺は好意的なくせに、肝心なところで俺を否定する。俺の何が気に入らない?国王だからか?見た目が嫌いなのか?それとも年上が嫌なのか?」
国王以外、見事に検討外れな理由を並べ、ラシードはアリムの無事な方の肩を掴む。
意外な力の込め方に、アリムは思わず顔を顰めた。
「……お前は俺をどう思っているんだ?」
「……。」
何と答えれば良いかわからなかった。
掴みどころのない、面倒な男。
アリムを妃と呼び、苦境に立たせる嫌な奴。男を後宮に招きいれた、非常識な王。
敵意ばかりが向けられるこの後宮で唯一、アリムを絶対に否定しない存在。ーー
敵意と、悪意のある誤解。それらはいつもアリムを狙っていて、僅かでも隙を見せれば、簡単にアリムを殺すだろう。
それは全て、ラシード次第なのだ。
ーーこの人は、こんなにも怖い……。
言い淀むアリムに、ラシードの瞳の奥が僅かに揺れた。
そのほんの少し揺蕩った感情の波は、ただただ静かにアリムを飲み込んでいく。
「アリム……。」
もう片方の腕が、アリムの腰を抱いた。
ゆったりと、長い上着の裾が揺れる。
束帯の端に結ばれた小さな玉が、カラリと微かな音を立てた。
覆いかぶさる大きな体躯に、アリムは咄嗟に彼の上着の肩を握った。
「バ……。」
「静かに……。」
ラシードはアリムの肩に額を埋め、緩く頭を振る。
「答えなくて良い……。何も言うな……。」
くぐもった声が、どうしてか切なく聞こえる。
首筋に触れる、艶やかな髪の柔らかさに、ブルリと体が震えた。
「城の者にも、星にも、お前を傷つけさせない。お前の望むものも全て与える。……だから、俺を嫌うな。」
絞り出すような低い声は、微かに掠れていた。
潜められた吐息が、遠慮がちにアリムの首筋を撫でていく。
熱が首筋からじわじわと広がっていく。
まるで熱病のようだ。
ラシードのうわごとは、アリムの脳髄を侵食していく。
「嫌ってなどおりません。」
アリムは導かれるように腕を伸ばした。
包み込んだラシードの背中は、熱くしっとりと湿っている。
不思議に思って、彼のこめかみに触れると、そこは更に汗ばんでいた。
「……触れてくれるのか?」
ラシードはアリムの手を掴み、そっと手のひらに頰を擦り寄せる。
そしてエメラルドの耳飾りに唇を押し付けた。
耳朶に触れる柔らかな唇の感触に、ぞわりと震え上がる。
だがそっと上げられた双眸には、先程とは別の熱い熱と燦きが浮かんでいた。
エメラルドの瞳に、黄金の星が散りばめられている。
少ない瞬きの中、その瞳にはアリムの困惑した顔が、しっかりと映っていた。
「バーリ……。私はバーリを信じたいのです……。」
ラシードの深い色の瞳が、ゆっくりと瞬く。
「……どうか、僕を殺すようなことはなさらないでください。バーリは僕を後宮に引き入れたのですから、責任を持って、僕を守ってください。これ以上怪我をするのも、命の危険に晒されるのも、絶対に嫌です。」
そこまで言い切ると、アリムの心臓が大きく跳ねた。
カッと指先が燃え上がる錯覚に襲われ、思わず手を離そうとする。
ラシードがアリムの指先に口付けをしたのだ。
しかしラシードは逃げそうになったアリムの手を更に握り込み、もう一度強引に口元に引き寄せた。
体勢が傾くと同時に、肩を抱かれ、熱い吐息が手のひらを焼く。
柔らかな唇が、アリムの親指の付け根を食む。
「約束しよう。」
手のひらに頬を寄せ、ラシードは決意に満ちた声音で頷く。
その頬の質感は、滑らかだが、決して柔らかくはない。しかしその質感は思ったよりも心地よかった。
「お前の事は、俺が一生責任を持つと。」
「え?」
ラシードは決意に満ちた表情で、アリムを見つめていた。
熱く煌めく瞳には。アリムの戸惑いに満ちた顔が映り込んでいる。
確かに守ってくるとは言った。だが、一生責任を持って欲しいとは言っていない。
これではまるでプロポーズではないか。
「あ、あの……。」
アリムは戸惑いに気づいているのか。
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(クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け)
異世界BLです。