星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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9章 偽物にはお似合い

***

レイブンは浮かれていた。
最高の人選を聞いた瞬間、天下の星王を心から讃えた。

「鼻歌が漏れてんぞ。」

隣に控えていたノイが、呆れた様に肩をすくめる。

「どうせ歌うなら、マイカナの歌にしてくれ。」

ノイは今城下で人気の歌姫の歌を、適当な拍子で歌い出した。
しかし高い声の女優の曲をノイが歌えば、間の抜けた鼻歌にしか聞こえない。
今度はレイブンが肩をすくめる番だった。

「オッズの方がよろしいのでは?」
「オッズはダメだ。マイカナの旦那じゃないか。」
「心地だけでもマイカナの亭主に成り切ればよいではないですか。」
「……無理だ。俺に愛の歌は歌えない。」

無意味に肩を落としたノイに、レイブンは再度肩をすくめる。
アリムが織部に視察に来た次の日。
侍従の任を終えたノイは、再度織部のレイブンを訪ねてきた。

数日前ーー

『余計な事を言うなよ。』

開口一番、ノイはレイブンを諌めた。
ノイはだらしなく壁に寄りかかり、腰に手を当てている。先日の侍従然が嘘のようだ。
レイブンは、翌日に咎めがあるだろうと覚悟はしていた。
アリムに過ぎた進言をした自覚はあった。
なのでキシュワールあたりから、呼び出しがあると思っていた。
しかし代わりに、ノイが織部に足を運んできたのだ。
ノイは雑談でもするようなフランクさで、目の前に立っている。

『はぁ……。』
『あんたの言いたい事はわかるよ。マルグリット妃殿下のドレスを貰い受けるなんて、俺だってゾッとしたんだから。あんなことしてたら、恨みかって、下手すりゃ死んじまう。』
『ナトマ卿は、それをお望みなのですか?』

思わず飛び出た問いかけに、ノイは大仰に声を荒らげた。

『んな訳あるかよ!』

響いた怒声に、工房の職人達が、一様に振り返る。
怒声を上げたノイ本人も口を半開きにしている。
ノイはごほんっと咳払いをすると、視線を逸らした。

『馬鹿な事を言うな。』

白々しく咳払いをしながら、言い直す。
レイブンは呆気にとられながら、『申し訳ございません。』と頷いた。
ノイは釈然としない表情を浮かべながら、頬を掻く。

『ですが、苦言を呈することも、臣下としての役目かと存じます。私はアリム妃殿下に、宮に末永く留まっていただきたいと思って、申し上げました。』
『……それはあんたじゃなくて、ドラニア卿の仕事だ。』

そう言って、ノイはほんの少し渋面を浮かべた。
ノイは胸章をいじりながら、何かを考え込んでいるようだった。
レイブンはそれを見咎め、ノイを問いただす。

『何か気になる事でも?』
『……いや……。殿下が噂とは全然違う人だってのはわかった。元々俺は、そんなのどうでもよかったし。』
『はぁ……。』

レイブンも初めは、第3妃をずる賢い毒婦のような人物だと想像していた。
しかし実際に会うと、彼は至ってまともな青年だった。
確かに賢しいが、それは商人ならではの計算高さからくるもので、そこには悪意も野望もない。
レイブンはその商人気質を気持ちよく思ったし、何よりも職人を心から尊敬し、作品を愛する姿勢に感銘を受けた。

視察の日、アリムは一人一人の職人のところを周り、それぞれの作品を手放しで褒めた。
それもただ美しい、と言うだけではない。

『ロードランカスターのカナンですか?ひと匙かな?カンドリューも混ぜてるんですね。とても美しいです。』と職人に囁きかけたのだ。
その時の職人の慌てようと言ったら。
アリムはイタズラに笑うと、『しーっ』と口元に人差し指当てたのだった。

アリムが帰った後、皆がまだ若い番頭が、ここまで技術を熟知しているなんて、驚嘆していた。
そしてそれ以上に、技を称賛され、価値を認められた事に、矜持を高めたのだった。

ノイはあの日を振り返る。

『あれはただの布オタクだった。』

そして『あの人がバーリに取り入るなんて、到底無理だろう。』と付け加える。

『だけどドラニア卿は……噂をそのまんま信じてるみたいだな。』
『まさか。』

四六時中共に行動すれば、噂の真偽などすぐにわかる。
ノイはただ所在無げに親衛隊の証である胸章をいじっていた。

『必要最低限に飯を運んで、スケジュールに同行しているだけみたいだ。侍従やってますっていうアピールみたいなもんだな。殿下は食後の茶も、貴族の好きなティータイムも、よく理解してなかった。』
『はぁ?』
『ありえないだろ?陰湿だ!』
『なんと陰湿な!』

レイブンと同時にノイが身を乗り出す。レイブンはノイの驚いたような顔を見て、彼がただの無愛想な男ではないことを知った。
互いに同じ事を言ったことにより、ノイはさらに姿勢を崩し、レイブンも表情を取り繕うのをやめた。

『……親衛隊にいた頃は……。』

ノイがムッと唇を曲げて吐き捨てるように呟く。ノイの目には、かつての上司への失望がありありと浮かんでいるようだった。

『……あなたが味方になって差し上げなさい。』

目上の貴族に対して、随分な言い方だ、と後になって気がつく。
しかし不貞腐れたように半眼になっている青年を、放っておけなかったのだ。
ノイは気を悪くした様子もなく、片眉を上げる。

『何言ってんだよ、おっさん。俺は代理で青月宮に行ったんだよ。』

ノイはもう会うこともねぇよ、と肩を竦める。
レイブンは2人の距離を思い出す。あの時のアリムは、肩の力を抜いて自然に振る舞っていたように思う。

ーー相性は良いと思うのだが……。

アリムとノイに、何か接点が出来れば良いのだが、とレイブンは頭を捻った。

そして今。
2人1組が基本の妃との謁見も、馴染みの兵士ではなく、ノイが立候補して付いてきている。
親衛隊の仕事はいいのか、と聞けば、ラシードの命でもあったとの事だ。
そろそろアリムがやってくる時間だろう。

コンコン。

軽いノックの音がした。
二人を居住まいを正し、扉に向かって腰を折る。
程なくして、キシュワールが扉を開けて、アリムが入ってきた。

***

扉が開くと、そこには丁寧に腰を折っているレイブンと、おざなりに頭を下げているノイがいた。

「遅くなりました。」
「王国の青き月、アリム妃殿下にご挨拶申し上げます。」

入宮の時に付けられた美辞麗句に、アリムは笑みを凍り付かせた。
ノイが咄嗟に笑いを噛み殺している。

「あれ、ナトマ卿。久しぶりですね。」

アリムは椅子に腰掛け、キシュワールはその斜め後ろに控える。
ノイはアリムが腰掛けたのを確認してから、軽く会釈をした。

「健やかにお過ごしでしたか?」
「はい。この前はありがとうございました。」

アリムは愛想良く笑う。

「グナード長、贈り物をありがとうございます。愛用させてもらっています。」

アリムは三角巾を指差して、嬉しそうに声を弾ませた。
贈った三角巾に、新たな装飾品がくくりつけられていることに気がついたのか。
レイブンは僅かに目を瞠った。

「お気に召していただけたなら、光栄でございます。」
「怪我が治った後の使い方も考えてるんですよ。何がいいですかね?スカーフかな?」
「スカーフにするには、すこし厚ぼったい生地でございます。ご希望がありましたら、小物をお作り致しましょう。」

レイブンは立ち上がり、アリムの前に膝を折る。

「ご無礼をお許しください。」

レイブンがサッと飾り紐に手を伸ばした。
黄金と琥珀の飾り紐は、結び目が左右違い、だらしなく垂れ下がっている。

「グナード。」

キシュワールが咎めるようにレイブンを呼んだ。

「妃殿下、お一人で飾り紐を結ぶのは、まだ無理でございましょう。後程お預かりさせてください。縫い付ければ、お手間もとりません。」

そういってレイブンは、アリムの飾り紐を綺麗に蝶結びにした。
アリムは苦笑いすると、肩をすくめる。

「不器用で恥ずかしいです。」
「よくお似合いでございます。」

レイブンは丁寧に頭を下げて、次にキシュワールに黙礼をする。
キシュワールは無表情にそれを受け取った。

「この度は織部を総括していただけるとの事、誠にありがとう存じます。先日は妃殿下の見識を拝見し、感服いたしました。臣としてお仕えできることを、心より光栄に思っております。」
「私も楽しみにしています。足手纏いにならなければいいのですが。」
「とんでもない!職人一同、妃殿下のお越しを心待ちにしております!」

レイブンらしくなく声を大きくする様子に、アリムは思わず息を呑んだ。
レイブンは掠れた声で「失礼致しました」と咳払いする。

「皆、妃殿下の知識に驚愕しておりました。」
「11歳になった時、家族が亡くなりまして、14の時に王都に奉公に上がりました。それからはずっと職人達と生活をしてたので、多少の事は自然と覚えたんですね。」
「さようでございますか。良い店で経験を積まれたのですね。」

店をほめられ、アリムは嬉しくなってはにかむ。

「無駄話はその辺で。」

キシュワールが煩わしそうに咳払いをした。

「妃殿下。」

何をどうとも言わず、キシュワールが威圧的にアリムを呼んだ。
アリムはちらりとキシュワールを眇めて、こっそりと胸を上下させる。
そして手にした手帳をテーブルの上に置いた。

「仕事の内容を確認したいのですが。」

それにレイブンは首を横に振る。

「恐れ入りますが、本日は別の予定が入っております。」
「どういうことですか?」
「本日は仕入れの商人が来ておりまして。妃殿下にもご覧いただいて、ご意見をいただければと。」

アリムは顔をパッと輝かせた。

「いいんですか?」
「勝手な事をするな。」

キシュワールが怒気をはらんだ声で、話を遮った。
身を乗り出したアリムが、ピクっと肩を震わせる。

「三妃には通例通りの仕事をしていただくように。」

つまり、関わらせるな、ということか。
アリムは椅子に深く座り直し、じろりとキシュワールを一瞥する。
どちらが主人なのか、側から見ればわからないだろう。

「陛下からはぁ。」

突然、ノイが場にそぐわない、間伸びした声で話に割り入った。
キシュワールがチラリとノイに視線を向ける。
かつての上官に鋭い目つきで見られたノイは、ひとまず姿勢だけを正した。
そして更に間伸びした声で続ける。

「アリム殿下の随意にとの命を賜っておりますー。この命は殿下が入室してより効力を持ちまして、あー……っと、以降は誰であれ殿下の意向に背く事はできませんー。」

キシュワールがスッと目を細めた瞬間だったーー
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