星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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小話

ボンボニエールはクリスタル製

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*11章後、王様の出番がまだ暫くありませんので……。三角巾が外れる前のお話*




朝の礼拝が終わり、ラシードはいつものようにアリムの隣に腰掛ける。

今日は天気も良く、少し汗ばむくらいの暖かさだ。
ラシードは暑そうに詰襟のボタンを開けて、フゥッと息をついた。
司祭服は基本的に詰襟長袖の長衣なので、夏場は不便だろう。

「まだ三角巾が取れないのか?」
「はい。」

ーーだから……毎朝聞かれてもなぁ……。

アリムはラシードのほんのり上気した頬を見ながら頷いた。

「バーリ、早くお戻りになって、着替えられては?」

アリムは自分の薄手のシャツを摘んで「ほら、涼しそうでしょ?」とアピールする。
するとラシードは目を細めて唇を尖らせた。

「そうしたら、お前とはさよならだろ?これくらいの暑さは慣れてる。」

アリムの意図は裏の裏まで読まれてしまったらしい。

ーーバレたか。

「お前って奴は……。まぁいい。ところで、甘いものは好きか?」
「はぁ……。好きですが。」
「飴は?」
「時々食べます。」

アリムはふと、ラシードの隣に小さな包みがある事に気がついた。
ラシードは、にこりと笑うとその包みをアリムに差し出す。

「開けてみてくれ。」
「?」

アリムは包みを受け取り、丁寧に包みを開いた。
ガラスか何かだろうか。
蓋付きの透明な容器の中に、色とりどりの丸いお菓子が入っている。
まるで七色の宝石を詰め込んでいるようだ。

「綺麗ですね……。」

包みから取り出してみれば、容器は光を弾いて、キラキラと光った。

ーーあ、これクリスタルだ……。

しかも蓋の取手には、エメラルドが使われている。

「異国の菓子だ。食べてみろ。」

容器の作りの素晴らしさに目を奪われていると、ラシードがパカっと蓋を開けてしまった。
アリムは思わず「あっ」と声を上げる。

「ボンボンだよ。食べた事はあるか?」
「い、いえ。」

ーーお菓子お菓子……。

アリムはエメラルドの蓋に後ろ髪を引かれながら、ボンボンに視線を移す。

それはアリムの見たことがない菓子だった。
飴菓子だろうか?と思いながら、チラリと上目でラシードを見遣る。
ラシードは「ん?」と笑うと、ボンボンを摘み上げた。

「ほら。」

流れるように、ボンボンが口に押し込まれる。アリムはあまりのさり気なさに、何の抵抗もなくボンボンを口の中に招き入れた。

「噛んでみろ。」

言われた通りにしてみれば、飴菓子は簡単に割れてしまった。
中からトロリとシロップが溢れてくる。

「わっ!オレンジ?」
「オレンジだったか。中に色々な果物のシロップが入っているんだ。」

ラシードは自分の指についた砂糖を舐め取った。

「っ!」

先程アリムの唇に触れた指だ。
その時になって、ようやくボンボンを食べさせられた事に気がついた。

「ふふっ。甘いな。」
「……。」
「味はどうだ?」
「……おいしいです。」
「良かった。」

ラシードはついっとアリムの唇についた砂糖を同じ指で拭う。
しっとりとした指先。
ふわりとムスクの香りが鼻先をくすぐる。

「どれ……俺もひとつ食べてみるかな。」
「あの……っ!」
「ん?」
「その指でお食べになるのは……。」
「指?」

ラシードは、とぼけた顔をしているが、もちろんわかっているのだろう。イタズラをするように、親指を唇に押し当てる。
アリムはカァッと耳を赤くした。

「どうした?」
「もう、やめてくださいっ!」

アリムはラシードの手を掴むと、まとめて彼の膝に押し付ける。

「口を開けてください。」
「口?」
「アーンしてください!」

ラシードが目を丸くする。
当然だろう。
まるで子供に対して言うような言葉だ。
アリムもラシードの表情を見て、カァッと頬を赤らめる。

「アーン?ははっ。」

ラシードは小さく吹き出すと、目を閉じて口を開けた。

「はい、アーン。」

言葉こそ可愛らしいが……。
声はブランデーのように深みのあるバリトン。身の内を舐め上げていくように甘い声だ。
そして開けられた口の中からは、赤い舌が覗いている。
ゆらりと動いたのは、絶対にわざとだろう。

ーーうぅ…….っ!

アリムはギュッと目を閉じて、ボンボンを一つ摘み上げる。

ーー目に毒……目に毒……っ!

なるべくラシードを見ないようにしながら、口元にボンボンを運ぼうと頑張る。
だが、当然目を逸らしているので、ボンボンはラシードまで辿り着かない。

「こっちだ。」

突然温かな手が、アリムの手首を掴んだ。

「あっ!」

ラシードはアリムの手を自分の口元に運ぶと、ボンボンを咥える。
指をくすぐる温くて密やかな吐息。
少しだけカサついた唇が人差し指に触れた。

カリッと飴を齧る音が、やけにうるさく鼓膜を震わせる。

「ああ。リンゴ味だな。」

トロリとした声に顔を上げる。
ちょうど、ラシードがペロリと唇を舐め上げている所だった。
先程覗いていた、イタズラげな赤い舌。

「……っ。」
「気に入ったようだから、全てやろうな。ボンボンも、ボンボニエールも。」
「え…….?」
「ボンボニエールにばかり気を取られていたようだから。ボンボンも気に入ってもらえて良かったよ。」

結局ラシードには全てバレていたらしい。

ラシードは目を細めて甘く微笑むと、また一つボンボンを噛んだ。

「おっ、当たりだ。ブランデー入りだった。」

おしまい
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