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3部終話 風船の飛ぶ空とカラレス
⑤
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「あ……っ。」
「……全く……お前ときたら……。」
聞き覚えのある、ブランデーのようなバリトン。
キシュワールとノイが、顔を強張らせて姿勢を正した。
そんな侍従の騎士を、ラシードがジロリと睨みつける。
「お前達もだ。」
アリムはその顔を確認した途端、ムッと眉を寄せる。
朝に喧嘩をした事は、当然記憶に新しい。
「何か御用ですか?ラーシュさん。」
アリムは勝手に王宮を抜け出した事を、棚に上げる事にした。
プイッとそっぽを向いて、ラシードを視界から追い出す。
「俺ばかり怒られるのか?王宮を抜け出した奴は誰だ?」
ラシードはこれ見よがしに肩を竦めた。
ーーなんだよ……。
アリムは肩を怒らせ、ジロリとラシードを睨みつける。
「今日は顔も見たくないと申し上げましたが。お叱りなら、明日お受けいたします……。」
睨みつけたはいいものの、段々と言葉尻が萎んでしまう。
アリムはシュンッと肩を落として、言葉を飲み込んだ。
爪先で小石を転がし、その石の行方を眺めるしかない。
「……せっかくいい気分だったのに……。」
「バーリ……。」
ラシードの後ろで、イーサンが声をあげた。
ラシードはまた小さくため息をつき、アリムに一歩近づいた。
「……迎えに来たんだよ。」
「今帰るところでした。まさかお一人ですか?キシュワールを連れて行って……。」
「開店、おめでとう。」
ラシードが背中に隠していた花束を、アリムの目の前に差し出した。
ーーえ?
宝石のように眩く輝く花々と、ラシードのエメラルド色の瞳が重なった。
鮮明なコントラスト。
甘い花の香り。
アリムは何が起きたのか分からず、ただ目を見開く。
「……何より先に、この言葉を伝えるべきだったんだ。」
花束から目を上げると、ラシードと目が合う。
ラシードは先程の苛立たしげな表情を消して、気まずそうに微笑んでいた。
「俺の配慮のなさで、一日が台無しになったか?」
「……。」
「花だけは受け取ってもらえないだろうか。」
花にも負けない、美しいエメラルドの瞳が、切実にアリムを見つめていた。
「ありがとう……。」
両手で抱えるほどの大きな花束。
バラやガーベラ、あらゆる種類の花が詰め込まれている。まるで、花屋の全ての花を入れてもらったかのような。
そして包装紙には、どこかの花屋の名前が印刷されていた。
王が平民の花屋で選んだ花束ーー
ーーこんなに大きな花束を隠していた事に、気づかなかった……。
アリムはぎゅっと唇を噛み締めた。
「……おめでとうを、誰よりも先に言って欲しかったよ。」
「すまなかった……。」
「ラシードは、みんなに先を越されたんだからね。」
ラシードが視線だけで辺りを見回す。
皆が一様に気まずそうに、目を逸らした。
「……その通りだな。」
アリムは花束を胸に抱きしめて、ギュッと目を閉じた。
入り混じった甘い香り。
ありったけの花を詰め込んだ、統一感のない花束。
でも、もしかすると、今日という日に1番相応しい祝いの品なのかもしれない。
「……だから、今日が終わる時。1番最後にもう一度言わないといけないよ。」
アリムは一歩近づくと、ラシードの胸を乱暴に叩いた。
ラシードの胸元を飾る、青いスカーフ。
その結び目に、ぽふっと顔を埋める。
ラシードが小さく息を呑んだ気配。
「アリム……。」
「そうしたら、許してあげるよ……。」
温かな掌が、アリムの肩に触れる。
もう片方の手が、アリムの髪の毛を優しく撫でた。
「花屋さんに行って来たの?」
「あぁ。花を選ぶなんて、初めてだったから、あれこれ入れてしまった。そういうものでもないんだな。」
「ふふ……。」
アリムはもう一度花束の香りを吸い込む。
スターチスの小さな花弁が、アリムの顎先をくすぐった。
「でも、どの花も可愛いよ。……嬉しいな。」
アリム達の後ろを、先程アリムが応対した親子が通り過ぎていった。
母親は袋を両手に下げて、アリムに会釈をする。
胸に抱かれた子供は、疲れたのかスヤスヤと眠っていた。
ラシードは、目を細めて親子を見つめた。
「……お前は、本当に素晴らしい妃だな……。民をこんなに笑顔にできるんだ。先程の子供も、幸せそうな顔をしていた。」
ラシードが花束から一本花を抜き取り、アリムの耳に刺す。
しかし何か違和感があったのか、その花を胸元に刺し直した。
そして満足そうに微笑む。
アリムも耳から花がなくなった事に、ホッと胸を撫で下ろした。
「ジュナくんのこと?見てたの?」
「目を逸らす事ができなかったんだよ……。」
「ヤラシイの。」
揃いの花をラシードの胸元にも刺して、アリムはトロリと微笑み返す。
揃いのブートニアが胸元を飾ったことが、とても嬉しかったのだ。
「一緒に帰ろ?」
「ご一緒してもよろしいのですか?」
「仕方ないから、馬車に乗せてあげる。」
アリムは人目を思い出して、パッと体を離した。
だがラシードはその背中に手を回し、額に唇を寄せる。
「本当に、慈悲深くて素晴らしい伴侶だ……。」
「人目の目があるから、やめて。」
チラリと付き添いの様子を確認すると、誰1人こちらを見ていない。
頑張って見ない様子にしていない努力が、ひしひしとか伝わってくる。
「いこ……。」
アリムはカァっと頰を赤らめて、ラシードの手を握った。
そして人混みを縫って歩き始める。
涼しくも清々しい風の日である。
空には雲一つなく、時折舞い上がる風船の色が鮮やかだ。
その中を愛しい夫の手を引いて歩ける日々に、涙が滲みそうになる。
年があければ、国を挙げて新しい年の訪れを祝う。カラレスが手がけたカンザのタラーレンも、その祝いを彩るのだ。
そして、同時にラシードの在位を祝う祭りも始まる。
彼が、守り育てた来た民が、ラシードの治世を喜び、祝う。そしてその先も続くであろう、民の笑みある未来。
ぎゅっと手を握る指に力を込めれば、ラシードが「ん?」と柔らかく笑う。
アリムは空を見上げ、花束を太陽に翳した。
今日という日。
さまざまな人々が住むこの国。
まるで、この詰め込まれた花束のような美しさだ。
ーーこの日々に祝福を。エレ・アレジャブル。
風がアリムの髪の毛を巻き上げていったーー
3部 完
***
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございます。
おかげさまで、無事に3部を終える事ができました。
自分でも驚くほどに長い長い物語を、見捨てずにお読みくださった皆様には、感謝してもしきれません。
構想期間が長かった為、文体や表現が初期と変わっていたり、ラシードの出番が少なかったり……
読みにくさや、もどかしい思いをさせてしまうこともあったかと思います…
お気に入り、ハート、しおり、エール等、毎話アップする度に、本当に励みになっておりました。
もちろん、すべての読者さまにも、同じように心からのありがとうを。
カラレスが無事にオープン致しましたので、ひとまずここで一区切り。
アリムたちの本編は、長期のお休みをいただきますが、時折、小話を更新できればと思っています。
もしよろしければ、お気に入りはそのままに……また戻ってきてくださると嬉しいです。
充電したのち、またアリムたちに会いにきていただければ幸いです。
ソウヤミナセ
「……全く……お前ときたら……。」
聞き覚えのある、ブランデーのようなバリトン。
キシュワールとノイが、顔を強張らせて姿勢を正した。
そんな侍従の騎士を、ラシードがジロリと睨みつける。
「お前達もだ。」
アリムはその顔を確認した途端、ムッと眉を寄せる。
朝に喧嘩をした事は、当然記憶に新しい。
「何か御用ですか?ラーシュさん。」
アリムは勝手に王宮を抜け出した事を、棚に上げる事にした。
プイッとそっぽを向いて、ラシードを視界から追い出す。
「俺ばかり怒られるのか?王宮を抜け出した奴は誰だ?」
ラシードはこれ見よがしに肩を竦めた。
ーーなんだよ……。
アリムは肩を怒らせ、ジロリとラシードを睨みつける。
「今日は顔も見たくないと申し上げましたが。お叱りなら、明日お受けいたします……。」
睨みつけたはいいものの、段々と言葉尻が萎んでしまう。
アリムはシュンッと肩を落として、言葉を飲み込んだ。
爪先で小石を転がし、その石の行方を眺めるしかない。
「……せっかくいい気分だったのに……。」
「バーリ……。」
ラシードの後ろで、イーサンが声をあげた。
ラシードはまた小さくため息をつき、アリムに一歩近づいた。
「……迎えに来たんだよ。」
「今帰るところでした。まさかお一人ですか?キシュワールを連れて行って……。」
「開店、おめでとう。」
ラシードが背中に隠していた花束を、アリムの目の前に差し出した。
ーーえ?
宝石のように眩く輝く花々と、ラシードのエメラルド色の瞳が重なった。
鮮明なコントラスト。
甘い花の香り。
アリムは何が起きたのか分からず、ただ目を見開く。
「……何より先に、この言葉を伝えるべきだったんだ。」
花束から目を上げると、ラシードと目が合う。
ラシードは先程の苛立たしげな表情を消して、気まずそうに微笑んでいた。
「俺の配慮のなさで、一日が台無しになったか?」
「……。」
「花だけは受け取ってもらえないだろうか。」
花にも負けない、美しいエメラルドの瞳が、切実にアリムを見つめていた。
「ありがとう……。」
両手で抱えるほどの大きな花束。
バラやガーベラ、あらゆる種類の花が詰め込まれている。まるで、花屋の全ての花を入れてもらったかのような。
そして包装紙には、どこかの花屋の名前が印刷されていた。
王が平民の花屋で選んだ花束ーー
ーーこんなに大きな花束を隠していた事に、気づかなかった……。
アリムはぎゅっと唇を噛み締めた。
「……おめでとうを、誰よりも先に言って欲しかったよ。」
「すまなかった……。」
「ラシードは、みんなに先を越されたんだからね。」
ラシードが視線だけで辺りを見回す。
皆が一様に気まずそうに、目を逸らした。
「……その通りだな。」
アリムは花束を胸に抱きしめて、ギュッと目を閉じた。
入り混じった甘い香り。
ありったけの花を詰め込んだ、統一感のない花束。
でも、もしかすると、今日という日に1番相応しい祝いの品なのかもしれない。
「……だから、今日が終わる時。1番最後にもう一度言わないといけないよ。」
アリムは一歩近づくと、ラシードの胸を乱暴に叩いた。
ラシードの胸元を飾る、青いスカーフ。
その結び目に、ぽふっと顔を埋める。
ラシードが小さく息を呑んだ気配。
「アリム……。」
「そうしたら、許してあげるよ……。」
温かな掌が、アリムの肩に触れる。
もう片方の手が、アリムの髪の毛を優しく撫でた。
「花屋さんに行って来たの?」
「あぁ。花を選ぶなんて、初めてだったから、あれこれ入れてしまった。そういうものでもないんだな。」
「ふふ……。」
アリムはもう一度花束の香りを吸い込む。
スターチスの小さな花弁が、アリムの顎先をくすぐった。
「でも、どの花も可愛いよ。……嬉しいな。」
アリム達の後ろを、先程アリムが応対した親子が通り過ぎていった。
母親は袋を両手に下げて、アリムに会釈をする。
胸に抱かれた子供は、疲れたのかスヤスヤと眠っていた。
ラシードは、目を細めて親子を見つめた。
「……お前は、本当に素晴らしい妃だな……。民をこんなに笑顔にできるんだ。先程の子供も、幸せそうな顔をしていた。」
ラシードが花束から一本花を抜き取り、アリムの耳に刺す。
しかし何か違和感があったのか、その花を胸元に刺し直した。
そして満足そうに微笑む。
アリムも耳から花がなくなった事に、ホッと胸を撫で下ろした。
「ジュナくんのこと?見てたの?」
「目を逸らす事ができなかったんだよ……。」
「ヤラシイの。」
揃いの花をラシードの胸元にも刺して、アリムはトロリと微笑み返す。
揃いのブートニアが胸元を飾ったことが、とても嬉しかったのだ。
「一緒に帰ろ?」
「ご一緒してもよろしいのですか?」
「仕方ないから、馬車に乗せてあげる。」
アリムは人目を思い出して、パッと体を離した。
だがラシードはその背中に手を回し、額に唇を寄せる。
「本当に、慈悲深くて素晴らしい伴侶だ……。」
「人目の目があるから、やめて。」
チラリと付き添いの様子を確認すると、誰1人こちらを見ていない。
頑張って見ない様子にしていない努力が、ひしひしとか伝わってくる。
「いこ……。」
アリムはカァっと頰を赤らめて、ラシードの手を握った。
そして人混みを縫って歩き始める。
涼しくも清々しい風の日である。
空には雲一つなく、時折舞い上がる風船の色が鮮やかだ。
その中を愛しい夫の手を引いて歩ける日々に、涙が滲みそうになる。
年があければ、国を挙げて新しい年の訪れを祝う。カラレスが手がけたカンザのタラーレンも、その祝いを彩るのだ。
そして、同時にラシードの在位を祝う祭りも始まる。
彼が、守り育てた来た民が、ラシードの治世を喜び、祝う。そしてその先も続くであろう、民の笑みある未来。
ぎゅっと手を握る指に力を込めれば、ラシードが「ん?」と柔らかく笑う。
アリムは空を見上げ、花束を太陽に翳した。
今日という日。
さまざまな人々が住むこの国。
まるで、この詰め込まれた花束のような美しさだ。
ーーこの日々に祝福を。エレ・アレジャブル。
風がアリムの髪の毛を巻き上げていったーー
3部 完
***
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございます。
おかげさまで、無事に3部を終える事ができました。
自分でも驚くほどに長い長い物語を、見捨てずにお読みくださった皆様には、感謝してもしきれません。
構想期間が長かった為、文体や表現が初期と変わっていたり、ラシードの出番が少なかったり……
読みにくさや、もどかしい思いをさせてしまうこともあったかと思います…
お気に入り、ハート、しおり、エール等、毎話アップする度に、本当に励みになっておりました。
もちろん、すべての読者さまにも、同じように心からのありがとうを。
カラレスが無事にオープン致しましたので、ひとまずここで一区切り。
アリムたちの本編は、長期のお休みをいただきますが、時折、小話を更新できればと思っています。
もしよろしければ、お気に入りはそのままに……また戻ってきてくださると嬉しいです。
充電したのち、またアリムたちに会いにきていただければ幸いです。
ソウヤミナセ
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