星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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14章 二心を抱かずに

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「……はぁ?オレ達の所から、応援を出せっていうのか?」

 ノイはアルバスの警護の応援を、第二騎士団に依頼するつもりだった。
 しかしタイミング悪く、第二騎士団は、市街地の警邏の割り当てで、屯所にはいなかった。

 今いる第一騎士団は、主に王族の警護を担っており、元はキシュワールが団長を務めていた所だ。
 親衛隊も、第一騎士団から、選出されることが多い。
 家柄、実力共に、申し分ない者たちの集まりだ。

 騎士という立場上同等とは言え、爵位や出自は、明らかにノイは格下である。
 ノイから依頼を受けた、伯爵家の次男は、あからさまに面倒臭そうに鼻を鳴らした。

「お前の所に頼めばいいだろう?こっちはこっちで仕事があるんだよ。」
「第二は今、市街の警邏だって、わかってんじゃねぇすか。市街まで馬を走らせて、戻ってくる間に何かあったらどうすんだよ。」

 相変わらず、言葉遣いがなっていないノイに、男は不愉快さを露わにする。
 しかし相手も慣れたものだ。
 代わりに別の事で、ノイをやりこめようとする。

「ドラニア卿がおられるだろう。その位の時間は、なんともないはずだ。」
「はぁ?王族の警護だぞ!ふざけてんのか?」
「ナトマ卿、言葉遣いに気をつけろよ。第三妃の護衛騎士としての自覚を持つべきであろう。」

 周りの騎士達が、小さく嘲笑を漏らした。
 それは漣のように屯所内に広がり、大きな笑い声を生み出していく。

「なんだって?第三妃が、バーリの寝所に行く準備をしている間、アルバスを警護しろだって?」
「第三妃様は流石手練れでいらっしゃる。」
「そもそも、妃といえど男だろう?夜までの間、自分の身も守れないなんて、どういう事なんだ?マルグリット妃殿下ならば、我々も喜んでいくんだが。」

 騎士団の男たちは、各々に冗談を言い放ち、悦に浸って笑い合う。
 そう、貴族達が好む、上等な冗談だ。
 その餌食になるのは、いつも格下のノイのような人間だ。
 王族となった、アリムが受けるものではない。
 ノイはギュウっと拳を握りしめ、こめかみに青筋をたてる。

「誰を馬鹿にしているのか、わかってんのか。」
「騎士団内の乱闘は、即処罰対象だぞ!お前、そんなことしてる場合なのか?」
「そうだ。時間の無駄だろう。早く馬を走らせて、市街地に迎え!」

 罵声と笑い声が、ガンガンと響き渡った。
 酒場の野次より、下品な騒音だ。
 酔った男たち相手ならば、直ぐに掴みかかっているだろう。
 ならば、この酔っ払いよりもタチの悪い男たちには、どうするべきなのだろうか。

 ノイは腰に差した剣の柄に、手を掛けた。
 手袋越しに、冷えた柄の温度が伝わってくる。
 過敏になっている感覚に、己の怒りの度合いを冷静に実感した。
 ザワッと、男達が騒めく。

「何のつもりだ。」

 殺気を露わにした瞬間、男達が僅かに怯んだのがわかった。

 それはそうだろう。

 ノイの居合いは、騎士団の中でも群を抜いている。
 誰かが柄に手をかけた時点で、目の前の男を斬りつける自信があった。

「乱闘は即処罰だと言っただろう!」
「乱闘だって?俺は不敬罪と職務放棄を裁こうとしているだけだ。」

 ノイは刀身を僅かにちらつかせ、ギリっと奥歯を噛み締める。

「よくも、俺の前で殿下を侮辱したな……!」

 迸る殺気に、騎士達は咄嗟に剣の柄を握る。
 だが、男の腕が持ち上がった瞬間、ノイは刀身を抜いていた。
 ジャンっと耳障りな音が、鼓膜を切り付けていく。
 ノイの刀身の煌めきを目にした男は、恐怖のあまり、目をきつく閉じていた。

「ノイー!!その剣待ったー!!」

 突然割って入った巨体が、ノイの剣を思い切り押し返した。
 部屋に響いた大声と、剣と鞘の撃ち合った重たい音に、一同が跳ね上がる。重たい剣の鞘に剣筋を阻まれたノイは、思い切り舌打ちをして、彼の腹に蹴りを入れた。

「お前っ!八つ当たりするな!」

 不意に腹を蹴られたホーンは、わざとらしく咳き込む。

「なんでここにいるんっすか。」

 剣を鞘に納め、ノイはすっかり険の抜けた目で、ホーンを睨みつけた。
 ホーンはバラバラに割れた鞘を眺めながら、大仰に肩をすくめる。

「ジーン秘書官から、遣いがきたんだ。第三妃様の護衛を増員するから、数名を城に戻すようにってな。城にいるのは第一騎士団だから、心配だったんだろう。」

 ホーンはノイに壊れた鞘を見せつけ、眉を顰める。

「首でも切るつもりだったのか。」
「途中であんたが走ってくるのが見えたから、ムカついて打ち付けただけっす。」

 だが殺気を込めたのは間違いない。
 ホーンは大きくため息をついた。

「ホーン団長!」

 震える声が響く。
 ホーンは面倒くさそうに後ろを振り向いた。
 先程まで威勢よく罵倒していた男は、尻餅をついて、顔面を真っ白にしている。

「ご覧になりましたか!ナトマが我々に剣を!」

 はぁ?と片眉をあげて凄もうとしたところを、ホーンに止められる。

「馬鹿なことを聞くな。俺が剣を受けたんだから、見ていたに決まっているだろう。」
「ならば今すぐ、ナトマを罰してください!私闘は禁じられているはずです!」
「私闘?」

 ホーンは濃い眉の下で、目を丸くした。
 その様子はまるで熊のようだった。

「親衛隊員は、王族に危害を加える者には、即刻処罰を与えられる権限があるはずだが?」
「は……?」
「不穏分子に対しても同様だ。」

 大柄な熊は、ブンっと剣を振って、割れた鞘を振り払う。
 露わになった白銀の刀身が、ギラリと光った。

「ノイはこの後もアリム妃殿下の護衛がある。さっさと片付けてしまおう。」

 ーー結局こうなんのかよ……。

 切っ先を喉元に突きつけられた男は、大きく息を飲み込んだ。
 僅かに当たった剣先は、的確に男の頸動脈を捉えている。
 第一騎士団の一同は、何とかホーンを宥めようと、口々に騒ぎ立てた。

「誤解です!我々にその様な意図はありませんでした!」
「そうです!ナトマの態度が横柄だったので、少々灸を据えようと!」
「まったくその通りでございます!」
「それが団長の方針なのか?」

 ホーンは眉を顰める。

「参った参った。第一騎士団は反逆集団だったのか。こりゃ軍法にかけるのも一苦労だな。ノイ、今粛清しといた方が後々楽だとは思わないか?」
「あんたに任せるっす。」
「もちろんお前も手伝えよ。」
「俺、これからアルバスの警護があるから……。」
「はははっ!イーサン達が行ったから、少しくらいお前がいなくたって大丈夫だろう!」

 ほら、剣を構えろ!と朗らかに促され、ノイは渋面を作りながらも剣を構えた。
 その迷いのない動作に、一同の悲鳴が上がる。

「これだけの人数を相手に、無事でいられると……!」
「馬鹿野郎。罪人は大人しく首を垂れて、斬首を待て。」

 ーーどんどんと立場が悪くなってんな……。

 ノイは目の前の男達を憐れみの目で見つめる。
 精鋭揃いの第一騎士団が、いつの間にか反逆集団に成り下がってしまった。

「第一の団長が嫌いだからって、活き活きしすぎだよ。」
「いいや。」

 ホーンは男の髪を鷲掴み、床に叩きつける。
 そしてその後頭部を迷いなく踏みつけると、唾を吐き捨てた。

「我らの妃殿下への非礼は、万死に値する。」
「ちょっと馬術がすごかったからって……。」
「馬鹿野郎が!あれだけ度胸のある御仁を、見たことがあるか!?漢気に惚れ惚れするわ!」

 ノイは呆れ返りながら、剣を振り抜く構えを取った。
 呑気に会話をしていると、いつの間にか騎士団の数人は剣を抜いていた。
 その剣の音に気がつき、顔をざっと見回すと、第一騎士団の中でも、特に腕の立つ騎士達だった。
 まとめてかかってこられると、確かに面倒だろう。

 だがノイは迷いなく足を踏み出した。
 誰の剣が、一番速く振り抜けるか、ノイはよく知っている。
 打ち合いに、爵位は関係ない。
 ならば、この中で一番腕が立つのは、間違いなく自分だった。

 剣先が、1人の男の鼻先を切り付ける。
 踏み出した勢いのまま、隣の男の腹を蹴り上げ、更に近くにあった誰かの後頭部を柄で打ち据えた。
 不意打ちを食らった面々は、無様な声をあげて、床に疼くまる。
 剣術ともいえない嵐的な暴力に、ホーン以外の人間が戦慄した。

「一思いに。ナトマ卿。」

 突然声を掛けられたーー

「っ!?」

 ノイは背中が粟立つと同時に、飛び退いた。
 その男はいつの間にか隣に立っていた。

「一部の反乱分子のせいで、誉れある第一騎士団が取り潰されては堪らないよ。ほら、そこの蹲っている奴から、首を切っておくれ。」

 艶やかな金の癖っ毛を、無造作に後ろに撫でつけ、第一騎士団長のリーンハルト・アドニスは言った。
 ノイは早鐘を打つ心臓を必死に押さえつける。

 ーーいつの間に……。

 咄嗟に剣を下げる。
 突然の言葉とリーンハルトの笑みに、空寒いものを感じたからだ。
 ノイのこういう勘は外れない。首を切った瞬間から、悪い事が起こるに違いなかった。

「なんだい?」

 リーンハルトは首をかしげる。

「殺すつもりで剣を振ったんだろ?」
「そんな訳あるか。抵抗するから、押さえつけようとしただけだ。」

 ホーンが大きな体を割り込ませ、ノイの前に立った。

「斬首だなんだと言っていた気がしたけれど。」
「ノイは血の気が多いんだ。多めに見てくれ。」
「ほとんどあんたが言ってたんだろ!」

 反射的に言い返したノイの肩をグイッと押し、ホーンはしっしっと手を振る。

「団長同士の話に口を挟むな。さっさとアルバスに戻れ。」

 ノイをこの場から追い出したがっているのは明らかだった。
 リーンハルトはノイに向かって、にこりと微笑む。

「この場は私が預かってもいいって事かな?」
「……。」

 なんと言えばいいのか、答えあぐねる。

「心配しなくていいよ。もう彼らは身内じゃないから。」
「厳正な処罰を期待する!」
「サーガン=ホーン。あなたには聞いてないよ。」

 リーンハルトがスパッと一蹴する。
 むぐぐっとわかりやすく口を噤むホーンを横目に、ノイは僅かに目礼して剣を収めた。
 静かに剣の擦れる振動が、手のひらを震わせる。
 その僅かな震動にすら、何故かざわめく心地がした。

「……任務があるので、失礼します。」

 リーンハルトとは、大した面識があるわけではない。だが面差しに嫌な既視感があった。

 ーーどこで見たんだ……?

 ホーンはノイの背中を押して、退室を促している。

「早く行け。」
「アリム妃殿下によろしく。」

 リーンハルトは、2人の気持ちを知ってから知らずか、ただ、穏やかな笑みを浮かべた。
 煌めくブロンズの髪の毛が、あの人間達を思い浮かばせる。
 太陽色の髪を持つ人間は、往々にして嫌な奴らなのだろうか。

 頭の中でルーツを辿ってみるが、ハイネリア公爵家もドラニア侯爵家もアドニス侯爵家も、始まりがどこなのか、検討もつかなかった。

「失礼します。」

 ノイは軽く頭を下げて、退室を告げる。
 視界の端に入ってきた、リーンハルトの背後には、顔色を無くして呆然としている、数人の騎士。

 ーーバーリの人を馬鹿にするからだ。

 ノイはそう思うが、何故かその自分の心の声に違和感を覚えて、首を傾げる。
 もしマルグリットやリアナが同じように言われても、怒りを覚えたのだろうか……。

 扉を開けて息を吸うと、ようやく脂汗の臭いから解放されて、新鮮な空気が肺に流れ込んでくる。

 剣を握った後、安寧を実感する瞬間だ。
 クリアになった頭の中で、今まで曖昧に思っていた事が、確固たる意志に変わる。
 マルグリットやリアナが罵倒されたとしても、自分は剣を抜かないだろう。

「……。」

 ノイは乱れた襟を正し、真っ直ぐアルバスへと歩みを進めた。
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