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14章 二心を抱かずに
①
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「……はぁ?オレ達の所から、応援を出せっていうのか?」
ノイはアルバスの警護の応援を、第二騎士団に依頼するつもりだった。
しかしタイミング悪く、第二騎士団は、市街地の警邏の割り当てで、屯所にはいなかった。
今いる第一騎士団は、主に王族の警護を担っており、元はキシュワールが団長を務めていた所だ。
親衛隊も、第一騎士団から、選出されることが多い。
家柄、実力共に、申し分ない者たちの集まりだ。
騎士という立場上同等とは言え、爵位や出自は、明らかにノイは格下である。
ノイから依頼を受けた、伯爵家の次男は、あからさまに面倒臭そうに鼻を鳴らした。
「お前の所に頼めばいいだろう?こっちはこっちで仕事があるんだよ。」
「第二は今、市街の警邏だって、わかってんじゃねぇすか。市街まで馬を走らせて、戻ってくる間に何かあったらどうすんだよ。」
相変わらず、言葉遣いがなっていないノイに、男は不愉快さを露わにする。
しかし相手も慣れたものだ。
代わりに別の事で、ノイをやりこめようとする。
「ドラニア卿がおられるだろう。その位の時間は、なんともないはずだ。」
「はぁ?王族の警護だぞ!ふざけてんのか?」
「ナトマ卿、言葉遣いに気をつけろよ。第三妃の護衛騎士としての自覚を持つべきであろう。」
周りの騎士達が、小さく嘲笑を漏らした。
それは漣のように屯所内に広がり、大きな笑い声を生み出していく。
「なんだって?第三妃が、バーリの寝所に行く準備をしている間、アルバスを警護しろだって?」
「第三妃様は流石手練れでいらっしゃる。」
「そもそも、妃といえど男だろう?夜までの間、自分の身も守れないなんて、どういう事なんだ?マルグリット妃殿下ならば、我々も喜んでいくんだが。」
騎士団の男たちは、各々に冗談を言い放ち、悦に浸って笑い合う。
そう、貴族達が好む、上等な冗談だ。
その餌食になるのは、いつも格下のノイのような人間だ。
王族となった、アリムが受けるものではない。
ノイはギュウっと拳を握りしめ、こめかみに青筋をたてる。
「誰を馬鹿にしているのか、わかってんのか。」
「騎士団内の乱闘は、即処罰対象だぞ!お前、そんなことしてる場合なのか?」
「そうだ。時間の無駄だろう。早く馬を走らせて、市街地に迎え!」
罵声と笑い声が、ガンガンと響き渡った。
酒場の野次より、下品な騒音だ。
酔った男たち相手ならば、直ぐに掴みかかっているだろう。
ならば、この酔っ払いよりもタチの悪い男たちには、どうするべきなのだろうか。
ノイは腰に差した剣の柄に、手を掛けた。
手袋越しに、冷えた柄の温度が伝わってくる。
過敏になっている感覚に、己の怒りの度合いを冷静に実感した。
ザワッと、男達が騒めく。
「何のつもりだ。」
殺気を露わにした瞬間、男達が僅かに怯んだのがわかった。
それはそうだろう。
ノイの居合いは、騎士団の中でも群を抜いている。
誰かが柄に手をかけた時点で、目の前の男を斬りつける自信があった。
「乱闘は即処罰だと言っただろう!」
「乱闘だって?俺は不敬罪と職務放棄を裁こうとしているだけだ。」
ノイは刀身を僅かにちらつかせ、ギリっと奥歯を噛み締める。
「よくも、俺の前で殿下を侮辱したな……!」
迸る殺気に、騎士達は咄嗟に剣の柄を握る。
だが、男の腕が持ち上がった瞬間、ノイは刀身を抜いていた。
ジャンっと耳障りな音が、鼓膜を切り付けていく。
ノイの刀身の煌めきを目にした男は、恐怖のあまり、目をきつく閉じていた。
「ノイー!!その剣待ったー!!」
突然割って入った巨体が、ノイの剣を思い切り押し返した。
部屋に響いた大声と、剣と鞘の撃ち合った重たい音に、一同が跳ね上がる。重たい剣の鞘に剣筋を阻まれたノイは、思い切り舌打ちをして、彼の腹に蹴りを入れた。
「お前っ!八つ当たりするな!」
不意に腹を蹴られたホーンは、わざとらしく咳き込む。
「なんでここにいるんっすか。」
剣を鞘に納め、ノイはすっかり険の抜けた目で、ホーンを睨みつけた。
ホーンはバラバラに割れた鞘を眺めながら、大仰に肩をすくめる。
「ジーン秘書官から、遣いがきたんだ。第三妃様の護衛を増員するから、数名を城に戻すようにってな。城にいるのは第一騎士団だから、心配だったんだろう。」
ホーンはノイに壊れた鞘を見せつけ、眉を顰める。
「首でも切るつもりだったのか。」
「途中であんたが走ってくるのが見えたから、ムカついて打ち付けただけっす。」
だが殺気を込めたのは間違いない。
ホーンは大きくため息をついた。
「ホーン団長!」
震える声が響く。
ホーンは面倒くさそうに後ろを振り向いた。
先程まで威勢よく罵倒していた男は、尻餅をついて、顔面を真っ白にしている。
「ご覧になりましたか!ナトマが我々に剣を!」
はぁ?と片眉をあげて凄もうとしたところを、ホーンに止められる。
「馬鹿なことを聞くな。俺が剣を受けたんだから、見ていたに決まっているだろう。」
「ならば今すぐ、ナトマを罰してください!私闘は禁じられているはずです!」
「私闘?」
ホーンは濃い眉の下で、目を丸くした。
その様子はまるで熊のようだった。
「親衛隊員は、王族に危害を加える者には、即刻処罰を与えられる権限があるはずだが?」
「は……?」
「不穏分子に対しても同様だ。」
大柄な熊は、ブンっと剣を振って、割れた鞘を振り払う。
露わになった白銀の刀身が、ギラリと光った。
「ノイはこの後もアリム妃殿下の護衛がある。さっさと片付けてしまおう。」
ーー結局こうなんのかよ……。
切っ先を喉元に突きつけられた男は、大きく息を飲み込んだ。
僅かに当たった剣先は、的確に男の頸動脈を捉えている。
第一騎士団の一同は、何とかホーンを宥めようと、口々に騒ぎ立てた。
「誤解です!我々にその様な意図はありませんでした!」
「そうです!ナトマの態度が横柄だったので、少々灸を据えようと!」
「まったくその通りでございます!」
「それが団長の方針なのか?」
ホーンは眉を顰める。
「参った参った。第一騎士団は反逆集団だったのか。こりゃ軍法にかけるのも一苦労だな。ノイ、今粛清しといた方が後々楽だとは思わないか?」
「あんたに任せるっす。」
「もちろんお前も手伝えよ。」
「俺、これからアルバスの警護があるから……。」
「はははっ!イーサン達が行ったから、少しくらいお前がいなくたって大丈夫だろう!」
ほら、剣を構えろ!と朗らかに促され、ノイは渋面を作りながらも剣を構えた。
その迷いのない動作に、一同の悲鳴が上がる。
「これだけの人数を相手に、無事でいられると……!」
「馬鹿野郎。罪人は大人しく首を垂れて、斬首を待て。」
ーーどんどんと立場が悪くなってんな……。
ノイは目の前の男達を憐れみの目で見つめる。
精鋭揃いの第一騎士団が、いつの間にか反逆集団に成り下がってしまった。
「第一の団長が嫌いだからって、活き活きしすぎだよ。」
「いいや。」
ホーンは男の髪を鷲掴み、床に叩きつける。
そしてその後頭部を迷いなく踏みつけると、唾を吐き捨てた。
「我らの妃殿下への非礼は、万死に値する。」
「ちょっと馬術がすごかったからって……。」
「馬鹿野郎が!あれだけ度胸のある御仁を、見たことがあるか!?漢気に惚れ惚れするわ!」
ノイは呆れ返りながら、剣を振り抜く構えを取った。
呑気に会話をしていると、いつの間にか騎士団の数人は剣を抜いていた。
その剣の音に気がつき、顔をざっと見回すと、第一騎士団の中でも、特に腕の立つ騎士達だった。
まとめてかかってこられると、確かに面倒だろう。
だがノイは迷いなく足を踏み出した。
誰の剣が、一番速く振り抜けるか、ノイはよく知っている。
打ち合いに、爵位は関係ない。
ならば、この中で一番腕が立つのは、間違いなく自分だった。
剣先が、1人の男の鼻先を切り付ける。
踏み出した勢いのまま、隣の男の腹を蹴り上げ、更に近くにあった誰かの後頭部を柄で打ち据えた。
不意打ちを食らった面々は、無様な声をあげて、床に疼くまる。
剣術ともいえない嵐的な暴力に、ホーン以外の人間が戦慄した。
「一思いに。ナトマ卿。」
突然声を掛けられたーー
「っ!?」
ノイは背中が粟立つと同時に、飛び退いた。
その男はいつの間にか隣に立っていた。
「一部の反乱分子のせいで、誉れある第一騎士団が取り潰されては堪らないよ。ほら、そこの蹲っている奴から、首を切っておくれ。」
艶やかな金の癖っ毛を、無造作に後ろに撫でつけ、第一騎士団長のリーンハルト・アドニスは言った。
ノイは早鐘を打つ心臓を必死に押さえつける。
ーーいつの間に……。
咄嗟に剣を下げる。
突然の言葉とリーンハルトの笑みに、空寒いものを感じたからだ。
ノイのこういう勘は外れない。首を切った瞬間から、悪い事が起こるに違いなかった。
「なんだい?」
リーンハルトは首をかしげる。
「殺すつもりで剣を振ったんだろ?」
「そんな訳あるか。抵抗するから、押さえつけようとしただけだ。」
ホーンが大きな体を割り込ませ、ノイの前に立った。
「斬首だなんだと言っていた気がしたけれど。」
「ノイは血の気が多いんだ。多めに見てくれ。」
「ほとんどあんたが言ってたんだろ!」
反射的に言い返したノイの肩をグイッと押し、ホーンはしっしっと手を振る。
「団長同士の話に口を挟むな。さっさとアルバスに戻れ。」
ノイをこの場から追い出したがっているのは明らかだった。
リーンハルトはノイに向かって、にこりと微笑む。
「この場は私が預かってもいいって事かな?」
「……。」
なんと言えばいいのか、答えあぐねる。
「心配しなくていいよ。もう彼らは身内じゃないから。」
「厳正な処罰を期待する!」
「サーガン=ホーン。あなたには聞いてないよ。」
リーンハルトがスパッと一蹴する。
むぐぐっとわかりやすく口を噤むホーンを横目に、ノイは僅かに目礼して剣を収めた。
静かに剣の擦れる振動が、手のひらを震わせる。
その僅かな震動にすら、何故かざわめく心地がした。
「……任務があるので、失礼します。」
リーンハルトとは、大した面識があるわけではない。だが面差しに嫌な既視感があった。
ーーどこで見たんだ……?
ホーンはノイの背中を押して、退室を促している。
「早く行け。」
「アリム妃殿下によろしく。」
リーンハルトは、2人の気持ちを知ってから知らずか、ただ、穏やかな笑みを浮かべた。
煌めくブロンズの髪の毛が、あの人間達を思い浮かばせる。
太陽色の髪を持つ人間は、往々にして嫌な奴らなのだろうか。
頭の中でルーツを辿ってみるが、ハイネリア公爵家もドラニア侯爵家もアドニス侯爵家も、始まりがどこなのか、検討もつかなかった。
「失礼します。」
ノイは軽く頭を下げて、退室を告げる。
視界の端に入ってきた、リーンハルトの背後には、顔色を無くして呆然としている、数人の騎士。
ーーバーリの人を馬鹿にするからだ。
ノイはそう思うが、何故かその自分の心の声に違和感を覚えて、首を傾げる。
もしマルグリットやリアナが同じように言われても、怒りを覚えたのだろうか……。
扉を開けて息を吸うと、ようやく脂汗の臭いから解放されて、新鮮な空気が肺に流れ込んでくる。
剣を握った後、安寧を実感する瞬間だ。
クリアになった頭の中で、今まで曖昧に思っていた事が、確固たる意志に変わる。
マルグリットやリアナが罵倒されたとしても、自分は剣を抜かないだろう。
「……。」
ノイは乱れた襟を正し、真っ直ぐアルバスへと歩みを進めた。
ノイはアルバスの警護の応援を、第二騎士団に依頼するつもりだった。
しかしタイミング悪く、第二騎士団は、市街地の警邏の割り当てで、屯所にはいなかった。
今いる第一騎士団は、主に王族の警護を担っており、元はキシュワールが団長を務めていた所だ。
親衛隊も、第一騎士団から、選出されることが多い。
家柄、実力共に、申し分ない者たちの集まりだ。
騎士という立場上同等とは言え、爵位や出自は、明らかにノイは格下である。
ノイから依頼を受けた、伯爵家の次男は、あからさまに面倒臭そうに鼻を鳴らした。
「お前の所に頼めばいいだろう?こっちはこっちで仕事があるんだよ。」
「第二は今、市街の警邏だって、わかってんじゃねぇすか。市街まで馬を走らせて、戻ってくる間に何かあったらどうすんだよ。」
相変わらず、言葉遣いがなっていないノイに、男は不愉快さを露わにする。
しかし相手も慣れたものだ。
代わりに別の事で、ノイをやりこめようとする。
「ドラニア卿がおられるだろう。その位の時間は、なんともないはずだ。」
「はぁ?王族の警護だぞ!ふざけてんのか?」
「ナトマ卿、言葉遣いに気をつけろよ。第三妃の護衛騎士としての自覚を持つべきであろう。」
周りの騎士達が、小さく嘲笑を漏らした。
それは漣のように屯所内に広がり、大きな笑い声を生み出していく。
「なんだって?第三妃が、バーリの寝所に行く準備をしている間、アルバスを警護しろだって?」
「第三妃様は流石手練れでいらっしゃる。」
「そもそも、妃といえど男だろう?夜までの間、自分の身も守れないなんて、どういう事なんだ?マルグリット妃殿下ならば、我々も喜んでいくんだが。」
騎士団の男たちは、各々に冗談を言い放ち、悦に浸って笑い合う。
そう、貴族達が好む、上等な冗談だ。
その餌食になるのは、いつも格下のノイのような人間だ。
王族となった、アリムが受けるものではない。
ノイはギュウっと拳を握りしめ、こめかみに青筋をたてる。
「誰を馬鹿にしているのか、わかってんのか。」
「騎士団内の乱闘は、即処罰対象だぞ!お前、そんなことしてる場合なのか?」
「そうだ。時間の無駄だろう。早く馬を走らせて、市街地に迎え!」
罵声と笑い声が、ガンガンと響き渡った。
酒場の野次より、下品な騒音だ。
酔った男たち相手ならば、直ぐに掴みかかっているだろう。
ならば、この酔っ払いよりもタチの悪い男たちには、どうするべきなのだろうか。
ノイは腰に差した剣の柄に、手を掛けた。
手袋越しに、冷えた柄の温度が伝わってくる。
過敏になっている感覚に、己の怒りの度合いを冷静に実感した。
ザワッと、男達が騒めく。
「何のつもりだ。」
殺気を露わにした瞬間、男達が僅かに怯んだのがわかった。
それはそうだろう。
ノイの居合いは、騎士団の中でも群を抜いている。
誰かが柄に手をかけた時点で、目の前の男を斬りつける自信があった。
「乱闘は即処罰だと言っただろう!」
「乱闘だって?俺は不敬罪と職務放棄を裁こうとしているだけだ。」
ノイは刀身を僅かにちらつかせ、ギリっと奥歯を噛み締める。
「よくも、俺の前で殿下を侮辱したな……!」
迸る殺気に、騎士達は咄嗟に剣の柄を握る。
だが、男の腕が持ち上がった瞬間、ノイは刀身を抜いていた。
ジャンっと耳障りな音が、鼓膜を切り付けていく。
ノイの刀身の煌めきを目にした男は、恐怖のあまり、目をきつく閉じていた。
「ノイー!!その剣待ったー!!」
突然割って入った巨体が、ノイの剣を思い切り押し返した。
部屋に響いた大声と、剣と鞘の撃ち合った重たい音に、一同が跳ね上がる。重たい剣の鞘に剣筋を阻まれたノイは、思い切り舌打ちをして、彼の腹に蹴りを入れた。
「お前っ!八つ当たりするな!」
不意に腹を蹴られたホーンは、わざとらしく咳き込む。
「なんでここにいるんっすか。」
剣を鞘に納め、ノイはすっかり険の抜けた目で、ホーンを睨みつけた。
ホーンはバラバラに割れた鞘を眺めながら、大仰に肩をすくめる。
「ジーン秘書官から、遣いがきたんだ。第三妃様の護衛を増員するから、数名を城に戻すようにってな。城にいるのは第一騎士団だから、心配だったんだろう。」
ホーンはノイに壊れた鞘を見せつけ、眉を顰める。
「首でも切るつもりだったのか。」
「途中であんたが走ってくるのが見えたから、ムカついて打ち付けただけっす。」
だが殺気を込めたのは間違いない。
ホーンは大きくため息をついた。
「ホーン団長!」
震える声が響く。
ホーンは面倒くさそうに後ろを振り向いた。
先程まで威勢よく罵倒していた男は、尻餅をついて、顔面を真っ白にしている。
「ご覧になりましたか!ナトマが我々に剣を!」
はぁ?と片眉をあげて凄もうとしたところを、ホーンに止められる。
「馬鹿なことを聞くな。俺が剣を受けたんだから、見ていたに決まっているだろう。」
「ならば今すぐ、ナトマを罰してください!私闘は禁じられているはずです!」
「私闘?」
ホーンは濃い眉の下で、目を丸くした。
その様子はまるで熊のようだった。
「親衛隊員は、王族に危害を加える者には、即刻処罰を与えられる権限があるはずだが?」
「は……?」
「不穏分子に対しても同様だ。」
大柄な熊は、ブンっと剣を振って、割れた鞘を振り払う。
露わになった白銀の刀身が、ギラリと光った。
「ノイはこの後もアリム妃殿下の護衛がある。さっさと片付けてしまおう。」
ーー結局こうなんのかよ……。
切っ先を喉元に突きつけられた男は、大きく息を飲み込んだ。
僅かに当たった剣先は、的確に男の頸動脈を捉えている。
第一騎士団の一同は、何とかホーンを宥めようと、口々に騒ぎ立てた。
「誤解です!我々にその様な意図はありませんでした!」
「そうです!ナトマの態度が横柄だったので、少々灸を据えようと!」
「まったくその通りでございます!」
「それが団長の方針なのか?」
ホーンは眉を顰める。
「参った参った。第一騎士団は反逆集団だったのか。こりゃ軍法にかけるのも一苦労だな。ノイ、今粛清しといた方が後々楽だとは思わないか?」
「あんたに任せるっす。」
「もちろんお前も手伝えよ。」
「俺、これからアルバスの警護があるから……。」
「はははっ!イーサン達が行ったから、少しくらいお前がいなくたって大丈夫だろう!」
ほら、剣を構えろ!と朗らかに促され、ノイは渋面を作りながらも剣を構えた。
その迷いのない動作に、一同の悲鳴が上がる。
「これだけの人数を相手に、無事でいられると……!」
「馬鹿野郎。罪人は大人しく首を垂れて、斬首を待て。」
ーーどんどんと立場が悪くなってんな……。
ノイは目の前の男達を憐れみの目で見つめる。
精鋭揃いの第一騎士団が、いつの間にか反逆集団に成り下がってしまった。
「第一の団長が嫌いだからって、活き活きしすぎだよ。」
「いいや。」
ホーンは男の髪を鷲掴み、床に叩きつける。
そしてその後頭部を迷いなく踏みつけると、唾を吐き捨てた。
「我らの妃殿下への非礼は、万死に値する。」
「ちょっと馬術がすごかったからって……。」
「馬鹿野郎が!あれだけ度胸のある御仁を、見たことがあるか!?漢気に惚れ惚れするわ!」
ノイは呆れ返りながら、剣を振り抜く構えを取った。
呑気に会話をしていると、いつの間にか騎士団の数人は剣を抜いていた。
その剣の音に気がつき、顔をざっと見回すと、第一騎士団の中でも、特に腕の立つ騎士達だった。
まとめてかかってこられると、確かに面倒だろう。
だがノイは迷いなく足を踏み出した。
誰の剣が、一番速く振り抜けるか、ノイはよく知っている。
打ち合いに、爵位は関係ない。
ならば、この中で一番腕が立つのは、間違いなく自分だった。
剣先が、1人の男の鼻先を切り付ける。
踏み出した勢いのまま、隣の男の腹を蹴り上げ、更に近くにあった誰かの後頭部を柄で打ち据えた。
不意打ちを食らった面々は、無様な声をあげて、床に疼くまる。
剣術ともいえない嵐的な暴力に、ホーン以外の人間が戦慄した。
「一思いに。ナトマ卿。」
突然声を掛けられたーー
「っ!?」
ノイは背中が粟立つと同時に、飛び退いた。
その男はいつの間にか隣に立っていた。
「一部の反乱分子のせいで、誉れある第一騎士団が取り潰されては堪らないよ。ほら、そこの蹲っている奴から、首を切っておくれ。」
艶やかな金の癖っ毛を、無造作に後ろに撫でつけ、第一騎士団長のリーンハルト・アドニスは言った。
ノイは早鐘を打つ心臓を必死に押さえつける。
ーーいつの間に……。
咄嗟に剣を下げる。
突然の言葉とリーンハルトの笑みに、空寒いものを感じたからだ。
ノイのこういう勘は外れない。首を切った瞬間から、悪い事が起こるに違いなかった。
「なんだい?」
リーンハルトは首をかしげる。
「殺すつもりで剣を振ったんだろ?」
「そんな訳あるか。抵抗するから、押さえつけようとしただけだ。」
ホーンが大きな体を割り込ませ、ノイの前に立った。
「斬首だなんだと言っていた気がしたけれど。」
「ノイは血の気が多いんだ。多めに見てくれ。」
「ほとんどあんたが言ってたんだろ!」
反射的に言い返したノイの肩をグイッと押し、ホーンはしっしっと手を振る。
「団長同士の話に口を挟むな。さっさとアルバスに戻れ。」
ノイをこの場から追い出したがっているのは明らかだった。
リーンハルトはノイに向かって、にこりと微笑む。
「この場は私が預かってもいいって事かな?」
「……。」
なんと言えばいいのか、答えあぐねる。
「心配しなくていいよ。もう彼らは身内じゃないから。」
「厳正な処罰を期待する!」
「サーガン=ホーン。あなたには聞いてないよ。」
リーンハルトがスパッと一蹴する。
むぐぐっとわかりやすく口を噤むホーンを横目に、ノイは僅かに目礼して剣を収めた。
静かに剣の擦れる振動が、手のひらを震わせる。
その僅かな震動にすら、何故かざわめく心地がした。
「……任務があるので、失礼します。」
リーンハルトとは、大した面識があるわけではない。だが面差しに嫌な既視感があった。
ーーどこで見たんだ……?
ホーンはノイの背中を押して、退室を促している。
「早く行け。」
「アリム妃殿下によろしく。」
リーンハルトは、2人の気持ちを知ってから知らずか、ただ、穏やかな笑みを浮かべた。
煌めくブロンズの髪の毛が、あの人間達を思い浮かばせる。
太陽色の髪を持つ人間は、往々にして嫌な奴らなのだろうか。
頭の中でルーツを辿ってみるが、ハイネリア公爵家もドラニア侯爵家もアドニス侯爵家も、始まりがどこなのか、検討もつかなかった。
「失礼します。」
ノイは軽く頭を下げて、退室を告げる。
視界の端に入ってきた、リーンハルトの背後には、顔色を無くして呆然としている、数人の騎士。
ーーバーリの人を馬鹿にするからだ。
ノイはそう思うが、何故かその自分の心の声に違和感を覚えて、首を傾げる。
もしマルグリットやリアナが同じように言われても、怒りを覚えたのだろうか……。
扉を開けて息を吸うと、ようやく脂汗の臭いから解放されて、新鮮な空気が肺に流れ込んでくる。
剣を握った後、安寧を実感する瞬間だ。
クリアになった頭の中で、今まで曖昧に思っていた事が、確固たる意志に変わる。
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「……。」
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『私は、早紀を信頼のおける人間に、預けたいのです。隠しておきたいのです』
『再びお会いした時には、早紀くんの淹れたコーヒーが出せるようにしておきます』
あの笑顔を、失くしたくない。
伸びやかなあの心を、壊したくない。
衛は、その一心で覚悟を決めたのだ。
ひとつ屋根の下に住むことになった、アルファの衛とオメガの早紀。
波乱含みの同棲生活が、有無を言わさず始まった……!
婚約破棄を提案したら優しかった婚約者に手篭めにされました
多崎リクト
BL
ケイは物心着く前からユキと婚約していたが、優しくて綺麗で人気者のユキと平凡な自分では釣り合わないのではないかとずっと考えていた。
ついに婚約破棄を申し出たところ、ユキに手篭めにされてしまう。
ケイはまだ、ユキがどれだけ自分に執着しているのか知らなかった。
攻め
ユキ(23)
会社員。綺麗で性格も良くて完璧だと崇められていた人。ファンクラブも存在するらしい。
受け
ケイ(18)
高校生。平凡でユキと自分は釣り合わないとずっと気にしていた。ユキのことが大好き。
pixiv、ムーンライトノベルズにも掲載中
ガラスの靴を作ったのは俺ですが、執着されるなんて聞いてません!
或波夏
BL
「探せ!この靴を作った者を!」
***
日々、大量注文に追われるガラス職人、リヨ。
疲労の末倒れた彼が目を開くと、そこには見知らぬ世界が広がっていた。
彼が転移した世界は《ガラス》がキーアイテムになる『シンデレラ』の世界!
リヨは魔女から童話通りの結末に導くため、ガラスの靴を作ってくれと依頼される。
しかし、王子様はなぜかシンデレラではなく、リヨの作ったガラスの靴に夢中になってしまった?!
さらにシンデレラも魔女も何やらリヨに特別な感情を抱いていているようで……?
執着系王子様+訳ありシンデレラ+謎だらけの魔女?×夢に真っ直ぐな職人
ガラス職人リヨによって、童話の歯車が狂い出すーー
※素人調べ、知識のためガラス細工描写は現実とは異なる場合があります。あたたかく見守って頂けると嬉しいです🙇♀️
※受けと女性キャラのカップリングはありません。シンデレラも魔女もワケありです
※執着王子様攻めがメインですが、総受け、愛され要素多分に含みます
朝or夜(時間未定)1話更新予定です。
1話が長くなってしまった場合、分割して2話更新する場合もあります。
♡、お気に入り、しおり、エールありがとうございます!とても励みになっております!
感想も頂けると泣いて喜びます!
第13回BL大賞にエントリーさせていただいています!もし良ければ投票していただけると大変嬉しいです!
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
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