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15章 あの日の証明と甘い唇
④
***
『こちらは、南東の島国から輸入した、貴重な金糸をふんだんに使用しております。そしてこちらは……。』
店主は大量の冷や汗をかいていた。
目の前に座る王が、無表情で黙りこくっているせいだろう。
並べているのは、店の中では最高級の布地で、鮮やかな色合いに、国鳥や国花の縁起物が金糸で刺繍されていた。
目に痛いくらいの華やかさだった。
ーー俺は道化師なのだろうか……。
すでに何店舗かの店を回って来た。
しかしどこにいっても、キラキラした眩しい布しか出されない。
ーーわからない……。これが王に相応しい装いなのだろうか……。
普段は司祭服の様な地味な色を身につけているので、たまにはいいのかもしれないが……。
だんだんと訳がわからなくなり、頰を人差し指で叩く。
ラシードはチラリと隣に立つ青年に目をやった。
先程から顔を俯けているから、相貌はわからない。だが艶やかな黒髪と、ミルクの様に白い肌に、何となく気が向いてしまう。
青年の目はテーブルの上の見事な刺繍の布に向いている。
ーーあぁ、なるほど。これを褒めればいいのか。
『……刺繍は縁起が良いな……。』
ようやく絞り出した褒め言葉に、店主は目に見えてホッとした。
ラシードは後ろに控えていた、キシュワールを手招きする。
『何がいいのかわからん。他の所も見たい。』
キシュワールは頷いた。
その隙に、なぜか青年が顎に手を当てながら、ふらりと店の奥へと引っ込んでいく。
店主はそれを見て、『アリム……。』と非難がましく呼びかけた。
ーー何だ?
『あとはフローラ衣装店しかありませんが。』
『フローラ?マコガレン侯爵の店か?』
第二妃の兄の店だ。
『……仕方ないな、行ってみよう。』
緩く息を吐いて、手を振った。
すっとキシュワールが前に出る。
『必要なものがあれば、追って……。』
『お話を遮り、大変申し訳ございません。もしよろしければ、こちらもご覧ください。』
一巻きの反物を抱えた青年が、慌てて駆け寄ってくる。
話を遮られたキシュワールは、明らかな渋面を作った。
『なんだ?』
ラシードは眼を丸くして、青年を見上げる。
『店の一級品でございます。先の品も、当店自慢の一品でございますが、せっかくお越し頂いたのです。色々とご覧いただきたく、裏に控えさせておりました。』
ペラペラと口上を並べながら、流れる様に更紗を撤去していく。
丁寧ながらも澱みない後片付けに、ラシードは更に眼を丸くした。
『そ、そうか。』
ラシードはパッと手を振り、従者を下がらせる。
『店自慢の職人が、丹精込めて染め上げ、心を込めて織りました。』
ラシードは自慢げにそう言うと、パッと反物を広げた。
それを見た店主は顔を真っ青にする。
『アリム……!』
店の奥に眠っていたのだろうか。
随分と古臭いデザインだった。
蔦の地模様は、昔に大臣や貴族がこぞって身につけていた物だ。
色味だけはラシードの瞳の色と同じ、鮮やかな緑。しかしそれだって特別珍しいものではない。
キシュワールがあからさまに眉を顰める。
『バーリ、こちらは10年前に流行ったデザインです。』
『……そうだな。』
ラシードはキシュワールの言葉に、曖昧に頷く。
だが、ラシードはその反物を見て、目を輝かせた。
ーーこの模様、よく知っているぞ……。
『流石王宮のお方は博識でいらっしゃる。そうです!10年前です!』
アリムーーと呼ばれた青年は、手を打って、にこりと笑う。
『陛下の戴冠式の年に、大流行しておりました。』
パチっとアリムの目があった。
その瞬間、ラシードは息をするのを忘れてしまった。
美しいアルリーシャの青年だった。
長いまつ毛に縁取られた瞳。
湖底に隠された、ラピスラズリのような煌めき。
キラキラと光を讃える瞳から、目を離すことができなかった。
『覚えておいでですか?』
アリムが恭しく微笑む。
『地模様は唐草。新しい王の御代が、末広く栄えますようにと祈りを込めております。私は当時、まだ王都にはおりませんでしたが、これを織った職人が、誇らしげに祈りを込めて丹精に織り上げた事を自慢しておりました。だから、流行遅れの在庫になっても、処分する事ができず、丁寧に保管しているのだと。』
職人の手入れが行き届いているのだろうか。
10年経ったはずの今でも、傷みはない。
寧ろ染料がよく馴染み、深く滑らかな色味となっていた。
アリムは満足そうに布を一撫でし、誇らしげにラシードを見上げた。
ラシードはその愛おしげな仕草に、どきりとする。
『そうか……。』
『当時の思いと、期待が込められた、このハージーをご覧いただきたく、無礼を承知でお持ちいたしました。』
『ああ……。』
じわりと目の奥が熱くなった。
慌てて緩く首を振り、目頭を押さえる。
ラシード以外の全員が息を飲んだ。
『すまない。』
ラシードは片手を上げ、ハハッと小さな笑い声を上げる。
『嬉しいものだな。いや、本当に……。』
『御即位10年、誠におめでとう存じます。』
『ああ、ありがとう。』
ラシードは顔を上げ、潤んだ瞳をフッと緩ませた。
真っ直ぐに見つめてくれる、この瞳の美しさに、またしてもじわりと涙が滲みそうになる。
ラシードは誤魔化すように、布地を撫でた。
『華美なものより、こういうものが欲しかった。だが、少し地味では無いか?』
『ご希望がございましたら、錦糸で刺繍を入れる事も可能です。……唐草に絡め取られる国鳥というのも、些か縁起が悪い気も致しますので、この場合なら、国花の方がよろしいかと。』
『そうだな。』
ラシードは満足して頷くと、アリムを手招きした。
『少し話がしたい。近くに来てくれないか。』
気後れしたのだろう。アリムは困ったように店主を見遣る。
店主は慌ててアリムの背中を押した。
『はい……。』
空いている席を示せば、アリムはおずおずと腰を下ろす。
ラシードはアリムの頭からつま先まで、ジッと見つめた。
一つも見逃さないと、強迫観念めいた気持ちすらあった。
風の気配を感じる。
柔らかく包み込まれるような、甘い気配。
今すぐにでも掻き抱きたい気持ちをグッと抑え、アリムを見つめる。
ーーああ……。ようやく……。
『名前は?』
『……アリム=イスファールと申します。』
『……その目の色は、西の民か?』
『さようでございます。』
『こんな近くにいるなんて……。』
当然その意味がわからないアリムは『おりますが……。』と適当な返答をする。
それを無礼と捉えたのだろう。キシュワールが渋面を作った。
ーー随分と口が回る男のようだ……。
ラシードはフフッと小さく笑う。
『アリム、礼を言う。意味のあるタラーレンを仕立てられそうだ。服にも意味を込めるというのは……興味深い。』
『光栄でございます。店主の日頃の教えのおかげでございます。』
『そうか。店主にも礼を言おう。』
再び視線を向けられた店主は、びくりと肩を震わせる。
『こ、光栄でございます!』
ラシードは軽く頷くと、今度はキシュワールを手招きする。
腰を曲げた彼に対して、小さく耳打ちした。
『彼を妃に迎えたい。』
従者は、ギョッと目を丸くする。
そして、慌てたようにアリムを見遣った。
驚愕と戸惑い、そして嫌悪感。
キシュワールの反応は当然だろう。
アリムが戸惑ったように、顔を曇らせた。
ラシードはキツくキシュワールを睨みつける。
『……当然異論はないな。明日、彼の素性を確認するように。』
『……かしこまりました。』
キシュワールはすぐ敬礼をすると、そのまま後ろに控えた。
『……。』
震える手をギュッと握りしめ、膝を抑え込む。
そうでもしないと、すぐにでも彼を抱きしめてしまいそうだった。
陽の光すら受けていないのに、全てが輝いて見える。
そんな輝きを腕に収めて、髪の毛に鼻を埋めてしまいたい。
ーーはは……。
そんな自分の思いに、呆れるやら、驚くやら……だ。
ラシードはフッとアリムを蕩けるように見つめる、誰もが知っている事を口走っていた。
『……俺は、ラシード。ラシード=アレン=アレジャブルだ。』
城に戻ってから、ラシードはキシュワールに問いかけた。
『キース、俺は心を読まれたんだろうか?』
唐突な質問に、キシュワールは一瞬言葉に詰まったようだった。
しかし優秀な親衛隊長は、すぐに何の事を言ったのか察したらしい。
『商人らしい男だったかと。』
察しの良さを褒めているのかと思ったが、何故か口元が嘲るように歪んでいた。
寡黙なようでいて、感情の起伏が激しく、隠し切る事ができない。
幼い頃からの友の様子に、ラシードは頬杖をついた。
『どういう意味だ?』
『失礼ながら、私はあの布を使う事に反対いたします。売れ残りを体良く押し付けられたのでございましょう。』
『そうか……。』
ラシードはコツコツと自分の頬を叩きながら、キシュワールの憮然とした表情を眺める。
『ならお前は、どの布ならいいと思ったんだ?』
『……。』
今度こそ答えに窮したキシュワールは、口をつぐむ。
『お前も俺に、道化師のような派手な格好をしろというのか?』
『……。』
『見目の話ならば、妃達に華を任せれば良い。あの布は……俺の即位を祝うために誂えた布だと聞いた。それ以上のものがあるか?』
たくさんの人々から10年の治世を祝う言葉を言われていた。
当然民からの祝いは、格段に嬉しいものだ。城下は賑わい、行き交う民の活気付いた様子は、たまらなく誇らしい。
アレジャブルの王は、多かれ少なかれ、星の意向に治世を左右される。
星の意志から外れないよう、星の機嫌を損ねないよう、必死に天文台で空を見上げ、事象を読み解く。
だがラシードはその選択を、常に疑っていた。
星の意志は、本当に間違っていないのか。
御即位10年、誠におめでとう存じます。ーー
輝く湖面の鮮やかさが、パッと脳裏を過ぎった。
煩わしい横槍を入れたキシュワールを、大袈裟なおべっかであしらった彼は、確かに商人らしかった。
呆気に取られつつ、内心で膝を打った程だ。
だが、あの祝辞を述べた時の彼の瞳は、強烈な程に輝いていた。
この国の民が、王の在位を喜んでいると、アリムは商品と言葉で、心から伝えてくれたのだ。
それは儀式として盛大に執り行われる宴や、外国の使者が持ってくる献上品などより、王が欲していたものだった。
『こちらは、南東の島国から輸入した、貴重な金糸をふんだんに使用しております。そしてこちらは……。』
店主は大量の冷や汗をかいていた。
目の前に座る王が、無表情で黙りこくっているせいだろう。
並べているのは、店の中では最高級の布地で、鮮やかな色合いに、国鳥や国花の縁起物が金糸で刺繍されていた。
目に痛いくらいの華やかさだった。
ーー俺は道化師なのだろうか……。
すでに何店舗かの店を回って来た。
しかしどこにいっても、キラキラした眩しい布しか出されない。
ーーわからない……。これが王に相応しい装いなのだろうか……。
普段は司祭服の様な地味な色を身につけているので、たまにはいいのかもしれないが……。
だんだんと訳がわからなくなり、頰を人差し指で叩く。
ラシードはチラリと隣に立つ青年に目をやった。
先程から顔を俯けているから、相貌はわからない。だが艶やかな黒髪と、ミルクの様に白い肌に、何となく気が向いてしまう。
青年の目はテーブルの上の見事な刺繍の布に向いている。
ーーあぁ、なるほど。これを褒めればいいのか。
『……刺繍は縁起が良いな……。』
ようやく絞り出した褒め言葉に、店主は目に見えてホッとした。
ラシードは後ろに控えていた、キシュワールを手招きする。
『何がいいのかわからん。他の所も見たい。』
キシュワールは頷いた。
その隙に、なぜか青年が顎に手を当てながら、ふらりと店の奥へと引っ込んでいく。
店主はそれを見て、『アリム……。』と非難がましく呼びかけた。
ーー何だ?
『あとはフローラ衣装店しかありませんが。』
『フローラ?マコガレン侯爵の店か?』
第二妃の兄の店だ。
『……仕方ないな、行ってみよう。』
緩く息を吐いて、手を振った。
すっとキシュワールが前に出る。
『必要なものがあれば、追って……。』
『お話を遮り、大変申し訳ございません。もしよろしければ、こちらもご覧ください。』
一巻きの反物を抱えた青年が、慌てて駆け寄ってくる。
話を遮られたキシュワールは、明らかな渋面を作った。
『なんだ?』
ラシードは眼を丸くして、青年を見上げる。
『店の一級品でございます。先の品も、当店自慢の一品でございますが、せっかくお越し頂いたのです。色々とご覧いただきたく、裏に控えさせておりました。』
ペラペラと口上を並べながら、流れる様に更紗を撤去していく。
丁寧ながらも澱みない後片付けに、ラシードは更に眼を丸くした。
『そ、そうか。』
ラシードはパッと手を振り、従者を下がらせる。
『店自慢の職人が、丹精込めて染め上げ、心を込めて織りました。』
ラシードは自慢げにそう言うと、パッと反物を広げた。
それを見た店主は顔を真っ青にする。
『アリム……!』
店の奥に眠っていたのだろうか。
随分と古臭いデザインだった。
蔦の地模様は、昔に大臣や貴族がこぞって身につけていた物だ。
色味だけはラシードの瞳の色と同じ、鮮やかな緑。しかしそれだって特別珍しいものではない。
キシュワールがあからさまに眉を顰める。
『バーリ、こちらは10年前に流行ったデザインです。』
『……そうだな。』
ラシードはキシュワールの言葉に、曖昧に頷く。
だが、ラシードはその反物を見て、目を輝かせた。
ーーこの模様、よく知っているぞ……。
『流石王宮のお方は博識でいらっしゃる。そうです!10年前です!』
アリムーーと呼ばれた青年は、手を打って、にこりと笑う。
『陛下の戴冠式の年に、大流行しておりました。』
パチっとアリムの目があった。
その瞬間、ラシードは息をするのを忘れてしまった。
美しいアルリーシャの青年だった。
長いまつ毛に縁取られた瞳。
湖底に隠された、ラピスラズリのような煌めき。
キラキラと光を讃える瞳から、目を離すことができなかった。
『覚えておいでですか?』
アリムが恭しく微笑む。
『地模様は唐草。新しい王の御代が、末広く栄えますようにと祈りを込めております。私は当時、まだ王都にはおりませんでしたが、これを織った職人が、誇らしげに祈りを込めて丹精に織り上げた事を自慢しておりました。だから、流行遅れの在庫になっても、処分する事ができず、丁寧に保管しているのだと。』
職人の手入れが行き届いているのだろうか。
10年経ったはずの今でも、傷みはない。
寧ろ染料がよく馴染み、深く滑らかな色味となっていた。
アリムは満足そうに布を一撫でし、誇らしげにラシードを見上げた。
ラシードはその愛おしげな仕草に、どきりとする。
『そうか……。』
『当時の思いと、期待が込められた、このハージーをご覧いただきたく、無礼を承知でお持ちいたしました。』
『ああ……。』
じわりと目の奥が熱くなった。
慌てて緩く首を振り、目頭を押さえる。
ラシード以外の全員が息を飲んだ。
『すまない。』
ラシードは片手を上げ、ハハッと小さな笑い声を上げる。
『嬉しいものだな。いや、本当に……。』
『御即位10年、誠におめでとう存じます。』
『ああ、ありがとう。』
ラシードは顔を上げ、潤んだ瞳をフッと緩ませた。
真っ直ぐに見つめてくれる、この瞳の美しさに、またしてもじわりと涙が滲みそうになる。
ラシードは誤魔化すように、布地を撫でた。
『華美なものより、こういうものが欲しかった。だが、少し地味では無いか?』
『ご希望がございましたら、錦糸で刺繍を入れる事も可能です。……唐草に絡め取られる国鳥というのも、些か縁起が悪い気も致しますので、この場合なら、国花の方がよろしいかと。』
『そうだな。』
ラシードは満足して頷くと、アリムを手招きした。
『少し話がしたい。近くに来てくれないか。』
気後れしたのだろう。アリムは困ったように店主を見遣る。
店主は慌ててアリムの背中を押した。
『はい……。』
空いている席を示せば、アリムはおずおずと腰を下ろす。
ラシードはアリムの頭からつま先まで、ジッと見つめた。
一つも見逃さないと、強迫観念めいた気持ちすらあった。
風の気配を感じる。
柔らかく包み込まれるような、甘い気配。
今すぐにでも掻き抱きたい気持ちをグッと抑え、アリムを見つめる。
ーーああ……。ようやく……。
『名前は?』
『……アリム=イスファールと申します。』
『……その目の色は、西の民か?』
『さようでございます。』
『こんな近くにいるなんて……。』
当然その意味がわからないアリムは『おりますが……。』と適当な返答をする。
それを無礼と捉えたのだろう。キシュワールが渋面を作った。
ーー随分と口が回る男のようだ……。
ラシードはフフッと小さく笑う。
『アリム、礼を言う。意味のあるタラーレンを仕立てられそうだ。服にも意味を込めるというのは……興味深い。』
『光栄でございます。店主の日頃の教えのおかげでございます。』
『そうか。店主にも礼を言おう。』
再び視線を向けられた店主は、びくりと肩を震わせる。
『こ、光栄でございます!』
ラシードは軽く頷くと、今度はキシュワールを手招きする。
腰を曲げた彼に対して、小さく耳打ちした。
『彼を妃に迎えたい。』
従者は、ギョッと目を丸くする。
そして、慌てたようにアリムを見遣った。
驚愕と戸惑い、そして嫌悪感。
キシュワールの反応は当然だろう。
アリムが戸惑ったように、顔を曇らせた。
ラシードはキツくキシュワールを睨みつける。
『……当然異論はないな。明日、彼の素性を確認するように。』
『……かしこまりました。』
キシュワールはすぐ敬礼をすると、そのまま後ろに控えた。
『……。』
震える手をギュッと握りしめ、膝を抑え込む。
そうでもしないと、すぐにでも彼を抱きしめてしまいそうだった。
陽の光すら受けていないのに、全てが輝いて見える。
そんな輝きを腕に収めて、髪の毛に鼻を埋めてしまいたい。
ーーはは……。
そんな自分の思いに、呆れるやら、驚くやら……だ。
ラシードはフッとアリムを蕩けるように見つめる、誰もが知っている事を口走っていた。
『……俺は、ラシード。ラシード=アレン=アレジャブルだ。』
城に戻ってから、ラシードはキシュワールに問いかけた。
『キース、俺は心を読まれたんだろうか?』
唐突な質問に、キシュワールは一瞬言葉に詰まったようだった。
しかし優秀な親衛隊長は、すぐに何の事を言ったのか察したらしい。
『商人らしい男だったかと。』
察しの良さを褒めているのかと思ったが、何故か口元が嘲るように歪んでいた。
寡黙なようでいて、感情の起伏が激しく、隠し切る事ができない。
幼い頃からの友の様子に、ラシードは頬杖をついた。
『どういう意味だ?』
『失礼ながら、私はあの布を使う事に反対いたします。売れ残りを体良く押し付けられたのでございましょう。』
『そうか……。』
ラシードはコツコツと自分の頬を叩きながら、キシュワールの憮然とした表情を眺める。
『ならお前は、どの布ならいいと思ったんだ?』
『……。』
今度こそ答えに窮したキシュワールは、口をつぐむ。
『お前も俺に、道化師のような派手な格好をしろというのか?』
『……。』
『見目の話ならば、妃達に華を任せれば良い。あの布は……俺の即位を祝うために誂えた布だと聞いた。それ以上のものがあるか?』
たくさんの人々から10年の治世を祝う言葉を言われていた。
当然民からの祝いは、格段に嬉しいものだ。城下は賑わい、行き交う民の活気付いた様子は、たまらなく誇らしい。
アレジャブルの王は、多かれ少なかれ、星の意向に治世を左右される。
星の意志から外れないよう、星の機嫌を損ねないよう、必死に天文台で空を見上げ、事象を読み解く。
だがラシードはその選択を、常に疑っていた。
星の意志は、本当に間違っていないのか。
御即位10年、誠におめでとう存じます。ーー
輝く湖面の鮮やかさが、パッと脳裏を過ぎった。
煩わしい横槍を入れたキシュワールを、大袈裟なおべっかであしらった彼は、確かに商人らしかった。
呆気に取られつつ、内心で膝を打った程だ。
だが、あの祝辞を述べた時の彼の瞳は、強烈な程に輝いていた。
この国の民が、王の在位を喜んでいると、アリムは商品と言葉で、心から伝えてくれたのだ。
それは儀式として盛大に執り行われる宴や、外国の使者が持ってくる献上品などより、王が欲していたものだった。
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