星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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17章 雷神怒る

 アリムはそこで、この話の結末を思い出す。

 これは故郷にいた頃。

 叔父が寝物語に聴かせてくれた話だ。
 アリムは叔父の話をなぞりながら、小さな声でラシードの紡ぐ言葉にそれを重ねる。

『大地はまた、全てを失う。荒野は凍てつき、創りし者の許しを得られない。凍てつく大地の奥底に、3つの霊が隠した黄金に気付くまでは。黄金は眩い光を放ち創りし者の閉じた目を開かせる。創りし者は、氷で覆われた大地を嘆き、その地に許しをもたらした。風が吹き、水が流れ、温む大地に新たな命が育まれる。』
「エレ・アレジャブル。ルーリン・エレ・ナグ。」
「エーイレン・アルリーシャ。アリルスタン・エーイレン・ネイク。」

 最後は祝福の結語。
 ラシードはアレジャブル国の古語で。
 アリムはアルリーシャの固有の言葉で。

 その瞬間。

 ラシードの足元が、太陽が爆ぜるかの様に輝いた。
 それと同時に、頭上で2つの星が叫びを上げ、激しい風が吹き荒れる。

「っ!?」

 ラシードが、咄嗟に腕で頭を庇う。
 アリムも部屋ごと吹き飛びそうな突風に、体を丸くした。

「アリム!!」

 ラシードが激しくアリムを呼んだ。
 アリムは腕で目を庇いながら、ようやく瞼を押し上げる。

 その時、ハッとする。
 ラシードの向こう側。

 長髪の男が、こちらを黙って見つめていた。

 あの時、東屋で、アリムを見つめていた影。
 ただただ静かに、長い髪をそよがせながら、アリムを見つめている。

「アリルスタン……。」

 またしても影の相貌はわからない。
 ただ、どうしてか微笑んでいる様に見えた。

『エーイレン・ネイク。アルリーシャ。』

 性別の判別もつかない。そもそも耳に届くような声でもない。
 ただただ、頭に響く様な。
 音とは違う声だった。

「アリム!!」
「は、はい!おります!」

 激しい声にラシードを見遣る。
 すると、向こうの影は、すうっと消え去った。
 ラシードはしっかりとしたアリムの声に、ホッとしたように胸を撫で下ろした。
 そして腕を頭上高く掲げると、何かを振り払うかのように、横に薙ぐ。
 光が流れる様に消え去り、途端に日常の視界へと戻った。

 部屋の有様は酷いものだった。
 天窓はなくなり、床は焼けこげ、部屋にあるものは、全てめちゃくちゃに倒れている。

 ラシードは髪を乱しながら、慌てた様子でアリムに駆け寄った。
 ガランッと、王冠が床に転がり落ちる。

「大丈夫か!」
「大丈夫ですか!」

 ーー怪我……怪我は!?

 アリムはラシードの体を確認する。
 顔も服も、どこも傷ついている様子はない。
 アリムはほっと胸を撫で下ろした。

「おい、あまりくっつくな。ガラスの破片が付いている。」

「なら、服を脱いでください!お怪我はありませんか!?あぁっ!こんな所に大きな破片が!」

 ラシードが慌てた様に足踏みをする。アリムはそんなラシードの服を脱がせようと躍起になった。
 ラシードは観念したのか、シャツのボタンを外しはじめる。

「俺は何ともないんだ。バーリミトラウスを被っていたからな。あれを被っている限り、星の悪意から守られる。」
「だからって、ガラスから守ってもらえる訳ではないでしょう?」
「……そうだが……。」

 アリムは注意深くラシードからシャツを受け取る。
 そしてガラスが付着している面を内側にして、くるくると丸め込んだ。
 ラシードは捲し立てるアリムを、何とも言えない表情で見つめる。だがすぐに安心した様に目尻を下げた。

「……お前も何ともないようだな。」
「はい。」
「よかった……。」

 ラシードの温かな腕が、アリムの体を包み込む。
 アリムはホッとして、ラシードの首筋に頬を埋めた。
 僅かに強く早い鼓動と、強い汗の匂い。
 平静を装っているが、ラシードも相当焦っていたのだろう。

「星神がお怒りになったのでしょうか。」
「どうせ、夫婦仲が良い事を妬いたのだろう。正妻ぶるとは、腹の立つ輩だ。」

 ラシードは天井を睨みつける。
 つられて上を見上げると、先ほどまでギラギラと輝いていた緑の星が、今は見えなくなっていた。
 どこに行ったのだろうか、と訝しむ。
 まさか、先ほどの儀式で、消滅したというのだろうか。
 するとラシードは、軽く肩をすくめた。

「叱られて大人しくなっただけだ。調伏するとしばらくは大人しくなる。」
「はぁ……。」
「ところで……。」

 ラシードがアリムの髪の毛を撫でながら、声を顰める。

「お前、何故あの口上を知っていた?」
「……口上ですか?」
「大地は全てを失う。」

 ラシードが触りの部分を、囁く様に唱える。
 ラシードの言おうとしている事を理解したアリムは、それでも意味がわからず首を傾げる。

「むかし、叔父から聞いた物語です。」
「叔父上から?」
「はい。幼い頃に寝物語に聞かされておりました。」

 ラシードが訝しげに眉を顰めた。

「……叔父上がこれを?」
「……。」

 何かまずいことを言ったのだろうか、とアリムは怯む。
 その証拠に、ラシードはジッとアリムを見定める様に見つめていた。

「……。」

 しかし彼は、意外なことに、すぐにその探る様な目つきをやめた。

「冒頭から誦じられるのか?」
「はい。」

 アリムはホッとしながら、先程の炎のくだりを、スラスラと答えた。
 その澱みない口上に、ラシードは押し黙る。

「何か、まずいことでも……。」
「最後のあれはなんだ?何か結語を言っていたようだが。」

 僅かに険しい口調だった。
 アリムはギクリとする。

「……あれは、アルリーシャの古語です。エーイレンが祝福を願う、アリルスタンは風の精霊、ネイクは安寧を意味します。アルリーシャに祝福を。風の民に安寧と祝福を願う……というような意味です。」

 ラシードの瞳が大きく見開かれた。

「……俺の口上もそうだ。アレジャブルに祝福あれ。雷の民に安寧と祝福を。お前が誦じた口上は、寝物語などではない。星神を調伏させる、王家の秘術だ。」

 つまり、王族以外は知ることのない話だという事だ。
 そんなはずはない。
 アリムは嫌な予感を覚えながら、慎重に口を開く。

「……この話は、僕の一族が、口伝で子孫に伝えているものです。」
「なんだと?」

 今度こそ、ラシードの口調が激しく跳ねた。
 おのれの失言を悟り、アリムは口を噤む。
 アルリーシャはかつてこの地に流れ着いた、騎馬民族だ。記録を遡ってみても、アレジャブルの民とは交わることはなかったはずだ。
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