64 / 232
17章 雷神怒る
②
アリムはそこで、この話の結末を思い出す。
これは故郷にいた頃。
叔父が寝物語に聴かせてくれた話だ。
アリムは叔父の話をなぞりながら、小さな声でラシードの紡ぐ言葉にそれを重ねる。
『大地はまた、全てを失う。荒野は凍てつき、創りし者の許しを得られない。凍てつく大地の奥底に、3つの霊が隠した黄金に気付くまでは。黄金は眩い光を放ち創りし者の閉じた目を開かせる。創りし者は、氷で覆われた大地を嘆き、その地に許しをもたらした。風が吹き、水が流れ、温む大地に新たな命が育まれる。』
「エレ・アレジャブル。ルーリン・エレ・ナグ。」
「エーイレン・アルリーシャ。アリルスタン・エーイレン・ネイク。」
最後は祝福の結語。
ラシードはアレジャブル国の古語で。
アリムはアルリーシャの固有の言葉で。
その瞬間。
ラシードの足元が、太陽が爆ぜるかの様に輝いた。
それと同時に、頭上で2つの星が叫びを上げ、激しい風が吹き荒れる。
「っ!?」
ラシードが、咄嗟に腕で頭を庇う。
アリムも部屋ごと吹き飛びそうな突風に、体を丸くした。
「アリム!!」
ラシードが激しくアリムを呼んだ。
アリムは腕で目を庇いながら、ようやく瞼を押し上げる。
その時、ハッとする。
ラシードの向こう側。
長髪の男が、こちらを黙って見つめていた。
あの時、東屋で、アリムを見つめていた影。
ただただ静かに、長い髪をそよがせながら、アリムを見つめている。
「アリルスタン……。」
またしても影の相貌はわからない。
ただ、どうしてか微笑んでいる様に見えた。
『エーイレン・ネイク。アルリーシャ。』
性別の判別もつかない。そもそも耳に届くような声でもない。
ただただ、頭に響く様な。
音とは違う声だった。
「アリム!!」
「は、はい!おります!」
激しい声にラシードを見遣る。
すると、向こうの影は、すうっと消え去った。
ラシードはしっかりとしたアリムの声に、ホッとしたように胸を撫で下ろした。
そして腕を頭上高く掲げると、何かを振り払うかのように、横に薙ぐ。
光が流れる様に消え去り、途端に日常の視界へと戻った。
部屋の有様は酷いものだった。
天窓はなくなり、床は焼けこげ、部屋にあるものは、全てめちゃくちゃに倒れている。
ラシードは髪を乱しながら、慌てた様子でアリムに駆け寄った。
ガランッと、王冠が床に転がり落ちる。
「大丈夫か!」
「大丈夫ですか!」
ーー怪我……怪我は!?
アリムはラシードの体を確認する。
顔も服も、どこも傷ついている様子はない。
アリムはほっと胸を撫で下ろした。
「おい、あまりくっつくな。ガラスの破片が付いている。」
「なら、服を脱いでください!お怪我はありませんか!?あぁっ!こんな所に大きな破片が!」
ラシードが慌てた様に足踏みをする。アリムはそんなラシードの服を脱がせようと躍起になった。
ラシードは観念したのか、シャツのボタンを外しはじめる。
「俺は何ともないんだ。バーリミトラウスを被っていたからな。あれを被っている限り、星の悪意から守られる。」
「だからって、ガラスから守ってもらえる訳ではないでしょう?」
「……そうだが……。」
アリムは注意深くラシードからシャツを受け取る。
そしてガラスが付着している面を内側にして、くるくると丸め込んだ。
ラシードは捲し立てるアリムを、何とも言えない表情で見つめる。だがすぐに安心した様に目尻を下げた。
「……お前も何ともないようだな。」
「はい。」
「よかった……。」
ラシードの温かな腕が、アリムの体を包み込む。
アリムはホッとして、ラシードの首筋に頬を埋めた。
僅かに強く早い鼓動と、強い汗の匂い。
平静を装っているが、ラシードも相当焦っていたのだろう。
「星神がお怒りになったのでしょうか。」
「どうせ、夫婦仲が良い事を妬いたのだろう。正妻ぶるとは、腹の立つ輩だ。」
ラシードは天井を睨みつける。
つられて上を見上げると、先ほどまでギラギラと輝いていた緑の星が、今は見えなくなっていた。
どこに行ったのだろうか、と訝しむ。
まさか、先ほどの儀式で、消滅したというのだろうか。
するとラシードは、軽く肩をすくめた。
「叱られて大人しくなっただけだ。調伏するとしばらくは大人しくなる。」
「はぁ……。」
「ところで……。」
ラシードがアリムの髪の毛を撫でながら、声を顰める。
「お前、何故あの口上を知っていた?」
「……口上ですか?」
「大地は全てを失う。」
ラシードが触りの部分を、囁く様に唱える。
ラシードの言おうとしている事を理解したアリムは、それでも意味がわからず首を傾げる。
「むかし、叔父から聞いた物語です。」
「叔父上から?」
「はい。幼い頃に寝物語に聞かされておりました。」
ラシードが訝しげに眉を顰めた。
「……叔父上がこれを?」
「……。」
何かまずいことを言ったのだろうか、とアリムは怯む。
その証拠に、ラシードはジッとアリムを見定める様に見つめていた。
「……。」
しかし彼は、意外なことに、すぐにその探る様な目つきをやめた。
「冒頭から誦じられるのか?」
「はい。」
アリムはホッとしながら、先程の炎のくだりを、スラスラと答えた。
その澱みない口上に、ラシードは押し黙る。
「何か、まずいことでも……。」
「最後のあれはなんだ?何か結語を言っていたようだが。」
僅かに険しい口調だった。
アリムはギクリとする。
「……あれは、アルリーシャの古語です。エーイレンが祝福を願う、アリルスタンは風の精霊、ネイクは安寧を意味します。アルリーシャに祝福を。風の民に安寧と祝福を願う……というような意味です。」
ラシードの瞳が大きく見開かれた。
「……俺の口上もそうだ。アレジャブルに祝福あれ。雷の民に安寧と祝福を。お前が誦じた口上は、寝物語などではない。星神を調伏させる、王家の秘術だ。」
つまり、王族以外は知ることのない話だという事だ。
そんなはずはない。
アリムは嫌な予感を覚えながら、慎重に口を開く。
「……この話は、僕の一族が、口伝で子孫に伝えているものです。」
「なんだと?」
今度こそ、ラシードの口調が激しく跳ねた。
おのれの失言を悟り、アリムは口を噤む。
アルリーシャはかつてこの地に流れ着いた、騎馬民族だ。記録を遡ってみても、アレジャブルの民とは交わることはなかったはずだ。
これは故郷にいた頃。
叔父が寝物語に聴かせてくれた話だ。
アリムは叔父の話をなぞりながら、小さな声でラシードの紡ぐ言葉にそれを重ねる。
『大地はまた、全てを失う。荒野は凍てつき、創りし者の許しを得られない。凍てつく大地の奥底に、3つの霊が隠した黄金に気付くまでは。黄金は眩い光を放ち創りし者の閉じた目を開かせる。創りし者は、氷で覆われた大地を嘆き、その地に許しをもたらした。風が吹き、水が流れ、温む大地に新たな命が育まれる。』
「エレ・アレジャブル。ルーリン・エレ・ナグ。」
「エーイレン・アルリーシャ。アリルスタン・エーイレン・ネイク。」
最後は祝福の結語。
ラシードはアレジャブル国の古語で。
アリムはアルリーシャの固有の言葉で。
その瞬間。
ラシードの足元が、太陽が爆ぜるかの様に輝いた。
それと同時に、頭上で2つの星が叫びを上げ、激しい風が吹き荒れる。
「っ!?」
ラシードが、咄嗟に腕で頭を庇う。
アリムも部屋ごと吹き飛びそうな突風に、体を丸くした。
「アリム!!」
ラシードが激しくアリムを呼んだ。
アリムは腕で目を庇いながら、ようやく瞼を押し上げる。
その時、ハッとする。
ラシードの向こう側。
長髪の男が、こちらを黙って見つめていた。
あの時、東屋で、アリムを見つめていた影。
ただただ静かに、長い髪をそよがせながら、アリムを見つめている。
「アリルスタン……。」
またしても影の相貌はわからない。
ただ、どうしてか微笑んでいる様に見えた。
『エーイレン・ネイク。アルリーシャ。』
性別の判別もつかない。そもそも耳に届くような声でもない。
ただただ、頭に響く様な。
音とは違う声だった。
「アリム!!」
「は、はい!おります!」
激しい声にラシードを見遣る。
すると、向こうの影は、すうっと消え去った。
ラシードはしっかりとしたアリムの声に、ホッとしたように胸を撫で下ろした。
そして腕を頭上高く掲げると、何かを振り払うかのように、横に薙ぐ。
光が流れる様に消え去り、途端に日常の視界へと戻った。
部屋の有様は酷いものだった。
天窓はなくなり、床は焼けこげ、部屋にあるものは、全てめちゃくちゃに倒れている。
ラシードは髪を乱しながら、慌てた様子でアリムに駆け寄った。
ガランッと、王冠が床に転がり落ちる。
「大丈夫か!」
「大丈夫ですか!」
ーー怪我……怪我は!?
アリムはラシードの体を確認する。
顔も服も、どこも傷ついている様子はない。
アリムはほっと胸を撫で下ろした。
「おい、あまりくっつくな。ガラスの破片が付いている。」
「なら、服を脱いでください!お怪我はありませんか!?あぁっ!こんな所に大きな破片が!」
ラシードが慌てた様に足踏みをする。アリムはそんなラシードの服を脱がせようと躍起になった。
ラシードは観念したのか、シャツのボタンを外しはじめる。
「俺は何ともないんだ。バーリミトラウスを被っていたからな。あれを被っている限り、星の悪意から守られる。」
「だからって、ガラスから守ってもらえる訳ではないでしょう?」
「……そうだが……。」
アリムは注意深くラシードからシャツを受け取る。
そしてガラスが付着している面を内側にして、くるくると丸め込んだ。
ラシードは捲し立てるアリムを、何とも言えない表情で見つめる。だがすぐに安心した様に目尻を下げた。
「……お前も何ともないようだな。」
「はい。」
「よかった……。」
ラシードの温かな腕が、アリムの体を包み込む。
アリムはホッとして、ラシードの首筋に頬を埋めた。
僅かに強く早い鼓動と、強い汗の匂い。
平静を装っているが、ラシードも相当焦っていたのだろう。
「星神がお怒りになったのでしょうか。」
「どうせ、夫婦仲が良い事を妬いたのだろう。正妻ぶるとは、腹の立つ輩だ。」
ラシードは天井を睨みつける。
つられて上を見上げると、先ほどまでギラギラと輝いていた緑の星が、今は見えなくなっていた。
どこに行ったのだろうか、と訝しむ。
まさか、先ほどの儀式で、消滅したというのだろうか。
するとラシードは、軽く肩をすくめた。
「叱られて大人しくなっただけだ。調伏するとしばらくは大人しくなる。」
「はぁ……。」
「ところで……。」
ラシードがアリムの髪の毛を撫でながら、声を顰める。
「お前、何故あの口上を知っていた?」
「……口上ですか?」
「大地は全てを失う。」
ラシードが触りの部分を、囁く様に唱える。
ラシードの言おうとしている事を理解したアリムは、それでも意味がわからず首を傾げる。
「むかし、叔父から聞いた物語です。」
「叔父上から?」
「はい。幼い頃に寝物語に聞かされておりました。」
ラシードが訝しげに眉を顰めた。
「……叔父上がこれを?」
「……。」
何かまずいことを言ったのだろうか、とアリムは怯む。
その証拠に、ラシードはジッとアリムを見定める様に見つめていた。
「……。」
しかし彼は、意外なことに、すぐにその探る様な目つきをやめた。
「冒頭から誦じられるのか?」
「はい。」
アリムはホッとしながら、先程の炎のくだりを、スラスラと答えた。
その澱みない口上に、ラシードは押し黙る。
「何か、まずいことでも……。」
「最後のあれはなんだ?何か結語を言っていたようだが。」
僅かに険しい口調だった。
アリムはギクリとする。
「……あれは、アルリーシャの古語です。エーイレンが祝福を願う、アリルスタンは風の精霊、ネイクは安寧を意味します。アルリーシャに祝福を。風の民に安寧と祝福を願う……というような意味です。」
ラシードの瞳が大きく見開かれた。
「……俺の口上もそうだ。アレジャブルに祝福あれ。雷の民に安寧と祝福を。お前が誦じた口上は、寝物語などではない。星神を調伏させる、王家の秘術だ。」
つまり、王族以外は知ることのない話だという事だ。
そんなはずはない。
アリムは嫌な予感を覚えながら、慎重に口を開く。
「……この話は、僕の一族が、口伝で子孫に伝えているものです。」
「なんだと?」
今度こそ、ラシードの口調が激しく跳ねた。
おのれの失言を悟り、アリムは口を噤む。
アルリーシャはかつてこの地に流れ着いた、騎馬民族だ。記録を遡ってみても、アレジャブルの民とは交わることはなかったはずだ。
あなたにおすすめの小説
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
【完結】少年王が望むは…
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
BL
シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。
15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。
恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか?
【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム
君さえ笑ってくれれば最高
大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。
(クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け)
異世界BLです。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。