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17章 雷神怒る
③
ラシードは「それで?」と話の先を促す。
アリムは慎重に続きを話した。
「……アルリーシャは西湖の風の精霊を信仰してきました。あの話は、アルリーシャに伝わる、大地創生神話の一つです。」
「……風の?」
ラシードはバッと空を仰ぎ、頬を強ばらせる。
「……調伏の儀は、風など吹かない。二星が反応することもない。」
アリムを見つめるラシードの顔には、驚愕と疑念がべったりと張り付いていた。
まずい事を言ったのだ、と確信する。
国の根幹を揺るがす、悪い事が起きる予感がした。
全身から血の気が引いていく。
それを証明するように、ラシードは震える唇で、アリムの名を呼んだ。
「……お前は星神の加護を……受けているのか……?」
「そ、そんな訳は……。」
「アルリーシャは、アシャン……風の星神の加護を受けているのか?」
アリムは必死に首を振る。
「アルリーシャが信仰しているのは、西湖に宿る風の精霊です。」
「思い返せば、風の星神の加護を受けたアレジャブルの王は、ここ百数年でいない。……あぁ……。」
ラシードは顔を掌で覆い、崩れ落ちる。
「アレジャブルの王は、代々星神の加護を受けてから、王位に就く。……星神の加護を受けられる者が、王となる資格を持つんだ……。」
アルリーシャが信仰しているものが、西湖に住まう風の精霊だ。
しかしアルリーシャは、アレジャブルが秘匿してきた建国神話を受け継ぎ、その一族のアリムが力を使った。
アリムはラシードの肩を掴み、懸命に首を横に振る。
「…….違います……!」
「空で爆ぜたのは、ルーリンだけではなかった。二つめの星が……。」
空で爆ぜた星は、ラシードの守護星のほかに、もう一つ。
それは青い光を放つ、強い星だった。
「バーリ……!」
「父王が早世したのも、アシャンの民を支配しようとした為か……。」
泣き笑いの様な声で、ラシードは呟く。
ーー違う……!王の資格なんて、関係ない……!
アリムは咄嗟に、彼の手をきつく握った。
顔を覆っていたラシードは、ゆっくりとアリムを見た。
ラシードの瞳は揺れていた。
疑念に満ちる引き攣った口元。
アリムは自分に原因がある、と思いながら、それでもラシードの指を絡めとる。
そして力強く手を握りしめた。
「……歴史に誤りがあるようだ。」
「あなたはアレジャブルの王です。」
「唯一ではない。」
「いいえ。」
ラシードの瞳をジッと見つめ、しっかりと頭を振る。
「あなたがその頭上に王冠を戴いた時から、間違いなくあなたはアレジャブルの唯一の王です。」
アリムはラシードの頬を、ゆっくりと指で撫でていく。
目元の膨らみをなぞり、頬骨を伝い、こめかみに指を這わせる。
汗で僅かに湿った頬は、ひんやりと冷えていた。
それを温めたくて、今度は頬を掌で包み込む。
「この治世は、ラシード。あなたの力で成り立っています。前も言ったじゃないですか。星が政治をするんじゃありません。あなたが考え、悩み、決断して、民を導いているんです。」
そっと頼りない頭を抱き寄せ、肩を貸す。
柔らかな黒髪に頬を寄せれば、汗の匂いに混じって、柔らかな麝香の香りがした。
「……征略の諍いの中で、ラシードだけは慈悲深かった。その慈悲のおかげで、俺は生きながらえています。」
今まで言えなかった言葉が、グッと胸の奥に詰まる。
アリムは過ぎた過去を思い、喉を上下させる。
燃える村。
響く怒号と悲鳴。
熱病に倒れた、敬愛する叔父。
その光景を見つめながら、幼いアリムは、民族の終焉を覚悟していた。民と共に死ぬのだと。今生き延びたとしても、弾圧の中で、ゆっくりと締め殺されていくのだと。
「あなたが王になって、俺は本当に嬉しかったんだ。」
ラシードが弾かれたように、顔を上げた。
綺麗なエメラルドの瞳だ。
どんな時でも、曇りなく煌めく、混じり気のない宝石。
その国唯一の宝に、唇を寄せる。
薄い皮膚の下、揺れるファイヤが、尊いと思う。
アリムは驚いたように目を見開いたラシードを、もう一度抱き寄せる。
「……アレジャブルの王は、俺の王は、ラシード。あなた1人です。」
アリムは慎重に続きを話した。
「……アルリーシャは西湖の風の精霊を信仰してきました。あの話は、アルリーシャに伝わる、大地創生神話の一つです。」
「……風の?」
ラシードはバッと空を仰ぎ、頬を強ばらせる。
「……調伏の儀は、風など吹かない。二星が反応することもない。」
アリムを見つめるラシードの顔には、驚愕と疑念がべったりと張り付いていた。
まずい事を言ったのだ、と確信する。
国の根幹を揺るがす、悪い事が起きる予感がした。
全身から血の気が引いていく。
それを証明するように、ラシードは震える唇で、アリムの名を呼んだ。
「……お前は星神の加護を……受けているのか……?」
「そ、そんな訳は……。」
「アルリーシャは、アシャン……風の星神の加護を受けているのか?」
アリムは必死に首を振る。
「アルリーシャが信仰しているのは、西湖に宿る風の精霊です。」
「思い返せば、風の星神の加護を受けたアレジャブルの王は、ここ百数年でいない。……あぁ……。」
ラシードは顔を掌で覆い、崩れ落ちる。
「アレジャブルの王は、代々星神の加護を受けてから、王位に就く。……星神の加護を受けられる者が、王となる資格を持つんだ……。」
アルリーシャが信仰しているものが、西湖に住まう風の精霊だ。
しかしアルリーシャは、アレジャブルが秘匿してきた建国神話を受け継ぎ、その一族のアリムが力を使った。
アリムはラシードの肩を掴み、懸命に首を横に振る。
「…….違います……!」
「空で爆ぜたのは、ルーリンだけではなかった。二つめの星が……。」
空で爆ぜた星は、ラシードの守護星のほかに、もう一つ。
それは青い光を放つ、強い星だった。
「バーリ……!」
「父王が早世したのも、アシャンの民を支配しようとした為か……。」
泣き笑いの様な声で、ラシードは呟く。
ーー違う……!王の資格なんて、関係ない……!
アリムは咄嗟に、彼の手をきつく握った。
顔を覆っていたラシードは、ゆっくりとアリムを見た。
ラシードの瞳は揺れていた。
疑念に満ちる引き攣った口元。
アリムは自分に原因がある、と思いながら、それでもラシードの指を絡めとる。
そして力強く手を握りしめた。
「……歴史に誤りがあるようだ。」
「あなたはアレジャブルの王です。」
「唯一ではない。」
「いいえ。」
ラシードの瞳をジッと見つめ、しっかりと頭を振る。
「あなたがその頭上に王冠を戴いた時から、間違いなくあなたはアレジャブルの唯一の王です。」
アリムはラシードの頬を、ゆっくりと指で撫でていく。
目元の膨らみをなぞり、頬骨を伝い、こめかみに指を這わせる。
汗で僅かに湿った頬は、ひんやりと冷えていた。
それを温めたくて、今度は頬を掌で包み込む。
「この治世は、ラシード。あなたの力で成り立っています。前も言ったじゃないですか。星が政治をするんじゃありません。あなたが考え、悩み、決断して、民を導いているんです。」
そっと頼りない頭を抱き寄せ、肩を貸す。
柔らかな黒髪に頬を寄せれば、汗の匂いに混じって、柔らかな麝香の香りがした。
「……征略の諍いの中で、ラシードだけは慈悲深かった。その慈悲のおかげで、俺は生きながらえています。」
今まで言えなかった言葉が、グッと胸の奥に詰まる。
アリムは過ぎた過去を思い、喉を上下させる。
燃える村。
響く怒号と悲鳴。
熱病に倒れた、敬愛する叔父。
その光景を見つめながら、幼いアリムは、民族の終焉を覚悟していた。民と共に死ぬのだと。今生き延びたとしても、弾圧の中で、ゆっくりと締め殺されていくのだと。
「あなたが王になって、俺は本当に嬉しかったんだ。」
ラシードが弾かれたように、顔を上げた。
綺麗なエメラルドの瞳だ。
どんな時でも、曇りなく煌めく、混じり気のない宝石。
その国唯一の宝に、唇を寄せる。
薄い皮膚の下、揺れるファイヤが、尊いと思う。
アリムは驚いたように目を見開いたラシードを、もう一度抱き寄せる。
「……アレジャブルの王は、俺の王は、ラシード。あなた1人です。」
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