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4-神様なんていなくても、この「いつも」はこれからも続いていく
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ブラウニーの最後の一口をめいっぱい味わって飲み込み、幸せな甘い余韻に浸っていると、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
「うわ、もうこんな時間か」
あーあ、まだ本の続きを読みたかったのに。
スピーカーから流れる無機質な電子音が、俺たちを現実に引き戻しにかかる。授業の終わりを告げるには長く感じるのに、不思議と休み時間の終わりを告げるのは、いつだってあっという間だ。単なる錯覚だと分かっていても、どうにも同じ時間が流れているとは思えない。
あと少しで真犯人が分かる――その手前のシーンで栞を挟む。
「午後、何だっけ。現代文?」
「現代文と日本史」
文庫本を鞄にしまいながら祐輔に訊ねると、即答で返ってきた。
ちゃんと時間割まで頭に叩き込んでるあたり、やっぱ真面目なんだよなぁ。
――これがもし「数学」や「物理」だったら、俺はテコでも動かなかった自信がある。
あの意味不明な数式の羅列や、目に見えない力を計算する時間は、俺にとって拷問でしかない。数字がゲシュタルト崩壊して、脳みそが拒絶反応を起こす。理数系の授業中は、俺にとって睡眠時間と同義だ。
だけど、現代文は違う。言葉は、好きだ。
活字の羅列から情景を思い浮かべるのも、行間に隠された感情を読み解くのも苦じゃない。
むしろ、物語の世界に浸れる時間は、俺にとって息抜きに近い。
それに、新しい言葉を知ることは、歌詞を書く時のインスピレーションにもなる。
作者の意図を考えたり、比喩を読み解いたりする時間はわりと楽しい。
数学や物理と違って、文字がちゃんと“意味を持って”迫ってくるから安心する。
実際、俺の数学のノートは解読不能な暗号みたいになってるし、テスト前には祐輔がまとめ直してくれたノートがないと、赤点と補講回避は不可能に等しい。
「渉の数学のノート、いつもぐちゃぐちゃだもんね。見てると僕のほうが頭痛くなるよ……」
祐輔がクスクス笑いながら言う。
「うるさいな! あれは――仕方ないだろ! 数式とか意味わかんないんだから!」
「わかってるよ。だから、いつも僕がまとめ直してあげてるんでしょ?」
テスト前、祐輔は普段取っているノートとは別に、要点をまとめたテスト対策用の『特製ノート』をつくって渡してくれる。『自分の復習にもなるから』と本人はいうが、内容はどれも理解しやすく、ポイントや図解も入れてあって、俺のクセを徹底的に網羅した『俺仕様』のマニュアルだ。おかげで、俺は赤点と補講を最短ル回避できている。
「なんにせよ、今日の午後は当たりだな! 現代文は評論文の読解だろ?」
俺は、全科目のなかで現代文が一番好きだ。担当の先生の授業がまた面白い。
「現代文は確実に西崎先生の授業だし。あの先生の授業は面白いから逆に寝れねーよ!」
現代文担当の西崎先生――文章の解釈が深くて、板書も綺麗で、たまに例え話が妙に文学的。
正直、あの授業は受けていて気持ちがいい。
「じゃあ、日本史は?」
祐輔がが心配そうな顔で聞いてくる。
「日本史も――まぁ、大丈夫だろ。歴史の流れとか、人物の背景とか、物語として読めば面白いし」
「そっか。なら良かった。でも――居眠りしないようにね?」
「は? 俺、現代文とか日本史で寝たことなんかないけど?」
「正しくは『現代文では』ね。渉、昼休み明けの授業、結構な確率で寝てるよ?」
「……それは、数学とか理科のときだけだろ」
立ち上がった祐輔はジトっとした顔で顔を覗いてくる。俺はバツが悪くなって視線を逸らした。
「先週の日本史――あと英語でも寝てたよね」
「あれは――たまたま眠くなる時間帯だっただけで……」
午後の授業の大半は、正直眠い。文系と言っても、英語は呪文に聞こえてくる。歌詞を考えるのに必要になるから、ある程度は起きてるようにしてはいるけど、午後に回ってくるのはキツい。
「まぁ今日の午後は起きてられるわ、現代文は勝ち確定だろ!」
「あはは。渉、現文の成績だけは学年トップクラスだもんね。理数は赤点ギリギリなのに……」
「うっせ。数字なんて生きていく上で必要ねーんだよ。俺には『言葉』があれば十分なの」
こいつは知っているのだ。俺がどれだけ言葉にこだわりを持っているか。
そして、俺が苦手なことから逃げ回るダメ人間だけど、好きなことにはとことんのめり込む性格だということも。
「……まぁでも、たしかに助かってるよ」
「どういたしまして。僕が理数系のほうが得意で良かったよ。――それじゃ、行こうか」
小さく呟くと、祐輔は嬉しそうに笑った。
……こういうところだよな。 俺がこいつに甘えすぎる理由。
祐輔が屋上の扉を開け、俺を促す。
光の溢れる屋上から、薄暗い階段へ。日常へと戻る境界線。
俺の得意もダメなところも、何気ない癖も全部知っていて、それでも面倒くさがらずに手を伸ばしてくれる。
幼馴染で、バンドの相棒。俺にとって、かけがえのない存在だ。
……だけどもし、本当に「終わり」があったら?
祐輔の隣にいるのが俺じゃなくなる? あるいは――俺が別の誰かを隣に選ぶ日が来る?
その時、祐輔は。俺は。どんな言葉をかけて離れていくんだろう。
どうしたら、お互いに傷つかずに済むんだろう。
今の俺には、まだ考えられなくて、どうしたらいいかなんて想像できない。
秋のひんやりとした風が、また金木犀の香りを運んできた。クラクラするほど甘い香りだ。
この「いつも」が明日も、来年も続きますように。神様になんて祈らなくたって、きっと叶う。
祐輔はどんな形でも俺のそばにいてくれる気がして――なんだか「終わり」が来るって予感がしない。
根拠もなくそう思ってる俺って、やっぱりバカなのかなぁ。
「うわ、もうこんな時間か」
あーあ、まだ本の続きを読みたかったのに。
スピーカーから流れる無機質な電子音が、俺たちを現実に引き戻しにかかる。授業の終わりを告げるには長く感じるのに、不思議と休み時間の終わりを告げるのは、いつだってあっという間だ。単なる錯覚だと分かっていても、どうにも同じ時間が流れているとは思えない。
あと少しで真犯人が分かる――その手前のシーンで栞を挟む。
「午後、何だっけ。現代文?」
「現代文と日本史」
文庫本を鞄にしまいながら祐輔に訊ねると、即答で返ってきた。
ちゃんと時間割まで頭に叩き込んでるあたり、やっぱ真面目なんだよなぁ。
――これがもし「数学」や「物理」だったら、俺はテコでも動かなかった自信がある。
あの意味不明な数式の羅列や、目に見えない力を計算する時間は、俺にとって拷問でしかない。数字がゲシュタルト崩壊して、脳みそが拒絶反応を起こす。理数系の授業中は、俺にとって睡眠時間と同義だ。
だけど、現代文は違う。言葉は、好きだ。
活字の羅列から情景を思い浮かべるのも、行間に隠された感情を読み解くのも苦じゃない。
むしろ、物語の世界に浸れる時間は、俺にとって息抜きに近い。
それに、新しい言葉を知ることは、歌詞を書く時のインスピレーションにもなる。
作者の意図を考えたり、比喩を読み解いたりする時間はわりと楽しい。
数学や物理と違って、文字がちゃんと“意味を持って”迫ってくるから安心する。
実際、俺の数学のノートは解読不能な暗号みたいになってるし、テスト前には祐輔がまとめ直してくれたノートがないと、赤点と補講回避は不可能に等しい。
「渉の数学のノート、いつもぐちゃぐちゃだもんね。見てると僕のほうが頭痛くなるよ……」
祐輔がクスクス笑いながら言う。
「うるさいな! あれは――仕方ないだろ! 数式とか意味わかんないんだから!」
「わかってるよ。だから、いつも僕がまとめ直してあげてるんでしょ?」
テスト前、祐輔は普段取っているノートとは別に、要点をまとめたテスト対策用の『特製ノート』をつくって渡してくれる。『自分の復習にもなるから』と本人はいうが、内容はどれも理解しやすく、ポイントや図解も入れてあって、俺のクセを徹底的に網羅した『俺仕様』のマニュアルだ。おかげで、俺は赤点と補講を最短ル回避できている。
「なんにせよ、今日の午後は当たりだな! 現代文は評論文の読解だろ?」
俺は、全科目のなかで現代文が一番好きだ。担当の先生の授業がまた面白い。
「現代文は確実に西崎先生の授業だし。あの先生の授業は面白いから逆に寝れねーよ!」
現代文担当の西崎先生――文章の解釈が深くて、板書も綺麗で、たまに例え話が妙に文学的。
正直、あの授業は受けていて気持ちがいい。
「じゃあ、日本史は?」
祐輔がが心配そうな顔で聞いてくる。
「日本史も――まぁ、大丈夫だろ。歴史の流れとか、人物の背景とか、物語として読めば面白いし」
「そっか。なら良かった。でも――居眠りしないようにね?」
「は? 俺、現代文とか日本史で寝たことなんかないけど?」
「正しくは『現代文では』ね。渉、昼休み明けの授業、結構な確率で寝てるよ?」
「……それは、数学とか理科のときだけだろ」
立ち上がった祐輔はジトっとした顔で顔を覗いてくる。俺はバツが悪くなって視線を逸らした。
「先週の日本史――あと英語でも寝てたよね」
「あれは――たまたま眠くなる時間帯だっただけで……」
午後の授業の大半は、正直眠い。文系と言っても、英語は呪文に聞こえてくる。歌詞を考えるのに必要になるから、ある程度は起きてるようにしてはいるけど、午後に回ってくるのはキツい。
「まぁ今日の午後は起きてられるわ、現代文は勝ち確定だろ!」
「あはは。渉、現文の成績だけは学年トップクラスだもんね。理数は赤点ギリギリなのに……」
「うっせ。数字なんて生きていく上で必要ねーんだよ。俺には『言葉』があれば十分なの」
こいつは知っているのだ。俺がどれだけ言葉にこだわりを持っているか。
そして、俺が苦手なことから逃げ回るダメ人間だけど、好きなことにはとことんのめり込む性格だということも。
「……まぁでも、たしかに助かってるよ」
「どういたしまして。僕が理数系のほうが得意で良かったよ。――それじゃ、行こうか」
小さく呟くと、祐輔は嬉しそうに笑った。
……こういうところだよな。 俺がこいつに甘えすぎる理由。
祐輔が屋上の扉を開け、俺を促す。
光の溢れる屋上から、薄暗い階段へ。日常へと戻る境界線。
俺の得意もダメなところも、何気ない癖も全部知っていて、それでも面倒くさがらずに手を伸ばしてくれる。
幼馴染で、バンドの相棒。俺にとって、かけがえのない存在だ。
……だけどもし、本当に「終わり」があったら?
祐輔の隣にいるのが俺じゃなくなる? あるいは――俺が別の誰かを隣に選ぶ日が来る?
その時、祐輔は。俺は。どんな言葉をかけて離れていくんだろう。
どうしたら、お互いに傷つかずに済むんだろう。
今の俺には、まだ考えられなくて、どうしたらいいかなんて想像できない。
秋のひんやりとした風が、また金木犀の香りを運んできた。クラクラするほど甘い香りだ。
この「いつも」が明日も、来年も続きますように。神様になんて祈らなくたって、きっと叶う。
祐輔はどんな形でも俺のそばにいてくれる気がして――なんだか「終わり」が来るって予感がしない。
根拠もなくそう思ってる俺って、やっぱりバカなのかなぁ。
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