きみの隣、ぼくのプレミス

みふぃあ

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3-ぼくたちのランチタイム

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膝の上に広げた文庫本の活字を夢中で追いかける。どれくらい経った頃合いだろうか。
ミステリー小説の伏線が回収され始めたあたりで、校舎のどこかでチャイムが鳴ったような気がして、顔を上げる。
不意に鉄の扉が開く重たい音がした。そのあとに続く、控えめな足音。

「お、来たか」

振り向くと、予想通りの姿があった。ランチバッグを片手に持った祐輔。
さっきまで走っていたせいか、額にほんのり汗が滲んでいる。
俺は読みかけのページに、栞を挟んで本を閉じた。

「うん、さっきぶりだね。サボり、満喫してる?」
「おかげさまで快適!」

そう返すと、祐輔は苦笑しながらも、それ以上はあまり咎めない。
この『甘さ』に甘えている自覚は、ちゃんとある。

「今日のサボりのお供は、昨日買ってたミステリー小説だっけ?」
「まぁな。さっき丁度いいところまで読んだ」
「続きはまたあとで、だね。……はい、今日のランチ」

祐輔が隣に腰を下ろす。
膝の上に置かれた弁当箱のフタを開けた瞬間、出汁巻き卵の匂いがふわりと広がった。

「おお……」
思わず小さく声が漏れた。彩りのいいおかずが、きっちり詰められている。卵焼き、唐揚げ、タコさんウィンナー。俺の好物ばかり、というのが一目でわかるラインナップだ。

「あれ? そういえば――まだチャイム鳴ったばっかじゃね?」
「うん? ああ、先生の話も終わってたし、少し早めに抜け出してきちゃった」

祐輔は悪びれもせず、さらりと涼しい顔で言ってのけた。普段は優等生らしくしているくせに、たまに平気でこういう「小さなルール違反」を犯す。俺と飯を食う時間を確保するために、わざわざリスクを冒すその健気さ。そのギャップが、昔からちょっと面白い。

「相変わらずだな」
「いい意味だと思って受け取っておくよ。――あ。ピーマンは入れてないから安心して」
「……お前、まだ覚えてんのかよ」

思わず苦笑いが漏れた。
中学の時、一度だけ弁当に入っていたピーマンを残したことがある。
あの時の祐輔の、この世の終わりのようなショックを受けた顔は今でも覚えているが……まさか、それを未だに根に持っているとは。

「当たり前だよ。中学のとき、一回だけ弁当に入れたらめちゃくちゃ残したじゃん。あんなに綺麗に残されたら、さすがに忘れないよ。」
「あれは……その、苦くてさ」
「結構ショックだったんだよ?」
「いや、あのときは中学生だったし、ほんと苦かったんだって……」

楽しそうに笑う祐輔に、俺は少しだけバツが悪くなって頭を掻いた。

「まったくもう、子どもじゃないんだから」
「いやいや、中学生は子どもだろ!」

軽口を叩き合いながら、卵焼きをひとくち。
外はふわっと、中はじゅわっと甘い。砂糖多めのこの感じは、完全に“俺仕様”だ。
何を口に運んでも俺好みの味。この「言わなくても分かってくれている」という安心感が、俺を駄目にするのだと思う。でも、やめられない。

「……うま」

祐輔が紙パックの飲み物を二つ取り出した。

「はい、渉の。いつもの」
「サンキュー」

りんごジュースのストローを刺して、一口。スッキリとした甘酸っぱい味は飲み慣れた美味しさだ。
隣を見ると、祐輔は見慣れないパッケージを手にしていた。秋っぽいイラストと「季節限定」の文字。

「そういや、それ新発売だっけ?」
「うん、季節限定だって。飲む?」

俺が興味を示したのを察したのか、祐輔がすっとパックを差し出してくる。

「はい、どうぞ」

迷うことなく、俺は身体を寄せてストローに口をつけた。濃厚な風味が口いっぱいに広がる。
さつまいもの甘さと牛乳のまろやかさが混ざって、思ったより飲みやすい。

「……あ、これ好きかも」
「さつまいもラテだって」
「へー。また買お」

子どもの頃から、回し飲みなんて日常茶飯事だ。今さらそこに意味を乗せたら、逆に気恥ずかしい。
この「境界線のなさ」こそが、俺たちが幼馴染である証明みたいで、妙に落ち着く。

***

「――そうそう。今日はブラウニー作ってみたけど、食べる?」
食後のタイミングを見計らったように、
祐輔が少しだけ得意そうな顔をして、鞄を探りはじめた。
小さな包みの中身は、鼻をくすぐる濃厚なチョコレートの香り。
朝あんなに世話焼いてくれたのに、デザートまで用意してたのか。なんというか……至れり尽くせりだ。

「マジで? 食う食う! 祐輔がつくるブラウニー超うまいんだよな!」

思わず身を乗り出す。声が少し弾んだのが、自分でも分かった。
甘いものには弱い。なかでも、祐輔のブラウニーは別格だ。

「ふふ、はい」

祐輔が、食べやすい大きさにカットした一切れをピックに刺して差し出してくれた。
遠慮なく口に放り込む。

「うっま……!」

パクりと口に含むと、しっとりとした生地とチョコの甘さがが口いっぱいに広がる。
これは脳が蕩ける美味しさ――甘くて最高だ。
思わず顔が緩む。コンビニのスイーツも美味いけど、祐輔が作る菓子はやっぱり格別だ。
俺の好みを熟知している専属シェフがいるなんて、ほんと贅沢。

「良かった」
「ん、祐輔は食べないのか?」

祐輔が、心底嬉しそうに目を細めた。
俺が美味いと言えば、祐輔は喜ぶ。祐輔が喜べば、俺も気分がいい。
単純なサイクルだけど、これが俺たちの平和なルーティンだ。

「ちゃんと僕の分もあるから大丈夫だよ。渉のはちょっと多め、甘いの好きでしょ?」
「ったく、祐輔は俺のこと甘やかしすぎだっつーの」

甘やかされている自覚はある。
でも、祐輔がそれを望んでやっているなら、拒む理由なんてない。
むしろ、俺が甘えることで祐輔が安心するなら、これこそが正しい形なんじゃないか。

「バター結構使ったから、しっとりしてるでしょ」

……ん? 待てよ。
二切れ目に手を伸ばそうとして、ふと我に返った。

「……なぁ、これ、カロリーやばくね?」
「バターたっぷりのブラウニーだからね。カロリーはあるよ」

ようやく現実に戻る。次のライブの衣装、結構タイトなやつだったのを思い出した。
思わず眉をひそめると、祐輔は涼しい顔で頷いた。

「『あるよ』じゃねーよ! 太らせる気か」

俺は慌てて手を引っ込める。ただでさえ食欲の秋だ――。油断すると、体型維持はすぐに困難になってしまう。

「次のライブ衣装、結構タイトなんだからな!……もし、今のサイズで入んなかったら、お前が責任とれよ?」

我ながら理不尽だとは思う。食べると言ったのは自分だ。そんな「究極の甘え」を込めて半分冗談、半分本気で睨みつけると、祐輔はやれやれと少しだけ困ったような顔をして――それから、小さく笑った。

「大丈夫だよ。――昨日のスタジオ練習での動き、ちゃんと見てたけどさ。渉、相当動いてたし。代謝もいいんだから、これくらいで太るわけないでしょ」

さらりと言われた言葉に、俺は言葉を詰まらせた。
 昨日の練習風景が頭に浮かぶ。照明の仮セッティングの下、モニター越しの自分たちの動き。サビで前に出て、祐輔と声を重ねるタイミング。
体育はサボるし、普段は極力動きたくない「省エネ主義」の俺だが、バンドとなれば話は別だ。マイクを握れば、スイッチが入る。
昨日の練習でも、スタジオ中を跳ね回って歌った自覚は――まぁ、一応ある。

「え。……そう?」
「うん。ちゃんと見てたから間違いないよ」

――ああ、見られてたんだな、と妙なところで実感する。そういえば、昨日の練習でも祐輔は自分のパート練習しながらも、ちょくちょく俺のほうを見てた気がした。

その言葉の響きに、妙な説得力がある。ステージの上でも、練習中でも。
俺がどこで息を継ぐか、どこでステップを踏むか――祐輔はいつだって俺のことを見ている。
そのおかげで、息を合わせるタイミングはいつだって完璧だ。
全部を把握しているこいつが言うなら、そうなんだろう。

「むしろもうちょっと食べてもいいくらい」

そう言い切ってから、祐輔は少しだけ視線を落とした。

「――それに、もし本当にきつくなっても、僕が衣装のウエスト出しとくから。安心して食べて」
「え、裁縫もセット?」

さらなる追撃に、俺は完全に毒気を抜かれた。衣装のリサイズまで引き受ける気かよ。

「今さらでしょ。衣装のボタン付け直したの、誰だと思ってるの」

そう言われてみれば、前のライブ前夜、ほつれたジャケットを黙々と直してくれていた姿を思い出す。
あのときも、結局最後まで付き合ってくれたっけ。
ここまで完璧な「保証」をつけられたら、もう俺に拒否権なんてないし、我慢する理由もない。

「……ならいっか」
俺は素直に、二切れ目のブラウニーを口に放り込んだ。
口いっぱいに広がる甘さは、背徳感というスパイスも混じって、さっきより数倍美味く感じた。
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