きみの隣、ぼくのプレミス

みふぃあ

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2-きみとアイコンタクト

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「うー、さむっ……!」

玄関から一歩、外に出た瞬間、冷たい風が頬を撫でる。

「もうすぐ十一月だからね。カーディガン、ちゃんと持ってきた?」
「あ~……。いや、それはノーコメントで」
「それ、ほぼイエスって言ってるのと同じだからね」

ピタ、と思わず動きを止める。――持ってきて、ない!制服のシャツ一枚では、この冷え込みは……正直耐えかねるが仕方ない。
ああ――今朝の布団の温かさが恋しい。

「……はい、これ」

ため息まじりの声で、祐輔が鞄からカーディガンを取り出す。
そこには、見覚えのありすぎるネイビーのカーディガンがあった。

「え、なんで祐輔が俺のカーディガン持ってんの?」
「この間、僕の部屋に忘れていったでしょ。今日寒いから、持ってきたんだよ」

言われてみれば、数日前に祐輔の部屋で脱いだまま放置して、そのまま帰った気がする。
完全に忘れてた。というか、思い出す気すらなかった。

「相変わらず準備いいなー。サンキュー!さすが祐輔、天才……!」
「渉、それはあんまり褒められてるようには聞こえない気がするんだけど……」

困ったような顔で文句を言いながらも、カーディガンを差し出してくる手つきは優しい。
カーディガンに袖を通す。あったかい。ふわっと風に乗って、甘い香りが鼻を撫でた。

そういえばこいつ、この季節になると毎年この匂いがする気がする。
金木犀みたいな――花の匂いとはちょっと違うから、柔軟剤なのかな。どこか安心する匂いだ。

「……よかった。渉が風邪ひいたら大変だから」

祐輔が笑顔で言う。並んで歩き出す。
自分で言うのもなんだけど、忘れ物しても結局こうやってフォローが入るから、危機感みたいなやつが一向に身につかないんだと思う。
――まぁ、こうやって甘やかしてもらえる今は、思う存分それを享受したって罰はあたらないよな。

いつもの通学路。いつもの距離。
近すぎず、遠すぎず――手を伸ばせば、触れられる距離。これくらいの距離が、なんとなく心地いい。
小さい頃から、ずっとこの距離で歩いてた。だから、この距離が「普通」になってる。

「そういえば、昨日買った本もう読んだの?」

心地いい沈黙を破って、祐輔が口を開いた。
今日が休みだったら、じっくり読もうと思っていたミステリー小説だ。朝、こっそりと鞄に入れてきた。今すぐにでも読みたくて、うずうずしてる。

「まだー。ちょうど今日、読もうと思ってたんだよ」
「そうなんだ。読み終わったら、また感想聞かせてね」
「おう」

何気ない会話。でも、些細なことでも俺の話を覚えててくれる。小さな子供みたいではあるけど、それがいつも嬉しい。
学校の門をくぐると、風がまた、金木犀の香りを運んできた。

***

「はぁ……だる」
思わず本音が小さく漏れた。たしか今日の体育は、マラソンだったかランニングだったか。
着替えるの面倒だなぁ。そもそも、体育の授業でやる運動量なんて誤差みたいなもんだろ。
今日は放課後、バンドのスタジオ練習がある。そっちで嫌というほど動くんだから、ここで体力消耗する意味ある?
よし、体力温存しとくか。なにより――。

「渉、今日の体育は――」
着替えるのを完全に諦めたところで、トントンと祐輔が軽く肩を叩いてきた。

「んー、昨日買った新刊読みたいんだよなぁ……。今日はパス!」
「渉。『今日の』じゃなくて『今日も』でしょ。また先生に目つけられても知らないよ?」

眉尻を下げてため息混じりに言ってくる様子は、完璧に「保護者」だ。
いやまぁ、正論なのは分かってるけどさ。だからといって、言うことを聞くかは――また別の話だ。

「えー? でもお前――そう言ってレポート手伝ってくれるんだろ?」
少し冗談めかして、わざとらしくステージ上さながらの笑顔で見上げると、祐輔は分かりやすく言葉を詰まらせた。

「……今回は、一人でちゃんと書いてね?」
「はいはい、善処しまーす」

『今回は』ってつけた時点で、もうフラグだし、あまり説得力はない。
どうせ、ギリギリになったら一緒に図書室にこもって、なんだかんだで手伝ってくれる。そういう奴だ。
ほんと甘いんだよなぁ。

「ほらほら!移動遅れるぞ~、優等生の瀬渡くん?」
「ちょっと、渉――」
「じゃ! またあとでな!」

祐輔の言葉を途中で切って、俺はジャージの上着をロッカーに突っ込んだ。
クラスメイトが進む流れに逆らって、ひらひらと軽く手を振りながら反対方向へ歩き出す。
ちらりと振り返ると、祐輔が何か言いたげに口を開きかけて、結局何も言わずに小さく息をつくのが見えた。

――後でまた、屋上で会える。そんな確信があるから、背中越しに感じる視線も悪い感じがしなかった。
保健室へ続く曲がり角をスルーして、別の階段を上がる。ここまで来たら、もう「体調不良で保健室にいた」なんて言い訳も通用しない。完全にサボり。自覚はある。あるけど、まぁ立ち止まる気はあまりない。

***

鉄製の扉を押し開けると、金属特有の高い音が鳴った。
昼近くの風は、朝とは打って変わって、気温の上がる昼間は暖かい風が吹く。こんな日の屋上は読書にちょうどいい。
グラウンドに目をやると、クラスメイトが切磋琢磨して走っている。どいつもこいつも楽しそうだ。みんな体育の授業って好きだよなぁ。まぁ俺が少数派なのか。

あまり良いとは言えない俺の視力でも、グラウンドで揺れるメープルブラウンの髪――祐輔の姿が見えた。身長の高さなのか、すらっとしたスタイルの良さなのか……集団のなかで、なぜか目立って見える気がする。

向こうからはたぶん、逆光になるだろうし、気づかないだろうけど。
――ここから手振ったら、あいつ気づくかな?
何やってんだろと思いながらも、フェンスから少しだけ身を乗り出して、片手を大きく振る。太陽の光が眼鏡に反射して眩しい。

ふわりとした髪が風に揺れる。
いつかの誕生日に俺が贈った淡いブルーのヘアピンが、陽の光を受けて僅かにきらりと光った――次の瞬間だった。

「え――いま、目が合っ……」

気のせいだろ、と自分でツッコむ前に、ほんの一瞬。それでも確かに、アクアマリンの瞳は真っすぐにこちらを捉えていた。それまで真剣だった表情が、ふっと和らいだのが不思議と伝わってくる。誰にも気づかれないくらい控えめな動きで、祐輔は小さく手を降り返した。
おいおい、嘘だろ!まじかよ、あいつ……。思わず笑いが漏れる。
いくら何でも、俺のこと見すぎだろ――。

こっちはほんの軽い悪戯心だったのに、あっちにはあっちで、まるで「俺を探してた」みたいな感じがして。
気づいてもらえたのが、なんとなく嬉しくて、ちょっと気恥ずかしい。
高校生にしては子供っぽいな、なんて考えて、思考を切り替える。
屋上で一番、陽の当たる「お気に入りの場所」。持ってきた文庫本のページを捲って、待ち望んでいた新刊の読書タイムだ。

一緒に持ってきた栞は、去年の誕生日に祐輔がくれたもの。
ステンドグラスみたいなデザインで、アクアブルーの勿忘草が金色のラインで縁取られた、俺にはもったいないくらいの洒落た代物だ。
晴れた空に栞をかざすと、金色の縁取りの向こうで、十月の青が少し濃く見える。透かした向こうに白い雲が浮かんでいて、そこだけ切り取られた小さな空みたいに見えた。

グラウンドの掛け声をBGMみたいに聞きながら、ミステリー小説のページを捲る。
さっき、祐輔と目が合ったときの感覚が、ぼんやりと頭に残っている。ステージの上でよくやる、アイコンタクトの感覚みたいだったな。
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