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二 付喪神に返した名前。
しおりを挟む付喪神に返した名前。
これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様とお友達のお話。ここには龍之介と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や動物、神様たちそして、二人の子供が気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社の、二つ目のおはなし。
たくみは、帰り道を振り返りながら早足で歩いた。なんだか誰かにつけられているみたいだ。今日はこうきは塾があるから先に帰ってしまった。後ろの方の夕映えの中からコロコロと音がする気がする。走ったら捕まりそうで、必死で走りたい気持ちと闘っていた。あの角を曲がったら家に飛び込もう。そう思って角を曲がるとお母さんが買い物から帰ってきて鍵を開けているのが見えた。
たくみは夢中で走り出すとお母さんに抱きついて
「ただいま!」
と叫んだ。
二、三日前からだ。後ろを振り返っても誰もいないのに常にコロコロ音がする。こうきに相談しようか迷うところだ。でもこのままだとなんだか怖いことが起こりそうな予感がする。
こうきは塾の帰り道、お母さんの迎えの車の中で昨日見たものについて考えていた。たくみくんの五、六歩後ろをコロコロついていく小さな影。あれは一体なんだろう?明日登校の時にたくみくんにきいてみようかな。怖がるかな?でも、ぼくよりたくみくんの方が強いし。あのコロコロ音を立てるやつ、おもちゃみたいなんだ。だけど、おもちゃがなんでたくみくんの後ろからついてくるのかな?
こうきはご飯を食べてお風呂に入っている間もずっとそのことを考え続けていた。
次の朝、こうきがたくみに追いつくと一斉に二人で話し始めた。
「あんな、なんかついてくるねん。僕の後ろから。」
「あんな、たくみくんの後ろからついてきてるねん。なんかわからんやつ。」
二人は同時に話したのに言ってることが同じで、一瞬ギョッとなってお互いの顔を見つめてしまった。
「こうき、もう一回言うて。なんて?なにがついてきてるん?」
先に口を開いたのはたくみだった。少し青ざめた顔のたくみは、思わずわまりを見回してからこうきの顔を穴があくほどじっとみて催促するように瞬きをした。
「あんな。二、三日前くらいからやと思うねんけど、たくみくんの後ろから小さなおもちゃの車みたいなのがずーっとついてきてるねん。それで、たくみくんが振り返るとフって消えて、前向くとまたついて行くねん。なんか、消しゴムくらいの車か、箱みたいな形やねん。知ってる?」
こうきはなるべく怖くないようにと思いながら説明した。
それでも怖いものは怖い。たくみは珍しく半泣きになった。
「え?うそやん。やっぱりついてきてるんや。え?今も?今もいるん?」
そういうとそっと後ろを振り返った。そういえば朝やお昼間にはあまり音は聞こえない。
「ううん。今はいいひん。夕方に見かけるねん。帰り道とかに歩いてたらコロコロ言うねん。昨日も言うてた?」
こうきは手で大きさを示しながら聞いてみた。
「うん。昨日も。めちゃ怖い。僕めちゃ怖い。なんか悪いことしたんかな。こうきどうしよう!」
たくみは朝から涙目でこうきの手を握ってきた。呪われたのだろうか?夏休みの終わりに見た怖いテレビのせいかもしれない。あれ、呪われるって言うてたもん。
するとこうきが、
「学校に着いたらどんなんがついてきてたか絵で説明するからさ。それから考えようよ。怖い怖いって言うてたらお化けと違うもんでもお化けに感じるやん。だからよく考えてみようよ。な?。」
こうきはたくみの手を握り返すと学校に向かって歩き出した。いつもとは逆で、こうきがたくみを守らなくちゃと思ったのだ。
学校に着くと、こうきは自由帳を机に出し説明を始めた。
「なんかな、消しゴムっていうてもさ、文房具屋さんにあったデカ消しゴムくらいの大きさやねん。ほら、絵を描く人のコーナーにあるでっかいやつ。それで、多分木で出来てて車輪が4つ付いてるねんな。そんで、正面に鳥みたいな顔?みたいなんが付いててほとんど木の色やねんけど、ところどころ水色と緑色してるねん。こんな感じに。」
こうきが自由帳を見せると、たくみはますますギョッとしてその絵を見つめたまま呟いた。
「これ、コロゾウや。おじいちゃんが小さい頃くれたおもちゃで、すごく好きやってん。毎日遊んでて大きなってもほかせへんでタンスのところに飾ってたねん。最近見てないかもしらん。遊んでなかったから恨まれてるんかな?どうしよう。」
たくみはもう怖くて怖くて脂汗までかいてきていた。
次の休み時間に図書室でお化けの退治の本を探したけれど見つからず、その次の休み時間は図書室の先生に聞いてみたけれど、やはりわからなかった。二人は途方に暮れてしまった。お化けの退治をしてくれそうな人なんて、思いつかなかった。
たくみは、いつもは残さず食べる給食も喉を通らなかった。まるで紙でも食べてるみたいに味がしない。呆然と椅子に座って、みんなに誘われたサッカーも断って震えていた。するとこうきが、
「なぁ、変なこと言うてるかもしらんけどな、あの人たちやったらどうにかしてくれるかもしらんで。ほら、安田神社の洞穴の中の人たち。龍之介さんと太郎さん。あれ、夢じゃなかったと思うねん。流しそうめん食べたやんか。あそこにもう一回行ってみいひん?もみじの葉っぱいっぱい持って行ったら教えてくれはるかもしれへんやん。」
たくみは、一瞬なにを言われているかわからなかった。あれから何度かあの場所に行ったけれどそこには崖が切り立っているだけで洞穴どころか虫一匹入る隙間はなかった。
それでもあそこならもしかしたら、と思わなくもなかった。
龍之介は色づき始めたもみじを眺めに洞穴の入り口まで床几を出して腰を下ろすとタバコに火をつけた。青い空にはいわし雲が広がりそろそろ落ち始めたお日様に照らされたもみじが風にそよいでいる。
今日もいい一日だった。しかしなにもないつまらない一日でもあった、といつものように煙に思いを乗せていた。すると、一陣の風が吹き、あたりが少しざわめいたかと思った次の瞬間いつか迷い込んで来た二人の子供がたくさんのもみじの葉を抱えて走りこんできた。
「あの、こんにちは。僕こうきです。こっちはたくみくん。たくみくんのことで相談に来ました。ここしか思いつかなくて。助けてください!」
こうきはたくみの背中をずいっと押して二人で頭を下げた。
「おやおや、また来てくれるとはの。わしらのことを忘れずにいてくれたとは嬉しいの。まずは中に入りなされ。後ろのお前も。ささ、中へ中へ。」
龍之介が後ろのお前と言った途端二人は飛び上がりわーっと叫ぶと一目散に中に走って入ってしまった。
龍之介は二人に栗餅と温かいお茶を出し、話を聞いていた。
「ふーむ。このものは付喪神じゃな。このおもちゃはよほど可愛がられておったのじゃな。愛されて百年も人の道具として生きるとそのものに魂が宿る。それを付喪神というのじゃよ。それ、お前を喋れるようにしてやろうの。何か言いたいことがあるようじゃよ。」
そう言うとなにやら呪文を唱えてそのおもちゃを喋れるようにしてくれた。
「龍神様、ありがとうございます。私はこのたくみくんとたくみくんのお父さんとおじいさんに大切にしていただいたおもちゃです。たくみくんは私のことをコロゾウと呼んでくれていましたが、私の本当の名前はコロゾウではありません。ところがあまりに長い間色々な名前で呼ばれたために自分の名前を忘れてしまったのです。私を作ってくれたのはたくみくんのひいおじいさんで、おじいさんに渡すときに何か名前を付けてくれたのですが、おじいさんがいつの間にか私の名前を変えてしまい、そのうちにたくさんのご親戚やお友達やお父さんや、家族が増えるたびにたくさんの名前をいただいたもので、どれが本物の名前やら全く思い出せません。このままではひいおじいさんのところへ帰ることができなくて、寂しくて寂しくて名前を探していたのです。どうか私の名前を一緒に探してください。」
「え?コロゾウって、ほんまの名前があったん?おじいちゃんももういいひんしなぁ。どうやったら名前がわかるんやろう。」
さっきまで真っ青な顔をしていたたくみは龍之介が出してくれた栗餅を食べながら驚いた顔でコロゾウを見つめてそう言った。
こうきはたくみが龍之介さんにあってからやっと落ち着いてきたことが嬉しかった。ここにきてよかったなと思い、そしてこのコロゾウの名前を一体どうやったら見つけられるのか考えていた。
「おやおや、これは難題ですな。龍之介さんどうするんです?」
土瓶にお湯を足して戻ってきた太郎が龍之介の顔を覗き込むとニヤリと笑った。
四人の湯のみにお茶を継ぎ足した龍之介はまずこの付喪神に向き直るとこう尋ねた。
「つまり、お前さんはたくみのひいおじいさんに逢いに行きたいから名前を探して欲しいのじゃな。逢いに行くということはこの世から消えるということぞ?せっかく付喪神になったというのに消えて良いのか?」
「はい。私はあのひいおじいさんがまだ青年の時に作っていただいたおもちゃでございます。大切な方に差し上げるための贈り物でした。その方と祝言を挙げ、お子ができた、それがたくみくんのおじいさんです。可愛らしい赤ちゃんでした。その後戦火さえも逃れ私はここにおります。ひいおじいさんが帰らぬ人となった時の悲しみや、この国の復興を見てまいりました。そして我が子へ、また我が子へと受け継がれ愛情を注がれたのです。これ以上望んではバチが当たります。しかし名が分からぬことには成仏もならぬと付喪神を統べる神様が仰るのです。どうかどうか、名を探してください。たくみくんが龍神様とお関わりがあるとうかがいすがる思いでここ数日ついて歩いていたのです。」
たくみはそんな話一体誰が言い出したのかと驚いたのだが、太郎もそう感じたらしい。
「ふむ。誰から聞いた?その話。わしらとてこの子達とは一度限りのつもりでおったのじゃよ。まぁ、また会いたいとは思っておったがの。」
すると、付喪神は恥ずかしそうにうつむきながら
「この先の杜のもみじの木に住まうカラスにございます。私は一度カラスにさらわれました。晴れた日にたくみくんのおかあさんが窓を開けたすきでございました。カラスは私を巣に持ち帰りはしましたが、そのままにしておりましたので、しばらくして話しかけてみたのです。そうしたらたくみくんは特別なお方で龍神様とお近づきになられたからあの方なら大丈夫だと言うと通学路に落としてくれたのです。それが三日前でございます。」
だから最近見てなかったのか。たくみはそう思ったのだが、名前を調べるなんてこんな小さなおもちゃの名前誰が覚えてるかな。お父さんは長男だからお父さんが知らなかったら誰か知っている人はいるかなぁ、とぼんやり考えていた。
こうきはこんな小さなおもちゃにわざわざ名前を付けたくらいだから、そのひいおじいさんの日記とか何かそんなものが見つかれば手がかりがあるかもしれないと思いそのことを話して見た。最初は訝しげに聞いていたたくみももしかしたらおじいちゃんの道具箱とか、昔の物が置いてある屋根裏ならあるかもしれないと言い出し、とりあえずはそこから探すことにした。
その間、付喪神のコロゾウは龍之介さんが面倒を見てくれるということになった。
二人はお礼を言うとコロゾウにさよならを言って紅く染まる夕焼けの中を家路へと消えていった。
「龍之介さんがちょっと視てやればすぐに名前がわかるでしょうに。」
コロゾウが眠りについた後、二人は杯を傾けながら話していた。
「うむ。確かにの。しかし、戯れだったとしても、物見のカラスがわしらと関わりを持つ特別な子供だというたなら本当かどうか見極めねばなるまい?どこかで噂などが出ておるのかの。物見のカラスも直接わしらの所に連れてこずわざわざたくみに託したんじゃ。なんと言うか、これが初めての彼らへの試練であるならわしは見守りたいと思っての。それでもダメならばコロゾウの記憶を遡るのもやぶさかではないが、あの子達ならできる気がしないかね?太郎さんは。」
小魚のしぐれ煮を噛みしめゆっくりと酒を含みながら龍之介は問うとはなしにそういってまた杯を満たした。
土曜日の昼、こうきはたくみの家に遊びにきていた。二人はまずはお父さんに聞いてみることにして作戦を練っていた。
こうきがこのあいだ描いた絵をお父さんに見せるとこのおもちゃの名前を聞いてみることにしたのだ。
「ああ、コロやん、コロ。懐かしいなぁ。親父が、あ、たくみからしたらおじいちゃんな。おじいちゃんがな、大切にしなあかんねんぞ。大事なおもちゃやねんからなって、いつも言うてはったわ。」「そうなん?なんでおじいちゃんはそんなに大事にしてはったん?」
「ひいおじいちゃんからひいおばあちゃんにあげはってな。それをおじいちゃんが生まれた時にもらったねんて。おじいちゃんはひいおじいちゃんの顔も知らんやんか。戦争で亡くならはったしな。それですごく大事にしてはったねん。でも、お父さんがどうしても欲しくて泣いたねんて。それで、仕方なくくれはったんや。大事にしてなかったりほったらかしにしたりしてたらよう怒られたなぁ。お前にはもうこれはやらん!返せ!って言わはってな。おじいちゃん、なんて呼んでたかなあ。カラカラやったかな?なんかそんなんやわ。」
お父さんはそう言うとこうきの絵をじっと見つめて、
「なんでそんなこと聞くんや?」
と尋ねた。たくみは本当のことは言えないので
「んー。ちょっとな。色々なものの名前について調べてんねん。」
と言うと笑って走って逃げることにして、神社に向かった。
二人はコロゾウにお父さんから聞いた名前を教えて見たが悲しそうに首を振るばかり。
龍之介が二人に黒豆茶と栗の甘煮をお皿に盛って出してくれた。炒り豆のいい香りが洞穴に広がり、そして太郎がふかしていたタバコの香りと合わさった時、コロゾウが思い出したように話し始めた。
「昔、ひいおばあさんがまだおじいさんをあやしていた時に私のことを振りながら『カラちゃんやで、泣かんといて。泣いたらあかんよ。』ってあやしておられました。でも、私はカラちゃんではないです。近い気がするのに思い出せません。」
コロゾウは一気に話すとまた悲しそうにうなだれて椅子の上に座り込んでしまった。コロゾウがため息をつくと、大きな涙も一緒にポロポロとこぼれおちる。
たくみとこうきは心の中で僕らは泣いちゃダメだ!と思うのに勝手に涙が溢れそうになり二人同時に黒豆茶を涙と一緒にゴクリと飲み下した。
日曜はたくみのお母さんに昨日お願いしていた通り2人で屋根裏部屋に上がらせてもらうことにした。屋根裏にはおじいちゃんの古い仕事道具や長持ちが置いてあるらしい。まずは仕事道具入れを開けて見た。大工道具が丁寧に並べてあり、手入れをすれば今でも使えそう。たくさんの名前もわからない道具たちもおじいちゃんがいつも手入れをして大切に使っていた愛おしさが伝わってくる。たくみは丁寧に元に戻すと、
「この道具たちもいつか付喪神になるんかな。もしそうやったら、僕この道具大切に使わなあかんな。大事にしてあげへんかったら付喪神になれへんって龍之介さん言うてはったもんな。」
と呟いた。
そのあと大きな長持ちの蓋をそーっと開け中を見てみた。中にはたくさんの本や分厚いノートが入っていて、ノートには主に色々なお寺や神社の珍しい柱や屋根の組み方について図を描いて丁寧に注釈が入っていたり誰かに聞いたのか後から赤色で足してあったりしたのがたくさん書いてあった。
たくみは、おじいちゃんは休みの日にはおばあちゃんとよく旅行に行っていたのだけれど、帰ってくるといつもおばあちゃんが
「この人は建物と結婚しはってん。いっつも建物の話ばっかり。」
と笑っていたのを思い出した。そして、何冊かの分厚い日記の書かれたノートも見つけることができた。いつから始まったのか、丁寧な字で書いてあるけれど、難しい漢字が多すぎてたくみとこうきには全く読むことができないみたいで、あとでお父さんとお母さんに聞いてみようと思い横に積んで長持ちの中をもっと見てみると、木で編まれた箱が丁寧に油紙に包まれたものが隅の方から見つかった。開けるのをためらうほど丁寧に包んであるその箱はゲーム機が入るくらいの大きさで、振ってみるとカサカサと音がする。
ノートと日記とその箱以外を元に戻すと二人はゆっくりと荷物を持って降りていった。
お母さんは慌てて荷物を新聞を一面に敷いた居間に置かせてお風呂に追い立てると
「耳の後ろまでちゃんと洗って上がってきてや。鼻の頭から耳の後ろまで真っ黒黒やで。」
と笑って、タオルと着替えを置くと脱衣所から出ていった。こうきは昨日なんで、
「明日は着替え持ってきてね」
って言われたのかここでやっと納得がいった。二人は顔を見合わせると子ダヌキのように真っ黒で、しばらくお風呂ではしゃぎまわり大事なことを忘れかけた頃、お母さんが
「おやついらんのー?食べちゃうで。」
とお風呂の外で呼んでくれた声を聞き急いで体を拭くと着替えを済ませ新聞紙だらけの居間にやってた。
たくみのお母さんはクッキーをたくさん焼いてくれていて、部屋の中が甘い香りでいっぱいになっていた。
居間のテーブルは隅に追いやられ所狭しとおじいさんの遺品が並べてある。
お父さんが、建物の図解書と日記、その他に分けてくれていた。
そして、あの油紙に包まれた箱はそのまま置いてあった。
二人はお母さんのクッキーをほうばるとお父さんと三人で日記の解読を始めた。最初の方は子供の頃のもので、戦争が終わり少ししたくらいのものだった。
「父さんが、帰ってきた。小さな箱には石ころが入っているだけだった。長い戦争が終わっても、何も残らない。僕は父さんのような立派な大工になりたい。壊すのではなく、造る仕事で世の中に尽くしたい。」
お父さんは涙を浮かべて読んでくれた。
たくみもこうきも戦争を知らない。お父さんもお母さんも知らないらしい。でも、もし自分のお父さんが帰ってこなかったら、そう思うと胸が痛くなった。
沢山の日記を読み、みんなの目と胸が想いでいっぱいで、痛くて痛くて仕方なくなった頃お母さんが、
「ねえ、気分を変えてその箱開けてみたら?」
と涙声で提案した。
油紙には所々に古く乾いた土がついていた。それをさらさらとこぼしながらそっと開くと、なかにはしっかりとした柳行李がはいっていた。
「この箱はな、柳行李言うて、柔らかい柳の枝で編んで作った箱やねん。軽くて丈夫やから昔の人はこれに大事なもんを入れたりしてはったんやろうな。戦争中にはもしかしたら焼けんように地面に埋めてはったんかもしれんな。さあ、開けるで。」
お父さんがそういうと、ゆっくり蓋を開けた。
中にはたくさんの古い手紙が大切に大切に束にしてあった。その下にはこれまた古い写真が数枚、そして硬い表紙の手帳が出てきた。
手紙にはひいおじいちゃんのものらしき文字が書かれていた。それはひいおばあちゃんに当てたラブレターや戦争に行ってからのことが書いてあった。
最初の方の手紙にはまだ戦争にひいおじいちゃんが行く前のもので、他愛もない事やお天気のこと、今日はどこの神社の棟上げだったなどが書いてあった。
それが、だんだん戦争に進んで行く様子はただ胸が詰まるほどで、お父さんもお母さんも読みたくないと言って、手紙をそっと束ね直してしまった。
そして、手帳。たくみもこうきもお父さんもお母さんも、人の過去を見ることがこんなに辛いとは思ってもみなかった。それでも、名前を調べたくてたくみはお父さんに手帳を読んでとお願いした。
「ゆりさんにこのおもちゃは気に入ってもらえるだろうか。仕事の合間に作ったこんなものが。でも、これを渡したら少しは想いが伝わるかもしれない。ゆりさん。俺はあんたが好きで仕方ないんだ。」
「ゆりさんが喜んでくれた。『からり』と名付けてくれた。」
「明日は祝言。名実ともにゆりさんは俺のものだ。」
「こんなにも幸せでいいのだろうか。世間は戦争に動き始めている。俺にも赤紙が来てしまったら。ゆりさん、俺は。」
その後の手帳にはおじいちゃんが生まれたことや他愛のない日常が垣間見られた。そして、
「赤紙が、きた。ゆりさん。どうかお元気で。倅を頼みます。約束ができないのでこれ以上は何も残さずに、行ってまいります。」
ここで手帳の記述は終わっていた。
お父さんはこれを読んだ後涙をぼろぼろ流しながら庭に出てしまった。
お母さんもしばらくは涙が止まらなくてエプロンで顔を隠したまま俯いていた。
たくみとこうきも涙が流れて仕方なくてクッキーを口いっぱいにほうばると、涙と一緒に飲み込むことしかできなかった。
夕陽が、居間の奥まで差し込んでうず高く積まれた日記やノートの影が、まるでビルのように高く低く伸びていた。
夕食の時、たくみはお母さんに
「なぁ、赤紙ってなんなの?どうしてひいおじいちゃんは帰るって約束できひんだん?」
と聞いてみた。
「赤紙って言うのはな、戦争に兵隊に来なさいって言う命令の紙なんよ。その頃はとても名誉なことと言われたけど、帰ってこれる保証もないのに誰も自分の身内が戦争に本当に行って欲しいなんて思てなかったんよ。そやけど、それを口に出していってしまうと警察に捕まるからみんな黙って、万歳して送り出してたんよ。」
月曜の下校時間、たくみとこうきは重たくなった気持ちを抱えたまま龍之介さんのところにやってきた。
龍之介さんは、まるでわかっていたかのように栗蒸し羊羹をたくさん切って大皿に盛り熱いお茶を入れて待っていてくれた。コロゾウは相変わらず静かに椅子に腰掛け二人を見ていた。太郎さんは奥の自分の椅子に座りタバコを燻らせていた。
「こんにちは。名前がわかりました。コロゾウ、名前を教えてあげるかわりに僕のお願い聞いてくれる?」
たくみはそう言うと、席に着いた。こうきも
「こんにちは。」
とだけ告げると、ため息混じりに椅子に座った。
たくみとこうきは昨日起きたことを代わる代わる話し、最初はお宝探しみたいで楽しかったこと、お風呂から上がってからクッキーを食べながらおじいさんの日記を読み始めてから、みんながすごく悲しくなったこと。そして、戦争がどんなに悲しかったかを伝えました。
「あんな。コロゾウのほんまの名前って、『からり』と違う?もし違ったらここでどん詰まりやねん。ひいおじいちゃんの手帳にはこのほかには名前なかったねん。」
たくみはコロゾウに聞いてみました。するとさっきまでぼんやりと話を聞いていたコロゾウがにわかに輝きはじめ
「そうです!なんで忘れていたんでしょう。私の名前は『からり』です。車輪が少し角ばっていたんです。それでカラカラ音がしたのでひいおじいさんが『うまくいかへんもんやなぁ。色つけたら少しは様になるかも知らんし、たのむからゆりさんに喜んでもらえるように頑張ろうな。』そうおっしゃったんです。そうそう。それでひいおばあさんがいつも大切にしてくださって、『からり』と名付けてくださって、おじいさんをあやす時には『からちゃん』って呼んでくださって。これでお二人に逢いに行けます。本当にありがとうございます。それで、お願いというのはどういったことでしょうか。」
からりはたくみの顔をじっとみて聞いてきた。
「あんな、ひいおじいちゃんに、僕らは戦争もなく元気でいますって伝えて欲しいねん。みんなほんまに元気です。って。」
たくみは涙が止まらなかった。コロゾウが逝ってしまうのも悲しかった。そして、ひいおじいさんの生きた時代も悲しかった。おじいさんが寂しい思いをしたことも。そして、みんながコロゾウを本当に大切にしていたことが心の底から嬉しかった。
「わかりました。必ずお伝えいたします。私は時間が来たようです。たくみくん、こうきくん、龍之介さん、太郎さん、本当にありがとうございました。本当にお世話になりました。」
洞穴の中がふわりとお日様の明かりに満たされたように温かな輝きに満ちはじめ、コロゾウが光の中でさらさらとこぼれるように溶けていった。
輝きの最後のひとひらが消えてしまうと、そこにはなんのかけらも跡形も残ってはおらずたくみとこうきは声を上げて泣いた。
龍之介さんと太郎さんが二人をキュッと抱きしめると背中をトントンと優しく叩いてくれていた。
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太郎はぬる燗の徳利から大きめのぐい呑に二人分の酒を注ぎ
「そうですな。あの二人はこれからもここへ来られるようにしてもいいかもしれませんな。純真な子供たちです。私たちの、そして人々のこれからになにか変化をもたらすやもしれませんな。」
雲ひとつない空には、十六夜の月がかかり、神社の境内をあかるくてらしていた。
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