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四 はなとそら。
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はなとそら。
これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様とお友達のお話。ここには龍之介という神様と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や動物、人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社の三つめの、おはなし。
「なかなか雨がやまんなぁ。」そう言うと龍之介は外を眺めながらタバコの煙をプカリと吐き出した。太郎も椅子に腰掛け空を眺めていた。
雨は先ほどよりも強くなってきて、地面が、跳ね上がった水滴で白い膜のようだ。こんな日は誰も来るまいからもう店じまいをして我らの夕食でも作るかと、二人は洞穴の奥の住まいの方に入っていった。
キノコを採りに行きたいのだがこの連日の雨ではそれもままならぬ。食材はそろそろ乏しくなってきた。明日は晴れてくれぬかなぁ。などと思いながら、龍之介は昨日道みち摘んで歩いたニラの蕾をごま油でさっと炒め塩コショウで軽く味をつけた。あとはイワナの塩焼きと大豆味噌で一杯呑むのもよかろうな。それとも川エビの佃煮と焼きナス、うむ、生麩の田楽も捨てがたい。この間のいただきものの生麩、ごま味噌で田楽にするかな。なんて考えを巡らしていると、もう暮れなずんだ庭先から声がした。
「龍之介さん、太郎さん御在宅でおられますかな。わしは裏山の古狸、秋吉と申すものです。折り入ってお願いがあり参りました。入ってもよろしいかな。」
と声がした。龍之介が、迎え入れると秋吉は蓑笠を入り口の雨のかからぬところに置くとおずおずと入って来た。
「秋吉さんようこそ。もう店を閉めて酒でも呑もうと話しておったところじゃ、まあ、お座りなされ、お茶を入れよう。」
龍之介はお茶を淹れみたらし団子をお茶菓子にして座敷に持ってきた。
秋吉はしばらくの間何も言わずお茶を飲んだり団子をつつきまわしていたのだが、大きなため息をつくとこう話し始めた。
「わしらは秋になるとこの辺り一帯の山狸達と月見の腹づつみ大会を催すんですが、今年は私等の山が会場なんです。
ところが夏の大雨で会場にするはずの広場が荒れてしまって、どうにも間に合いません。そこで安田神社の裏山の広場をお貸しいただけないかと伺った次第でございます。」
龍之介も太郎も目を輝かせると、
「いっそこの洞穴でしてはどうじゃ?ここを大きくするなど造作もないこと。月が見たければその宵だけ天窓をこしらえよう。もしも雨でもここならば濡れもせず思う存分腹づつみ大会を楽しめるではないか。ごちそうはわしが用意しよう。観客が入るならば招待状など出せばよいしの。」
龍之介がそう言うと、
「そうですよ。それにこの長雨だ。いっそ練習もここでやりなされ。わしらが全面的に応援しましょうぞ。」
と太郎までノリノリだ。
秋吉は少々面食らったがすんなり受けてもらえたのが嬉しくて、その晩は長々と三人で話し込んだ。もちろん龍之介の腕をふるった酒の肴と旨い古酒をたらふく楽しんだので朝が来たことにも気付かず思い切り朝寝坊をしたのは言うまでもない。
次の日、雨は朝からしとしとと降り続いていた。太郎は何やら八角鏡を取り出すとその光の方角を固定した。龍之介と二人でニヤリと笑いあうと光の方向にものすごい気を放ち洞穴を体育館のように広々した空間にしてしまった。それからは太郎は舞台のようなしつらえや座敷を用意し、卓を幾つもこしらえた。
龍之介はそぼ降る雨の中イワナや川海老サワガニなどを獲りに行き、大豆や味噌、野菜などを買い込んできた。
店に行ったりするとき、二人はちょっと風変わりな男に化けて行く。乗り物には乗れないのでリヤカーを引くと、米やそば粉、餅粉、豆や野菜、たまには肉なども買い込んでくるのだ。見た目は風変わりだがちゃんとお金も払うので誰も気にとめたりはしなかった。でも、街に出るのは緊急に大量に物がいるときだけ。後は山で調達するのが習わしになっていた。
さて、秋吉は狸の集会を開催すると、
「今回のお月見大会は安田神社の龍之介さん、太郎さんのご厚意により茶店を使わせていただくこととなった。」
と伝えた。みんなは最初は戸惑いもあり、また、神様の前でするほどに上手くないことで気後れしていたが、練習もさせていただけるし、旨い物があると聞くと大賛成で大盛り上がりになった。
「長老さん、今回は勝たんとあかんなぁ。龍之介さんと太郎さんに申し訳が立たへんで。みんな精一杯頑張ろうな!」
と、若頭の狸太郎も気合を入れた。
だけれども、この辺りの狸たちは今までこの大会で陽の目を見たことがない。
はなとそらの姉妹は人の3倍も5倍も頑張るのだがどうしてもみんなと合わない。こんな、神様の前で奉納するかのような大会で自分たちが叩いたら神様が気を悪くなさるに違いないと思い沈んだ気持ちで皆の話を聞いていた。
「そら、なんかお腹痛なってきた。私今年は出んとこうかなぁ。神様の前でなんて、腹づつみ叩けへんやん。」
はながそう言うとそらも半ベソで
「お姉ちゃん、うちかてそんなんようせんもん。うまいこと叩けへんのにそんなこと、ようせんもん。」
と言うと大きな涙をポロリとこぼした。
狸太郎は後ろの方で縮こまっている姉妹を見るとはなしに見ていた。すると大きな目から涙がポロリとこぼれてきた。狸太郎は慌てて二人に駆け寄ると
「どうしたんや?腹でも痛いんか?」
と声をかけた。二人は最初は首を横に振るばかりで、でも首を振れば振るほど涙が溢れてしまいには嗚咽をあげて泣き出してしまった。
さっきまで盛り上がっていた狸たちもはなとそらのまわりに集まってくると頭を撫でたり額に手を当てたり扇いだりして様子を見ていた。
二人はしばらく泣いたあと、誰かが持ってきてくれた水を飲むとさっき二人で話していたことを正直に打ち明けた。そしてこの大会は辞退したいと申し出た。すると若頭の狸太郎が
「行ってみるだけ行ってみいひんか?龍之介さんの作らはる菓子は最高の味やし、蕎麦もめちゃくちゃ旨いらしいで。見てるだけでええやんか。みんなで行ってこその腹鼓やからな。」
と笑顔で勧めてくれたので、とにかく一回行ってみようと、はなとそらは頷いた。
練習第一回目、昼前から陽射しが降り始め秋の始まりのなんともいい香りが立ち込めていた。タヌキたちは皆それぞれに手土産にキノコや木の実、野の花などを持って現れた。
はなとそらは泉の近くに咲いていた萩やススキと野菊を花束にすると、頭にも野菊を飾りやってきた。
龍之介は花束を受け取ると、
「なんと可愛らしい、野菊の精霊かと思いましたよ。さぁ、奥へ入って。お茶とおはぎを用意してあるからくつろぎなされ。」
とまるで大人を扱うように招き入れてくれた。
はなは
「あのぉ、今日は見学だけに来たんです。私とそらは下手くそやから上手く叩けへんから、、、、。」
そう言うと後は口ごもってしまった。二人とも大きな目にうっすらと涙を浮かべている。
龍之介は
「おぉ、それならばよぉく見学しなされ。見る事も勉強じゃ。そして叩きたくなったら仲間に入ればいいんじゃよ。まずはみんなのやる事を見て、聴いて、コツを掴むんじゃよ。ささ、菓子を召し上がれ。この席は舞台を観るにはちょうど特等席じゃな。」
と笑うと菓子器をはなとそらの前に置き、湯呑みを2つ出してやった。
腹鼓の稽古が始まると、店の中は活気にあふれた、それでいてどこかのんびりと優しい響きに包まれていった。
「こんにちはー!龍之介さん今日はお祭りなん?賑やかやなぁ。」
そう言うとたくみとこうきがニコニコしながら駆け込んできた。この二人は人間の子供であるにもかかわらず龍之介の結界をふんわり飛び越えここに遊びに来るようになった。最近はここで色々な昔の話などを聞くのが楽しみらしい。
「おお、よう来たの。紹介しよう。こちらはタヌキのお嬢さんではなとそらじゃ。はなとそら、この二人は人間じゃが危険はないから怖がらなくていいよ。たくみとこうきじゃ。二人にもおはぎを持ってこような。ここは特等席じゃよ仲良くの。」
そう言うと奥に行き菓子とお茶を持って出てきて四人の横に座るとまたタバコをプカリと吸い始めた。
腹鼓の音は心の奥に染み入るように高く低く鳴り響き、たくみとこうきは自分達も叩いてみたくなってきた。そこでお腹を出すと一緒になって叩いてみたのだが、タヌキたちのお腹がポンポンといい音が響くのに二人のお腹はペチペチと小さな音がするだけ。しかもお腹は真っ赤になってヒリヒリ痛くなってきた。
「やっぱりタヌキさんたちみたいにお腹叩くんは無理やあなぁ。」
こうきがはにかむように笑うとたくみも
「これ以上叩いたら明日学校行けへんようになってしまうなぁ。」
とニヤリとしておはぎを口に運んだ。
そしてまたしばらくはおとなしく見ていたのだが、太郎が奥からお神楽の小さな太鼓を持って来てくれた。
「これならお腹が痛くなる心配はなかろう。学校は休まず行かんとな。」
そう言うとバチも渡してくれた。
たくみとこうきは見よう見まねで叩いてみたがなかなかうまく合わせられない。二人はもう真剣にタヌキたちの腹鼓を聴いては小さな音で拍子を合わせ、相談しながら練習し始めた。
はなとそらは二人をただ見ていたのだが、あまりにも二人が真剣なので引き込まれるように腹鼓を打ち始めた。四人のなんだかまだバラバラな音が、他のタヌキたちの腹鼓と混じり合い龍之介の店の中に響き渡った。
「はなちゃんとそらちゃんはなんで見学してるん?お腹痛い?」
こうきが心配そうに二人の顔を覗き込んだ。
「うちら下手くそやから。」
はなは小さな声でそう言うと恥ずかしそうにうつむいた。
「そんなことないけどなぁ。僕らよりずっと上手いんやから、もっと練習したらめっちゃ上手なるんちゃう?一緒に練習しようよ。」
たくみもちょっと心配そうにはなとそらを見ながらそう言った。
はなとそらはなんだか勇気が湧いてきた気がして頷くとまたみんなに合わせて叩き始めた。まだまだ小さな音だったけれど、こうきとたくみも加わって四人のちょっと調子の外れた音がみんなの腹鼓をふんわり包み始めた。
それからこうきとたくみは学校が終わると龍之介のところにやってきてはなとそらと四人で稽古を続けた。
大人のタヌキたちが冬の準備で駆け回っている時も四人は毎日一生懸命練習に励んだ。龍之介はみたらし団子や大福なんかをいつもこしらえては四人を応援していた。
月見の腹鼓大会が間近に迫ったある日、その日も大人のタヌキたちとちょっと離れたところで練習していたたくみとこうきははなとそらにふと思いついて聞いてみた。
「あのな、この腹鼓大会て、いつあるん?僕らもみんなが叩いてるとこ見てみたいなぁ。」
この声を聞いて秋吉は
「今度の満月のばんやがな。聞きにおいで。」
と笑っていったのだが、二人は顔を見合わせてがっかりした顔でためいきをついた。
「あれ、どないしたんや?疲れたか?」
狸太郎たちもこちらにやってきて二人の周りに集まった。
「僕らは子供やから夜にお出かけはできひんねん。夜は寝る時間やもん。お母さんに怒られてしまう。残念やなぁ。たくさんのタヌキさんたちの腹鼓大会、聞きたかったなぁ。」
これには今まで一緒に練習してきたはなとそらが驚いた。
「えっ!二人が来てくれへんかったら私ら上手く叩けへん。どうしよう。」
はなとそらは近頃の練習でかなり腕を上げ、大人の狸について行けるほどになっていた。それなのにやる気がしぼんでいくのがみんなにも見えるほどだった。
「はなちゃんもそらちゃんもめっちゃ上手なってるんやから大丈夫やん。自信持って!僕らは来られへんけど、秋吉さんも狸太郎さんもみんなもいはるんやし、龍之介さんも太郎さんも応援してくれはるやんか。僕らも家から応援してるから絶対大丈夫やって。」
あと3日もすれば満月というある朝、たくみとこうきのそれぞれの家のポストに大きな朴の葉の手紙が届いた。
「はらづつみたいかいは、おひるからおこないます。おふたりでおこしください。たぬきいちどう。」
「なあ、お母さん。今日が満月やんな?こうきと昼から遊びに行ってもいい?」
たくみがお母さんに聞くと、
「満月やけど、おひるまやったら関係ないやん。出かけてもいいけど、暗くなるのが早くなってきてるから5時には帰って来なさいよ。」
と言って笑った。
たくみはこうきに電話するとふたりで出かける約束をした。
「ちゃんと5時には帰ってくるから、ちょっとおやつ多めにしてな。友達たくさん来るねん。みんなスナックがいいねんて。ポテトチップスとチョコのやつな。いっぱい入れてや。」
たくみは大きなカバンを差し出してそう言うとお母さんはいつもよりたくさんのお菓子を入れてくれた。
「食べ過ぎてお腹壊さんようにな。行ってらっしゃい。」
お母さんは笑いながら手を振ってくれた。
この手紙が届く2日前、狸たちは各山々の長老を迎え話し合いの会を催した。ここには龍之介も出席し、人間の子供が二人参加するので昼から開催したいと説明した。
はじめはほかの山の狸たちは人間の参加に渋い顔をしたのだが、秋吉と狸太郎、そして龍之介の熱意に負けて昼からの開催を了承してくれたのだった。
「こんにちは!今日はお招きありがとうございます。お昼からお月見はできひんから僕らでお月様を描いてきました。これでお月見腹つづみ大会にならへんかなぁ。」
たくみとこうきは二人で揃って挨拶をするとおおきな模造紙に描いた月を龍之介に渡した。
龍之介はふわりと浮き上がると天井に模造紙の月を貼り付けてくれた。
お膳の用意が整い、いよいよ腹つづみ大会が始まった。洞穴の中は元気な腹つづみの音でいっぱいになった。
はなとそらもたくみとこうきもみんな笑顔でそれぞれの音を奏でていた。
彼岸花も終わりもうじき山が色づき始める。腹つづみの高く澄んだ音が、そんな山々に解けるように流れていった。
これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様とお友達のお話。ここには龍之介という神様と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や動物、人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社の三つめの、おはなし。
「なかなか雨がやまんなぁ。」そう言うと龍之介は外を眺めながらタバコの煙をプカリと吐き出した。太郎も椅子に腰掛け空を眺めていた。
雨は先ほどよりも強くなってきて、地面が、跳ね上がった水滴で白い膜のようだ。こんな日は誰も来るまいからもう店じまいをして我らの夕食でも作るかと、二人は洞穴の奥の住まいの方に入っていった。
キノコを採りに行きたいのだがこの連日の雨ではそれもままならぬ。食材はそろそろ乏しくなってきた。明日は晴れてくれぬかなぁ。などと思いながら、龍之介は昨日道みち摘んで歩いたニラの蕾をごま油でさっと炒め塩コショウで軽く味をつけた。あとはイワナの塩焼きと大豆味噌で一杯呑むのもよかろうな。それとも川エビの佃煮と焼きナス、うむ、生麩の田楽も捨てがたい。この間のいただきものの生麩、ごま味噌で田楽にするかな。なんて考えを巡らしていると、もう暮れなずんだ庭先から声がした。
「龍之介さん、太郎さん御在宅でおられますかな。わしは裏山の古狸、秋吉と申すものです。折り入ってお願いがあり参りました。入ってもよろしいかな。」
と声がした。龍之介が、迎え入れると秋吉は蓑笠を入り口の雨のかからぬところに置くとおずおずと入って来た。
「秋吉さんようこそ。もう店を閉めて酒でも呑もうと話しておったところじゃ、まあ、お座りなされ、お茶を入れよう。」
龍之介はお茶を淹れみたらし団子をお茶菓子にして座敷に持ってきた。
秋吉はしばらくの間何も言わずお茶を飲んだり団子をつつきまわしていたのだが、大きなため息をつくとこう話し始めた。
「わしらは秋になるとこの辺り一帯の山狸達と月見の腹づつみ大会を催すんですが、今年は私等の山が会場なんです。
ところが夏の大雨で会場にするはずの広場が荒れてしまって、どうにも間に合いません。そこで安田神社の裏山の広場をお貸しいただけないかと伺った次第でございます。」
龍之介も太郎も目を輝かせると、
「いっそこの洞穴でしてはどうじゃ?ここを大きくするなど造作もないこと。月が見たければその宵だけ天窓をこしらえよう。もしも雨でもここならば濡れもせず思う存分腹づつみ大会を楽しめるではないか。ごちそうはわしが用意しよう。観客が入るならば招待状など出せばよいしの。」
龍之介がそう言うと、
「そうですよ。それにこの長雨だ。いっそ練習もここでやりなされ。わしらが全面的に応援しましょうぞ。」
と太郎までノリノリだ。
秋吉は少々面食らったがすんなり受けてもらえたのが嬉しくて、その晩は長々と三人で話し込んだ。もちろん龍之介の腕をふるった酒の肴と旨い古酒をたらふく楽しんだので朝が来たことにも気付かず思い切り朝寝坊をしたのは言うまでもない。
次の日、雨は朝からしとしとと降り続いていた。太郎は何やら八角鏡を取り出すとその光の方角を固定した。龍之介と二人でニヤリと笑いあうと光の方向にものすごい気を放ち洞穴を体育館のように広々した空間にしてしまった。それからは太郎は舞台のようなしつらえや座敷を用意し、卓を幾つもこしらえた。
龍之介はそぼ降る雨の中イワナや川海老サワガニなどを獲りに行き、大豆や味噌、野菜などを買い込んできた。
店に行ったりするとき、二人はちょっと風変わりな男に化けて行く。乗り物には乗れないのでリヤカーを引くと、米やそば粉、餅粉、豆や野菜、たまには肉なども買い込んでくるのだ。見た目は風変わりだがちゃんとお金も払うので誰も気にとめたりはしなかった。でも、街に出るのは緊急に大量に物がいるときだけ。後は山で調達するのが習わしになっていた。
さて、秋吉は狸の集会を開催すると、
「今回のお月見大会は安田神社の龍之介さん、太郎さんのご厚意により茶店を使わせていただくこととなった。」
と伝えた。みんなは最初は戸惑いもあり、また、神様の前でするほどに上手くないことで気後れしていたが、練習もさせていただけるし、旨い物があると聞くと大賛成で大盛り上がりになった。
「長老さん、今回は勝たんとあかんなぁ。龍之介さんと太郎さんに申し訳が立たへんで。みんな精一杯頑張ろうな!」
と、若頭の狸太郎も気合を入れた。
だけれども、この辺りの狸たちは今までこの大会で陽の目を見たことがない。
はなとそらの姉妹は人の3倍も5倍も頑張るのだがどうしてもみんなと合わない。こんな、神様の前で奉納するかのような大会で自分たちが叩いたら神様が気を悪くなさるに違いないと思い沈んだ気持ちで皆の話を聞いていた。
「そら、なんかお腹痛なってきた。私今年は出んとこうかなぁ。神様の前でなんて、腹づつみ叩けへんやん。」
はながそう言うとそらも半ベソで
「お姉ちゃん、うちかてそんなんようせんもん。うまいこと叩けへんのにそんなこと、ようせんもん。」
と言うと大きな涙をポロリとこぼした。
狸太郎は後ろの方で縮こまっている姉妹を見るとはなしに見ていた。すると大きな目から涙がポロリとこぼれてきた。狸太郎は慌てて二人に駆け寄ると
「どうしたんや?腹でも痛いんか?」
と声をかけた。二人は最初は首を横に振るばかりで、でも首を振れば振るほど涙が溢れてしまいには嗚咽をあげて泣き出してしまった。
さっきまで盛り上がっていた狸たちもはなとそらのまわりに集まってくると頭を撫でたり額に手を当てたり扇いだりして様子を見ていた。
二人はしばらく泣いたあと、誰かが持ってきてくれた水を飲むとさっき二人で話していたことを正直に打ち明けた。そしてこの大会は辞退したいと申し出た。すると若頭の狸太郎が
「行ってみるだけ行ってみいひんか?龍之介さんの作らはる菓子は最高の味やし、蕎麦もめちゃくちゃ旨いらしいで。見てるだけでええやんか。みんなで行ってこその腹鼓やからな。」
と笑顔で勧めてくれたので、とにかく一回行ってみようと、はなとそらは頷いた。
練習第一回目、昼前から陽射しが降り始め秋の始まりのなんともいい香りが立ち込めていた。タヌキたちは皆それぞれに手土産にキノコや木の実、野の花などを持って現れた。
はなとそらは泉の近くに咲いていた萩やススキと野菊を花束にすると、頭にも野菊を飾りやってきた。
龍之介は花束を受け取ると、
「なんと可愛らしい、野菊の精霊かと思いましたよ。さぁ、奥へ入って。お茶とおはぎを用意してあるからくつろぎなされ。」
とまるで大人を扱うように招き入れてくれた。
はなは
「あのぉ、今日は見学だけに来たんです。私とそらは下手くそやから上手く叩けへんから、、、、。」
そう言うと後は口ごもってしまった。二人とも大きな目にうっすらと涙を浮かべている。
龍之介は
「おぉ、それならばよぉく見学しなされ。見る事も勉強じゃ。そして叩きたくなったら仲間に入ればいいんじゃよ。まずはみんなのやる事を見て、聴いて、コツを掴むんじゃよ。ささ、菓子を召し上がれ。この席は舞台を観るにはちょうど特等席じゃな。」
と笑うと菓子器をはなとそらの前に置き、湯呑みを2つ出してやった。
腹鼓の稽古が始まると、店の中は活気にあふれた、それでいてどこかのんびりと優しい響きに包まれていった。
「こんにちはー!龍之介さん今日はお祭りなん?賑やかやなぁ。」
そう言うとたくみとこうきがニコニコしながら駆け込んできた。この二人は人間の子供であるにもかかわらず龍之介の結界をふんわり飛び越えここに遊びに来るようになった。最近はここで色々な昔の話などを聞くのが楽しみらしい。
「おお、よう来たの。紹介しよう。こちらはタヌキのお嬢さんではなとそらじゃ。はなとそら、この二人は人間じゃが危険はないから怖がらなくていいよ。たくみとこうきじゃ。二人にもおはぎを持ってこような。ここは特等席じゃよ仲良くの。」
そう言うと奥に行き菓子とお茶を持って出てきて四人の横に座るとまたタバコをプカリと吸い始めた。
腹鼓の音は心の奥に染み入るように高く低く鳴り響き、たくみとこうきは自分達も叩いてみたくなってきた。そこでお腹を出すと一緒になって叩いてみたのだが、タヌキたちのお腹がポンポンといい音が響くのに二人のお腹はペチペチと小さな音がするだけ。しかもお腹は真っ赤になってヒリヒリ痛くなってきた。
「やっぱりタヌキさんたちみたいにお腹叩くんは無理やあなぁ。」
こうきがはにかむように笑うとたくみも
「これ以上叩いたら明日学校行けへんようになってしまうなぁ。」
とニヤリとしておはぎを口に運んだ。
そしてまたしばらくはおとなしく見ていたのだが、太郎が奥からお神楽の小さな太鼓を持って来てくれた。
「これならお腹が痛くなる心配はなかろう。学校は休まず行かんとな。」
そう言うとバチも渡してくれた。
たくみとこうきは見よう見まねで叩いてみたがなかなかうまく合わせられない。二人はもう真剣にタヌキたちの腹鼓を聴いては小さな音で拍子を合わせ、相談しながら練習し始めた。
はなとそらは二人をただ見ていたのだが、あまりにも二人が真剣なので引き込まれるように腹鼓を打ち始めた。四人のなんだかまだバラバラな音が、他のタヌキたちの腹鼓と混じり合い龍之介の店の中に響き渡った。
「はなちゃんとそらちゃんはなんで見学してるん?お腹痛い?」
こうきが心配そうに二人の顔を覗き込んだ。
「うちら下手くそやから。」
はなは小さな声でそう言うと恥ずかしそうにうつむいた。
「そんなことないけどなぁ。僕らよりずっと上手いんやから、もっと練習したらめっちゃ上手なるんちゃう?一緒に練習しようよ。」
たくみもちょっと心配そうにはなとそらを見ながらそう言った。
はなとそらはなんだか勇気が湧いてきた気がして頷くとまたみんなに合わせて叩き始めた。まだまだ小さな音だったけれど、こうきとたくみも加わって四人のちょっと調子の外れた音がみんなの腹鼓をふんわり包み始めた。
それからこうきとたくみは学校が終わると龍之介のところにやってきてはなとそらと四人で稽古を続けた。
大人のタヌキたちが冬の準備で駆け回っている時も四人は毎日一生懸命練習に励んだ。龍之介はみたらし団子や大福なんかをいつもこしらえては四人を応援していた。
月見の腹鼓大会が間近に迫ったある日、その日も大人のタヌキたちとちょっと離れたところで練習していたたくみとこうきははなとそらにふと思いついて聞いてみた。
「あのな、この腹鼓大会て、いつあるん?僕らもみんなが叩いてるとこ見てみたいなぁ。」
この声を聞いて秋吉は
「今度の満月のばんやがな。聞きにおいで。」
と笑っていったのだが、二人は顔を見合わせてがっかりした顔でためいきをついた。
「あれ、どないしたんや?疲れたか?」
狸太郎たちもこちらにやってきて二人の周りに集まった。
「僕らは子供やから夜にお出かけはできひんねん。夜は寝る時間やもん。お母さんに怒られてしまう。残念やなぁ。たくさんのタヌキさんたちの腹鼓大会、聞きたかったなぁ。」
これには今まで一緒に練習してきたはなとそらが驚いた。
「えっ!二人が来てくれへんかったら私ら上手く叩けへん。どうしよう。」
はなとそらは近頃の練習でかなり腕を上げ、大人の狸について行けるほどになっていた。それなのにやる気がしぼんでいくのがみんなにも見えるほどだった。
「はなちゃんもそらちゃんもめっちゃ上手なってるんやから大丈夫やん。自信持って!僕らは来られへんけど、秋吉さんも狸太郎さんもみんなもいはるんやし、龍之介さんも太郎さんも応援してくれはるやんか。僕らも家から応援してるから絶対大丈夫やって。」
あと3日もすれば満月というある朝、たくみとこうきのそれぞれの家のポストに大きな朴の葉の手紙が届いた。
「はらづつみたいかいは、おひるからおこないます。おふたりでおこしください。たぬきいちどう。」
「なあ、お母さん。今日が満月やんな?こうきと昼から遊びに行ってもいい?」
たくみがお母さんに聞くと、
「満月やけど、おひるまやったら関係ないやん。出かけてもいいけど、暗くなるのが早くなってきてるから5時には帰って来なさいよ。」
と言って笑った。
たくみはこうきに電話するとふたりで出かける約束をした。
「ちゃんと5時には帰ってくるから、ちょっとおやつ多めにしてな。友達たくさん来るねん。みんなスナックがいいねんて。ポテトチップスとチョコのやつな。いっぱい入れてや。」
たくみは大きなカバンを差し出してそう言うとお母さんはいつもよりたくさんのお菓子を入れてくれた。
「食べ過ぎてお腹壊さんようにな。行ってらっしゃい。」
お母さんは笑いながら手を振ってくれた。
この手紙が届く2日前、狸たちは各山々の長老を迎え話し合いの会を催した。ここには龍之介も出席し、人間の子供が二人参加するので昼から開催したいと説明した。
はじめはほかの山の狸たちは人間の参加に渋い顔をしたのだが、秋吉と狸太郎、そして龍之介の熱意に負けて昼からの開催を了承してくれたのだった。
「こんにちは!今日はお招きありがとうございます。お昼からお月見はできひんから僕らでお月様を描いてきました。これでお月見腹つづみ大会にならへんかなぁ。」
たくみとこうきは二人で揃って挨拶をするとおおきな模造紙に描いた月を龍之介に渡した。
龍之介はふわりと浮き上がると天井に模造紙の月を貼り付けてくれた。
お膳の用意が整い、いよいよ腹つづみ大会が始まった。洞穴の中は元気な腹つづみの音でいっぱいになった。
はなとそらもたくみとこうきもみんな笑顔でそれぞれの音を奏でていた。
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これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
冴えない建築家いずれ巨匠へと至る
木工槍鉋
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「建築とは、単なる箱を作ることではない。そこに流れる『時』を設計することだ――」
かつてそう語り、伝説の巨匠と呼ばれることになる男も、かつては己の名前に怯えるだけの冴えない二級建築士だった。
安藤研吾、40代。独立したものの仕事はなく、下請けとして「情緒のない真四角な箱」の図面を引き続ける日々。そんな彼が恩師に教えられた座標の先で迷い込んだのは、昭和初期を彷彿とさせる、魔法のない異世界だった。
現代の建築知識、そして一釘一釘を大切にする頑固大工との出会い。 「便利さ」ではなく「住む人の幸せ」を求めて、研吾は廃村に時計台を建て、水路を拓き、人々の暮らしを再生していく。
異世界で「百年の計」を学んだ研吾が現実世界に戻ったとき、その設計は現代の建築界をも揺るがし始める。 これは、一人の男が仕事への誇りを取り戻し、本物の「巨匠」へと駆け上がるまでの、ひたむきな再建の記録。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
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ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
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この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
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