龍神様のお食事処。 

月の涙白き花弁。

文字の大きさ
7 / 41

八 鶺鴒の貴婦人。

しおりを挟む

鶺鴒(せきれい)の貴婦人。



これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様とお友達のお話。ここには龍之介という神様と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や動物、人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社の、おはなし。




雲はもうじきこの辺りを雨色に変えるのだろうけれど、木々もほんのりと色づき始めたばかりで、地面の熱気が冷めるのはいつのことだろうと思わせる。
時間帯なのか少し空いた駅のホームには、日傘をたたんでベンチに座ったご婦人方が身振り手振りで昨日開催されたお茶会について話に花を咲かせている。

雀たちが落ちたパンくずをついばんでいる中、ひときわ丸い一羽のスズメが辺りを見回しながら独りごちた。
「何もこんなところでメシを啄ばまなくてもこの先の河原の並木にいくらでも虫がおるじゃろうに。近頃の若い奴らは、いやパンがおいしいじゃ、人間のまいたものが旨いなどと安易な事ばかり言うておるわい。、時の流れとはそんなもんなんかのぉ。」

この丸々とした雀は名を、ちゅん吉といい長年この辺りの桜の木の虫を食べて過ごしていた。もうじきすると田んぼの稲刈りが始まり、ちゅん吉も落ち穂の恩恵を受ける。河原に降りればイネ科の草たちが次々実をつけ楽しませてくれる。旨いものなどこの街の、至る所にあると言うのに。
それにしても暑い。今時分にこんなに暑いとなると今年の冬は一体どうなるのだろう。ちゅん吉は雀の中でもとりわけ長生きで、そろそろ仙人の仲間入りもできそうな歳なのだが、近頃この長生きに対して少しばかり不満に思っていた。

駅のホームを飛び立つといつもの河原に降り立った。ここは川風も涼しくせせらぎが唄うようでチュン吉の囀りもキラキラと風に舞って楽しい限りだ。
「あいつが生きておったのは、もう遠い遠い昔のことになってしもうた。わしはあいつに会いたいんじゃろうか。近頃胸の奥がぽっかりと空洞になったような感覚なんじゃが、これが仙人への第一歩となるのであるならば、わしは仙人なんぞになりなくはないのお。龍之介さんはこの願い叶えてくださるじゃろうか。。。」


龍之介は秋の香ばしい香りの風を胸いっぱいに吸いながら、入口を掃き清めていた。抜けるような空には薄雲が羽衣のようにふわふわと舞っている。
箒を片手に空を見ていると、小さな点のように小鳥がこちらへ飛んできている。すずめのちゅん吉だった。
箒とちりとりを片付けると、ちょうどちゅん吉が着地したところだった。
「おや、ちゅん吉。どうしたのじゃ?河原から遊びに来てくれたのかの?まあ、中に入って、豆茶と大豆味噌でもつつかぬかの?」
そういうと、ちゅん吉を手に掬い上げ奥座敷に連れて行った。卓に小さな座布団を置き、盆にお茶と大豆味噌を乗せて持ってくると、龍之介と太郎が並んで腰を下ろした。
ちゅん吉は豆茶を、コロコロと喉を鳴らしながら味わいしばらく遠い空を眺めるかのように天井を見上げていた。
「龍之介さん、わしは歳を取り過ぎました。あいつが逝ってしまってからもう何年経つかさえ判らない。なぜわしが選ばれてしまったんじゃろう。わしはあいつと旅立ちたかった。若いもんはわしの言うことなど聞いてもくれん。それでも、これから生き物の時の流れと異なる流れの中で生きねばならんのですかのぉ。」
大きなため息をつくと大豆味噌をちろりと舐めた。
こんなものが食べられること自体そこらのスズメとは違う時の中にいることを、今更ながら思い知る。
「ちゅん吉よ、お前さんそろそろ軽い結界なら張れるんじゃろ?それに今お前さんがいなくなると雀の長がおらんようになってしまう。そうじゃな。もうほんのしばらくだけ待ってはくれぬか。お前さんが辛くないよう手を尽くすゆえにの。」
龍之介は胸の奥を刺されたような虚な目のちゅん吉を優しく撫でるとそう告げた。そして、
「今宵はここで、酒でも飲まんか?わしのとっておきの白菜と厚揚げの煮浸しと、柿と胡桃の白和があるんじゃ。それに、落ち鮎の燻製を炙ろうかの。どうしゃな?」
ちゅん吉は喜んで御相伴に預かりますと座布団に深々と座り直した。
龍之介が卓に料理と猪口を並べ、日本酒を注ぐと、それからは皆口々に今日あったこと、日頃の愚痴などを言い合い大いに盛り上がった。

それから数日は穏やかな秋の日を過ごしていた。
ちゅん吉は河原におり、花の種や虫をついばみながら見るとはなしに向こう岸に目を向けた。
そこには、美しい初老の鶺鴒(セキレイ)のご婦人が川の反射に目を奪われたように佇んでいた。
憂いを帯びたその瞳には、微かな淋しさがうかがえる。
ちゅん吉は思わず向こう岸にわたり声をかけた。
「鶺鴒(セキレイ)のご婦人、どうなさった。まるで今にも水に飛び込むか、車に突っ込むかのような目をしていなさるぞ?」
「もしや、ちゅん吉さんではありませんか。私は珠州那、先日私の夫が鳶にさらわれましたの。私はあの方と添い遂げたかった。鳶さんとて食べねばなりません。恨む気持ちがないとは言えませんが、動物界の理り。あきらめてはいるのです。ですが、あの方に一目会いたいと、どうしても思ってしまうのです。」
珠州那はそう言うと淋しげに
「とーんで行け。」
小石を蹴り飛ばした。
ちゅん吉は、嫁の花奈を思い出していた。花奈も、つまらない時や悲しみに包まれた時、小石を蹴飛ばし
「淋しい気持ちも悲しい思いも小石と一緒にとーんでいけ。」
言っていた。
「珠州那さん、小石を蹴飛ばすときに、とーんでけ、なんて言うのは誰かに教わったのかね?いや、わしの嫁さんが昔よくそんなことを言うておったのでな。つい。」
そういうと、下を向いてしまった。恥ずかしい気持ちと、懐かしい気持ちが合わさってなんとも言えない複雑な心持ちだ。
「あら、ちゅん吉さんの奥様もそんなふうにおっしゃってましたの?私は母に教えてもらいましたの。母はとても大事なお友達に教えていただいたと。もしかしたらそれが奥様だったかもしれませんね。花のように明るくて、そよ風のような優しい方だったそうです。もう遠い昔ですわ。母も土に帰ってしまいましたし。」
これは、やはり花奈のことに違いないと確信し、ちゅん吉はなんだか花奈がまた帰ってきたようで心が暖かくなるのを感じた。すると珠州那が、
「ちゅん吉さん、私はもう一人になってしまいました。今の今までもうこの世は暗闇に閉ざされたと思っていたのですが、あなたと出会ってひだまりにいるような心持ちですの。どうか、時々で構いませんのでお話をご一緒にできませんでしょうか?」
そう言ってちゅん吉の顔を覗き込んだ。ちゅん吉はコクリと頷くのがやっとだった。なんと、こんな歳になって鶺鴒のご婦人とお知り合いになれるとは。わしももう少しだけ長生きをせねばならん。
しかし同時に、もしまたこの珠州那を無くす日が来るのなら、わしは壊れてしまうかもしれない。そんな思いが心の片隅に影のように住み着いた。
それからは、三日と開けずちゅん吉は珠州那と河原の木漏れ日の中他愛もない話に花を咲かせて過ごした。

しばらくはそんな麗かな日々を過ごしていたのだが、ある日珠州那が妙なことを言い出した。
「ちゅん吉さん。私ね、時々おかしなことが起こっている気がしてドキドキしますのよ。まるで、時がゆっくりと流れるような、お日様の光が虹のように降り注ぐような。それにね、最近私だけは鳶に狙われていないような気がしますの。どう言うことなんでしょう。怖くはないんですよ。でも、なんだか不思議で。」
珠州那は、ちゅん吉にそう言うと微笑んでこう付け加えた。
「ちゅん吉さんのようになれるのなら私幸せだわ。」

ちゅん吉にも覚えがあった。花奈が死に自分も土に帰るのだろうと信じていたある日、時間がゆっくりと流れ始めたのだ。自分の周りだけが他のスズメ達とはまるで違う。そこここで虹が光り、胸がドキドキと波打った。もしや。。。
その日、珠州那とは話を早々に切り上げちゅん吉は龍之介に会いにいった。
珠州那も、もしやわしと同じ時間を生きるのだろうか。もしそうだとして、それは珠州那の望む生き方なのだろうか。

龍之介は入り口でちゅん吉を迎えてくれた。そして中へ案内すると早速こう切り出した。
「ちゅん吉よ、お前は同じ種の仲間が欲しかろうが、そうは行かんのじゃ。わしらには一種いちにんという理りがある。じゃがお前はどうにかしてその身を滅ぼそうと躍起になっておったろう?珠州那がもし、お前の考えるようにお前を置いて逝ったならば、お前はわしや川の神、山や天の神さえも恨んだのではないかの?そうなれば、お前はもう仙人にはなれぬ。この世を彷徨い続ける亡者と成り果ててしまう。わしらはそんなお前を見たくないのじゃ。そこでじゃ、天の神様と話をしての。お前が寂しくないようにと珠州那をそばに置くことを許していただいた。もしや、不満でもあるのかの?今ならば珠州那の術は解ける。しかし、お前はまた一人ぞ。」
龍之介はそこまでいうと、熱い豆茶とイナゴの佃煮を皿に盛りちゅん吉の前に出してくれた。
「あと二年もすればお前も珠州那も我らのような形を成すことができる。使える術も増えるじゃろう。お前の周りの雀や鶺鴒を守ることもできるようになる。これで、わしらを許してはくれまいか。お前を花奈のところへ返すのが一体いつになるのか、それはわしにもわからぬ。じゃが、一人よりは楽しいと思うんじゃがの。」
ちゅん吉はろくにイナゴにも嘴をつけず早々に引き上げた。
珠州那と話しているのはとても楽しい。多分わしらならばこの河原にいる小鳥達を守り、見続けることも辛くはなかろう。珠州那を巻き込んでいいものだろうか。ただ、わしが淋しいというだけのわがままで。
その晩、ちゅん吉は花奈の夢を見た。
「あんた!なにクヨクヨしてるんだい?珠州那ちゃんはいい子だよー。あんたにはもったいないくらいだ。珠州那ちゃんに聞いてごらんよ。いい返事がもらえると、私は思うけどね。」
花奈はいつものようにコロコロと笑うとすーっと白い霧の中に消えてしまった。
ハッと目を覚ますと朝日が東の山を薄く照らし、今お天道様が顔を出そうとしていた。
ちゅん吉は一刻も早く、珠州那に夢のことを伝えなければと必死に羽ばたいた。河原に着く頃にはお天道様は山にぽっかり顔を出し、川をキラキラと輝かせている。
そして、その輝く水面に珠州那は佇んでいた。
「珠州那!これからの長い長い時をわしとともに生きてはくれまいか。お前がもしもそれが嫌だというならお前が仙人に成らぬようちゃんとたのんでやるから!無理にとは言わぬ。どうだろうか?」
「うふふ。私の連れ合いがね、夢に出てきましたのよ。お前が仙人になろうともあの世で待っているからちゅん吉さんを支えてやれと。こちらこそ、不束者ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします。」
珠州那は虹に輝く川面に頭を下げちゅん吉を見つめた。
ちゅん吉は、花奈と珠州那のご主人に心の中でお礼を言うと、桜の枝に止まり朝日がゆっくりとのぼる様を眺めて仲睦まじく微笑んだ。


龍之介は、太郎のニヤニヤを見やると不貞腐れたような顔で
「なんじゃ!わしが恋路を応援してなにが悪い!」
と照れ笑いをした。
太郎はただ、タバコの煙をプカリと空に浮かべた。
お天道様は暖かく優しい光でちゅん吉と珠州那を見守っていた。
秋が、落ち葉を降らせて二人を祝福しているようだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

冴えない建築家いずれ巨匠へと至る

木工槍鉋
ファンタジー
「建築とは、単なる箱を作ることではない。そこに流れる『時』を設計することだ――」 かつてそう語り、伝説の巨匠と呼ばれることになる男も、かつては己の名前に怯えるだけの冴えない二級建築士だった。 安藤研吾、40代。独立したものの仕事はなく、下請けとして「情緒のない真四角な箱」の図面を引き続ける日々。そんな彼が恩師に教えられた座標の先で迷い込んだのは、昭和初期を彷彿とさせる、魔法のない異世界だった。 現代の建築知識、そして一釘一釘を大切にする頑固大工との出会い。 「便利さ」ではなく「住む人の幸せ」を求めて、研吾は廃村に時計台を建て、水路を拓き、人々の暮らしを再生していく。 異世界で「百年の計」を学んだ研吾が現実世界に戻ったとき、その設計は現代の建築界をも揺るがし始める。 これは、一人の男が仕事への誇りを取り戻し、本物の「巨匠」へと駆け上がるまでの、ひたむきな再建の記録。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

処理中です...