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三 秘密基地に宿った秘密。

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秘密基地に宿った秘密。

これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様とお友達のお話。ここには龍之介と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。
そんな小さな神社の、子供たちと神様が出会う前のお話。



たくみはこの春二年生になった。終わりの会の後、秘密基地の設計図を作るために走って帰ろうとして、桜の花がひらひら舞い落ちるのをぼんやり眺めて突っ立っていた男の子にドカンとぶつかってしまった。
「わぁ、びっくりした。ごめん。大丈夫?」たくみが声を掛けると
「あいたたた。こっちこそごめんね。桜の花ってひらひら落ちてくる時に花びらはみんな違う方に落ちていくねんね。きれいやなぁ。」
そう言って立ち上がったのはこうきだった。二人は同じクラスで顔は知っていたけれど話すのは初めてだった。
「君、こうき君やんね?僕たくみ。よろしくね。どっこも怪我とかしてへん?保健室行った方がいいかなぁ。」
たくみが心配そうにそう言うとこうきはのんびりとまた桜を見上げながら
「どうもないで。なぁ、桜見上げてみて?みんな好きな方に飛んでいくやろ?クルクル回ったりゆらゆらしながらゆっくり落ちたり。不思議やなぁ。花ごと落ちてくるやつは鳥が蜜を吸う時に花を落としてしまうねんて。おじいちゃんが教えてくれてん。」
こうきは桜に夢中だった。たくみは心配して損したわと思いながら上を見上げた。
本当だ。桜の花びらは風が吹くたびにクルクル、ゆらゆら、はらはらと淡い桜色の雪みたいだった。
「きれいやなぁ。こんなふうに見たことないなぁ。いっつもお母さんたちとお弁当持って公園行ったりするけど、お父さんとサッカーしたりバトミントンしてるもんなぁ。こうきくんは花が好きなん?」
「花も大好きやし、木とか草も好きやで。種を濡らした綿の上においてたら根っこが出て芽が伸びてくるねん。そこんとこが一番好き。固い種から出てくるのに柔らかくて、でもすごい力でお日様に向かって伸びるねん。すごいで~。」
こうきはいつもは教室の隅でみんなで飼ってるメダカの世話やクロッカスの水栽培の世話をしているおとなしい子だ。こんなに話したのは初めてだな。とたくみはおもった。
「なあ、こうきくん家どこなん?一緒に帰ろうや。」
「え?いいの?僕は花咲公園の向こうのマンションやねん。」
「えー!そしたら僕ん家のすぐそばやな!これから一緒に帰ろうよ。」

そんなわけでたくみとこうきは一緒に登下校をするようになった。

ある日、たくみはこうきに秘密基地の話をしてみた。二人だけの秘密ってちょっと大人になったみたいだと思ったからだ。
「こうき、僕な秘密基地を作ろうと思うねん。安田神社の近くに小さい森があってなちょうどいい感じの大きな木があるねん。あそこはあんまり人もきいひんから秘密基地にはピッタリやと思うねん。」
そう言うとたくみはニンマリした。
「うわぁ!かっこいいなぁ。たくみくんそれ、僕も一緒に作ってもいいの?秘密基地やったら敷物とかいるなぁ。屋根は何で作るんがいいかなぁ。なんか楽しくなってきたね~。」
こうきはすごく嬉しかった。クラスの中ではおとなしくてあんまり友達はいなかった。一年の途中から編入してきたからかもしれないが、自分から人に話しかけるのは苦手だったからだ。たくみはクラスでは友達も多くて、わりと賑やかで見ていて飽きないしいつもたくみのギャグで笑ったりはするのだけれど、話したのは桜の木のところでぶつかった時が初めてだった。でも妙に気があって、こうきの草の話なんかを真剣に聞いてくれて、解らないことがあるとお父さんのパソコンで一緒に調べてくれたり、図書館まで自転車で行ったりしてくれる。こうきはたくみが大好きだった。

日曜日、たくみは朝からお母さんに2人分のお弁当を作ってもらった。そしてこうきに電話をすると、基地に行こうと誘った。まだ何にもできてないがきっとあそこで2人でお弁当を食べたら格別に違いない。
こうきが
「お母さんが出かけるから10時に安田神社ならいけるよ。」
と言うので10時に待ち合わせを決めた。お父さんが金づちと釘と木っ端を少しと大きなブルーシートをカバンに詰めてくれた。
「これを掛けたら風がよけられるし雨も入ってきいひんからな。シート打ち付ける時は枝とシートの上に木っ端を挟むとしっかり留まるで。あとは自分らで考えんやで。」
と教えてくれた。お母さんが
「10時に神社やったらそろそろ行きよし。遅れたらこうき君かわいそうやで。」
と言ってお弁当と水筒を渡してくれた。そして300円をそっと手渡して、なんかあったら使いなさいと耳打ちしてくれた。

安田神社は龍神様が祀ってある古い神社だ。綺麗な小川が境内の奥の方から流れてきていてなんだか少し肌寒い。でもたくみはここのそばで遊ぶのが好きだった。小さな森には大きな楠や紅葉の木があり春には新芽の緑がお日様と混ざって、まるで違う世界に迷い込んだように思える。そんな空想をするのが大好きなのだ。たくみが大きな楠の下にシートを敷いて座れるようにしていると、後ろからこうきの声が聞こえた。
「たくみくんおはよう。ごめん。遅れたかな。走ってきたんやけど、走るの遅いねん。」
こうきが心配そうにたくみのことを見るのでたくみは笑いながら
「そんなことないよー。僕自転車やから早かったんかな。お弁当用にシート敷いててん。あの大きな枝のとこにこっちのブルーシート掛けたらどうかなぁ。ほら、向こうの枝のとこまで。ちょっと斜めになるけど、天井もできるやんか。そやけど、なんで今日は自転車と違うん?こうきいっつも自転車やん。」
「うん。それがな、朝自転車見に行ったらパンクしててん。それでお父さんと自転車屋さんに持って行ってから走ってきたねん。すぐ直るけど、そろそろタイヤ変えたほうがいいねんて。だからお父さんに預けてきた。帰って来る頃にはできてるんやて。」
こうきはのんびりとそう言うと、たくみが描いてきた基地の絵を見てかっこいいなと言いながらブルーシートに手を伸ばした。たくみが枝に登ると、こうきは下からブルーシートを渡し、金づちや釘や木っ端を渡した。
たくみは手慣れた感じて釘を打ち始めた。『流石やなぁ。たくみ君も大人になったら大工さんになるんかな。たくみ君のお父さんはいつもかっこいいもんなぁ。』そんなことを思いながら下生えの草の上に敷いてあるシートが飛ばないように四隅に大きな石を探してきて置いてみた。

たくみは風が吹いて飛ばないように1枝に6ヶ所から8ヶ所は留めるようにお父さんに言われていたので頑張って釘を打ち続けた。ふと見るとこうきはなにやら思いついたのか森の中から枯れ枝の大きいのをいくつも引っ張ってきてはまた森に引き返してゆく。『こうきのやつ、なにしてんのやろ。きっとご飯の時に教えてくれるかな。とにかくあっちの枝にも釘打たなあかんし僕は僕で頑張らんとな。』そう思うと一層頑張って釘を打ち続けた。

二つともの枝に釘を打ち終わり木の幹にも4本ほど余った釘を打ち付けたら、たくみはもう汗だくだった。するとこうきが
「たくみ君、こっちの小川冷たいで。顔とか手とか洗ってみ~。さっぱりやで。」
とタオルを振りながら呼んでくれた。水はとても冷たくて、たくみはTシャツを脱ぐとざぶざぶ体も洗った。そして2人でわははと笑った。気持ちええ日やなぁ。水鉄砲とか持ってきたらよかった。たくみはちょっとそう思ったが、お腹がぺこぺこで遊ぶよりもお弁当を広げるほうが楽しみだった。

2人はお弁当を広げ、水筒のお茶をコップに注ぐと「いただきます」と言って食べ始めた。しばらくはこの基地からの眺めを褒めたりして楽しんでいたが、あの木の枝が気になり出してたくみは聞いてみることにした。
「なあ、こうき。あんなにたくさんの枯れ枝どうしようとおもてんの?山盛りになってるやん。」
するとこうきはのんびりと
「ブルーシートの基地やったら誰かが見つけて壊してしまうかも知らんからな。それで枝で隠したらどうかなぁって思ってん。枝がいっぱい乗っけてあったら、もしかしてホームレスの人とかが住んでるかもしれんって思って、高学年の人とかもそっとしといてくれるかもしれんやん。入り口も枝で隠そうかなぁ。それやったらもっといるかなあ。」
とにこにこしながら話してくれた。
「なんかな。アメリカの映画をお父さんが見てはった時にソルジャーが顔に炭塗って、それで枝で隠した隠れ家に潜んでてん。でも後は怖いから寝なさい。って言われたから続きはわからへんねんけどな。」
たくみは、やっぱりこうきと友達になってよかったなと思った。自分だけではそんなことを思いつきもしなかったし、確かに高学年の奴らに盗られたら腹たつけどきっと怖いもんなぁ。

お弁当を平らげて、ちょっと休憩すると、今度は枝をシートの上に乗せてみた。今まで貧弱なテントみたいだったのにだんだん秘密基地っぽくなってきたぞ。とたくみは満足げだ。するとこうきが
「枝と枝を紐で結ぶといいみたいやで。それで木に括りくけたら風でもとばへんやん。たくみ君は上お願い。僕は壁のとこらへんくくるしな。」と麻紐を一巻き渡すと自分は壁用の枝を紐で結び始めた。たくみは最初やり方がわからなかったが、こうきのを見ていて何となくわかったので枝に登ると枯れ枝を結び始めた。

気づくと空が茜色に染まり、風がひんやり吹き抜けた。そろそろ帰ろうと支度をしているとこうきが
「明日も学校の帰りに見に来よな。明日にはできるかなあ。」
と笑顔でこっちを見た。
「うん。明日も来よな。」
たくみは頷くと荷物を自転車のかごに乗せ、こうきの荷物をハンドルにかけると
「一緒に歩いて帰ろうな。」
と言って歩き出した。夕日が向かいの山陰に落ちる頃2人はそれぞれの家に帰り着いた。

次の日も学校が終わるとたくみはこうきと二人で工具やおやつをカバンに詰めると秘密基地にやってきた。昨日枯れ枝をいくつもくくりつけたけれど、まだ隙間がいっぱいで中が丸見えだ。二人は森から枯れ枝や草をいくつも拾ってきてはせっせとくくりつけた。
だんだんブルーシートが隠れてきて中が見えにくくなってきた。紅葉の枝で入り口を作るとなんだかそれらしい雰囲気になってきて、二人は小川で顔を洗うと基地の中に座ってゆっくり外を眺めながらお菓子を口に運んだ。
「なぁ、たくみくん。かっこよくできたなぁ。ちょっと暗いけど秘密基地ってこんなんやんな。それにお日様が少し差し込んでるとこが青く光ってて水の中にいるみたいやなぁ。」
こうきはポテトチップをかじりながら嬉しそうにこっちを向いた。たくみは上手いこと言うなぁ、と思いながら天井を見上げた。木漏れ日が枯れ枝を通っていくつもの青い光の筋が雨粒のように降ってくる。
「きれいやなぁ。上向いたらもっときれいやで。濡れへんのに雨が降ってるみたいや。僕ら水の中にすんでるみたいやなぁ。」
たくみはお茶を飲み干すとカエルのマネをしてケロケロ言って二人で笑い転げた。
ここは水中秘密基地や。青い光の流れが僕らを飲み込んでも僕らはカエルになって秘密の探索をするんや。そんな風に想像すると、いっそうこの基地が特別な物に思えて二人はケロケロと跳ねてはゲラゲラ笑った。

お日様が西に傾きはじめると青い光がキラキラと輝く暖かい光と混じり合ってカエルの隊員が二人の子供に戻る時間を知らせた。
もう少し、このままカエルでいたかったけれど、「お母さんに怒られるし、もう帰ろうか。」と二人は顔を見合わせお菓子の残りと水筒をカバンにしまった。

自転車を押しながら振り返ると、秘密基地が『明日もおいで』といった気がした。

たくみはこうきがいてくれたら、きっとこれからも二人の秘密の冒険が出来る気がした。

二人の歩く後を影がふんわりとついてきた。



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