龍神様のお食事処。 

月の涙白き花弁。

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十八 取り替えっこした水色の石。

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これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様のお話。ここには龍之介と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社のたくさんの、おはなし。



白椿の精霊である白夜(びゃくや)の住んでいる丘の中腹には遠い昔から澄んだ水を湛えた池がある。
そこには、岸辺に沿ってかきつばたが一群生えていた。
梅雨を迎えるこの季節、緑の葉と瑠璃紺色(るりこんいろ)が水面に移り見る者の心を森の空気のように穏やかにさせる。

ところがかきつばたの精霊である若月(わかつき)は、このところかなり不機嫌で、モリアオガエルやカナヘビに八つ当たりを繰り返していた。
「私が何をしたっていうのよ!こんなにも咲き誇ってるっていうのにあの方はまだ現れやない!私が来て欲しいのはあなた方じゃないのよ!なぜあの方は今年は来てくださらないの?」
あまりに毎日池のもの達に当たるので白夜は、若月を伴って龍之介のところに相談に行くことに決めた。
「白夜姉様、どうしても行かなくてはならないの?」
あんなにも池のもの達に当たり散らしていたくせに訳も話さず、その上安田神社に行く事を渋る若月に剛を煮やし、白夜はまるで首に縄をつけるかのようにして龍之介のところにやってきた。

「嫌よ!姉様!私は池であの方をお待ちしなくちゃいけないのよ!離して!離してよぉ!」
入り口の騒ぎに龍之介と太郎が慌てて飛び出てくると白夜が珍しくこめかみに筋を浮き上がらせて怒っていた。
「これこれ、先ずは奥へ。お茶でも飲んで落ち着きなされ。」
流石の龍神と言えど女子(おなご)の喧嘩の仲裁というのはなかなか難しい。太郎は足湯の桶と手拭いを慌てて持ってくるし、龍之介は、さっき自分達にと入れた水出し緑茶を慌てて卓に並べた。
「龍之介さん、この子ったら花が咲き始めてからずっと苛々として蛙や蜥蜴や蛇なんかに当たり散らすんですの。何も話してくれないくせにですよ。」
白夜がそういいお茶を一口飲むと
「はぁ、冷たくて美味しい。若月、あなたもこのお茶を飲んでごらんなさいな。きっと胸のつかえがなくなるわよ。」
若月はふくれっ面ながらお茶を一口飲んでみた。すると今度は大粒の涙を流し、ゆわぁーん、と泣き始めてしまった。

「こんにちはー!たくみとこうきと坊です!龍之介さんカエル隊で遊びすぎてしまったし、涼んでいいですかぁー?」
子供達の声がしたかと思うとぱたぱたと足音と共に三人が駆け込んできた。
「あ、、、お、お姉さんどうしたん?僕のハンカチきれいやから涙拭いて。僕らで何かができるなんて無理かもしれへんけど、訳は聞くし、お手伝いならできるかもしれへんやん。ね?お茶飲んで。落ち着いてよ。」
こうきがポケットからハンカチを出して渡すと若月を囲んで頭を撫でたり、背中をさすったりオロオロと動き回った。
「あんた達だれよ!私は人は嫌いよ!あの方はきっとあんた達みたいな人が捕まえてどこかへ連れて行ったんだぁ~。」
若月はそう言うなりこうきの手からハンカチを叩き落とした。
こうきは驚いて飛び上がるように後退り、たくみもこうきを支えるようにして固まってしまった。

たくみとこうきは、しょんぼりとして台所に一番近いいつもの席に座った。坊も一緒にそこに腰を下ろすと
「あの精霊、多分川向こうの丘の池に咲くかきつばたの若月さんだよ。とても美しいって、うちの沢にきたモンシロチョウが言ってたよ。でも最近ご機嫌が斜め向いたままなんだって。」
「ほれ、お前達は麦茶がよかろう。喉が渇いたじゃろ?葛餅もお食べ。」
龍之介が三人に菓子とお茶を出し、葛餅を四つと太郎と自分のお茶を持ち座敷に座った。
「いつまで泣いておるのじゃ。子供達が優しくしてくれたのにあの態度はどういう訳かちゃんと話さぬならお前の池のかきつばた皆むしるぞ。」
龍之介はいつになく低い声でそういうと、さすがの若月も神妙な面持ちで涙を拭った。

「私、毎年この時期から秋までお約束している方がいるんです。もう田んぼに水が張られているのですし、やってきてくださってもいい頃なのに今年は待てど暮らせどいらっしゃいません。心配で心配で、そうしたらだんだん苛々してきたんです。人に捕まったんじゃないかとか、そんな事を考えていたら無性に腹が立ってしまって。」
「若月、それって蒼玉(そうぎょく)さんのこと?そう言えば、今年は遅いわねぇ。」
「蒼玉って誰だよ。おいらの友達に酷いこと言ったんだ。ちゃんと話聞かせてもらわなくちゃ気が収まらないよ!」
坊は悲しいような怒ったような表情で若月に詰め寄った。
「まあまあ、坊、座っておいで。話は読めた。雨蛙の中には水色の雨蛙が時々生まれる、一万匹に一匹の確率なんじゃがの。そして、精霊の入れ替わりの時期には必ず水色の一際美しい蛙が生まれる。その蛙が蒼玉じゃ。水色に光る宝石があるんじゃがの。そこからついた名前じゃよ。あの池で生まれる水色の蛙は、それはそれは美しく、それがあの池の魅力ともなっておる。で、蒼玉が今年は現れぬということか。ふむ。どこに行ったかの。」
そういうと龍之介は座敷の上がり框に腰掛け腕組みをして考え込んでいた。
すると、こうきがおずおずと
「もしかして、水族館にいはるんちゃうかな。春の展示の目玉って新聞に出てたねんけど、普通は六月の末から七月に見つかることが多い水色の雨蛙が見つかったからどうぞお越しくださいって書いてあった。あの水色の雨蛙が蒼玉さんやったとしたら、どうにか助けに行かなあかんけど僕ら二人では遠くて行けへんし、水槽に入って出すのも無理やし。龍之介さん、蒼玉さんかどうかをどうやって調べたらいいの?それにどうやって取り替えるの?」
そう言った。たくみは、こうきが、また叩かれないように手を繋いでそっと前に立ち上がった。坊は若月の前に仁王立ちになり
「他の人は知らないけど、この二人には全然関係ないし悪くないじゃないか。謝ってよ。叩くなんて!」
とまた若月に詰め寄ろうとする。
「こら坊よ、待ちなされ。お前が怒るのは良くわかるが、若月の悲しみも理解してやらねばの。まずは、水族館の蛙が蒼玉かどうかを調べねばなるまい。さて、近隣の精霊達に触れ回るかの。二、三日時間をおくれ。若月、お前さんも心配なのはわかるが皆に当たっても蒼玉が帰ってくるわけではなかろう?聞き耳を立ててみなされ。居場所がわかればわしらでなんとかできるやもしれぬゆえにの。」
龍之介はそう言うなり入り口でカササギに伝令を頼んだ。

伝令は風の速さで辺りの精霊に伝わり、その日のうちに水族館の蛙が蒼玉であることがわかった。冬眠から出てきたところを運悪く人に見つかり連れて行かれてしまったようで一年の展示の間だけ我慢しようかと考えておられると皆が口々に言っていた。ただ、若月が余りにも傍若無人に当たり散らすので教えてやろうと言う気が失せてしまったと言うのが大体の意見だったらしい。

その夜、新玉ねぎと新じゃが芋の炒め煮と、もろこの佃煮、それにシロツメクサの天ぷらを床几に置いて龍之介と太郎は月を眺めながら酒を呑んでいた。
「太郎さん。わしが夜中に普通の雨蛙と交換すると言うのが手っ取り早いことは重々承知なのじゃが、それでは子供達と若月の間のしこりは取れぬ。特に坊は若月のことをひどく嫌ってしまっておる。あの子はいつか川の精霊になるやも知れぬものじゃ。悪き感情には、あまり触れてほしゅうない。もちろんわしら神とて悪しき気持ちが全くないとは言い切れぬがの。子供のうちからそのような感情を多く持ってしまっては清水の沢が汚れてしまう。」
「そうですなぁ。どうでしょう、今度の土曜に子供達と水族館に行かれては。蛙は懐にしまっておけば一瞬で入れ替えられましょう?子供達も龍之介さんがいれば「大人同伴」ではありませんか。そんじょそこらの大人よりも相当年上じゃ。」
太郎ははははと笑いぐい呑の酒を飲み干した。
「この天ぷら、もうとうがたっているかと思いましたがいい香りで旨いですな。さ、もう一杯。龍之介さん、持って行く雨蛙はなるべく年寄りにしてやってくださいね。人には悪いが、あのような箱の中は窮屈でかわいそうじゃ。」

たくみは、若月が泣いている顔が心に焼き付いていた。大切な人が急にいなくなったら。おじいちゃんが亡くなった時、まだ小さかったけどいつも座っていた食卓におじいちゃんがんなんでいないのか駄々をこねたことがある。かっこいい大工のおじいちゃん。僕の憧れのおじいちゃん。
いなくなってしまった心の穴はなかなか埋められるものではない。
蒼玉さんを助けなくちゃ。

次の日、木曜は5時間目で授業が終わる。二人は走って家に帰りランドセルを放り投げるようにして部屋を出ると、「遊んでくる!」と玄関で告げて飛び出した。
自転車で先に着いたのはたくみだった。
こうきも二、三分後には龍之介のところに走り込んできた。
「今日は暑かろう?足水にしようかの。こっちの手拭いは顔用じゃよ。まずは汗を拭きなされ。」
太郎が桶と手拭いを持って来てくれたので、二人はそそくさと足を拭い顔を拭いた。
見ると坊はもう到着していて、いつもの席で足をぶらぶらさせて座っている。
「冷たい麦茶じゃよ。麩饅頭もできておる。さて相談なんじゃがの。明後日、わしと水族館に行かんか?蛙の交換じゃ。わしと、たくみとこうき三人じゃが、どうかの?」
「えー!おいらは?おいらも行きたいよぉ!人の世界ってどんなのか見てみたいー!」
坊は食べていた麩饅頭を皿に置くとジタバタと暴れはじめた。それを見てたくみとこうきは、慌てて慰めるように肩を抱いて頭を撫でると、
「なんで坊はダメなの?僕たち三人で行きたいなぁ。」
と声を揃えて懇願した。
「うむ。そう言うと思うたんじゃ。じゃがの。坊はまだ生まれて間もない精霊じゃ。まずはこの近くから体を慣らさねば坊の霊力では力尽きてしまう。わしが連れて行っても良いかとも思ったのじゃが、いきなり強い霊力に当たると体を壊してしまうんじゃよ。何日も何週間も坊に会えないなんて、いやじゃろ?」
三人は額を突き合わせてごにょごにょと相談をして、
「でも、坊にだって取り替えるとこや水族館を見せてあげたい!」
と、たくみが提案してみた。
「んー、水族館じゃしのぉ。見えぬこともない。太郎さん、鏡を出してくれぬか?」
龍之介はそう言うと、ふわりと空気が揺れたようになって神職の衣装に身を包んで現れた。
「試しに若月のことを見てみるか?」
鏡を持って現れた太郎も衣装替えをしていて、二人で鏡に何やら祈りを捧げると、ぼんやり白く煙ったかと思ったら若月の池が映し出された。
静かな湖面に無数に咲くかきつばたが映し出されて木漏れ日に照らされている様は、まるで一枚の絵のようだ。その池のほとりで花に寄り添うように座っているのは若月だった。ポロポロと涙をこぼし花々に頭を撫でられている。
たくみは、おじいちゃんのいない食卓の影善を見て泣いたのを思い出した。涙が溢れた。
「龍之介さん、助けに行こう!坊はこの鏡見て待ってて。僕な、もう誰もいなくなってほしくない。おじいちゃんが亡くなった時、コロゾウが空に還った時、胸が痛くて悲しくて、すごく辛かったねん。だから、坊は待ってて。鏡で見えるようにしてもらったら心は三人やろ?お願い。消えたりしないで。」
たくみの急な涙に坊は頷くしかなかった。

こうきとたくみが帰った後、坊は龍之介のところで夕食を食べることになった。
温かな蕎麦の上にはねぎと生姜が乗っていて、新玉ねぎとイタドリの葉の天ぷらと干したアマゴの天ぷらをお皿に乗せてもらった。龍之介と太郎は、それにノカンゾウと油揚げの炙ったのの酢味噌和え、玉蒟蒻の雷煮が添えてある。
「坊も食べられそうなら皿に分けてやるからの。さ、お食べ。」
「ねえ、龍之介さん太郎さん、『コロゾウ』って誰?おいらの知らない人?おじいちゃんも誰かわからない。おいら、人はたくみとこうき以外はたまに写真撮りにくるのしか知らないし、あの人たちにはおいらのこと見えないんだと思う。手を振っても知らん顔だし。おいらにはこの森以外は知らない世界なんだね。力が無いって悲しい。」
そう言うと蕎麦を一口啜った。
「ふむ。『コロゾウ』と言うのはな、わしらとたくみやこうきを繋いでくれた付喪神じゃ。一度目は弾みでここにきた二人じゃったが、巡り合わせなんじゃろうの。再びここへやって来た。しかも付喪神を連れての。コロゾウは空に還りたいが名前がわからぬから還れぬと言う。あの二人は頑張って名前を探しての、そして昔の悲しい記憶というのを知ったのじゃ。コロゾウの本当の名前がわかり、別れを告げた時のたくみは本当に辛そうじゃった。坊にもしものことがあったらと思うたらと苦しかったんじゃろうの。今回は太郎さんと留守番を頼んでも良いじゃろ?」
龍之介は坊の頭を撫でながらグイッと酒を煽った。

土曜の朝、お日様に薄雲が重なり暑くも無いが寒くも無く二人はお弁当を作ってもらって龍之介の洞穴までやって来た。
「龍之介さん太郎さんおはようございます!ねえ、龍之介さんってバスに乗るん?お母さんにバス代と水族館代はもらって来たけど、龍之介さん、お金って持ってるん?」
たくみは、今までそんなこと考えもしなかったが、水族館はお金がかかることを思い出して昨夜は寝られなかった。しかも大人料金なんていくらかも分からない。それで少し元気がなかった。こうきも今そのことに気がつきオロオロしている。
「大丈夫じゃよ。バスは苦手じゃからの。電車でどうかの。地下鉄じゃ。お金もちゃんと持っておるよ。わしらとて買い物をすることもあるんじゃよ。ただ、人に化けるのは苦手じゃ。ちょいと怪しいが我慢しておくれ。」
そう言うと、「ふん!」とお腹に力を入れて人の形に化けた。確かに少し怪しい。真っ黒の甚平さんのような格好。でもズボンは足首まであって紐ですぼませてある。それに草履。そしで、つばひろの帽子をかぶっている。
顔色が少し緑がかって見える。
「龍之介さんしんどいん?大丈夫?」
こうきが心配そうに覗き込む。
「うむ。いつもこの色じゃよ。な、怪しかろう?」
龍之介はふふふと笑うと懐から一匹の雨蛙を出した。なんの変哲もない緑色の雨蛙だ。
「え?これやったら取り替えっこできひんやん。緑色やで?」
あわてるたくみとこうきと坊の目の前で手のひらの蛙の上にもう片方の手のひらをかぶせ、開けると緑の蛙が水色の蛙に変わっていた。
「元々蛙は皆緑色なんじゃ。そこから黄色の色素が抜け落ちると水色の蛙が生まれる。不思議よのぉ。今で言う『遺伝子の欠損』じゃ。この蛙は年寄りでの。餌を取るのが難儀じゃと言うので代わりを快く引き受けてくれた。水族館なら餌は獲りに行かずとも出してくれるでの。さて、二人とも駅まで歩くゆえ手を繋ごうぞ。」
蛙を懐にしまうと両手に二人を一人ずつ繋ぎふわりと歩き出した。
二人は普通に歩いているのに、目の前の景色がどんどん流れていくのに驚いた。駅までの道のりが二、三分の出来事になってしまった。
切符を買って電車に乗ると三人は並んで座った。
「龍之介さん、あんな力があるんやったら水族館までかてひとっ飛びやん。なんで電車に乗るん?」
たくみがそっと耳打ちすると、龍之介はニヤリと笑い
「電車代も水族館代も小遣いにするにはちょっと高かろう?ちゃんとお金を払って入らねば他の人たちにも悪かろう?ズルはいかん。わしは、これでも神様じゃからの。」
と呟くと、あとは居眠りをしてしまった。水族館の最寄りの駅まで来ると、水色の蛙を見るためか、人がそこそこの列を作っていた。三人は並んで順番を待ち、切符を買うと中に入った。
イルカやペンギンを足速に通り過ぎ、淡水魚のエリアでたくみとこうきは、キョロキョロと探し始めた。蛙はなかなか見つからない。大水槽を通り抜けクラゲの水槽をくぐり抜け、両生類のエリアで、ど真ん中にぽつんと一際目立つ一つの水槽。蒼玉が悲しそうに人々を眺めていた。蒼玉がふとこちらを見た瞬間、龍之介の懐の中に飛び込んでいた。水槽の中の蛙は、相変わらずぼんやりと空を眺めている。
三人はそそくさと出口に向かい足速に地下鉄に乗ると小一時間で洞穴へと戻って来た。

「おかえり!なんか、変な生き物がいっぱいいたなぁ!海って変な生き物が沢山いる所なんだなぁ。おいら、森の精霊でよかったよ。あの半透明のぷよぷよしたやつとかさ、おいらのそばにはいてほしくないもん。」
坊は、そう言いながらも顔を赤らめ興奮冷めやらぬといった様相。
たくみとこうきは、後で話そうねと言い、蒼玉に挨拶をした。
「蒼玉さん、人が勝手に閉じ込めてしもてごめんなさい。僕らが捕まえたんじゃないけどあんな小さな水槽息苦しくなかった?」
たくみがきくと
「いやいや、助けてくれてありがとう。あの中は快適なんだよ。ご飯もくれるし、病気も治してくれる。そんなに悪いわけじゃないのさ。それに、一夏過ごしたら帰れば良いと思っていたんだ。まさか若月が当たり散らしているなんて思いもしなかったんだ。若月も困った子だ。一年なんてすぐなのに。秋には会いに来て、またすぐ春は来る。そう思ったのは、私だけだったのかもしれない。若月は草の精霊だしね。」
と微笑んだ。その時、入口から大きな声がしたかと思うと、若月が蒼玉の胸に飛び込んで来てボロボロと涙をこぼし
「お帰りなさいまし。会いとうございました。」
と泣き崩れた。
子供たちはいつもの席に座ると、二人の姿を見物しながらお弁当を広げた。龍之介が坊に皿も箸を渡しいくつか作り置いた惣菜を出してやる。蒟蒻と根菜の煮物や鴨のつけ焼き、アマゴの甘露煮にノカンゾウと油揚げの煮浸し。三人は取り替えっこをしながらお昼を楽しんでいた。
そこに白夜が現れると、
「若月。泣いてばかりいずにあの子たちにちゃんと謝りなさい。蒼玉を助けてくれたのはあの子たちではないの?自分のことばかり考えて、子供たちを傷つけても知らぬ顔など許しませんよ。謝らぬと言うなら龍之介さんにお願いして代替わりさせますからね。」
と、凍りつくような声で若月を見据えて告げた。
「そうだね。私もこの子たちに救われたんだ。お前が謝ってくれないととても困る。お前が消えてしまうのと同じくらいに困るのだよ。精霊だから、仙人だから、神だからと驕り高ぶってはいけないよ。龍之介さんだって、こんなにも徳の高い神様なのに私たちに分け隔てなく接してくださっているだろう?私は一年あの水族館にいても良いなと思っていた。そのあと外の蛙の亡骸と交代して帰ってこようと考えていたんだ。お願いだ、子供達にも迷惑をおかけした皆さんにもちゃんと謝ってお礼をしておくれ。まだ、消えるには早かろう?」
蒼玉に促され、若月は正座をして頭を下げると
「たくみさんこうきさん坊さん、龍之介さん太郎さん、白夜姉さん、大騒ぎをして、たくみさんとこうきさんには酷いことを言い募って申し訳ありませんでした。蒼玉さんを助けてくださり本当にありがとうございます。どうか、これでお許しください。」
そう言うとどこからかかきつばたの花がふわりと現れぽとりぽとり落ちたかと思うと四つの束になり卓の上に降りて来た。
「うわぁー、綺麗。あの池かきつばたは綺麗なんやってモンシロチョウが教えてくれたねんて。ねえ、坊。」
たくみが嬉しそうにそう言い、こうきもうんうんと頷いた。
「おいらは、これもらっても飾るとこがないよ。太郎さん、ここに一緒に飾ってくれる?そしたら枯れるまで毎日見にこれるしさ。」
坊は照れ臭そうにそう言った。


白夜が若月と蒼玉を伴って午後遅くの薄曇りの空に消えていき、夕暮れが迫る頃。たくみとこうきは、坊に
「あの時、僕らのことで怒ってくれてありがとう。精霊さんたちの中には僕ら人のことを嫌ってる方がいるって、すごく解って悲しかった。だから、坊が僕らのこと庇ってくれたのめちゃくちゃ嬉しかったで。ずっとずっと、友達でいような。」
そう言い固い握手をすると手を振り帰っていった。
「今日は、疲れたじゃろう。ここに泊まるといい。蕎麦がきを作ろうの。お前とて力を使うたじゃろ?」
眠そうにあくびをする坊を見るとそう言って龍之介は台所に入っていった。

空を薄い雲を紅掛けに染めて夕陽が沈んでゆく。
そろそろ星々が噂話を始めるだろう。空色に輝く宝石のような物語を。



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