龍神様のお食事処。 

月の涙白き花弁。

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二十六 年神様の交代の宴。

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これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様とお友達のお話。ここには龍之介と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社のたくさんの、おはなし。


鈍色の雲が、今にも空から雪を舞わせようかと迷うような師走の空の下、たくみとこうきはワクワクと胸を躍らせて児童館への道を自転車を走らせていた。児童館では毎年地域の子どもたちと学童の子どもたちの交流を兼ねてクリスマスパーティーが催される。「男の子にも女の子にも喜んでもらえる500円までのプレゼント。」を持って。
このプレゼントはなかなか難関で、たくみは木彫りの猫の置物をすぐに選んだが、こうきは本当はポケット植物図鑑にしたかったのにこの値段では見つからなくて、諦めてカエルの木彫りの置物にすることにしたのだ。
どちらも赤や黄色の色とりどりの彩色に金の筋がいくつも描かれていて玄関や本棚の隅に置いてあってもきっとワクワクするに違いない。
二人は目を合わせるとクククと笑い児童館へと走った。
児童館では先生方が作った美味しいお料理を机いっぱいに並べてある。
「こんにちはー。たくみとこうきです。お母さんがクッキー焼いてくれたから持ってきました。後でおやつの時にって。」
たくみは大きなケースを渡すと、
「あのー、僕のお母さんからは田舎から送ってきたお煎餅をって。甘いものばかりだと飽きるからお口直しにって。」
おずおずとカバンの中から出したのは揚げ煎餅や昆布の揚げたのや豆菓子の入った大きな密封袋だった。
「あら、いつもありがとうね。お母さんたちによろしくね。」
先生は肩をポンと叩くと中に招き入れてくれた。
児童館の催しは、学童生による演劇とダーツ大会、そして子どもたちが「えー!まだ早いやーん!」と叫ぶように文句を言ったのだけれど「でも三学期最初の百人一首大会の時に有利やで。」の一言で始まった百人一首大会。
たくみが
「僕な、『このたびは ぬさもとりあえずたむけやま もみじのにしきたにのまにまに』って言うのがなんか好きやねん。意味はわからんけどな。まにまにって面白い響きやん?だから誰にも取られたくない。」
とニヤリと笑う。こうきが
「なんか、挨拶もせんと旅に出てごめんね。って歌みたいやで。ようわからんけど。ぬさってなんやろうな。僕は『せをはやみ いわにせかるるたきがわの われてもすえにあわんとぞおもう』てのが好き。川の流れが岩に当たって流れを分けてしまってもいつかまた一緒になろうね、って意味やねんて。なんか、僕らみたいじゃない?僕とたくみくんと坊も、時の流れの中で別れ別れになってもいつか三人は一緒になれるって龍之介さんが言うてはったやん?意味はあんまりわからんけど。だからこれ好き。」
二人はこの札さえ取れればあとは勝ち負けは気にしないつもりだった。二人一組になっての大会は本番そのまま、最初こそわいわいと騒いでいたが取り札が少なくなってくると、だんだんと熱が加速し、最後の一枚になった。この札こそ、こうきの好きな札である。何がなんでもこちらが取らなければならないけれど読み手の先生はこの辺りになるとお手つき札を読んだりするから気が抜けない。
「せをはやみ~。」
この瞬間たくみとこうきは札に手を伸ばした。こうきが一瞬早く札を取り二人目を合わせた。わははと笑い二人の取りたい札を取れてとても嬉しかった。
百人一首の後はプレゼントをみんなで輪になって歌を歌いながら回していく。たくみは小さな手袋に雪だるまがついたキーホルダーが二つ入っているのが当たり、こうきは小さなスノードームが二つ入った箱を当てた。
「うわ!どっちも二つずつやな。一個ずつ取り替えっこしよ?こうきは緑と青とどっちがいい?」
たくみは嬉しそうに手のひらに乗せた。
「んー、僕緑もらってもいい?たくみくんはサンタさんと雪だるまどっちがいい?」
こうきの手にはサンタと雪だるまのスノードームが雪をひらひら舞わせている。
「どっちかなぁ。雪だるまでもいい?なんか、雪だるまって友達な気がしてつい選んでしまう。こうきが嫌じゃなかったらやで?」
たくみはちょっと困った顔をした。
「雪だるまって、ほんまに僕たちの友達やもんな。たくみくんがこっち。僕はサンタさんにするな。振ってみて。雪が降ってるみたいやなぁ。」

冬休みが年末の慌ただしさに巻き込まれて、子供達も大掃除に駆り出され嫌が応にも年の瀬を感じてしまう。
29日、久しぶりにたくみとこうきは坊と三人で龍之介さんのところに遊びに来た。今日は二人とも両親が新年の買い物に走り回っている。明日は大工仲間とこうきの家族で餅つき大会になっている。それで三人で今年一年の感謝を込めて一生懸命に作った小さなしめ縄を持ってきたのだ。近所の田んぼを持っているおじさんに作り方を習い、もう少し藁をいただいて秘密基地で三人で力を合わせて作ったのだ。
「こんにちはー!たくみとこうきと坊です。年末のご挨拶に来ました!」
三人がひょろりと少し曲がった輪っかのしめ縄を持って笑顔で入ってくると、そこにはニコニコと笑ったおじいさんが二人座敷で火鉢に網を乗せて餅を焼いていた。お昼間ではあるが少しだけお酒を飲んでいるみたいで頬がほんわりと紅くなっている。
龍之介さんが、芋棒鱈を器に盛り付けて大根葉をごま和えにしたものと一緒に台所から出てきた。
「おう、よくきたの。太郎さんは今新年の用意で外で忙しいんじゃよ。足湯はそこにあるから自分たちでできるかの?」
三人は嬉しそうに桶に手ぬぐいを浸けて絞るとポケットに靴下を突っ込み丁寧に足を拭いた。そして手ぬぐいを濯いでお湯を捨てると桶に丁寧に干してから座敷に上がった。
「あの、今年初めて作ったし、これ、持ってきていいかわからへんかったねんけどみんな玄関に飾るし、きっと龍之介さんと太郎さんも気に入ってくれはるかなって思って、三人でしめ縄作ってきました。このヒラヒラした紙とかは百均の折り紙やし、おみかんはプラスチックやけどこれでも気に入ってもらえるかなぁ。」
三人はすごく心配そうに龍之介の顔を覗き込む。
すると横から、さっきから餅を焼きながら静かに飲んでいた二人が声をかけてきた。
「坊やたちがここに出入りしておる人の子たちじゃな。いい心がけじゃ。わしらはな、年神じゃよ。この深緑色の着物に銀の袴のが今年の年神。紅い着物に金の袴が来年の年神じゃ。入れ替わる前にいつもここで酒を酌み交わし、一年の穢れを落とし、わしはこれからの一年の幸せを願ってこの三日を過ごすのじゃよ。その間、龍之介さんにご馳走をたくさんこさえてもらっておるんじゃ。何より大晦日の蕎麦は楽しみ中の楽しみじゃ。しかし、なんとも素晴らしいしめ縄じゃな。お前たち三人の優しい心がたっぷりと編み込まれておる。良い年にしたい。皆に優しい年にしたいと言うことがわしの心に染み込んでくるぞ。」
手に取ってもいいか?と来年の年神様が聞いてくれて、高く掲げてニコニコと笑いながら見ていた。すると今年の年神様が
「おお、わしにも見せてくだされ。なんと美しい心なんじゃ。水面を渡る風のようじゃ。温かく思いやりのこもったしめ縄じゃな。この神社は、なんの心配もない。安泰じゃなぁ。龍之介さん、昆布巻きと黒豆と田作りをくださらんか。もちは砂糖醤油がよかろう。この子達の口にはそっちの方がうまかろう。」
いつになく行ったり来たりを繰り返している龍之介を見て三人は料理を運ぶのを手伝ったり、お酒を注いで回り黒豆を摘んだりしていた。坊は食べたことのないものもたくさんあって、「田作りって、なんで魚なんだ?」とか、「芋棒鱈ってなに?」とか、いろいろ聞いてきてくれるのだが、二人は答えられずにその度に龍之介に助けを求めていた。
「田作りとはな、昔イワシを干して粉にして作った肥料で米を作ったらたいそういい米ができたと言うことで五穀豊穣、また、ごまめという名もあってな、まめに健康にという意味もある。芋棒鱈、芋棒というのが一般的かもな。この棒鱈は北の海で獲れる鱈という魚なんじゃがそれに塩を振って何日も硬くなるまで日に干して西の方まで北前船などで運ばれてきた。それを戻して芋と炊くわけじゃが、鱈の名前から『一年たらふく食べられますように』という願いを込めているんじゃよ。お節料理というのはな、一つ一つにこの一年の家族が健康で笑顔あふれるようにという願いを込めて年の瀬に女子衆が作るもんじゃった。今は家族みんなで力を合わせて作ったり、また料理屋から買ったりと色々な形があるが願いはどこでも同じことなんじゃよ。誰が作ろうとも、皆家族を思い幸せを願って食するのがお節料理じゃ。」
「ええ!じゃあ、今食べちゃダメじゃない?なぁ!龍之介さん、年神様早すぎるよ!」
坊が慌てて止めに入ると緑の年神様が
「わしらはこの三日間が入れ替わりの時でな、この時しかゆっくりと料理を味わえぬ。もちろん残りの十人はそれぞれに護る社や山や森があってな。そこではご馳走は食べられるんだがな。入れ替わりの二人が出会って食事をするのはこの時だけじゃ。この一年への感謝と次の一年の幸福を祈りながら盃を交わすのじゃよ。この後太郎さんも社の片付けを終えて宴をするのじゃ。お前たちのしめ縄、本殿の奥にそっと飾っておこうの。来年は皆が仲良く暮らせるようにとの。」
そう言って三人の湯呑みに盃を合わせた。
「お前たちは黒豆と栗きんとんを食べるかの?他に好きなものがあるかね?」
龍之介さんは小さな器に丁寧に盛り付けた黒豆と栗きんとんを盆に乗せて熱い黒豆茶と持ってきた。
「え?いいの?僕もごまめ食べたいなぁ。あと、紅白なます。」
たくみが遠慮がちに言った。
こうきは
「僕、昆布巻きが好きやねん。中に甘く炊いたニシンが入ってて、きゅって噛むとじゅわってこんぶと味が混じるとこが好き。」
すると、坊が
「おいらわかんないから2人のやつ全部!」
とちょっと膨れて言った。
龍之介は、全員のお盆に小さな器に盛り付けたお節料理を並べてくれると一つずつ説明してくれた。
「黒豆はな、この一年マメに働き病気をせず元気でいられるように。そしてシワもできぬほどに長く元気で生きるようにといういわれがある。東の方では、この逆でシワができるほど長生きをしてほしいと願うのだそうじゃ。栗きんとんはな、そのまま作ると少し白くなってしまう。なのでクチナシという実を使って黄金色にするんじゃよ。つまり、この一年お金に困りませんようにというわけじゃ。紅白なますはな、お祝いの色を表しておる。年が明けてめでたいのだから赤と白で彩るんじゃよ。それに、大根もにんじんもご馳走とご馳走の間の箸休め、つまりは胃を休めるためのもんじゃな。酸っぱいから気をつけての。最後に昆布巻きじゃな。昆布は「喜ぶ」などと引っ掛けたりすることもあるんじゃが「子を産む女というのを漢字で『子生婦』と書いて『こぶ』と読んだりして子沢山を願ったんじゃな。あとは、家に帰りお父さんとお母さんに聞いてごらん。坊は、わしら四人でもう忘れないよー!と叫びかくなるほど教えてやるからの。」
そう言っていると外から白の衣装がところどころ埃や汚れで黒くなった太郎さんが
「寒いぞぉ~!今年は大晦日は雪かもしれんの。皆巫女をやってくれるのはいいが暖かな火鉢をたくさん用意せねばならぬの。おお!会えぬかと思ったぞ。この一年、楽しかったのぉ。来年も楽しもうぞ。ん?この、美しいしめ縄は、お前たちの作品か?鏡の上に飾らせてもらおうかの。お前たちに出会わなければ、こんなにも心の温まる年末や年始を迎えられなんだと思う。足湯では足らぬゆえあちらで湯を浴びてくるからもう少し待っていてくれるかの?」
太郎さんは慌てて奥に走りザバザバと湯浴みをし、いつもの作務衣に着替えてきた。
「太郎さんお疲れ様。伊達巻きじゃよ。それとも錦卵がいいか?それと、クワイこれを単体で炊いて欲しいとはよほど好きなんじゃな。わしなら筑前煮に一緒に入れるがの。子供たちににはチップスにしておいたからの。」
「うーむ。はらがへっておるからの、伊達巻きも錦卵も芋坊も欲しいのぉ。クワイもよいかな?それと、握り飯を二個、梅干しでお願いできるかの?」
すると、来年の年神様が
「伊達巻はな、元々は長崎の料理じゃった。『伊達』というくらいで格好をつけた料理と誤解されやすいが、巻物じゃろう?じゃから勉学に励めるようにと願いを込めて食べるんじゃよ。今の受験生にはいい食べ物じゃな。錦卵は彩りの通り金と銀に見立てられ、お金持ちになりますようにと願いを込める。この錦卵は、ゆでたまごを君と白身に分けて裏漉しをするじゃろ?そしてお砂糖や水飴その他の調味料で崩れにくくして、型にはめて蒸してできるんじゃよ。なかなかの手間であろう?お母さんはこんなに大変なことを大掃除をしながらも毎年しておられんるじゃ。今日はもうええがな、明日からは掃除のお手伝いをいつも以上に頑張ってみてはどうかの?」
そうそう、クワイなんじゃがな、普通は筑前煮に混ぜて食べる。よく煮込んでも崩れんのじゃがこの『ツノ」のような芽が折れてはダメなんじゃ。この「芽」が大切なんじゃよ。まっすぐ伸びる。出世する。人に嘘をつかずに真っ直ぐに生きたいという願いがこもっておるのさ。まだ、太郎さんがあれ以上に真っ直ぐに生きたら、針金のようになってしまうけどな。」
2人の年神はワハハと笑って太郎のぐい呑に酒を注いだ。
「あ、子供たちもいるのに。」
そう遠慮する太郎に使って
「いいじゃん、お疲れ様。たまにはお酒飲んでもバチは当たらないでしょ。神様なんだし。」
と坊がワハハと笑った。
小さな宴が空の色に淡い桔梗色を落とし味めた頃、三人は帰って行った。


「お前さんたち、いい子供達に出会ったのじゃな。わしらのところにかえってくるかの。」
来年の歳神がそういうと、
「われても末にあわんとぞ思う。」
今年の年神が言い、
流れとは、そういうものじゃ、別れて遠く離れてしまったように見えても広い広い、長い長い時間をかけて「海」というところでまた出会う。その時に気がつくか通り過ぎてしまうかは、『絆』でしかないがな。あの三人に、そんな心配が、いるかね?」
龍之介は、ごまめをかじりながら幸せを噛み締めた。
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