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二十八 僥倖の花吹雪。
しおりを挟むこれは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様とお友達のお話。ここには龍之介という神様と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や動物、人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社のたくさんの、おはなし。
ある昼下がり、たくみとこうきと坊は遊び疲れてお茶を飲むために龍之介のところにやってきた。
大福を頬張り麦茶を楽しんでいるとこうきが
「ねえ、松の上に住んではる鵲さんはいつもは何してはるの?名前はなんていいはるの?お話ししたこともないし、話したいなぁ。」
と呟いた。
「ほほう。それならば本人に聞いてみるか?あの鵲は月白丸と言うのじゃよ。」
龍之介は外に出ると月白丸を呼び入れた。
もうどれくらいの刻を超えたのだろう、自分が龍之介様にお仕えして。
あの冬は酷いものだった、外には今までにないほどの雪が積もっていた。
自分はただ深い土の中で冬眠をしていたのだ。
朝方だっただろうか、大きな地鳴りと共に文字通り外に放り出された。とても大きな地震だった。山が崩れ地滑りを起こし極寒の地に放り出された。しかも体のあちこちに、岩や土砂に当たって踏まれてできた傷が無数にある。
あぁ、自分はもう死ぬのだな、こんなにも真っ白な体に雪が積もれば誰の目にも止まるまい。
白蛇様と崇められた頃もあったが所詮ただの蛇だったのだとこんな時に思い知らされるとはついていない。
そんなことを思いながらはらはらと舞い落ちる雪を見上げていた。元々体温は低くなっている。血の巡りも悪くなっている。
まるで花吹雪のようなのだな、雪の降りしきるところなど見たこともない。
美しいなぁ。こんなにも美しいものに埋もれるのであれば悔いなど一つもないではないか。薄れゆく意識の中そんなことを考えていた。
すると、遠くからザクザクと誰かが歩いているような音がした気がした。
崩れたばかりの山肌を歩くほどに頭の悪い動物がいるわけはない。
そう思いながらも意識を雪の中に、解けるように手放してしまった。
沸々と鶏の煮上がるような香りと、雪の中のはずなのに身を包むような温かさに目を覚ました。柔らかな布団に寝かされ火鉢にには炭が赤々といこっている。
「山の様子を見に行ってお前さんを見つけたんじゃよ。骨も数箇所折れておるし、内臓も相当やられておった。もう蛇の形で居れるかどうかは判らぬがとりあえずわしのところににと思っての。傷はいつか治る。鶏を潰して汁物にした。ただ、今はお前さんには汁しか飲めんじゃろう。口に運ぶゆえ心配入らぬよ。とにかく休むことじゃ。最後に薬だけは口にねじ込むがの。」
その方は龍神様であった。この辺りの龍神様といえばきっと龍之介様だろう。命拾いをしたに違いない。ありがたい。
お椀によそった汁を少しずつ口に入れてもらい、その後桁違いに苦い丸薬を口にねじ込まれた。龍之介様は口を片手で掴んで開かせてくれない。溶けるのを待つくらいなら一気に飲み込むしかなかった。飲み込んだのを確認すると白湯を飲ませてくれて後は
「さぁ、寝なされ。」
と仰るだけ。自分は何日もそうして汁と薬を飲み眠って過ごした。
どれ程の間龍之介様のところで眠っていたのだろう。
体を起こせる程度には回復し、まだ外には出られぬが肉や魚を口にできるようになってきた。
「ふむ、かなり良くなってきたの。まだ十分には治っておらぬゆえゆるりとしなされ。お前、あの紅葉山の白蛇の月白丸(つきしろまる)であろう?地震で放り出されたとは災難よの。」
少し力の戻ってきた身体とはいえまだ動くこともままならない自分をこんなにも気遣ってくださるとはありがたいが不甲斐ない。そう思っていると
「心配するでない。あのような災難では誰にも避けようもない。しかも冬眠中であったのじゃ。仕方なかろう。さ、今日も苦い薬を飲む時間じゃ。」
最初はなんとも難儀した薬も今では慣れたもので白湯と一緒にごくりと飲み下した。
「今はまだ眠るが良い。気に病む事はない。とにかく眠るんじゃよ。」
それから季節が幾度か巡りまた冬がやってきた。ようやく動くことができるようになってきたのだが、前のように思うように前に進めない。
骨が曲がってくっついてしまったらしい。地を這うことができないならば如何にして生きれば良いのだ。私は、あの時に雪に埋もれて土に還った方が良かったのではなかろうか、それとも鍛錬を積めば前のようになれるのだろうか。
まだ座敷から降りることもできず畳や板間を行ったり来たりしながらもまっすぐ進めぬ我が身に苛立ち、落胆を深めてしまう。
自分の命は、なんのために存えられたのだろう。なんのために。
そんなある日、外はまだ冷たい風が吹いてはいるがそろそろ梅の便りも来ようかという頃、龍之介様が薬と白湯を持ってきながらこんなことを語り始めた。
「月白丸よ、お前は我が身が前のように動けぬと落胆しておるようじゃがの、あの時お前は確かに声をあげたのじゃよ、『生きたい』とな。わしが見に行くと真っ白な雪の中青白く美しい体がみるも無惨に傷ついたお前がいた。傷つき血を流しつつも生きたいと願うお前がな。それでわしのところに連れて帰ろうと思ったんじゃ。どうじゃろう、しばらくわしにその身を預けてはくれまいか。少し他の蛇とは違う刻を生きねばならぬ身になってしもうたが、わしの使いとして働いてもらいたいと思っての。鍛錬は続けなければならぬが、姿を少し変えられるようにと思うておる。蛇でいると、そのままでは色々なものに命を狙われかねぬからの。少しずつじゃがわしの元にいることに慣れてもらおうと思っておる。」
それからは、少しずつ霊力を高めるように修行をしながら身体を動かす鍛錬も続けた。
元から白蛇であったこと、龍之介様の霊薬をいただいていたこともあり、桜の咲く頃には変化の術を少しなりと身につけることができるようになった。
精霊の姿に変化するのはまだ短い時間しかできない。そして薄い影の様な存在感だ。
それでも空を見上げると桜の花びらが風に舞う、あの時のようだ。だがそこにはあの時の寒さも絶望もなく、ただ青空にとけるように舞い散る桜を美しいと思ったものだ。
それから間もなく龍之介様から次の変化を教えてもらった。
「蛇では冬動けまい?蛇と鳥を行ったり来たりというのはどうじゃ?お前はどのような鳥になりたい?よく考えて思い描いてご覧。」
蛇から鳥に変わるというのは中々に難しい課題で、何度も挑戦するのだが尻尾が蛇のままだったり、顔が鳥と蛇を足したようになったり、その度に龍之介様も太郎様もワハハとお笑いになる。自分は真剣なのにと思う時もあれば、悲しくてやりきれなくなることもしばしばであった。
夏はあっという間に終わり、満月の舞も済み、落ち葉が風に舞い始める頃自分はこの神社の幟に描かれている鵲(かささぎ)になりたいと練習を重ねた甲斐もありとうとう鵲として空を舞うことが叶うようになった。
「龍之介様、私は鵲となりあの松に巣を為して生きようと思います。いつでも呼んでくだされば天の神様のところへまでも使いをいたしましょう。どうか、この命尽きるまでよろしくお願いいたします。」
そう言うと、龍之介様は
「お前さんは頑なじゃな。わしに様を付けるのはお前だけじゃ。まあ、お前の願いはこれで叶えられた。そして、わしも使いの者ができてくれたことを嬉しく思っておるからの。しかしそのしゃちこばった様子はどうにかならんか?わしらと酒を酌み交わすことさえもしてくれぬでは寂しいではないか。今日は祝いとして一献どうじゃろう?」
龍之介様と太郎様はお住まいの入り口にいつも床机を二つだし酒と肴と煙草盆を持ってきては夕暮れの空を眺めておられる。
お二人で呑まれることもあれば精霊たちや神々が訪れることもしばしばである。龍之介様の料理は絶品で、自分の体が治るまでも、いろいろ気遣ってくださり、今も、どの姿であっても食べられる物を振る舞ってくださる寛大なお方だ。
その日は祝いの席としてご相伴に預かり夜遅くまで「無礼講じゃ」とおっしゃった。皿の上には猪肉のほうば味噌焼きやあまごの塩焼き、舞茸と青ネギの天ぷら、しろ菜と厚揚げの煮浸し、そして自分の好物のだし巻きが並んでいる。
あの雪の中、このまま真っ白な闇に沈んでゆくと思ったのが夢のようだ。
「いただいます。」
取り皿にそれぞれを乗せ、盃に満たされた酒を口にする。
「美味しゅうございます。あの時より、この命をお二人にお預けすると誓いました。このようにご馳走をいただくのは今夜で終わりにいたしとうございます。わたくしはこの身が空と一体になるまでお二人のものでございます。これからもどうかよろしくお願いいたします。」
それ以来自分はこの松の上に住んでいる。ここはお二人の世と人の世の境界でどちらも見渡すことができる。
それが私の昔話だ。
子供達は涙を溜めてそれを聞いていた。
「月白丸さん、たまに僕らが声をかけてもいい?一人は寂しいやん。お友達になりたい。あかん?」
こうきは小さな手を差し伸べてそう言った。
「そうですね。友達など考えたこともありませんでした。六助もたまに話にはくるのですが、私が無口だからなのかひとしきり話すと帰ってしまいます。お三人がここにいらっしゃる時、お声がけくださればたまには降りてまいりましょう。」
日が傾き、ふわりふわりと粉雪が舞い始めたのでたくみとこうきは帰宅するために自転車に乗ると小さくなっていきました。
粉雪が舞い落ちる空を眺めながら、あの日と同じ肴を床机に並べ龍之介と太郎は雪見酒をしていた。
「今夜も月白丸は降りて来んのだのう。寂しいものじゃ。」
そう言うと龍之介はぐい呑の酒をぐいっと飲み干した。
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