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三十二 風を切る音。

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これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様とお友達のお話。ここには龍之介と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社のたくさんの、おはなし。





グラウンドの周りにはボール止めの金網の塀があり、その外にはモミの木々がグラウンドの外側の家々を守っている。
夕方から出始めた黒雲が早足で街を覆い隠し大粒の雨がグラウンドや道路や屋根を歌い踊るように降り注いでくる。
そのグラウンドの草むらを雨粒が土を弾いてバチバチとはねをあげる。もう何年もあの方の掌から自由自在に空を切ってうなりを上げていた。私とあの方は泥と涙とため息と、そして勝利の歓喜を共にしてきた。初めて出会った時、小さな掌には大きな私を大切に温かに握りしめてくれた。キャッチボール、壁打ち、たくさんの思い出を私は詰め込んできた。
それが、どうしたことだろう。こんな雨の中ひとりぼっちだ。


「おはよう!たくみくん昨日の雨すごかったなぁ。窓がガタガタ言うてさ。風もすごかったよなぁ。」
こうきはたくみに追いつくように走って来ながらそう声をかけた。
「おう!こうきおはよう!雨すごかったなぁ。坊大丈夫かなぁ?学校終わったら行ってみいひん?龍之介さんと太郎さんいはるし、多分大丈夫やと思うけどさ。」
二人は通学路の途中にあるグラウンドのそばを歩いていた。
「あれ?あのボール、なんかすごく気になる。あのボール見てたらドキドキする。龍之介さんとこ持っていく?」
たくみがそう言いながらボールを拾うと二人は目を見合わせて土を払いハンカチに包むとカバンにボールをそっと入れた。


おや、子供達に拾われてしまった。こんな泥だらけのボールなのに。そういえばあの方は家に帰ると汚れを取って磨いてくれた。あのかたは困ったりしてないかしら?それとも私を忘れてしまった?そんなはずない。あの方は私をいつも大切にしてくれた。私が忘れられるはずがない。


「こんにちはー!たくみとこうきです。坊は来てますか?昨日の雨すごかったし、坊の沢大きな石とか転げてきてないかなって心配できたんです。」
「おお、よう来たの。坊はここにおるよ。昨日の雨は大変じゃったが、いつかのすみれヶ淵のようなことにはならなんだよ。あそこの沢は杉の森を通っておるからの、あれくらいの雨ではびくともせん。今日はちまきをたんと作ったんじゃ、きなこもあるから冷たい麦茶と食べると言うのはどうじゃ?そのカバンの中の野球の球も一緒にの。」
二人は驚いて顔を見合わせたが兎にも角にも足と手を清め、いつもの席に着いた。
そして、このボールを見つけた今朝のことを話して聞かせた。
「ふむ。まだボールが目覚めていないと思ったのじゃな。その子はもう目覚めておるよ。出てきなされ。恐れることはない。ここはお前さんのようなものもいてもいいところじゃ。話を聞かせてもらえると、わしらも持ち主やそのご家族を探す手助けもできようて。」

「初めまして。私は名前というものは持っておりません。あの方はいつもお前としか仰らなかったので。ですが、長く大切にしてくださいました。いつも練習や壁打ち、試合の後は家に帰り丁寧に汚れを拭いてくださって。長くお仕えしていたんです。」
ボールは野球部のマネージャーさんのような白シャツに紺色のスカートを着て野球帽を被っていた。色白の肌、首にはタオルをかけてメガホンまで下げている。
「お前さん、付喪神になるにはまだ少し若いの。しかし、想いがとても詰まっておる。もしや持ち主を待っておったのかな?グラウンドに戻りたいか?まぁ、どちらにしても今はお茶でも飲んでゆっくりしなされ。」
「あのね、僕ら野球ボールさんって呼ぶの長いと思うねん。だから僕らだけのここでだけの呼び名つけてもいい?お姉さんはとても綺麗な白い人やから白磁(はくじ)さん。この間図工の時間に習ったねん。白色にもこんなにたくさんの名前があるねんなぁって思ったの。これは僕の好きな白色。嫌やったら違うの考えるから。」
こうきは少し照れくさそうにそう言った。
「うわ!先越された!僕のは普通の名前やからなぁ。白磁さんって綺麗やなぁ。」
野球のボールは
「あら、名前をつけてくださるのですか?名前をつけてもらうとその方の物になってしまったりはしないのかしら。龍神様、この方々からお名前をいただいてもあの方のところへ帰れますでしょうか?」
そう言うと龍之介の顔をまじまじと見つめた。
「おお、まずはわしらの自己紹介からじゃったの。わしは龍之介、こちらは太郎さんじゃ、わしらのことはさん付けで呼んでくれると嬉しいの。そしてこのおチビさんは小沢の坊じゃよ。それからお前さんを連れてきたこっちの子がたくみで、名前のことを言い出したのはこうきじゃ。さて、こうきはこの場所であえて「仮の名」と言うたからの。これは正式なお前の名とはならぬ。もしや名前がないことで帰ることができないのやも知れぬが、わしらで探してみよう。お前が会いたいと望むならの。」
白磁は、お茶を一口飲んだ。冷たくて香ばしい香りが口の中に広がる。
あの方もよく練習の途中でやかんの麦茶を飲んでいた。
「麦茶というのはこんなにも香り高い飲み物だったのですね。白磁という名前とても気に入りました。どうぞよろしくお願いします。できれば持ち主であるあの方のところに帰りたいのですが、あの方ももうお歳です。私のことなど忘れてしまったかもしれません。もしもそうであれば、空に帰りとうございます。」


それから何日か、たくみとこうきは白磁を持ってそのグラウンド辺りを歩いてはこのボールの持ち主を知るものを探して歩いた。
季節がそろそろ梅雨に入るからなのか、雨のグラウンドにはあまり人の姿はなく手がかりは無いかに思えた。
そんなある日、龍之介のところに深緑の着物に鶯茶の帯を占め黒髪を後ろで一つに束ねた一人の精霊がやってきた。
「龍之介さんご無沙汰をしております。最近ここに来ている子供たちが私のところのグラウンドによくやってくるのですが、あのボールのことで何かお探しでしょうか?あのボールの持ち主は多分今病院に入院していると思ってお知らせに参りました。」
「おお!透輝(とうき)ではないか。お前あの白磁のことを知っておるのか?話しておくれ。さ、水出しの緑茶と麩饅頭じゃよ。」
透輝は足水を使うと座敷に座った。
彼の話はこうであった。

ある日曜日、その男はいつものように草野球の試合にやってきていた。
応援にきていた家族なのだろう。小さな女の子がベンチ近くで手を振っていた。すると女の子に向かってファウルボールが飛んできた。その男は女の子に当てるまいと走ってきて抱きしめてスライディングしてしまい頭を出っ張っていた石ころで削ってしまった。相当打ち付けたのか救急車で運ばれたという。流石に病院まではわからないが、よく遊びにくる鳩にでも聞いてみたらわかるかもしれない。と言うことらしい。
そんな話をしていると子供達が駆け込んできた。
「初めまして、僕はたくみこっちはこうき。精霊さんは何の精霊なん?背の高いお兄さんって木かな?」
そう言いながらも足水で手足を清めこちらに戻って来た。
「わしはあのグラウンドの後ろに生えておるもみの木の精霊で透輝と申す。あのボールの持ち主を探してあられたゆえお知らせに来たのじゃよ。」
「ええ!透輝さん、白磁さんの持ち主さん知ってるん?白磁さん会えるって!」
たくみが興奮気味にそう言うと、透輝が
「まずは鳩に場所を見つけてもらわんとな。もう家に帰っておるかもしれぬが、ちゃんと調べんとな。」
そう言うと、二、三日待っておくれと言って透輝は帰って行った。
「もう時期会えるね。白磁さんよかったね。」
こうきは嬉しそうにそう言った。
白磁はここしばらくこの二人に大切に持って歩いてもらって、いつもとは違う風景を見ていたような気がした。何だろう、この気持ちは。

二日後、土曜の昼に透輝が鳩から聞いた話をしにやってきた。
そのおじいさんは病院に検査入院をしているみたいで、来週には退院してしまうらしい。会いに行くなら明日がいいのではないか、とのことだった。

次の日は天気も良く、たくみのお母さんがお見舞いに行くならと花束を買うお金と昨日焼いたクッキーを持たせてくれた。
たくみとこうきはカバンを前カゴに入れて自転車で漕ぎ出した。
おじいさんの名前は「しげあきさん」と言うことしかわからなかった。探せるかなぁ。病院について改めてそう思っていたら白磁が自分たちだけに見える姿を現し手招きをした。
「あの方の気配がします。きっとこちらです。」
白磁は走りたい気持ちを抑えて静々と歩いている。さっきこうきに病院は走っちゃダメだと叱られたのだ。
三階のその部屋は四人部屋で、三つのベッドが埋まっていた。窓を少し空かして風を受けて彼は外を見ていた。
「あの、こんにちは。はじめまして。僕はたくみと言います。こっちはこうきです。変なこと言うって思うかもしれないんですが、お届け物があってきました。」
たくみはお見舞いにと花束とクッキーを渡して老人の顔を見た。
「あの、しげあきさんであってますか?小学校の近くのグラウンドで草野球してはるって聞いているんです。それで、その、このボール、落としてはらへんかな?って思ったんです。ボールが雨に濡れてて可哀想やったから持ち主を探してて。なんかすごく大切にしてはる気がして。」
たくみはそこまで言うと、言葉を続けられなくなってしまった。今自分たちがめちゃくちゃ不審者みたいに思われている気がしたのだ。
すると老人は嬉しそうにボールを受け取って
「いかにもわしがしげあきや。このボール雨に濡れてたんか?よう見つけてくれたな。古いボールやから雨に濡れて傷んでしもたらワシも悲しくなってしまうとこやった。あそこのベッドはまだ誰もいいひんから椅子を持っておいで。病院のお茶やけど召し上がれ。」
そう言って二人を座らせてくれ、このボールの物語を語り始めた。




戦後間もないこの街は空襲も他の地域よりは少なくて、街並みが残っていた。父は終戦直前に足を怪我してしまったことを悔いて特攻隊に志願した。どうせ動かぬ足ならばお国のために一矢報いて果てようと心に決めておられたそうで、そのすぐ後に終戦になりとても苦しい心のままに帰還した。
しばらくは何も手につかず、母と姉の家に居候をしていたが、このままでは食べるものにも事欠くからと、手始めに荷車で荷物を運ぶのを請け負う仕事で食い繋いでいた。
真面目な仕事ぶりと、痛めた足にも関わらずの仕事ぶりからたくさんの荷物を請け負うようになった。だが所詮は闇市の荷運び、摘発されるのも時間の問題と思っていたところ、姉の見合いが決まった。姉は器量もよく裁縫や家事もなんでもこなす。そんな訳ですぐに嫁ぐことが決まった。
祝言など物不足であげられるわけもなく、それでも一番の晴れ着を着て荷物を持つと婚家へと旅立つ日三つ指をつくと「おせわになりました」と涙を流した。
母と二人どうして食べて行こうかと悩んでいた頃、とある定食屋から声がかかった。そこは戦前から営む店で戦時中は店を辞めることも考えたのだが田舎の親戚が送ってくれる野菜や屑米で雑炊を売って今も何とかやっていると言う。出前ならできるだろうと雇われた。何年か働いていると、そこの常連さんから縁談が持ち上がった。
その人はこの辺りにできた工場で働いているという。
可愛らしい出立ちで現れたその女性は笑うとエクボができるふっくらとした人だった。一目惚れだったと思う。
そして、その常連さんから工場での仕事も同時に紹介された。
母と二人なら今の仕事でもなんとかなるが、これから子供ができるなら工場のほうがいいかもしれない。自分にできるかはわからないがやってみよう。どんなことでもできるはずだ。
そう思い、工場勤務を受けそして結婚を前提としてお付き合いを始めた。自分の家に嫁いでくれるか不安でしかなかった。工場勤務の会社員のお嬢さんだ。
それでも半年のお付き合いで結婚が決まった。
工場勤務は中々大変で夜勤もあるため不規則な生活ではあったが、出前持ちとは比べ物にならないほどの給料をもらった。
そして、一人目の子供の妊娠がわかった時にちょっと広い工場近くのアパートに移った。
一人目は女の子。妻に似て色白でエクボのできる女の子だった。
2年後には男の子、その2年後に女の子が生まれた。
この、父という人は元々計算に長けていて、足の怪我のこともあり、その頃には内勤になっていた。おかげで夜は遅くはなるがちゃんと家に帰ってくる。
父は子供達をとても大切に育てていた。特に男の子には自分の夢でもあった野球に興味を 持ってほしくて小学校に上がったお祝いに野球ボールとグローブを買ってきてくれた。
たまの休みに二人でキャッチボールをするのは二人の密かな楽しみだった。

少年の名前はしげあきといった。父さんとのキャッチボールが何よりも楽しみだった。でも、父さんは忙しい。友達とキャッチボールをしたり、みんなで野球をして遊んでいたが父さんに応援されてる時が何よりも嬉しかった。
父さんに初めてもらったボールはいつの間にがボロボロになり皮が擦り切れたりしたら困るから使わないことにした。
それでも毎日ランドセルに入れて学校に持って行っていた。
高学年で初めて野球チームを組んで、他校との試合をした。しげあきはピッチャーだった。初めての試合は9回表、相手方の満塁ホームランでピッチャーマウンドに悔し涙をひっそり落とした。
そこからの2年間、何度も挫けそうになりながらそれでもなんとか勝率を上げていた。そばにはいつも父さんのボールがあった。中学は公立で3年間を過ごした。
高校は野球の強豪に推薦で入り勉強も野球も死に物狂いで頑張った。
2年の夏、県大会で勝ち上がり甲子園への切符をもぎ取った。
その頃、ほんの少しの違和感を肘に覚えるようになった。
テーピングで迎えた二回戦、九回表相手はツーアウト一塁三塁、八対六。これをアウトに持ちめば。
ほんの一瞬の慢心だった。指示は下目のカーブ、肘がキリッ痛んだ。バッターには絶好のど真ん中ストレート。ホームランだった。
まだあと二点取れれば勝てる!頭では理解していた。最後のバッターもしげあきだった。
しげあきたちの夏は終わった。
そして、あの時の違和感が本格的な痛みとなり、三年の春にはベンチ入りになり、そのまま夏を終えてしまった。
父さんは大学を勧めてきたが、大学で何を学ぶかも考えられないし、妹は美大に進みたいと考えているらしかったのでそれならと就職を決めた。
しげあきは父に似て数字が得意でとある中堅の工務店の経理として就職が決まった。
その工務店には、代々自分の高校や他校からの野球好きが集まっていた。
休みの日は草野球をするのがこの工務店の楽しみみたいなもんだった。

三年が過ぎたある日のこと工務店の社長が見合いを持ってきた。
その話はお互いが気に入ったからかとんとん拍子に話が進んだ。
可愛らしい嫁だった。気立てが良くて控えめで、料理が上手で。生まれた子供は娘が一人だけだったが愛おしいという言葉がこれほど当てはまる女は、嫁と娘以外にはいなかった。
たまに草野球は楽しんだが、肘の故障が後を引いた。仕事をしていても痛みが出る時もあった。
娘を抱き上げるたび野球などできなくてもいい、この子を抱き上げられる肘でいてほしいと願った。
それが、成長とともに親を離れ子を離れる。愛おしさが減ったわけではない。だが、健康で健やかであればそれ以上何を求める?
しげあきは再び草野球に熱中した。
嫁は時々差し入れと言いながら美味い稲荷寿司や握り飯を大きな重箱に入れて、麦茶と持ってきてくれる。
そんな幸せな日々だった。
娘が、いつの間にやら美しくなって大学に通い、仕事を始めて、男を連れてきたり、嫁に出したり、孫が生まれたり。忙しい日々だった。
孫が三歳になりパタパタと歩くようになったそんなある日曜日、嫁と娘夫婦と孫が野球を見にきてくれた。沢山のお弁当とお茶やビールをベンチに運んでくれて試合を見ていた。
こちらのチームの攻撃の時だった。孫がおぼつかない足で蝶々を追いかけてパタパタと走り出した。一瞬の出来事だった。
バッターが打った球は大きく逸れてファールボールは孫に向いて飛んできた。考えてなどいなかった。体が勝手に動いていたんだ。孫を抱きしめて頭から土にスライディングしてしまった。
ガツンと鈍い音がして視界がだんだん狭くなる。遠くで孫が泣いていた。そこで視界が無くなり意識は消えてしまった。

「気がついたらな、ここに寝てたんや。嫁も娘も目が真っ赤で思わず孫の安否を確認したわ。孫は婿さんの腕の中で眠ってた。おでこをざっくり切ってしもてな。ほれ、この包帯大袈裟やろ?でも傷のせいでこんなに長々入院してるんやないねんで。血圧が高いからって検査をいろいろされてな。ま、今のところは経過観察って言われた。まだあとちょっと検査があるみたいやけど、心配はないそうや。このボールの来歴はそう言うわけや。」
しげあきさんは笑ってそう言った。
「あの、経過観察ってどう言うこと?それと来歴ってわからないです。」
たくみがそう言うと
「つまりな、お医者さんにちょくちょく通いなさいってことや。来歴っていうのは、ま、わしとこのボールの歴史やな。」
今はしげあきの手に戻ったボールを大切そうに撫でながらそう言った。
「じゃあ、しげあきさんは元気で、白磁さんはまだまだ一緒にいられるんやんね?あ、ボールさん。」
たくみは口に手を当てて恥ずかしそうに下を向いた。
「白磁さん?新品のボールみたいな名前やな。名前までつけてくれたんか?優しい子らやなぁ。今では汚れてわしの手油もついて飴色やのにな。」
しげあきはそう言って笑うと枕元に手拭いを四角く畳むとその上にボールを乗せた。
「ふーむ。名前かぁ、今までお前ってしかいうてなかったからなぁ。わしやったら何でつけるやろう。」
しばらく顎を捻くって考えていたがおもむろに
「空。かな。青空に飛んでいくこのボールはとても綺麗なんや。青空に溶けることなく放物線を描く。勝っても負けても空に映えていつもわしの手元に戻ってきてくれる。そやし、空やな。」
ベッドの隅に座り足をぶらぶらさせていた白磁が、初めて『本当の名前』をもらった瞬間まばゆく輝きそして恥ずかしそうに笑った。
たくみとこうきはそろそろ帰ります、と挨拶をして小さな声で
「空さんバイバイ」
と言うと病室を後にした。
病院を出て自転車で風を切る。空は、青からほんの少し金色の筋を混ぜて西の方にお日様を見送っている。
今日はこのまま家に帰ろう。二人は何となく目でそう合図をするといつもの分かれ道で左右に家路へとハンドルを向けた。



洞穴の入り口に床几を並べ透輝と太郎がぐい呑に酒を注いでいた。
龍之介が蓬の葉の天ぷらと干した天魚の天ぷら、イタドリと厚揚げの煮浸しを小鉢に盛ってやって来た。三人分の盆をそれぞれの前に置き空を眺めた。
暮れなずむ空に星がそろりそろりと姿を表す。
空は、どんなに晴れても荒れても、笑った時もかなしい時にもそばにいるものだ。そう言い乾杯を交わした。
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