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三十六 冬の神さん風邪ひいた。

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これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様とお友達のお話。ここには龍之介と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や動物、人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社のたくさんのお話の中の小さな小さな出来事。



節分も終わってそろそろ梅もほころんできて、春は名のみと言うけれど陽射しがなんとのぉ優しいなってきたある日の夕暮れ、お空の上のちょっと大きめの庵家で昼寝から目が覚めた冬の神さんがひとりごちた。 
「あれ、なんやら背筋がゾクゾクっとして薄らさぶい気がするなぁ。」 
冬の神さんは、独りぼっちの部屋の真ん中にある囲炉裏に炭をくべると、 
「こんな時は酒でも飲んで鮎の干物でも炙るかな。そうや、それに大根がもうええ感じに炊けてるはずや。あれを頬ばるのもおつやなぁ。」
とつぶやくと一人酒の用意にかかった。膳の上には串にさして焼いた鮎を三本。柚味噌を塗りながら丁寧に炙ったもんや。それに、こっくりと出汁をしませたホカホカの大根煮。酒は囲炉裏のヤカンで熱燗にしたてた。 

さぁて、始めるかと思ったその時、勝手口の戸がトントンと叩かれた音がした。 
「せっかく独りで呑もうって時に一体誰や。」 
神さんはそうこぼしながら戸を開けた。 
そこには雪ん子たちが道に迷って帰れへんからここに泊めてと、三人ならんで頭を下げていた。 

「おぉ、雪ん子とはいえさぶかったやろ?お入りお入り。囲炉裏のところはちょっと暑いかも知らんが、鮎の田楽があるさかいそれでも食べてゆっくりしいや。」 
神さんは雪ん子たちには甘酒を器に入れて出してやった。 
そうして神さんと雪ん子は遅くまで他愛もない話をしながら、酒を酌み交わした。 

さて、寝ようと思い立って、神さんはハタと気がついた 
布団が、わしの分しかないなぁ。まあぁ、ええわ。わしは囲炉裏のそばで寝ればなんとかなるやろう。雪ん子が風邪を引いたら雪女にどやされるさかいなぁ。
そう思うと、布団を敷いて雪ん子たちを寝かせてやった。 
神さんは薄衣を何枚か重ねるとそれを羽織って火の番などしながらうつらうつらと船をこいだ。 

次の朝。雪ん子たちは元気に布団から飛び出すと
「神さん夕べは泊めていただきありがとうございました。おっかちゃんのところへ帰ったら神さんにご馳走になったって言いますね!」
と元気よく飛び出して駆けて行ってしもおた。神さんは 
「雪ん子もかわいいよのぉ。また鮎の田楽でもたべにくるんじゃぞぉ~。」
と声をかけ戸を閉めると朝餉の準備をしだした。ところが、湯気が鼻に入った拍子にクシャミが立て続けに出てきて、夕べよりも寒気がました気がする。これはいかんと、葛の根やら肉桂やら甘草やらを薬戸棚から引っ張り出し雪平鍋に入れると煎じ始めた。 
なんとも言えん甘い香りの黒い薬湯が出来あがると湯呑に入れて一気に飲み干し身震いを一つ。 
「まあ、一眠りもすれば風邪なんかすぐに治るやろ。」 

神さんはそないおもたんやけど、なかなか風邪なんて治らんもんやで。 

節分が終わっても北風がビュービュー言うてる時はな、神さんが気ぃ抜いて風邪ひいてはんねん。はよ治らはらへんかなぁ。春はそこまで来てんねんから、神さんあったこぉしてようおやすみ。
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