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四十一 一滴の筍流し。
しおりを挟む一滴の筍流し。
これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様のお話。ここには龍之介と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社のたくさんの、おはなし。
いつもの山の裏側に、深く亀裂のようにバックリと割れた洞穴(どうけつ)があった。
それは、入るものを拒むかのように切り立っていて、底には清水が湧き大きな地底湖となっていた。
この地底湖には一人で住んでいる手長蝦(てながえび)がいた。陽に当たることのないこの蝦は透明に近いほどに白く目も見えない。いったいいつからそこにいるのか、真っ暗闇の中では、時間も何もかもが止まっているようで、自分がいつから精霊になったのかさえわからなかった。
ここでは、日々コウモリが持ってきてくれる虫がご馳走だった。
真っ白な髪は一つにまとめられていて、白菫色(しろすみれいろ)の紗の着物に留紺色(とめこんいろ)の帯、金糸の入った真珠色の帯締めには、鮮やかな色の翡翠の帯留めがあしらわれていた。
名前を翠雨(すいう)と言い、たまに岸辺に座り歌を歌って寂しさを紛らわせていた。それは洞穴内で幽けき揺らぎとなり、ため息のように森の空気に放たれた。
この洞穴は年中温度は一定で、寒さも暑さも知らぬまま、毎日帰ってきては話すコウモリ達が唯一外の出来事を聞かせてくれる。
見たこともない「花」の美しさや、香り。
「雲」というものの話。
「月」の満ち欠け。
そして、「雨」の話。
翠雨はとりわけ雨の話が好きだった。自分の名前の由来となっているからだ。
「青葉に降り注ぐ雨?青葉って何?」
翠雨はコウモリに尋ねた。
このコウモリ、名を黒雨(こくう)といい、同じ雨の名前だからか外の様子を教えてくれるようになったのだ。
「翠雨、私は夜に飛ぶのよ。だから青々とした木々草花というのを知らないの。暗がりを飛ぶのだもの。だから、青葉に降り注ぐ恵みの雨なんて言われても、それがどんなふうだかなんて解らないわ。ごめんね。それに、私の名前もひどい話よ。にわかにかき曇って黒々とした雲から降り注ぐ雨なんて。夜には、解らない雨だわ。父さんったらそんな雨を美しいと思ったんだって。解らない話よね?変な父さん。さて、ご飯の時間だから出かけてくるわね。虫を多めに取ってくるわ、待ってて。それじゃあ、朝方にね。」
黒雨は暮れなずむ空へ仲間たちと飛び立って洞穴から出て行ってしまった。どちらにしろ自分は暗闇の中に生きている。目も見えぬ上にこの洞穴の上に出ることすらできないのだ。分をわきまえていれば、わきまえてさえいれば、それでいいのだ。
どうせ見ることの叶わぬ世界の話、ならば、夢は見まい。
そんな想いを胸にしまい、ただ歌を歌って過ごしていたある日のこと、翠雨の耳辺りにふわりと風のようなものが当たった気がして、その後大きな葉のようなものが水面落ち、に波紋を作った。
そして、不意に後ろから聞いたことのない低い声がきこえた。
「やあ、お嬢さん。俺の帽子が湖に落ちてしまったんだが、取ってくれはしないだろうか?俺は猛(たける)ここの山に生えている竹の精霊さ。お嬢さんは、手長蝦かな?こんなにも深いところに誰かが住んでいるとは思いもしなかった。いつもお嬢さんの歌声は聞いていたのにね。美しく切なく、そして儚い。いつもなんとも言えず聞き入っていたんだが、さっき、やっとここから聞こえてくると知り覗き込んだ時に帽子を落としちまった。俺としたことが。時に、お嬢さんの名前はなんというのかな?」
翠雨は、しばらくの間どこから声の主が話しているのか解らず見えぬながらにキョロキョロと声のする方向を探していた。黒雨や、仲間のコウモリ以外と話したこともないし、まして精霊がこんなにも深い闇に入り込んだことは、翠雨が覚えている限り一度もない。
「あ、あの。私翠雨と申します。初めまして。あの、お帽子を取って差し上げたいのですが、私は目が見えません。この波紋が消えたら場所がわからないのでまずは取らせてくださいね。」
そういうと水面の帽子を急いで掴み岸辺のいつもの岩の上に座り直した。
「これがお帽子?あまりに波紋が起きたのでもっと大きなものかと思いましたわ。濡れてしまいましたね。大丈夫かしら。」
翠雨が差し出した帽子を受け取ると
「君は目が見えないの?暗闇に長い間いたせいかなぁ。ここから出たいと思ったことはないのかい?外の世界は面白いことばかりなのに。」
猛はそういうと濡れた帽子を被って翠雨の近くの岩に腰を下ろした。
「私がいつ此処に来たのか、それとも此処で生まれたのか、もうそれさえ分からないのです。昔、兄弟がいた記憶は微かにあるのですが、私一人だけが残りました。今は、コウモリの黒雨ちゃんと他のコウモリさんたちや長老で仙人の黒橡(くろつるばみ)さんだけなんです。
黒橡さんのおかげで、此処のコウモリさんは私を食べたりはなさいません。外に出たいかとおっしゃいますが、私にとってはどこもかしこも闇の中です。ならば此処で静かに暮らす方が穏やかだと思うのです。ですから、もしも猛さんが気が向かれましたら時々外のお話など聞かせてくださればそれで満足でございます。」
翠雨は、透けてしまいそうなほどの白い肌でにこりと笑った。
それから、猛は、三日か四日に一度はこの洞穴に訪れては春の季節にはどんな花が咲くのか、竹林を吹き抜ける風が、優しい時にはサラサラと葉を撫でてすぎてゆくのに、大風の時には竹たちが大きくザワザワ揺れてそれでも土を抱え込んで必死に耐える様など、そして季節が写ろうと木々花々がどんなふうに変わってゆくのか、お日様がどれほどの陽を降り注ぎ、お月様が満ちては欠ける、その間にこの地球(ほし)に、この大地にどれほどの恩恵を与えているか、水が、空から降ってくることを雨といい、翠雨の名前の由来の雨が、どれほど草木や動物、人々にとって嬉しいことかを語ってくれた。
「お日様にはお名前はございませんの?お日様だけなんですね。お月様にはそんなにたくさんのお名前がおありなのに。なんだか不公平ですわね。」
翠雨が、猛の話に驚いていると、
「お日様は滅多に形を変えたりはしないんだよ。でも月は、毎日その姿を変える。それで名前が多いのさ。空にはいろいろな事が起きる。星たちのおしゃべりや、流れ星、たまにいっぺんに落ちてきて俺たち精霊に挨拶をしては帰っていく。そんなたくさんの星々の落ちてくることを流星群なんて言うんだよ。外の世界は面白いだろう?今日すぐに、とは言わない。一度外に出てみないか?近くに龍神様がやっている食事処があるんだ。龍之介さんの作る蕎麦は美味いんだぜ。菓子も出してくださる。連れて行ってやるから。翠雨を肩に乗せて風に乗れば一飛びさ。」
猛は、いつも熱心に外の世界へ誘ってくれる。黒雨は外は暗がりで、電灯という灯りのそばには美味しい虫がたくさん飛んでいること。それに星やお月様が美しいことは教えてくれる。夜風に乗ってたまに吹き込む優しい香りの正体が花や木々の香りだということも。
でも、それは此処と同じ暗闇の世界なのだろう。
猛の言う明るい世界がどう言うものか、興味はあるが自分には見る事ができない。肌で感じることもあるかもしれないけれど暗闇の中で生きている自分に、そんなにも外の世界が魅力に溢れているとはどうしても思えない。
だから、いつも猛の誘いには曖昧な返事をすることしかできなかった。
猛は見目麗しい翠雨に恋心を抱いていた。
あの美しさをたくさんの精霊に知ってもらいたい。
できる事ならばずっとそばにいたい。
だが、いつも曖昧な微笑みしか浮かべてくれない彼女に少しずつ不満を持ち始めた猛は、ある日龍之介に相談にやってきた。
「おやおや、難しい顔をしておるの。まずは冷たい麦茶を飲んではどうかの。桜餅を作ったんじゃ。ちょうどいい若葉が出るからの。この頃に若葉を摘んで塩漬けにしておくんじゃよ。さ、奥へ。」
座敷では太郎が足湯と手拭いを持って待っていてくれた。
「ありがとうございます。龍之介さん太郎さんに、相談があって参りました。」
猛は足湯を使うと手拭いで拭ってから座敷に上がり土産にと風呂敷に包んだ掘ったばかりの筍を卓に置き、龍之介が来るのを待った。
「どうした、いつもはもっと威勢のいいお前さんが。まずは汗を拭って、お茶でも飲んではどうじゃ。」
龍之介は猛の前に桜餅と麦茶を置くと、太郎の横に胡座をかいた。
「私の竹林の東の端にまるで亀裂を入れたように、小さな洞穴があるのをご存知ですか?そこは、見た目は小さな亀裂ですが奥が深く、しかも地底湖になっているので子供たちが落ちたりせぬように日中は人の姿となり子供たちを追い払っておりました。この、帽子と袴姿がまるで幽霊のようなのでしょう。誰も入ってはこなくなりました。そして、寂しくもなりました。そんなある日、強い風に私のお気に入りの帽子が洞穴に落ちてしまったんです。暗がりはあまり得手ではないのですが、帽子を諦めることも出来ず降りて行きました。そうしたらあまりにも美しくて、透けてしまいそうなほど儚げな翠雨という手長蝦に出会いました。彼女は、目は退化してしまい見ることができないのですが、歌声が、まるでそよ風に吹かれて囁く竹の葉擦れの音のようで、それでいて物憂げな寂しげな声でした。そして、帽子をきっかけに彼女と話すようになりました。外の世界の事を色々と話してやると、もっと興味は持つと思ったのですが、どうせ見えないからと外に出てはくれませぬ。彼女にここの美味い蕎麦や菓子を食べさせてやりたいのです。龍之介さん、太郎さん。お力添え願えないでしょうか。」
龍之介は、しばらく黙って筍の皮を剥くと大鍋に一掴みの米糠と共に放り込んでいた。皮を竹のごみカゴに入れると語り始めた。
「あの洞穴はの、ずーっと昔の大きな地震でできた割れ目じゃ。時代が、政治が、人間の生きる術が全てひっくり返り、この街も戦火に焼かれ人々の血がこの大地に吸われていった時代じゃ。
その頃はまだ、外の水脈と繋がっておっての。魚や蝦や、いろいろな生物が行き来しておった。そして繰り返される地震で突然、外の水脈とは断たれてしもうた。その時あの娘が家族と離れ取り残されてしもうた。そのようなことは耳に届いておった。コウモリの黒橡(くろつるばみ)に虫を多めに取ってやってほしいと頼んだのはわしなんじゃよ。しかし、何百年も前の話じゃ。それでは暗がりの方がよかろう。その精霊が見てみたいと、望んだのかの?」
沈黙と重い空気が時の経つのを拒むようにゆっくりと流れた。
よくゆがいた筍を火からおろすと一晩かけて灰汁抜きをするため台所の奥にある調理台に乗せて、
「今日はの、秋に味噌に漬け込んだ猪肉を串焼きにして、ウドを炙ったものとあえようと思うての。お前も食べていきなされ。そして、この、モロコの佃煮と握り飯、そしてイナゴのごま油炒めもきっと喜ぶじゃろ。口まで運ぶのは不躾じゃからの。みな串に刺してあるゆえ翠雨の手に持たせてやりなされ。」
龍之介は、弁当包みを二つ拵え猛に渡した。
猛は弁当包みを二つ持つと翠雨の洞穴の湖に急いで戻ってきた。
「やあ翠雨、龍之介さんが、お前にと弁当を作ってくださったよ。一緒に食べないか?そこに腰掛けてもいいかな?」
さっきまで歌っていた翠雨は、少しピクリとしてからこちらに向き直り
「まぁ、猛さんお越しくださりありがとうございます。また来てくださるなんて。本当に嬉しゅうございます。」
翠雨は嬉しそうににこりと笑い、声のする方に向き直った。
「翠雨、俺は何度でも来ると言っただろう?お前に外の話をしたいのだ。お前が外に、外の風に吹かれてみたいと思うまで何度も、何度でもやってくるよ。気にすることはない。俺の気持ちがそうさせているだけだからな。」
そう言うと翠雨の膝に弁当の包みを広げて、一つずつ説明をしながら串を手に持たせたり握り飯を手渡して、龍之介の神社の話、今日の外の天気の話など面白おかしく喋り続けた。
その夜。龍之介は筍の穂先を薄切りにして一段目を白味噌と絹ごし豆腐と木の芽の寒天寄せ、二段目は若竹の寒天寄せにして、木の芽をあしらえたものを皿に盛り付けながらため息をついた。
ワラビのお浸し、猪肉とウドの炒め味噌和えなど盆に乗せるといつもの床几に二人分をおいた。
「酒はもう注いであるのか。太郎さんはどう思った?わしは、翠雨を外に出していいものか悩んでおる。翠雨は、外の光を知らぬ。春とはいえもう陽射しも強くなっておるからの。あまり出歩くのは体に障るじゃろうからの。」
「龍之介さんの力で一日二日はなんとでもなりましょう。じゃが、翠雨は、猛が思っている以上に長い間闇に包まれていましたからの。」
二人は、ぐい呑みをちびりちびりと飲りながら春の香りの膳をつついてはいたが、心は洞穴の中の翠雨へと流れていた。
翠雨は、今日猛が持ってきてくれたお弁当を大切に何度かに分けて食べようと懐にしまって、水には入るまいと思っていた。猪肉とウドの串焼きは今まで食べたことのない味で、イナゴの胡麻油炒めも、モロコの佃煮も、握り飯も美味しい上に香りがとてもよくて、ひと口ごとに外の世界の美しさが見えてくるようだった。
翠雨は、それ以来またあの不思議な食べ物たちに出会いたいと、密かに思うようになっていた。黒雨が持ってきてくれる虫たちは相変わらず美味しくて、なんの不満もない。
でも、虫たちを食べても見たことのない風景や風や温かさは、感じることができなかったのだ。
数日したある日、いつものように石の上で歌っていると、後ろからいつもの柔らかな声が聞こえた。
「やぁ。今日も龍之介さんのお弁当を持ってきた。今日のは、筍の寒天寄せと、モロコの佃煮、イタドリの若芽とたんぽぽのかき揚げだ。それに豆ご飯のおにぎり。一つずつ渡すから味わってな。」
猛は、筍の寒天寄せを渡すと、翠雨が食べている間にこんな話をした。
「ここは大昔に地震で出来た洞穴らしい。お前には親兄弟もいたそうだ。俺たち竹は地面の下で皆繋がっている。たくさんの林に見えても、一つの林には一つの竹、又は二、三株しかいないんだよ。俺の林は俺一人。だから翠雨と一緒なんだよ。お前が寂しいと言うなら、俺は毎日通っても良い。だから、たまにで良い外に出てみないか?俺と風を、陽の光を、雨を、感じてみてはくれまいか。外が嫌なら、俺が毎日ここに通う。お前が頭の中に外の景色をこしらえられるほど色々話してやる。毎日こんな穏やかな日々を過ごすこともいいと思っている。どうかな。そばに、いてくれないか?」
翠雨は、猛がいつもよりも熱心に言っている言葉の意味が飲み込めずにいた。精霊は、本来その植物や動物のそばにいることで秩序を保つ役目がある。自分には、守るべき生き物は居ないけれど、この地底湖の掃除をして、水がいつもきれいであるようにするのが努めであると思って此処に長らく住んでいた。黒橡(くろつるばみ)も、そう言っていた。彼は、コウモリの長老であり仙人でもある。この辺りのコウモリを見守って生きておられる。自分を守ってくれているのも黒橡だった。
その後は、猛が桜が終わって今は新緑が美しく、今まさにその新緑を濡らす雨が降っていてこれこそが翠雨なのだと教えてくれていたのだが、それがどんな情景か想像するよりも、猛のあの言葉が気になってモロコもかき揚げもおにぎりも、上の空になって味わって食べることも忘れてしまっていた。
何時がを過ごすと、
「また明日来るから。」
と、猛は帰っていった。
夕方になろうと言う時間に黒橡が声をかけてきた。
「翠雨、猛がややこしいことを言うておったが、大丈夫か?お前と猛では住む世界が違いすぎる。わしらでさえ外の、明るい世界の精霊と同じに生きるのは難しい。その上お前は、わしらの一族しかしらぬ。目も見えぬ。何より心配なのは、お前が陽に当たり火傷をしてしまわぬか、溶けてはしまわぬかなのじゃよ。今晩龍之介さんに話に行ってみるゆえそれまであまり早急に考えを進めぬことじゃ。此処にいるコウモリや虫たちはお前のことを好いておるんじゃからの。」
そう言い頭を撫でると、暮れなずむ濃い紫の空に羽ばたいて行ってしまった。
翠雨は、此処がとても好きと言うわけではないが、この居心地のいい場所から外に出るなど今まで考えたこともなかったし、外という存在すらも夢幻のような存在だった。
急に来た『外の世界の物語』に深い興味と同時に恐怖も覚えていた。猛のいう外の世界に自分が適応できるとは、到底思えなかったからだ。
タバコの煙が濃い紫から藍色に変わる暮れの空に溶けていくのを眺めていると上空からパタパタと音がして、黒橡が降り立った。
「そろそろ来る頃じゃと思っておった。猛はまだ翠雨に迫っておるのかの?あの男は、思い立ったら止まらぬゆえ。ささ奥へ今宵はよくよく話し合わねばの。」
そう言うと、座敷に通し酒の用意を始めた。黒橡は太郎から渡された足湯もそこそこに座敷の下座に座り、
「龍之介さん、酒の用意など申し訳ない。座ってくだされ。わしの心配など杞憂だと、あの子には何事も起きぬと言ってくださるだけでいいのじゃ。」
そう涙声で呟いた。
「うむ。まずは、筍とモロコとどじょうの天ぷらと、ワラビと油揚げの煮浸しでも食べなされ。泣くでない。恋というものは、人も精霊も変えてしまう。我ら神ですら恋をしたときは判断を鈍らせ右往左往じゃ。食べれば良い考えも浮かぼう。の。」
と、盆に乗せた料理とぐい呑みを三つ持ってきた。太郎は、酒棚から今日の酒を選んで持ってくるとどかりと座り、龍之介に上座を空けぐい呑みに酒を注いだ。龍之介は自分の料理を持ってくると空いた席に座り注がれた酒を一口飲むと、
「翠雨が、もしもこの世界を望んだら、彼女はほんのしばらくは、わしの庇護の中にある故火傷をしたりさせぬじゃろう。じゃがの、確かに住む世界の違うものが無理をしては均衡は壊れてしまう。
そういう意味では、翠雨はもともと均衡の壊れた世界の産物じゃ。あの子が名をつけられたときには両親は、新緑の大地に降り注ぐ雨を知っておった。そして彼女自身も何度かは体験したじゃろう。その後の地震で完全に外との交流は無くなり、家族と離れ離れになり、お前様に世話を頼んでしもうた事で翠雨はこのようになったのじゃからの。均衡を壊すことは我らとて知っておったじゃろ。じゃが、我ら生きとし生けるものには情というものがどうしても付きまとう。この、『情』というものは全く厄介じゃの。わしらのような霊力のあるものから庇護を受けることでその後の生き様を分けると解っておるのにの。しかし、あの強情者はなかなかいうことを聞こうとせん。どうしたものかの。わしも水の属性じゃ、あの子を死なせずにどうにか出来ぬか力は使ってみよう。さあ、冷めぬうちにの。食べなされ。お互い力を使うやも知れぬ故にの。」
夜が明ける頃、コウモリたちの事を迎えるとそのまま目覚め、湖の底が汚れていないか一巡りすると、いつもの岩の上に座り黒雨の持って帰って来てくれた虫たちを食べながら、ひとときのお喋りを楽しんだ。
「ねえ、翠雨ちゃん。あの猛とかいう精霊さん本当にまめねぇ。翠雨ちゃんが外に出るなんて、私たちがお昼間に外に出るのと同じでとても危ないのに。いくら精霊だからって、私は反対だわ。心配だもの。お節介ってわかってるのよ。だけど翠雨ちゃんはとても儚いから私たちでも触れることはしないのに。なんであんなに強引なんだろう。翠雨ちゃんが綺麗なのはさ、すごく解るよ。とてもとても綺麗で優しいし。でも、だからお日様に当たってどうにかなっちゃったら私あの精霊を許せないもん。そりゃ、決めるのは翠雨ちゃんだから私は止められないけどさ。」
黒雨は淋しげな、心配そうな声で翠雨に語りかけた。
たくさんのコウモリたちが口々に「外は危険だ」と言い募るのを横目に、翠雨は日に日に外に出たいという思いが膨らみ、もう破裂してしまいそうになっていた。
そんなある朝、また猛がやってくると外へと誘った。翠雨は、どうしても外に出てみたいという気持ちに抗えなくなってしまった。
「猛さん。私外に出てみたい。風やお日様や竹や木々草花の香りを胸いっぱいに感じてみたい。連れて行ってくださる?」
猛は、嬉しさで汗さえ滲ませながら、
にそれならば出口のところに笹の葉で作った蓑と笠があるゆえそれを着ていこう。もしも日が翠雨の体を焼いては困る。龍之介さんのところはありがたいことに洞穴(ほらあな)だ。たとえ、境内に出ても紅葉の木々がお前を日の光から守ってくれよう。」
そう言い翠雨を肩に乗せると洞穴(どうけつ)の入り口まで飛び上がり簑と笠を被せ、風を切って龍之介のところへやってきた。
「よく来たの。待っておったぞ。まずは、座敷に腰を下ろしなされ。足湯は猛が使ってくれるじゃろ。腰をかけたら今日は草餅がある。それとも蕎麦がいいかの。今日は、ノカンゾウの新芽を酢味噌で和えた。そして干したイワナの木の芽味噌田楽じゃな。スギナとヨモギの天ぷらで天ザルをしようの。すぐできるからの。まずはイナゴの佃煮と草餅でお茶でも飲んでいなされ。おおそうじゃ、わしが龍之介じゃよ。」
そう言い奥へ行く音がした。すると今度は横の方から
「ぬるめにしてはあるが熱かったら水に換えるから言いなされ。わしは太郎じゃ。」
と声がした。猛が足を拭ってくれ座敷の柔らかな場所に案内されふわりと腰を下ろした。
「これはなんですの?!とても柔らかい。あ、私ったら、あの、初めまして。私翠雨と申します。深い洞穴の底にある湖から参りました。どうぞよろしくお願いいたします。」
翠雨は、浮かれたことが恥ずかしく身を固くして三つ指をついて項垂れるように頭を下げたまま起き上がってくる気配がない。
「これこれ、そのように固くなっておっては、龍之介さんと太郎さんが困っておるよ。お前は、いつものように石に座っておると思えばいいんじゃ。のう、猛。お前さんがちゃんと紹介をせねばなるまいに、なにをぼけっとしておるのじゃ。」
そう言ったのは聞き慣れた声、黒橡であった。
「黒橡さんもいらしてたの?嬉しい!でも今はお昼間だわ。いつもは眠っておられる時間じゃありませんの?まさか、私のため?ごめんなさい。やっぱり皆さんにご迷惑をおかけしているんだわ。私ったら。」
「そんなことないよ。俺がお願いしたんだ。翠雨が知らない人ばかりだと緊張するかと思ったんだよ。後で俺がちゃんと詫びるから、お前は気にするな。」
猛は、慌ててそう言ったが翠雨はまたうなだれるように首を垂れてしまった。
「まずは、アマゴの干物を炙って、木の芽味噌を塗った田楽じゃよ。味噌を塗ってから炙ってあるから香りが高いんじゃ。ちゃんと冷ましてあるゆえ気にせず食べなされ。さぁ、顔を上げて。美しい顔が見えなんだら我らも話しにくいじゃろ?わしらは、お前が来るのを楽しみにしておったのじゃ。迷惑などと、思ったことは微塵もないからの。気にするな。」
「わしは、美味いものがあると聞いたので来ただけじゃ。気にするでない。」
龍之介が皿を置いて奥に行ってしまうと、黒橡がそう言い、太郎が猛を嗜めた。
「大体お前は説明が足らぬ。翠雨に何かしてやりたいのはわかるが、これでは拐かしではないか。コウモリたちに行ってくると声をかけたのか?全く。翠雨、ちゃんと座布団に座っていいのだからの。柔らかかろう?真綿の座布団じゃ。今では少なくなったが、蚕の精霊がたくさん持ってきてくれての。今日は、無礼講ゆえ気にせず居りなされ。猛は、ちゃんと渡せるように隣に行かぬか!気の利かぬやつよのう。」
太郎と黒橡がワハハと笑いやっと場が和んだ。
「今度は、ノカンゾウの酢味噌和えじゃ。それにこれがスギナとヨモギの天ぷら。天ぷらは熱いかも知らぬゆえ先に魚とノカンゾウを食べての。そして、蕎麦じゃよ。冷たい方がよかろうと思っての。ざるそばに仕立てた。さ、黒橡も太郎さんも冷めてしまわぬように食べなされ。」
そうして、地底湖のことをひとしきり話し、そのあとこの龍之介たちのいる場所と水脈は同じなこと、外の感想など話は尽きなかった。
食事が終わり話が弾んでいるところに太郎が、
「外の杜に床几を用意してあるからの。さ、みんなで場所を移そうかの。黒橡は、この笠をかぶっておれば眩しくもない。杜の木々に影を濃くしてもらっているから心配入らぬよ。」
と呼びにきてくれた。
外の空気は湿り気もなく、さらさらと肌を撫でてゆく。そして、陽の光なのかちりちりと肌に当たりかすかな痛みに覆われた。
猛が笠を頭に乗せてくれているので、顔には痛みはないけれどかすかな痛みは着物の中にも忍び込もうとしているようだった。
龍之介が水出しの緑茶と黒蜜をかけてきな粉をまぶしたわらび餅を持ってきて皆に振舞ってくれた。太郎は、座椅子を持ってきてくれ
「この背もたれに体を預けると楽に座れる、もしも何か不快なことがあれば言うんじゃよ。」
と言って座らせてくれた。
猛は、大きな日傘を立てて濃い影が落ちるように気を配っていたが、翠雨の肌に赤い斑点のようなものが見えていることに気がついた。
「翠雨、お前まさか痛むのか?俺のわがままで、痛い思いをさせてるのか?」
「いえいえ、猛さん大丈夫よ。この柔らかいものはなんですの?とても甘い。ここは、初めてのものばかりです。私は 目は見えませんがこんなにも色々な感覚が自分に備わっていると今日知りましたの。美しい景色が見えなくとも、この爽やかな風や温かな感覚はとても不思議ですわ。外には色々なものがありますのね。楽しゅうございます。龍之介さん、太郎さん、黒橡さん、それに猛さん。ありがとうございます。これから何百年あの地底湖で暮らすとしてもこのような楽しみが、ごくたまにあるならば、私はそれだけでとても幸せです。ですが猛さんあなたのように外で暮らすのは私には無理みたい。だから、時々また前のように外の景色を教えてください。」
翠雨はそう言うとわらび餅をもう少しだけ食べ、帰りたいと猛と黒橡に告げた。
龍之介が料理を弁当に包んでやり、草餅とわらび餅を別に包み、
「外から帰るのでは難儀じゃろう?わしが一瞬で送り届けるゆえ心配はいらぬ。」
と言い翠雨を抱き上げもやっと空間を歪め姿を消した。
「猛、これでわかったじゃろう?あの娘は陽の光を浴びると肌に悪いんじゃ。ここに連れてくるのは構わぬが、わしらが行き来をするか、夜に連れてきなされ。そして、次に来る時には、黒雨は連れておいで。とで心配しておったからの。さぁ、お前も翠雨のところへおゆき。わしは黒橡ともう少し話をしておるから。」
太郎はそう言うと猛に帰るように促した。
猛は、数日 自分の竹林のてっぺんに立ち空を眺め、雲を目で追い、風に吹かれ、そして雨を浴びながら考えた。
翠雨が自分にとっていかに大切であるかを。そして、翠雨を失うことの恐ろしさについてを。
心を揺るがすものがもうどこにも無いほどに考え抜いた末に、龍之介のところにやって来た。
「龍之介さん。いや、龍之介様。お願いがございます。私は、自分という者を過大に思い自惚れておりました。人の子を助けたくらいで調子に乗って、翠雨の孤独も、翠雨の環境も何もかもを蔑ろにしていたのです。彼女が、恐怖に打ち勝ち地上に出て来てくれたことを、私のためだと思い上がり、彼女の痛みに気付きもしなかった。そこで、一つ相談がございます。前に水脈を同じにしているとおっしゃっておられましたが、翠雨が行き来できるほどの穴を開けてくださることはできますか?彼女は、ここの食事を食べると、見たこともない外の世界や風や光を感じるような気がすると申しておりました。せめて、ここに自由に行き来できるようにはなりませぬか?」
龍之介は、たばこ入れを引き寄せ、たばこに火をつけ大きく吸い込むと、薄紫の煙をほぅっと吐き出ししばらくは天井を見ていた。
「なんじゃ!龍之介さんもったいをつけて。」
太郎が足湯を運び猛に渡すと麦茶の盆も持ってきた。
龍之介は、もう一服ゆっくりとたばこを吸いふぅーッと吐き出し、にやりと笑い、はははと声を上げた。
「すまぬすまぬ、少しくらいはお灸を据えても良かろう?こやつは、なかなかわがまま放題に翠雨を振り回したのじゃからの。あの子の火傷はわしらの薬で治ったが相当に痛かったはずじゃ。こやつの心にも少しは痛みを覚えさせようと思っての。」
そして、最後の一口のたばこを吸い終わると、
「翠雨や、もう出て来てもいいんだよ。顔を見せておやり。お前も初めてみるじゃろう?これが猛じゃよ。」
そう言い、太郎に付き添われた翠雨を呼んだ。
「猛さん、初めてお顔を拝見致します。龍之介さんが、せめて猛さんの顔を見せてやろうと計らってくださり目が見えるようになりましたの。あの地底湖は相変わらず暗がりですが地上から差し込む光や夕暮れ時に巣を立って、朝焼けの頃帰ってくるコウモリの皆さんがはっきりと見えるようになりましたわ。そして、あなたのことを何日も待ちましたの。龍之介さんは、待てば必ずや現れる。焦るなとおっしゃってくださいましたが、この数日が永遠に思えました。お会いできて本当に嬉しゅうございます。お会いするのは、私の地底湖かここに限定はされますが、これからも末永く仲良くしてくださいね。」
頭を下げる翠雨を見た途端、猛は腰を抜かし地べたにへたり込んでしまった。
「なんじゃ、わしが何もせず手をこまねいているとでも思うたか?わしとて見捨てておけぬ者をそのままになどせんのだよ。さて、水無月がうまく出来上がっておるから皆で食べようかの。」
龍之介は照れ臭そうに台所へといってしまった。
太郎は、翠雨の足を拭いてやり座敷に座らせると、
「ほれ、お前も座敷に座らぬか。」
と、卓にお茶を並べ自分たちのものは台所の近くの方に置いて立ち去ってしまった。
「翠雨、俺は、自分勝手なことばかりを押し付けてしまった。本当にすまなかった。お前と一緒に居たい思いは今も変わらぬが、外に連れ出すことはやめることにするよ。俺が、お前に会いにゆく。それでもいいだろうか。もしも嫌なら言ってくれ。俺は潔く諦める。」
「ふふふ。猛さん、嫌だわ。私あなたの姿を見てみたくてこの目を頂いたのよ。あなたが居なくなるならこの目は要らない。外には出られないけれど、どうか私をおそばに置いてください。私のそばにいついつまでも通ってください。」
破竹と厚揚げを串に刺し炭火で炙って破竹には醤油、厚揚げには味噌を塗り皿に並べ、菜の花のからし和えワラビの煮浸しをいつものように床几に並べると、もう太郎が今日の酒を徳利に入れぐい呑に注いでいた。
「全く、若いというのはああも自由なのでしょうか。天を貫くような想いが暴風のように吹き荒れたかと思ったら、陽だまりの木漏れ日のようにぽとりと落ちる。猛の奴は本当に困った奴ですね。」
龍之介は、床几に腰を下ろすと酒をグイッと煽り破竹を齧った。
甘く若い香りが汁と一緒に喉を駆け降りる。
そして、西の暮れゆく空を彩るように薄い絲のような二日月が雲間を漂っていた。
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「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
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ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
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大衆娯楽部門最高記録1位!
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