僕たちは陽氷を染める

渚乃雫

文字の大きさ
2 / 37

第2話 6月2日

しおりを挟む
「おはよ」
「…おはよう」

 にこにこ。そう言う表現がピッタリな表情で、随分と早くに登校してきた俺の後ろの席の照屋てるや善人よしとが俺を見ている。
 いや、正確に言うと、俺は日直の仕事の一つ、黒板掃除をしているので、照屋の顔は見えていないのだが、楽しい、嬉しい、という照屋の雰囲気が後ろからだだ漏れなのである。

「…一応、聞くが」
「何でも聞いて!」

 くる、と後ろを振り向いて声を掛ければ、一番前のクラスメイトの机に座っていた照屋が、ぐい、と前のめりになり、顔が目の前に来て、思わず肩がビクッとあがる。

「あ、ごめん千家せんげ
「…いや」

 照屋てるや善人よしとという人間は、パーソナルスペース、というものが存外狭いのかも知れない。そんなことを思いながら、適度な距離を保ちながら「昨日の」と口を開けば、「うん!」と照屋がにこにこと笑顔を浮かべながら答える。

「…何で俺なんだ?照屋なら、他にも仲の良い奴がいるだろ。何も、たいして話したことが無い奴を誘わなくても」

 そう問いかけた俺に、照屋は、今までとは違う笑顔を浮かべた。

 事の始まりは、昨日の放課後だった。

 教室にとどまり、人の流れをぼんやりと眺めていた俺に、照屋が「1ヶ月間のアルバイト」の提案をしてきたことが始まりだった。
 正確には、アルバイト、というよりは、ほぼ、ボランティアに近いもので、その内容としては、「駄菓子屋の店番をしないか」ということだった。

「何で店番?あそこの店、夫婦で店やってなかったか?」

 あそこの店、というのは、高校からは少しだけ距離があるものの、俺や、照屋、この周辺に住む子どもたちが利用する駄菓子屋で、俺と照屋は小、中学校は別々だったが、お互い、その駄菓子屋のじいちゃんとばあちゃんにはお世話になっていたことを昨日、知った。

「それがさぁ、この間、ばあちゃんに久々にあったら、じいちゃん、転んで骨折しちゃったらしくて。ほら、駅前に総合病院あるじゃん」
「ああ、あそこ」
「うん。あそこ。あそこにじいちゃん入院してるみたいでさ。で、ばあちゃんも見舞いやら何やらで病院通わなきゃ行けなくなったって言ってて」
「そんなに悪いのか?じいさん」
「んー、まぁ、年齢が年齢だから、リハビリが必要みたい」
「あー…そうか。しばらく行って無かったけど、いい歳だよな。二人とも」
「そうそう」

 確かに、俺たちが子どもの時にはもう60代か70代くらいだったから、もう結構な年齢になっていてもおかしくは無い。

「んでね、じいちゃんの見舞いも行かなきゃいけない。けど、お店を楽しみにしてる子たちもたくさんいる。じいちゃんも、見舞いはいいから店を、って言ってるらしいんだけどさ」
「…ああ、うん」

 自分の記憶の中のじいさんを思い出してみるが、いつも俺たちに構っていたじいさんを思い出し、あのじいさんなら、言いかねない気がする、と一人頷く。

「でも、ばあちゃんにとっては、どっちも大事でさ。店もやって、病院も行って、ってしてたら、ちょっと疲れちゃったみたいでさ。駅前でフラフラしてるのを見かけて、思わず声かけちゃったんだよねえー」

 机の上に座ったまま、少し俯いて話す照屋てるやの横顔は、いつもと違って、少し元気が無い。

「そしたら、そんなことになってるって言うじゃん?オレに何か出来ることある?って聞いたら、放課後の、ちょっとの時間だけ、お店にいてくれるかい?ってばあちゃんに言われてさ。昨日と一昨日、ばあちゃんが帰ってくるまで店番してたんだけど」
「へえ…」

 気軽に店番を頼むばあちゃんもばあちゃんだが、照屋も大概お人好しなんだろうな、と相槌をうちながらぼんやりと考える。

「ばあちゃんが、少しなら駄菓子食べてもいいよ、って言ってくれたから、ちょっとつまんだりしながら…あ、ちゃんと金は払ったよ?あ、いや、そこじゃなくて。駄菓子つまんだりしながら、店番してたわけさ。そしたら、店の奥にあった棚に、めちゃくちゃ本が詰まっててさ」
「…本?」
「そ、本!」

 思わず聞き直した俺に、照屋てるやが明るい表情をしながら、頷く。

「太宰さんとか、芥川さんとか。夏目先生とか、もう本当、図書館かよ、ってくらいの多岐にわたる本の種類でさ」
「…へえ」
「しかも、初版か、初版の復刻版」
「は…?」
「な!凄くね?!」
「…ああ。それは、凄い」

 色々な意味で、だ。あんな、と言ったら失礼だけれど、こんな町の小さな駄菓子屋の店奥に、何でそんな貴重な本があるんだ、とか。照屋もよくそんなの見つけたな、とか、色々とツッコミ所が多い気がする。

「で、その本も、読んでもいいって許可もらったから、読んでたんだけどさ。そういや、千家せんげも、こういう本好きなんじゃないか、と思ってさ。そしたら、今日、やっぱり!ってなって。だから、千家もアルバイト、やんない?って言っても、殆どボランティアに近いけど、本は自由に読めます!」
「…ボランティアねぇ…」

 昨日の放課後のやり取りを思い出しながら、照屋てるやを見れば、「オレさあ」と照屋が、少しだけ表情を曇らせながら、口を開く。

「自分で言うのもアレなんだけどさ。クラスのムードメーカーじゃん?」
「…自分で言うのな」
「だから前ふりしたじゃん!」
「すまん」
「コホン。まぁ、いいや。でさ、千家せんげは知ってるけど、図書委員じゃん?オレ」
「ああ、そうだな」

 学校でよく本を借りる俺は、図書室で照屋と遭遇することは多々あるし、照屋も俺に気づいていた。

「オレ、本好きなんだよね」
「だろうな」
「うん」

 これまでの会話から、これで照屋が本が嫌いだと言われるほうが、理解し難いくらい、照屋が本が好きなことはただのクラスメイトである俺でも十分に理解出来る。

「高校入ったら図書委員やろう!って思っててさ。もともと、立候補するつもりだったんだけど」
「…ん?あれ、でも確か、図書委員って」

 男子は半ば押し付けられるような感じで決まってなかったか? と4月の委員会担当決めの時のことを思い出しながら言えば、照屋が寂しそうな表情を浮かべながら口を開く。

「そ。まぁ、結果オーライって言えばオーライなんだけどさ。皆には、そんなキャラじゃない、って思われてるらしくてねー。ムードメーカーも楽じゃないよね」

 にっこり、と笑いながら言う照屋の笑顔に、違和感しかなくて、思わず眉間に力が入る。

「…何?どうしたの千家せんげ。顔コワイ」
「顔コワイってお前な」

 いきなり失礼だな、と思いながら答えるものの、照屋の変な笑い方が気になって、「照屋さ」と言葉を続ける。

「その笑い方、かなり胡散臭いけど、気づいてやってんのか?」
「…は?」

 笑顔を浮かべているけど、目元がそんなに笑っていない笑顔を浮かべられ、思わず指摘をしてしまった。
まぁでも、あまり笑っていない俺よりマシか、と思うものの、気になるものは、気になる。

「本の話してた時は、普通だったのに、急に変な笑いかたするから、そっちのほうが気になる」

 そう告げた俺を、きょとんとした表情を浮かべたあと、照屋てるやは「っふ、はははっ」と笑い声を吹き出した。

「…千家せんげって、変わってんのな」
「……そうか?」
「そうだよ」

 クックッ、と笑いを堪えながら言う照屋に、首を傾げつつ答えれば、照屋はまた可笑しそうに笑う。

「あー、やっぱ、千家に声かけて正解だったわ」
「俺にはさっぱり分からんが」
「そう?オレにはしっかり理解出来たけど」
「ふうん?」

 なんだかよく分からないが、まあ気になる胡散臭い笑い顔じゃなくなっただけ良しとするか、と勝手に完結していれば、「なあ、千家」と照屋がまた、俺の名前を呼ぶ。

「やっぱり、一緒に店番しない?」

 にっ、と笑った笑顔は、やけに楽しそうに見えて、人付き合いに不慣れな俺は、返答に困り、「あー…」と照屋から視線を反らしながら返事を保留していれば、「あれ、照屋くんだ」という声と同時に見えた人影に、ホッと小さく息をついた。

「あ、はじろん。おはよう」
「…はじろん?」
「そだよ。羽白はじろさんだから、はじろん。可愛いだろ」
「今の所、そう呼ぶの、照屋くんだけだけどね」

 聞き覚えの無い言葉に首を傾げながら問いかければ、何故だか照屋がドヤ顔をしながら答え、話題の中心の羽白はじろさんはくすくす、と楽しそうに笑っている。

「そういえば」

 パタン、と職員室に取りに行っていた日誌を教卓に置いた羽白さんが、照屋と俺を見て、思い出したように口を開く。

怜那れいなちゃんから聞いたんだけど、千家せんげくんも、お店番するんでしょう?おばあちゃん、楽しみにしてたよ」
「へ?」
「…あ」
「…?」

 羽白はじろさんの問いかけに、俺は変な声を零し、照屋は、しまった、という顔をしながら「あ」と短く呟き、そんな俺達を見た羽白さんは、きょとん、とした表情を浮かべながら、首を傾げたのだった。






【6月2日 終】


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】小さなマリーは僕の物

miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。 彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。 しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。 ※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)

【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました

藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】 ※ヒーロー目線で進んでいきます。 王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。 ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。 不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。 才能を開花させ成長していくカティア。 そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。 立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。 「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」 「これからも、私の隣には君がいる」 甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。

処理中です...