僕たちは陽氷を染める

渚乃雫

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第3話 6月3日

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「なぁ、千家せんげ!電話番号教えて!」
「……?」

 たいして関わりを持たない頃からも、明るい奴だな、という印象を持っていたが、この二日間だけでも、照屋てるやは随分とコロコロと表情が変わる奴、という情報に、思った以上に本が好きな奴、というものが追加された。

 自らボランティアを引き受けるあたり、根は悪い奴では無いのだろう、とは思うが、小中学校と、特に固定の誰かとつるんで来なかった俺には、イマイチ、ピンと来ないことが、多々、ある気がする。

「何で?」
「何で……って、メッセのやり取りとかしたいじゃん!」
「毎日、学校で顔合わすのに?」
「もう!そうだけど、そうじゃないんだよお!」
「……?」

 駄菓子屋までの道を自転車を押し歩きながら言われた言葉に、首を傾げれば、「え、もしかして」も照屋が驚いた顔をして口を開く。

「千家って……天然?」
「…? 何が?」

 天然って何がだ、そう思いながら照屋を見やれば、ふへへ、と照屋がニヤニヤと変な笑い声を零しながら、俺の一歩手前へ立つ。

「オレだけが知ってる感だね!」
「……よく分からん」

 へへ、と笑いながら言う照屋の言動に、思わず眉間に力が入るものの、「オレ、この番号!」と笑顔でスマホを見せながら言う照屋に、とりあえずポケットからスマホを取り出した。

「久しぶりに来たけど……こんなに小さかったか?」
「あ、オレも最初それ思った」

 駄菓子屋に到着し、店の前に立って、まず、思った以上の店の小ささに、記憶を引っ張りだすものの、違和感が拭えない。

「ばあちゃーん」

 ガラガラガラ、と音のする引き戸の扉を開け、声をかけながら照屋は店へと入っていていく。
 その背に続くように店内へと足を踏み入れるものの、やはり、思っていた以上に、狭い店内に感じる。

 きなこ玉に、5円とかかれたチョコ、ヨーグルト風味のよく分からないがシャリシャリしてたやつ、あんず飴に、小さいポテトチップス。
 少ないお小遣いを持って、通っていた日は、ポテチとか、かさ張るものを買うと、得をしたような気分になっていたりもしていた子どもだった。
 棚の上のほうは、大人たちが買っていたイメージがあり、いつか自分も、なんて思っていたけれど、今はもう、優に目線の高さにその品物たちがある。
 自分たちが小さかったから、あんなに大きく感じていたのか、照屋がばあちゃんに声をかけに行く間、のんびりと店内を眺めていれば、「こんにちわー!」と小さな子たちが元気な挨拶ともに店の中へと駆けてくる。

「10円ガム買おうぜ!」
「ボク、細長いゼリーがいい!」

 小さな手に握りしめたお小遣いを持ち、アレやコレと選んでいく子どもたちの様子は微笑ましい。
 あーだ、こーだと言いながらお菓子を選ぶ彼らを見つつ、照屋かばあちゃんのどちらかが早く戻ってこないものか、と店の奥をちらりと見れば、「おっ?」と言う声とともに照屋の姿が見え、ホッと息をつく。

「子どもたちが来たぞ」
「りょーかい」

 大きな音と声を立てずに、照屋が店の入り口へと歩いてくる。

「どうした?」
「ばあちゃん、寝てたから布団かけてきた」
「なるほど」

 たたた、と軽やかな足取りで店に戻ってきた照屋に、「あ、兄ちゃんだ!」と子どもたちが満面の笑顔を向ける。

「お、何だ、それ買うのか?」
「うん!これちょーだい!」
「あいよ。よーし、じゃあ、あ!そうだ、千家!」

 ヨイショ、とお菓子をレジ台に置いた子どもたちに、よーし!と言った照屋てるやが俺を見て何かを思いついたらしく、唐突に俺の名を呼ぶ。

「……何だよ」
「18足す、34足す、26足す、19足す、42足す、54は!」
「…193だけど」

 それがどうした、と答えながら照屋を見れば、同時に電卓を打っていた照屋が「おおー、正解!」と言いつつ電卓の画面を見せてくる。

 だから何なんだ、と口を開こうとした時、「兄ちゃんすげーな!」と何やら興奮したらしい子どもたちが俺を見上げてくる。

「よしと兄ちゃんは、いっつも電卓使うのに兄ちゃん使わないんだな!」
「しかも答えいっしょだった!」
「すげえな!」

 キラキラとした表情をした子どもたちの視線をどうしたら良いのかよくわからず、照屋を見れば、照屋がにこにこと笑顔を浮かべて、うんうん、と頷きながら俺を見ている。
 それからすぐに、代金を支払い、袋に詰めたお菓子を持って駆け出して行った子どもたちの背を二人で見送り、静かになったレジ付近で腰をおろす。

「あれぐらいの計算なら照屋だってすぐ出来るだろ。何でわざわざ俺にやらせたんだ」

 照屋の行動が理解できず首を傾げながら言えば、「まあねぇー」と相変わらずにこにことしながら照屋が口を開く。

「何事も初めが肝心ってね?」
「子ども相手にか?」
「子ども相手だから、だよ」
「ふうん」

 そんなものか、と良くわからないようなわかったような。
 曖昧な返事をした俺に、「千家せんげってば、イマイチ分かってないでしょ」と照屋がほんの少しだけ、頬を膨らませながら言う。
 高校一年の男子高生に、頬を膨らませながら言われても、とも思うけれど何故か照屋は様になっている気さえしてくる。
 まぁ、そんなことは置いておいて。

「正直、全く分からない」
「やっぱりー」

 だと思った!と俺を見て笑う照屋に、小さく首を傾げる。

「やっぱり?」
「案外、顔に出てるよね。千家って」
「……言われたことないが」
「ぱっと見はさ、いっつも気怠げだなあー、とか、眠たそうだなー、とか。やる気ないのかなー、とか、そんな感じに見えるけど、しっかり見てると案外、表情が分かりやすい」
「…そんなこと、言われたこと無いぞ?大概は、眠たそうとか、機嫌悪そうとか」
「眠たそうはわかるけど、機嫌悪そうはオレは思ったことないなぁ。図書館で借りた本を読んでて楽しそうな時は、ああ、あれ好みの本だったんだな、とかは思ってたけど」

 レジ台に肘を付きながら俺を見て言う照屋の言葉に、随分見られていたことにもむず痒さを感じ「ふうん」と短い言葉で相槌をうつ。

「今は誤魔化した顔」
「うっせ」
「ししっ」

 顔を背けて言った俺に、照屋は嬉しそうに笑った。

「おや、善人よしとちゃん、来てくれてたんだねぇ」
「あ、ばあちゃん、おはよう」
「はい、おはよう」

 ニコニコと笑顔を浮かべて、店の奥から現れたのは、この店の店主のばあちゃんで、照屋てるやを見たあと、俺を見て、「おや、まあ」とばあちゃんは少しだけ驚いた顔をしたあと、また笑顔を浮かべる。

「あんたは…千家せんげさんのとこのお坊っちゃんだろう?名前は確か…」
成浩なるひろだよ、ばあちゃん」
「ああ、そうだね。成浩ちゃんだね」

 目尻をさげ、俺を見るばあちゃんの視線は、自分の祖母が俺と会った時の視線ととてもよく似ている。
 ただ、今は、それよりも一つ気になることがある。

「照屋、もしかしてクラス全員の名前、覚えてたりするのか?」

 照屋が俺の名前を告げ、ばあちゃんは、そうそう、と懐かしそうに頷くが、その前に、照屋が俺の名前をすんなり伝えたことのほうが気になる。

「まさか!千家は、ほら、本借りる時に、名前見るじゃん」
「あぁ…なるほど」
「それに、オレ、今、千家の後ろの席だし」
「…そういうもんか?」
「そういうもんじゃん?」

 そういうものか、と照屋とのやり取りで一人納得した俺を見ながら、「確か…」とばあちゃんがにこり、と笑いながら口を開く。

「ああ、そうそう。千家さんのところは歳の離れたお兄ちゃんが居たねぇ。成浩ちゃんも、よくお兄ちゃんとも買いに来てくれていたねぇ」

 にこにこと笑いながら言うばあちゃんの言うとおり、ここに何回か兄貴と来たことがある。

「え!千家、兄ちゃん居るの?!」
「ああ、兄貴はもう働いてるけどな」
「へえぇ…」

 驚いた顔をした照屋に、そんなに驚くことか?と思いつつ、ちら、と何となく店内を見れば、ふと、小さい頃、兄貴とここに来た時の記憶がぼんやりと浮かぶ。
 背の小さい俺と手を繋いで、ここに来る度に、「成浩の好きなもの、1つだけ買ってあげる。けど、母さんには内緒だからな」と言って笑いながら兄貴が、いつも俺の好きなものを、1つだけ買ってくれていた。

「そう…ですね」

 大人になって、家を出た兄貴は、たまにしか家に帰ってこず、最近は、仕事が忙しいらしく、半年くらい、顔を見ていない気がする。
 10歳も歳が離れている俺たちは兄弟喧嘩をするような年の差でもなく、むしろ兄貴は、弟を溺愛していると思う。甘やかされている自覚はある。

 けれど、最近は、メッセージを送っても、あまり返事が返ってこない。
 元気、なのだろうか。
 ふと、そんなことを考えた俺と目が合った、ばあちゃんは、優しく笑う。

「今度は、カズちゃんも連れておいでね」
「…はい」

 カズちゃん、とは兄貴のことだ。素直に頷きながら答えた俺に、ばあちゃんはまた、目尻をさげながら微笑んだ。

【6月3日 終】
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