僕たちは陽氷を染める

渚乃雫

文字の大きさ
34 / 37

第29話 6月29日

しおりを挟む
「晴れたなー」
「そうだな」
「ちょっと暑い、かな」
「暑くなったら涼めばいいんじゃない?」

 校外学習の当日。
 梅雨の時期だというのみ、見事な晴れ間に後押しされ、俺たちの学年は、無事、遊園地に到着した。

「16時が集合時間です。それよりも早く帰る場合には、必ずわたしたち担任に報告すること。16時以降は閉園までいてもいいですけど、22時以降は見つけ次第、補導します」

 じゃ、一旦解散!と言った先生の言葉を受けて、「じゃ、行きますか」と善人よしとが、俺の腕を掴んで歩き出す。

 結局、美術館は、羽白はじろさんと今度、見に来ることにして、今日は、四人で遊園地を満喫しよう、ということになったのだった。

「あれ買う? かぶる?」

 そう言った寺岡てらおかさんが指さしたのは、この遊園地のマスコットキャラクターの、なんだかよくわからない顔の帽子で、俺は「無理」と即答し、羽白さんも「私もちょっと…いいかな」と答え、寺岡さんは「えー」と残念そうな声をあげる。

「とりあえず何から乗る? 絶叫系?」

 先生から渡された地図を開いた善人が、あれこれ、と選んでいくものの、俺は絶叫系以外なら、どれでもいい。

「絶叫系以外なんでもいい」と答えた俺に、まじか!と善人よしとは驚いた顔をし、羽白はじろさんもまた「絶叫はちょっと…」と答えている。

「え、じゃぁ、二人とも絶叫系乗らないの? どうする善人」
「どうする、って、絶叫系外せばいいじゃん」
「ええー、せっかく来たのに!」

 心底残念そうに言う寺岡てらおかさんに、そんなに絶叫好きなのか、と驚く。

「乗りたいなら二人で乗ってきたら? 俺、羽白さんと待ってるし」
「…じゃぁ、行くか」
「やった!すぐ戻ってくるね!」

 わぁい!と喜びながら走っていく寺岡さんに、しょうがないなぁ、という表情をしながらも笑ってついていく善人の姿に、「善人も素直じゃないよなぁ」と小さく呟いて二人を見送る。

千家せんげくん、乗らなくて良かったの?」

 そんな二人を見ていた俺に、羽白さんが申し訳なさそうな表情をしながら問いかけるものの、「わざわざ絶叫に乗る意味がわからない」と本気で答えれば、「良かった」と羽白さんが笑った。

「わーーー!」「きゃーーー!」と、乗り物が通過する度に、叫び声が聞こえる。

 ただ待っているのも暇だったので、アイスと飲み物を買って、絶叫マシンの外から見上げている羽白さんの隣に並ぶ。

「あ、千家くん。おかえ、り?」
「アイス、食べない?」
「え?あ、うん」

 はい、と差し出した苺のアイスを首を傾げながらも受け取った羽白はじろさんに、くす、と小さく笑えば、「千家せんげくんが食べたかったんじゃないの?」と不思議そうな顔で問いかけられる。

「ただ待ってるのも暇だったし、俺は喉も乾いてたし。それに、羽白さん、苺アイス好きでしょ」

 三日前に、ブランコに乗って、色々と思い出した時に、ほのちゃんが苺アイスが好きだったことも思い出した。
 ただ、今の羽白さんも、好んで苺味を選んでいるから、多分、そのまま苺味は好きなんだろうな、と思わず買ってきてしまったのだが。

 ぱち、と瞬きを繰り返したあと、「千家くんってすごいね」と羽白さんが嬉しそうに、笑った。

怜那れいなちゃん、おかえり」
「ただいまー!あー!楽しかった!」
「おかえり善人よしと
「ただいま。あ、オレにも一口ちょうだい」

 ん、と差し出した飲み物を飲んで、善人がはああ、と息をはく。

「混んでた?」

 パラソルのついたテーブルが空き、日陰の中で、羽白さんと話をしながら待ってはいたものの、案外時間が経っていたような気がする。

「いや、それがさ。はじろんが絶叫苦手っていうから、ここの絶叫二つ一気にまわってきた
「…ああ、なるほど」

 だから疲れてるのか、と善人の表情を見て言えば、「ハハハ」と乾いた笑い声が返ってくる。

「まぁでもこのあとは、ゆったりしたやつしかないから!」

 ね!と笑う寺岡てらおかさんは、善人よしとと違いまだまだ元気が有り余っていて、「彼女すごいな」と小さく呟けば、「子どもだ、子ども」と善人がため息をつきながら答える。

「じゃあ次はー、ここ?」

 いくつかの乗り物を乗り、園内をぐるぐると歩き回り、寺岡さんが立ち止まって指さしたのは、この遊園地内で唯一のお化け屋敷で、この前、雑誌の特集で出てた!と寺岡さんが楽しそうに話す。

「お、お化け屋敷…」

 そう言って、羽白はじろさんは少し困った顔をしたものの、「帆夏ほのか千家せんげと入ってね!」と、半ば強引に俺と羽白さんの腕を掴んでお化け屋敷へと押し込む。

「…どうしよう…」

 一変して暗くなった視界に、きゅ、と俺の服の裾を掴みながら言う羽白さんに、「大丈夫?」と問いかけるものの、「あまり大丈夫じゃない…」と泣きそうな声が返ってくる。

「多分、引き返せると思うけど、引き返す?」
「……怜那れいなちゃんにまた押し込まれる気がする…」

 そう言った羽白さんの言葉に、「ああ、うん。確かに」と寺岡さんの様子が思い浮かび思わず頷く。

 きゅ、と袖を握った手が、震えている気がして、「出口まで」と言って、羽白さんの手を取れば、俺よりも小さな手が、ぎゅう、と握り返してくる。

 ばぁ!と出てくるお化けに、「きゃあ!」やら、「ひゃぁ!!」やら、都度、叫び声をあげる羽白はじろさんに、ほんの少し、照明のあかりがあるところで、「大丈夫?」と問いかけるものの、ぎゅう、と手が握られるだけで、返事がない。
 顔は見えないが、握っている手がだいぶ、震えているのが分かる。

「ちょっと、ごめんね」
「せ、千家せんげく」

 ひょい、と震える羽白さんの手を軽く引っ張り、腕の中へとすっぱりと抱え込む。

「少し、落ち着くまで待つよ」

 カタカタ、と震えていた背中を、軽くトントン、と叩きながら言えば、羽白さんの身体の震えが、ほんの少しだけ収まる。

「こ、怖いけど、千家くんが、いるなら、大丈夫」

 振り絞るように言った声に、「じゃ、一気に走り抜けますか」と明るい声で言えば、羽白さんが、ほんの少しだけ笑った。

「ごめん、ごめんね、帆夏ほのか
「…もー…」

 やっとのことでゴールした俺達を待っていたのは、先にゴール側にいた寺岡てらおかさんと善人で、善人よしとが思い切り「ごめん」という表情を浮かべていて、はぁ、と大きくため息をつく。

 お化け屋敷が苦手だ、と話しておいたのに、と頬を膨らませる羽白さんに、ごめん、と何度か寺岡さんが謝り、今度、買い物に付き合うこと、でどうにか、羽白さんと寺岡さんは仲直りをしたらしい。
 善人と先を歩く寺岡さんのあとを、のんびりと歩いて追いかけていれば、ふと、「千家くん」と隣に並んだ羽白さんに名前を呼ばれる。

「ん?」
「さっき、ありがとう」

 ふふ、と笑いながら言った羽白はじろさんに、お化け屋敷で自分のしたことを思い出し、「あー……えっと、ごめん」と思わず謝れば、「ううん」と羽白さんが首を横に振って笑う。

「ああ、千家せんげくんがいるんだ、って思ったら安心できたから」

 そう言って笑った、羽白さんのまわりが、キラ、と光ったような気がした。

「最後は、観覧車?」

 そう言った寺岡てらおかさんの言葉に、観覧車を見上げるものの、そろそろ集合時間が近づいている。

「観覧車は、あとで考えるとして。そろそろ集合場所、行かないと」
「ここからだとちょっと距離あるね」

 地図を見ながら言った俺と羽白さんの言葉に、「え、ほんと?!」と寺岡さんが驚いた表情を浮かべる。

「しかも、天気、崩れそう」
「あ、本当だね……」
「オレ傘持ってない!」
「俺も」

 山側の天気は変わりやすい、とはいうものの、朝はあんなに晴れていたのに、モクモクと厚い雲が空を多い始めている。

「観覧車、乗れるかなぁ…」

 空の様子を見ながら言った羽白さんに、「どうだろう…?」と少し首を傾げながら言えば、「乗れたらいいね」と羽白さんは笑う。

 けれど、そんな羽白はじろさんの願いは雨雲には届かず、思いの外、結構な強さで降り出した雨に、遊園地で過ごすことを諦め、帰宅するを決めた俺たちが、その日、観覧車に乗ることは、なかった。






【6月29日 終】
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】小さなマリーは僕の物

miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。 彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。 しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。 ※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)

【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました

藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】 ※ヒーロー目線で進んでいきます。 王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。 ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。 不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。 才能を開花させ成長していくカティア。 そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。 立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。 「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」 「これからも、私の隣には君がいる」 甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。

処理中です...