僕たちは陽氷を染める

渚乃雫

文字の大きさ
36 / 37

第30話 6月30日

しおりを挟む
「観覧車、乗れなかったね」
「まぁ、今度行った時、乗ればいいんじゃないかな」

 電話越しに聞こえるのは、羽白はじろさんの声で、数時間前に、別れたばかりだ。

「でも、びっくりしたね。雨、あんなに降るなんて思わなかった」
「戻ってきたら止んでたしね」
「ね」

 遊園地から駅までは、屋根がついた通路があり、ほぼ濡れることは無かったものの、地元の駅では全然降っていなかった。

「それに、すっごい大きな虹だったね! 私、すっごいたくさん写真撮っちゃった」

 久々に、あんなに大きな虹を見た。
 皆、虹を見上げて、写真をとったり、喜んでいたり。
 かく言う自分も、その一人、なのだが。

「俺も撮った」
「え、千家せんげくんの撮った写真、見たいなぁ」
「あとで送ろうか?
「うん!」

 やったぁ、と電話機越しの彼女が嬉しそうにつぶやく。
 顔を見ていないはずなのに、何となく表情が思い浮かぶ。
 そんな自分に少し笑えば、「そういえば、この前、本屋さんでね…」と羽白さんが楽しそうに話を始める。

 どうやら、虹の滑り台を滑りにいく少年、という絵本を見つけたらしい。

「虹くらい大きな滑り台があったら、怖いのかなぁ。楽しいのかなぁ」
「…とりあえず、めちゃくちゃ高いのは予想がつくけど」
「…それは…そうだね…」

 高いところはあまり得意ではない、と言っていた羽白さんの声が、ほんの少し小さくなる。

「でもさ」
「ん?」

 そんな声を聞きたいわけじゃない、だから、言うわけでもないけど。

「高さなんて関係ないくらいに、綺麗かも知れない。空と雲の中を滑れるわけだし」
「…そっか…! そうだといいなぁ」

 そう言った彼女の声は、元気を取り戻していて、小さく安堵の息をはく。

「私ね」
「うん?」
「今日の虹、すっごい綺麗に見えた気がしたの」
「……うん?」
「皆と……千家くんたちと見たからかな…?」

 へへ、と小さく笑う彼女に、「……俺も」なんて言えたら良かったのかも知れないけど。
 そんなことを、言えるわけもなく。

「…明日も、雨予報になったね」
「え、うん? そうだね」
「多分、こっちも降ってくるんじゃないかな」
「え、本当?」

 ポツ、ポツ、と窓にいくつかの雨粒があたり始めている。

 スマホで天気予報を見れば、明日は雨予報が出ている。
 もうこのまま降り続けるのだろう、と夜の暗さを纏った外を眺めながら思う。

 雨なのに、楽しい、と思ったのは子どもの頃ぶりじゃないだろうか。
 駅への通路は屋根はついていても、横からの雨は防げず。
 けれど、たいして濡れてもいないのに、「濡れる!」と騒ぎながら駅に向かった自分たちがおかしくて、駅に着いてから四人とも顔を見合わせた瞬間に吹きだして笑った。

 そんなことを思い出し、ほんの少し小さく笑う。

「千家くん?」
「あ、ごめん」

 ぼおっとしていたらしい。

「大丈夫?」と聞こえてきた声に、「大丈夫」と答えれば、ふふ、と羽白さんの笑い声が聞こえる。
 電話越しでも、笑っている羽白さんの様子が、目に浮かび、くす、と小さく笑う。

「そういえば、お話って?」
「ああ、うん。ごめん。こんな夜遅くに」
「ううん。それは大丈夫だけど…何かあったの?」

 かなり夜遅い時間に電話をかけたにも関わらず嫌な声一つ出さずにいてくれる彼女は、本当に優しいなぁと思う。
 しかも、いつもと違う行動をとった自分は、何やら心配すらされている気がする。
 そんな状況に、ほんの少しだけ苦笑いをうかべる。

 けれど、今だけは、そんな彼女の優しさに甘えることにしよう、とこっそりと近いながら、「あー、っと」とうまくいかない相槌をうつ。

「……どうしても、今日中に連絡したくて」
「何かあったの?」

 そう問いかけた羽白さんの声に、部屋にあった時計の時刻を確認する。

 時刻は、23時59分。

「…誕生日の一番初めに、羽白さんの声、聞きたいなーって、思って」

 そう伝えた俺に、羽白さんが、「あ、そっか。今日、なるくんのお誕生日だったよね」と言ったあと、「あっ?!」と短く声を上げ、しばらくの間、黙る。
 なるくん。
 久しぶりに聞いたな、それ、と思わず、口元が緩むけれど、このまま、羽白さんが黙ったままなのは、少し寂しい。

 何か、いい案はないか、とほんの少しだけ考えたあと、黙ってしまっている電話越しの彼女に声をかけた。

「ほのちゃん」
「っ?!」
「……って、自分で言っておいてあれだけど、思った以上に恥ずかしい」

 ほのちゃん、と呼びかけた俺の声に、羽白さんの息をのむ声が聞こえ、自分で自分の言ったことに対して、ものすごく恥ずかしくなり、本気で顔が熱い。

「…千家くん、ズルい」
「え?」

 やっと喋った、と思った、ズルい、という言葉を向けれ、「ええと…?」と返せば、「何でもない」と若干、いじけているような声が返ってくる。

羽白はじろさん?」

 ズルいとは、と思いつつも、彼女の名前を呼べば、「千家せんげくん」と、今度は彼女に名前を呼ばれる。

「ん?」
「あのね」

 ふふ、と小さく笑ったあと、「お誕生日おめでとう、千家くん」と言った羽白さんの声は、ここ数日で、一番柔らかかったように思えた。







【6月30日 終】
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】小さなマリーは僕の物

miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。 彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。 しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。 ※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)

【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました

藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】 ※ヒーロー目線で進んでいきます。 王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。 ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。 不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。 才能を開花させ成長していくカティア。 そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。 立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。 「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」 「これからも、私の隣には君がいる」 甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。

処理中です...