盈月の約束    ー 陰陽師見習いの男子高校生には、吉備真備の魂に刻まれている ー

渚乃雫

文字の大きさ
16 / 42
第一部

第16話 視えるソレは同じもの

しおりを挟む
「坊っちゃん」
「あ」

 パシッ、という音とともに、聞こえた声に、意識が急浮上する。

真備まきび様!」
「え、白澤はくたく?! おわっ?!」

 誰か、というか白澤がいる、と認識した瞬間に、白澤が名前を呼びながら勢いのままに抱きついてきて、思わず変な声が出る。

「何、どうしたの」

 何この状況、と抱きつく白澤の背を、ぬえに掴まれていないほうの手でポスポスと叩きながら鵺を見上げれば、鵺は呆れたような表情を浮かべるだけで何も言わない。
 けれど、その表情は、アノ人の声が聞こえる前の痛みを堪えるような表情とは違ってどこか吹っ切れたようにも見える。

「鵺」
「なんでしょう」

 彼の名前を呼び、じい、と顔を見つめる。

「やっぱり、鵺の目、綺麗だね」

 今は、まだ聞けなくても。
 いつか聞ける気がしている。
 だからそれだけを言った俺に、鵺は困ったような表情を浮かべたあと、俺の手を少し強めに握りながら静かに笑う。

「それにしても……白澤? 白澤ってば」
「ううううぅ……」

 さっきから唸り声しか聞こえてこない白澤の背をポンポンと叩く

 あまりにも離してくれない白澤に俺は困りきっていて、鵺に助けを求めた。
 そして、鵺はというと。

「坊っちゃんが一言、白澤ウザいって言えば飛ぶように離れますよ、多分」

 俺の耳元でそんなことを言ってニコリと笑う。

「思ってもないこと言えるわけないだろ」
「おや、そうなんですか? 私はだいぶウザいと思いますけど」
「……鵺、煩いですよ」
「話きいてるんじゃん」
「聞いてません!」

 俺に抱きついたまま、鵺の言葉に不機嫌に返事をした白澤に思わず苦笑いを浮かべながら声をかければ、白澤の腕は緩むどころか、緩む気配すら見当たらなくなる。

 どうしようか。
 気の済むまで、なんて言ったらいつまでかかるは分からないこの時間に、途方に暮れ始めたものの。

「やっぱりウザいですね」

 そう言った鵺の声の直後、ベリッ、という効果音が似合いそうな勢いで、鵺が白澤を引き剥がした。

 そのあと、まぁ、そこから二人はいつもの軽い言い争いが発生をしたものの、盛大に響いた俺のお腹の音で、言い争いは中止。
 白澤はお昼ごはんの準備に向かい、俺は鵺ととも自室へと向かった。


「坊っちゃん? これ、作ったこと、無かったんでしたっけ?」
「………嫌味か?」
「おや、よく分かりましたね」

 いくつかの紙束とハサミを取り出し、いわゆる人型を作り出す。
 その人型に、手で印を組み簡単な呪をかけ、歩かせてみる、ということだったのだが。

「悪くて無反応。ちょっと良くて立ち上がる。一番良くても一歩、二歩しか歩かない……何でだ……」

 じいちゃんの式神はもっと気軽に動いているのに。
 へにゃりと床に倒れ込んだ式神ならぬ人型に自分で切った紙を、自身の目の前に持ってきてぷらぷらと揺らしても、やっぱりただの人の形に切った紙にしか見えない。

 書庫から持ってきた本から解決方法を探ろう、とページを捲り始めた時、ついさっき部屋を出ていったぬえが、同じような人型を持って、戻ってくる。

「それ、じいちゃんのじゃん」
「ええ。これは十二代目のものですね」

 床に座る俺の前で、じいちゃんの人型式神が、ひょこひょこと歩き続ける。

「ところで坊っちゃん」
「何?」
「坊っちゃんは、コレ、何で十二代目のって分かったんです?」
「何でって、だってそれ、どこからどう見てもじいちゃんのじゃん」
「じゃあコレは?」

 そう言って、ぴら、と床に倒れ込んでいる俺の作った人型を一枚持ち上げ、鵺は問いかける。

「俺の」
「そうですね。坊っちゃんのです」
「……うん?」
「では、こちらは?」
「……それは……父さんの?」
「正解です。では、こちらは? なぜ、十三代目のものと分かったのです?」

 鵺の問いかけに首を傾げつつ答えれば、「もっと、じっくり、しっかり見てみてください」と鵺は言う。

「じっくりって……」
「何で違うと分かるのか、それをみてください」
「何でって……何を見ろと……」
「見るんじゃなくて視るんですよ」

 みる、って見るほうじゃなくて、視るのほうか。いや、それにしてもなんで?
 そう聞き直そうとした俺に、鵺はもう何も答えません、と言わんばかりににっこりと良い笑顔だけを浮かべて口を閉じる。

「何か差がある……のか?」

 じいちゃんのと、父さんのと、俺の。
 何で違う。そんなの動いているか動いていないかという決定的な差がもうすでにあるじゃないか。そう言いたくなるけれど、きっと鵺の言っていることはそれじゃない。

 何が違う。
 ジッ、と三つの人型を見やる。

 「物事を見極める時は、まず呼吸を整えてくださいね」

 ふいに白澤の言葉が頭の中をよぎり、深い呼吸へと切り替える。
 目を閉じて吸い込んだ空気を、指先まで送りこむような、そんな感覚。
 幼い頃から教え込まれたその方法で、深く深く呼吸をする。

 ふと。
 何回か深呼吸を繰り返していくうちに、目は閉じたままのはずなのに、何かがあるのが視えた。

「なんだ、今の」

 思わず目を開けて、もう一度、と静かに息を吸い込む。

 流れ星みたいな……光?
 ……いや、違うな。
 これは。

「線、みたいだな」

 じいちゃんの人型式神の手足と、本体の中心あたりに、暗闇でペンライトを振り回して残る残像みたいな線が視える。
 人型こ手足に巻き付いた線と、本体の中心にある線は繋がって、それはまた何処かへと長く長く伸びている。

 線が伸びている方角の先には、じいちゃんの自室方面があり、俺は小さく「すげぇ」と驚きの声を溢す。

「線っていうか、これじゃ糸みたいだな。コレ、こうやって動いてんのかぁ」

 操り人形のような感じなのか。
 うごうごと動くじいちゃんの式神の片手に指先をあわせれば、ペチッ、と俺の指先に式神の紙の手があたる。

「……ハイタッチされた」

 そんな式神の様子に、ぽかん、と口を開けて驚いていた俺に、少し遅れて鵺がクツクツと控えめな笑い声を零す。

「まさかとは思っていましたが、そのまさかですか。まったく真備まきびときたら」

 そう言いながらも、とても嬉しそうに鵺が笑う。

 いつもなら、何か楽しそうだなぁと思うだけだろうけれど。
 何故だが、今は、そんな何でもない普段のことが、胸の奥をしめつけた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

月華後宮伝

織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします! ◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――? ◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます! ◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...