盈月の約束    ー 陰陽師見習いの男子高校生には、吉備真備の魂に刻まれている ー

渚乃雫

文字の大きさ
17 / 42
第一部

第17話 鵺のデコピンは痛い

しおりを挟む
 時々、沸き起こるこの気持ちは何なのか。
 そんなことを考えかけて、止める。

「……どうせいつもよく分かんないし、まあ……」

 気にしても仕方ないんだろう。多分。
 まるで言い聞かせるかのように呟いて、目の前のピクリとも動かない自分の紙人形へと意識を集中させる。
 すると、ついさっきまで視えていなかった糸の先端が、ぷらぷらと空中を漂っているのが見える。

「人型から出てるやつがブッツリ切れてる……もしかして、だから動かないのか」

 ツン、と途切れている糸の先端に触れた瞬間、人型が、むくり、と身体を起こす。

「あ、動いた」

 突然、するすると動き出した人型はまるで、電池切れを起こしていたおもちゃが、電池を入れ替えた瞬間に動き出すような、そんな感じに見える。

「そうそう、その調子ですよ、っちゃん」

 そう言って、俺の切った紙人形の一枚を手にとってぬえは笑う。

「マジで? いい感じ?」
「遅すぎる第一歩としてはまずまずでしょうね。次はもっと距離を伸ばします」
「距離?」
「そう。距離です。坊っちゃんと式神との、物理的な距離」
「え、ちょ、早くない? 俺、いま動かせるようになったばっかりじゃん!」
「早くないですよ。言ったでしょう? 遅すぎる第一歩だと」

 せっかく動き出した俺の人型式神を、鵺は無情にもひょい、とつまみ上げて立ち上がる。

「はい、坊っちゃん、廊下に出て」
「え、俺が? 鵺じゃなくて?」
「当たり前でしょう? 部屋の中だけで鍛錬してどうするんです」

 ほら早く、と俺の背中を押しながら言う鵺に、「なあなあ」と振り返りながら声をかければ、鵺の手が止まる。

「なんです?」
「こういうのってさ、覚醒とかしたら一気に凄いこと出来たりするんじゃないの? 俺、小説とか漫画とかでそういうの読んだことあるよ?」

 ヒーロー映画とかだと、力を手に入れて、ある日、突然強くなる。みたいな。
 そんな描写を頻繁に見かける。
 だからもしかして、俺も?
 そんな期待をこめて鵺を見やれば、鵺は驚いた表情を浮かべる。

「ほら、やっぱりそうな」
「そんなわけ無いでしょう?」
「痛ぁあ?!」

 やっぱりそうなんだ、と言いかけた俺の額に、鵺が容赦なくデコピンをお見舞いしてくる。
 そのデコピンのあまりの痛さに、額を抑えながらしゃがみこんだ。

「坊っちゃん? いいですか? 呪術は暗記が必須項目です。ことを覚え、印を覚え、術を覚える。それの何もかもが揃ってもいないのに、唐突に無双になれるわけが無いし、いきなりチート能力が手に入るわけが無いでしょう?」
「おま、チート能力って、俺より知ってるじゃん! つかデコピン!手加減してよ!!」
「おバカな発言をする坊っちゃんには、痛いくらいが丁度いいんですよ。痛いくらいが」
「痛いくらいじゃなくて、かなり痛かったけど?!」
「でしょうね。痛くしましたから」
「しれっと言うなよな?!」

 きっ! と勢いよく立ち上がりながら鵺に抗議をするも、全く響いてすらいないらしい。

「だあ! もう!」

 どこ吹く風という表情を浮かべる鵺に、イライラしたまま部屋の入口へと歩き出した瞬間、グンッ、と身体の動きが止まる。

「なっ、」
「そもそも。きちんと鍛錬をしてこなかったのは坊っちゃん自身でしょう? 私たちがどれだけ心配してきたか、理解してます?」

 腕を捕まれ、そのまま鵺の胸の中に引きずり込まれる。
 背の高い鵺の声が、頭上から降ってくる。

「……鵺?」

 いつもと違う鵺の声に、彼を見上げれば、鵺の薄い紫色の瞳が、少しだけ揺れている。
 その瞬間、気がついた。

 鵺が、俺を通して、アノ人を見ていることに。
 鵺が、アノ人をとても大切にしていたことに。

 自分であって、自分じゃない。
 そう理解した次の瞬間。

「まっきびーー! ご飯だよおー!! ごっはあん!!」

 とてもとても元気な声とともに、すぱあああんっ、といい音を立てて、俺の部屋の扉が開いた。


「…………で、反省の言葉は思いつきましたか? そこの三匹」
「……いや、あの」
「えっと、えっと!」
「えっとね、うんとね!!」

 カタカタガタガタ、と大きな体を小刻みに震わせた白い毛並みを持つ三匹が、鵺から距離を取ろうと、必死に俺の背後にしがみつく。

「いや、その前にお前ら、全然隠れられてないけど」
「え、ウソっ?!」
「え、あ、本当だ?! 小っちゃくなるの忘れてた!!」
「わ、ボクたち丸見えじゃん!!」

 1%くらいずつしか隠れられていない阿吽あうんと、初月ういづきにそう声をかければ、どうやら彼らは全く気がついていなかったらしく、本気で慌てた声をあげる。

「ま、真備まきび! どうしよう!!」
「どうしようって言われてもなあ」
「真備なら何か思いつくでしょ?!」
「いや、何ていうか」

 阿吽の言葉に、口を開きつつ鵺を見て、言葉が止まる。

「坊っちゃん? どうしました?」
「わっ、ぶっ」

 そんな俺の様子に、鵺は首を傾げ歩き出した瞬間、初月の尻尾が、俺にぐるりと巻き付く。

「ボク、何があったかよく分かんないけど! よく分かんないけど、今のぬえ様に真備はダメ!!」

 そう叫んだ初月の尻尾が、きゅ、と少しだけ巻きつけた力を強くする。

「なにを言って、」
「だって、鵺様、真備を見てない!! 真備、泣きそうなのに!!」

 初月の言葉に、真っ白になっている視界が少しぼやける。
 それと同時に、誰かが、息をのんだ音が、した。









しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

月華後宮伝

織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします! ◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――? ◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます! ◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...